久しぶりに見た、酷く歪んだ笑み。
誰から見ても、コイツはもう狂っている。

青色に光る髪を見て、何となくだけど分かった。

あれは滄我の力じゃない。
滄我の力に見せかけた、酷く汚い、霧の力だ。





「随分と強くなったじゃないか」
「破壊の少女、だから」





血塗られた手で額の汗を拭い、新しい短剣を取り出す。
相手も私の行動に合わせるかのように杖を取り出し、裂けた口で笑みを作った。





「手が震えているな」





相手の言葉に体が跳ねた。

動揺を見せてはいけない。
そう思っていたのにまた体が震え出す。





「人を傷付けるのが怖いとは…随分と甘い考えでここへ来たものだ」





大丈夫、恐れるな、と脳に命令を送り
カタカタと震える唇をぎゅっと噛み締める。

そしてまた、笑顔を作り相手に言葉を投げた。





「私がいつ怖いなんて言った?」





その言葉をバネに、私は恐怖を振り払って目の前にいる敵へと走り出す。

杖と杖がぶつかり合う、高い音。

相手の攻撃を自らの杖で抑えながら
もう片方の手で至近距離から短剣を投げつける。

しかしそれでやられる程相手も馬鹿ではなく
短剣を投げる寸前、相手に腕を掴まれた。





「二度もやられる程私は馬鹿ではないぞ」
「っ…!」
「ワルター共々、始末してくれよう!」





掴まれた腕を高く上げられ、物凄い力で反対側の壁へと突き飛ばされる。
正確には、投げられたと言う表現の方が正しいだろう。





「っ痛…!」





背中から体を伝い、ビリビリと手先まで痺れだす。
しかし痛みにもがいている暇はない。

伏せる水の民から剣を奪い取り
振り下ろされた杖を受け止め、弾く。

何度も戦いを経験しているとは言え、こんなにも体がスムーズに動くのは初めてだ。
まるで、何かに操られている…いや、守られているようだった。





「どうした?もうお手上げかね?」
「っまさか!」





意地悪い笑みを浮かべながら、手に持っていた剣を捨て
再び使い慣れた短剣を筒から取り出す。

短剣のストックが少なくなってきた。
もうそろそろ、決着をつけなきゃこっちがやられる。

やらなきゃ、私がやらなきゃ。

さっきみたいに。
水の民を気絶させたみたいに。
水の民の腹を薄く切ったみたいに。

恐怖に怯えるだけなら何処でも出来る。
ここに来た目的は、この男を足止めしなきゃ始まらない。

殺すまではいかなくても、腕や足を奪う覚悟でいかないと―――…。





「先手はくれてやる」
「っ…?」
「次で最後にしようではないか、破壊の少女よ」





杖を構えるマウリッツからは霧が溢れ出し
青色の髪は酷く汚い色に変わった。





「我等の忌々しき存在を、私がこの手で葬り去ってくれる」

「さぁ、どこからでも来るがいい!」





相手の罠か。
それとも正真正銘、真っ向勝負か。

分からない。
だけど私は進むしかない。

…例え、人と言う道を外れても。





「…悪いのは、アンタ等だ」
「…何…?」
「私は、ワルターを傷付けたアンタを…絶対に許さない」





「その忌々しい霧、今すぐ取り払ってやる!!」





風を切り、尋常とは思えないスピードで相手へと駆け出す。
私の気迫に躊躇ったのか、相手の判断が鈍った。

杖と杖がぶつかり合う金属の音。
相手がもう少し遅れていれば、確実に私が勝てていた。

何とか防いだと安心する相手に余裕はない。
何せ、両手で杖を握っているのだから。

手が出せない状況にある相手に笑みを見せながらも、私は鋭い刃をちらつかせる。
銀色の刃に映った男の瞳は、これでもかと言う程見開かれていた。





「バイバイ」





たった一言言葉を発し、手に持っていた短剣で
殺さないギリギリの所に刃を入れた。





「っ化け物めが…!」





痛みに顔を歪ませるマウリッツは、そのまま地面へと崩れていく。





「…まだ、化け物じゃないよ」





男からの返事はない。


これで終わった…。


握り締めていた短剣がスルリと落ちる。
指先が冷え、手の震えが一向に治まらない。

ゆっくりと辺りを見渡せば、そこはまるで地獄のようだった。

勿論、誰一人死んでいない。
霧に操られているだけの人達を殺す事なんて、出来るはずがない。

私はまだ、そこまで狂っていない。





「ッ…リザレクション」





全ての水の民に対し治癒のブレスを唱えれば
苦痛の声は消え、伏せる者からは安らかな寝息が聞こえた。

誰も殺さずに済んだ…そう安堵すると共に
人を傷付けた罪悪感が胸を締め付ける。

でも、終わったんだ。
これで、終わった。

きっともう、苦しむ事もない。















建物の地下、監禁用の檻。
今までこんな物が里にある事すら知らなかった。

何とか立ち上がり、鍵のかかった鉄格子の扉を蹴り飛ばす。

扉はガラガラと音を立て崩れ落ち
俺は残る力を振り絞り、地上を目指した。










…静か過ぎる。
もうすぐ地上だと言うのに、何一つ物音がしない。





「…!」





眼前に広がる光景を見て、小さな声が漏れた。

先程まで相手をしていた同族が全て地面に伏せている。
また、何故か同族の顔は安らかで、何が起きたのか想像も出来なかった。

何者かが水の民を傷付けた後にブレスをかけたのだろうか。
しかし、一体誰がそんな面倒な真似を。

自分から相手を傷付けといて、治癒のブレスをかけるなんて
そんな馬鹿な行動を取る奴を、俺は一人しか知らない。





「…





安らかに眠る同族の中央で、月を背負い、アイツは俺に笑顔を向けていた。





「ワルター」





トタトタと、寝ている水の民を踏まないよう注意しながら、は俺に近付いてくる。





「…生きてて、良かった」





そう言っては笑った。
俺はその笑みに動揺する事しか出来なかった。





「、おい…」





何か様子が変だと思い言葉を紡ごうとした時
はグイ、と俺の腕を強く引っ張り里の出口を目指す。





「…これは、お前がやったのか?」





小さな背中に言葉をぶつけてみれば、は足を止めた。

倒れている同族の周りにはしかいなかった。
あんな状況を作れるのはしかいないと言う事だ。

本当に、が人を傷付けたのか。
こいつに、そんな事が出来るのか。

お人好しの、に…。





「…そうだよ」





そうして少女はゆっくりと、俺の手に血染めの手を絡める。





「帰ろ?皆が待ってるよ」





そしてまた、笑顔を向けた。

笑顔の裏からは「もう何も言うな」と
少女の本当の声が聞こえた気がした。










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修正:14/01/07