歩く、歩く。
ただひたすらに、奥を目指して。





「と言うか、いつまでここにいるんですか…」
「メモに時間は書いてなかったので、私もそこまでは…」
「気が利かないな〜ワルちんは…」
「まぁ、そこまでワルターさんに求めるのも無理な話でしょう」





仲間達の会話を聞いている余裕はない。
焦る心を抑え、暑さに我慢して歩くのだけで精一杯。

ただ、どうして焦っているのかは私自身分からなかった。
真実を知りたいのは確か、だけど逃げ出したいと本能が叫んでいるのも確か。

それでも答えは、迷う私から逃げず、ただそこで待っている。





「…見つけた」





大きく息を吸う。

澄んだ空気を求めたはずなのに、喉を通り体に入り込むのは熱風のみ。
頭をハッキリさせるどころか気分が悪くなり、顔を歪めた。





「っちゅうか、ワイ等がここまでする必要あるんか?」
「ワルちんの頼みだと思うと、ちょっとね〜」
「ですけど、今奥に進みたいと思っているのはさんですし」
「そうじゃがのう…ワイ、そろそろ冷たい風が恋しくなってきたわ…」





仲間との会話に夢中になっていたモーゼスは
私が止まっている事に気が付かなかったのか。

背中から遠慮のない衝撃が加わったと同時
私の体は前方へと足をもつらせながら移動する。





「わっ…!」





多少よろけるくらいで済み、ホッとしながら態勢を整えようとした目の前には
あの薄気味悪い、黒い光を放つ水晶。





「ってちょっと待って!まだ心の準備が出来てな…!」
「…、独り言が激しくなったのう」
誰のせいだ誰の!!





今の私がこんな大きな声で返事をすると思っていなかったのだろう、
モーゼスはきょとんと目を丸くして阿呆面を浮かべる。

隣にいたジェイは大きな溜め息を吐き、モーゼスと私をジトッと見つめた。





「ぶつかっ…!」





言葉を紡ぎ終わる前に、私の体を光が包む。
熱く、冷たい光が体を包み、その次には鼓膜を裂く程のノイズが聞こえた。

吐き気と眩暈も加わり、体の中が熱くなる。
それでも意識は失えず、苦しみの中もがく私にまた何かの音が届いた。

ビチャ、ビチャ、と、何かが液体の上を這いずり回る音。





「お…母さ…ん…」
「ッ近寄らないで!気持ち悪い…!」
「お、か…あ…さ…」
「来ないで!」


「管理の人は何をしてるのよ!こんな物、街にまで来させて…!」


「私達に危害が及んだらどうなると思ってるの!?」
「あ、さん…おかあさん…」
「ああ、もう近くにいるだけで気分が悪くなる…!」
「おかあ…さん…」





「ッアンタみたいな汚い娘、産んだ覚えなんかないわよ!!」





その言葉を最後に、水の音は消えた。

映像が見えた訳じゃない。
だけど想像だけは出来た、そしてそれが当たっていると言う自信もあった。

…外れていて欲しいと思う気持ちの方が、大きかった。

自らの母親から浴びせられた罵声の数々に少女は何を思っただろう。
私は、こんな事をされたら生きていける自信さえ、ない。





!!」





ジリ、ジリ、と残るノイズの中に仲間の声が大きく響いた。

グイッと力強く私の腕を引いたのはウィルだった。

瞬間、悪い夢から覚めた時のように心臓が五月蠅く鳴り
呼吸が乱れ息が出来なくなる。





「ハッ…ハア…!」
「顔色が悪い…これ以上は危険だ」





私の顔を無理に持ち上げ、手首に指を当て脈を測ると
ウィルは顔を顰め入口の方を見つめた。





「一度引き返すぞ」





私の体を抱き上げようとしたその腕を、意地だけで振り払う。
それでも私なんかの力じゃウィルに敵う訳がない。

もう一度掴まれた時にはもう抵抗する事も出来ず、
「ああ、私ってなんてちっぽけな存在なのだろう」と無意識の内に考えていた。





「すまん!ワイのせいで…!」





私に駆け寄るモーゼスは、今にも泣きそうな程顔を歪めていた。
「大丈夫だよ」、そう口には出せなかったけど首を振り彼が下げた頭を撫でる。

モーゼスは唇を噛み締め、見ているこっちが痛いくらいに拳を握った。





「ウィルさんの言う通り一度戻りましょう」
「大丈夫…」
「何処かですか…顔、真っ青ですよ」
「平気だよ、意識失って倒れたりしないから…」





今にも倒れそうな私の言葉を、誰も信じてはくれなかった。
それでも歪む視界に映る道の先を目指し、体の向きを変える。





「意識がない方が迷惑じゃないって、気付かないんですか?」





いや、正確には向きを変えようとした、だろう。

後ろから聞こえたジェイの冷ややかな言葉に、肩が大袈裟な程跳ねる。

聞こえてしまった、とかではない。
ジェイがわざと私に聞こえるよう故意的に発したのだ。





「せめて何があるかくらい、教えてくれても良いんじゃないんですか?」
「…」
「付き合わされる身にもなって下さいよ」
「っ別に付き合ってなんて言ってない…!」





バッと顔を上げた時、視界に入ったのは皆の驚いた顔だった。
だけど、廻り始めた歯車は止まらない。





「そんなに嫌ならついて来なきゃ良いじゃん!!」
「っ…そうとは言ってないでしょう…!」
「言ってるよ!」





むっとしたジェイの表情、声を聞き、何故か熱が上がった。

ああ、きっとこの暑さにどうかしちゃったんだ。

そこまで分かっているのに、一度火照った体は冷めてくれない。
それどころか自分の中の未消化を、苛立ちに変えて口にしている。





「いちいち突っ掛ってこないでよ!」
「イラつかせるような事をしてるのは貴女でしょう!?」
「なら帰れば!?私といて腹立つならここにいなければ良いじゃん!」
「っ…!」
「別にジェイがいなくたって、私一人でもこんな所、ぐら…い…」





自然に、唇が止まった。
熱かった体が、スウッと恐ろしいくらいに冷めていくのを感じた。

…私、今なんて言った…?





「二人とも、止めないか」
「…」





第三者の介入により、私達の空気は余計に重くなる。

悪いのは私だって分かってるのに、「ごめん」の一言が出てこない。
ジェイの目を、表情を見る事が出来ず、ただ俯き床を見る事しか出来なかった。





「で、でももまだ叫べる元気あるじゃん!」
「…」
「だったら、まだ進んでも平気かな〜なんて、あたしは思うんだけど…!」
「…そうですね」





分かりやすいノーマのフォロー。
唇を噛み締めた私と違い、ジェイは易々と返事をする。

ジェイの声はまだ刺々しい。
納得していない、私が腹立たしい、そんな声色だった。





「貴女が一体何を聞き、何を見てるか…それが分かるまでは付き合ってあげますよ」





ジェイはそう言うと私の横を通り過ぎ
出口ではなく、モニュメントの奥へと進んだ。

帰れば良い、そう言った私の言葉と反対の行動を取るジェイは
やっぱり凄く優しくて、そして大人で、だからこそ惨めな自分が目立ち、虚しくなる。





、むしゃくしゃしてるのは分かるが…」
「…うん……ごめんなさい」





言わなくても、分かってるから。
口には出さなかったけど、私がそう思っていたのは誰もが分かっただろう。

自分が悪いのなんて、分かってる。
それが説教される程いけない事だったって言うのも。

だけど今は前を歩くジェイの背中を追うのが先だ。
私は生温い空気を体に取り入れて、ゆっくりと歩を進めた。










道を歩いて数十分、私は足を止め前を見据える。





「光があるのか?」





突然止まった私を見ながら、セネルはそう問いかけた。
私はその問いにゆっくりと、大きく首を縦に動かす。





「…触るよ」





誰に急かされる事もなく、ゆっくりと震える手を伸ばした。

指先が揺れると、光はドロリと溶ける。
気持ち悪い、そう思ったと同時に熱いものが伝わってきた。

爛れそうな程熱く、手を離そうと思えばノイズが頭を襲った。
大分慣れたが、気持ち悪い事には変わりない。





「人の子よ、我と共に」





聞き覚えのある声だ。
私の動揺を読み取ってか、ノイズの音も瞬間乱れる。





「子に命を捧げよう」

「子に力を与えよう」

「そして子よ…我の糧となれ」

「我は子を必要としている…子の全てを我に委ねよ」





女の言葉に対しての、少女の返事は。

聞き逃しちゃいけないと、一層神経を集中させる私の気持ちとは裏腹に
女の声も、ノイズも、脳内に広がっていた映像も―――…





…―――ブツリ、と切れた。





「……」





熱くなった指先からは、もう何も感じない。

ゆっくりと目を開ければ、目の前にあった光は消え
そこには何の変哲もない、建物内の景色が広がっていた。





「…?」





仲間の声に、ゆっくりと振り返る。
一体どんな顔をしているのだろう…皆は私の顔を見て驚き目を見開いていた。

分かった。
分かってしまった。

女の問いかけに対しての少女の答えを
私は誰から聞かなくとも理解する事が出来てしまった。


改造を施した陸の民達にはゴミだと罵られ
僅かな力を振り絞り母親の元へと戻れば、存在を否定される。

世界の全てが敵であり、世界は彼女に優しさを与えない。
最後の最後まで、彼女は一人であるのが、摂理であるかと言わんばかりに。


そこに現れたのは、女神の皮を被った魔女だった。





ちゃん、元気出して?」





そう言って私を包むグリューネさんの手は、とても柔らかい。
きっと少女にも、あの女の声が美しく聞こえたのだろう。





「…どうして…」
「?」
「何で…グリューネさんじゃなかったんだろうね…」





残酷な程苦しくて、残酷な程悲しくて
愛も、夢も、優しさもない。

そんな彼女に救いの手を差し伸べた人が
本当の女神でいてくれれば良かったのに。

彼女は、縋る想いで女の手を取るだろう。
何の疑いもなく、利用されている事も知らずに。





「…りよう……?」





ふと、ここに来た目的、きっかけを思い出す。

光に触れた時に聞こえた声や音は、
破壊の少女の過去だと言う事はハッキリとしていた。

だけどそれは私の知りたい物の本質ではない。

もし、少女がシュヴァルツと言う女に利用されたと言うのなら。





「我が利用しているのはお前だ」




この次に、私が目にする過去は
これから先私に訪れる、未来のお話なのかもしれない。










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修正:14/01/06