冷たい風が吹き、時の流れが戻っていく。
グリューネは瞳を伏せ、ゆっくりと立ち上がり空を見た。

もう体を屈めている理由もない。
全て終わったのだから。





「…、消えちゃった……」





嗚咽を漏らしながら、ノーマはボロボロと涙を流す。





「消えたんじゃない…帰ったんだ…」





ノーマの肩にそっと手を置き、ウィルは声を絞り出す。





「…受け止めなきゃ、な…」
「ああ」
は笑っちょった…ワイ等も、負けんように笑わんとな」
「…モーゼスの言う通りだ」





すぐに慣れていく事はきっと無理だろう。
街に戻れば、目を覚ませば、嫌でも彼等はを探す。

それでも「笑っていないとに叱られそうだ」、と困ったように笑うセネルにつられ
皆がクスクスと笑い空を見た。

別れは辛いが、彼女は死んだ訳じゃない。
生きるんだ…自分が元いた本当の世界で、これから先もずっと。

例え世界は違えども、共に旅をしたんだ。
ならば再び彼女と出会える可能性はあるかもしれない。


この新しく生まれ変わった世界で、そんな可能性に胸躍らせるのも悪くはない。
皆は互いの顔を見合わせ、ぎこちなくも心の底から笑い合った。


息を吸い、セネルはゆっくりと世界を見渡す。
晴れ渡る空、輝く海、心地良い風、磯の香り。

そして一人の、美しい女性。





「なっ…」





驚き目を見開いて、セネルは上擦った声を出す。





「…グリューネ…さん…?」





途切れ途切れに、一人の女性の名前を呼んだ。
背中を向けていたグリューネは、呼びかけに応えるようゆっくりと振り返る。

その体をと同じよう、世界に溶かしながら。





「……時間、みたいですね…」





いつもと変わらぬグリューネの声に、セネル達の動揺は加速する。
グリューネの変化は目に見える程明確で、「まさか」と誰もが思っただろう。





「ち、ちょっと…何で…ど〜ゆ〜こと…?」





乾き始めたノーマの瞳に再び涙の膜が張る。

動揺するセネル達を目の前に、グリューネは一歩前へ出てフワリと優しく笑った。
その笑顔の意味を理解出来る人間等、ここには誰一人としていないのに。





「何故、シュヴァルツと同じ兆候が…!?」
「シュヴァルツだけとちゃう…さっきのとも同じじゃ!」
「…まさか…先程のさんとの別れ…」





誰よりも先に事の重大さに気付いたのはジェイだった。

は自らが死にかけている事にも気付いていなかったし
ましてや元の世界に帰ると誰かから聞いた訳でもない。

それなのに、グリューネにだけは別れの言葉を告げたのだ。

自分が消えると理解していないのに「さようなら」と言った。
つまりは分かっていたのだ。

グリューネも、この世界から消えてしまうと言う事を。





「嘘、だろ…」





無意識に首を振るセネルを見て、グリューネは目を閉じ胸に手を当てる。





「…大丈夫…」





ゆっくりと目を開き、グリューネは手中にある何かの種をそっと地面に埋めていく。





「これが、最後の種…」





柔らかい土を掘り起こし、圧をかけないよう優しく。
土で汚れた手と手を絡め、最後には祈りを捧げた。





「シャドウは行ってしまったけど、彼女を見送ればすぐに戻ってくる…」

「…そうすれば、この世界は平和に包まれるはずです…」





スッと立ち上がり、状況を理解出来ていないセネル達に端的な説明をした。
“理解は出来なくて良い、だけど安心しろ”、そう言わんばかりに笑いながら。





「待って…待ってグリューネさん!どうしてグリューネさんが消えかけてるの!?」
「そうだ!もう敵はいないはずなのに…なんで…!」





訳が分からないと涙を零すシャーリィ。
拳を握り締め叫ぶセネル。

取り乱した二人の姿を見て、グリューネは目を伏せ沈黙を流した。

そして再び口を開いた時には、また新たな真実がセネル達の胸を締めつけるのだ。





「…わたくしとシュヴァルツは、同一にして対極なる存在」
「それはシュヴァルツから聞いた!!」
「ならば、もう分かっている事でしょう…」





「シュヴァルツが存在すればわたくしも存在する」

「シュヴァルツが消滅すればわたくしも消滅する」





「…それは、自然の理なのですよ」





先程の柔らかい笑みは消え、そこにあるのは凛とした神としての姿だった。
「冗談だ」と笑い飛ばす事も出来ない空気に、セネル達は息を呑む。





「そんな…嘘でしょ?グー姉さん…嘘だよね!?」
「…」
「ッいやだよ…嘘だって言ってよ…!!」





もグー姉さんもいなくなるなんて、そんなの嫌だよおッ!!」





子供のように泣き喚くノーマに、グリューネはただ首を横に振った。

例え神であるグリューネであっても、これだけは覆しようのない現実なのだ。
彼女が言った“自然の理”と言うのはそう言う事なのだろう。





「…こうなる事を、初めから知っていたんですか…?」





唇を震わせシャーリィは言葉を紡ぐ。
グリューネは横へと振り続けた首を一つだけ縦に動かした。





「何故話してくれなかった」





ウィルの質問に、答えはない。





「俺達はそんなに頼りないのか!」





返事の代わりに、ピクリと指先が動く。





「ワイ等は家族なんじゃぞ!何でも話してくれや!!」
「知れば迷いを生んだ事でしょう…迷いは力を損なわせるのです」





モーゼスの必死な叫びには、鋭利な言葉で返事をする。
いや…正確には冷たさを装った、酷く哀しい声色だ。





「唯でさえ、あなた方には『大切な人がいなくなる』と言う迷いがあった。
 事実を話せばあなた方は立つ力もなくし、その感情はシュヴァルツの糧となる」





それだけ言うとグリューネはゆっくりと向きを変え
海と空の境界線が見える場所まで移動する。





「…良いのです、これがわたくしの役目なのですから」





空を見上げるその姿は凛々しくもあり、何処か儚げだった。

今更手を伸ばしたところで現実は変わらない。
またこんな事が繰り返されるのか、とセネルは拳を握り締める。

彼等の瞳には、今のグリューネと先程のが、とてもクリアに重なっていた。





「世界はこんなにも光に満ちている…それだけでわたくしはとても幸せです…」

「あなた方が悔やむ必要はありません…これはなるべくしてなった事」

「全ては必然なのですよ…わたくしも、シュヴァルツも…そして彼女も」

「いなくなってしまう事は、逆らいようのない運命なのです」





まるで歌うように言葉を紡ぐグリューネを
セネル達は歯を食い縛り睨みつける。





「そんな言い方…しないで下さい!」
「ッ何か方法はないんか!姉さんが消えんで済む方法は!!」





腰を抜かし座り込むノーマの横、モーゼスは荒々しく声を上げる。
だがグリューネの答えは変わらない。
ただただ首を横に振り、彼等の懇願を否定した。





「…世界は万能には出来ていないのです」
「……ッ」
「わたくしが消える事は、もはや止めようのなき事」
「止めてくれ、そんな言い方…平然とそんな事言わないでくれ!!」





「俺は!俺達は!仲間と話をしてるんだ!神様なんて関係ない!!」





空気を割く、大きな声。
睨みあげる碧色の瞳。

荒い息を吐くセネルを見て、グリューネは一度大きく目を見開き、そして伏せた。





「…それでも、わたくしは神なのです」
「っ…」
「神が身勝手に一人の少女を呼び出し、また別の神が身勝手にその少女を助けた」





「全て彼女の為…消える事がその代償だと思えば苦ではありません」





「…―――むしろ、とても喜ばしい事じゃないかしら」





フワリ、と雲のように柔らかく笑う。
余りにも綺麗に笑うグリューネの姿を見て、セネル達は言葉を失った。

声が出なかったのだ。
その笑顔に偽りはなく、彼女の言葉は真実そのもので
それが彼女の幸せだったのだと、理解してしまったから。





「っ記憶が戻ったら、記念パーティーするって約束したじゃん…!」





責め立てるようなノーマの言葉に、グリューネは目を細め「ごめんなさいね」と言う。
透けた体で座り込むノーマに近付き、頭を撫で抱き締めた。





「ノーマちゃん、ありがとう」





透き通った背中越しに見えるノーマの顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
嗚咽を堪える力もなく、ただただ羞恥も忘れ泣き叫ぶ。





「セネルちゃんも、シャーリィちゃんも
 ウィルちゃんも、クロエちゃんも、モーゼスちゃんも
 ジェイちゃんも、ワルターちゃんも―――…」

「みんなみんな、ありがとう」





一人一人の顔を見て、グリューネは笑った。
記憶がなかった時の、“一人の仲間”として、彼等に別れを告げた。





「今、お姉さんは、と〜っても幸せよ」

「だからお姉さんからの最後のお願い、聞いてくれないかしら?」





涙を流すセネル達の目の前で、グリューネはただただ笑った。





「…笑顔でお別れしましょう。ちゃんと、同じように」

「皆の最高の笑顔を…お姉さんに見せてほしいな」





セネルはグリューネの笑顔を見てハッと息を呑む。

確かにグリューネは笑っている。
だけど何処か切なく、とても苦しそうだった。

全てを背負う立場から解放されたい…
セネルにはグリューネがそう言っているように聞こえたのだ。





「グリューネさん…」
「だって、ちゃんだけずるいじゃない」
「…」
「わたくしだって、皆の笑顔が見たいの」





「それとも、お姉さんの我侭じゃ聞いてもらえないのかしら?」、と
わざと瞳を潤ませ、おねだりのポーズを見せる。

グリューネはセネル達を笑わせようと
神の記憶があるにも関わらず羞恥を捨て、そのような行動を取ったのだ。

その姿が、セネル達には先程消えた少女と重なって見えた。

グリューネとは似ている。
こんな時まで仲間の事を第一に考え行動出来る人間はそうそういない。

だからこそ、セネル達は自分達がどうするべきかを良く理解出来た。
後は行動へと移すだけ…たったそれだけ。





「…分かった」





セネルの口から零れた一言は、仲間達の視線を集める。





「グリューネさんの言う通り、ばっかずるいよな」
「セネルちゃん…」
「グリューネさんが望むなら、俺は笑うよ」





「皆のグリューネさんに消えて欲しくない気持ちは良く分かる」

「…でも、ちゃんと見てみろよ」

「グリューネさん、凄く困ってる…」





セネルの言葉を聞いたノーマは、目を見開きグリューネへと振り返る。

微かに下がった眉や握り締められた拳。
ほんの僅かではあるが違和感があるのは確かだった。





「何が起きても受け入れるって、ここへ来る前に誓ったじゃないか」
「…」
「仲間に誓った事を、今更取り消せないだろう?」
「…そうだな」





セネルに続き、ウィルも頷く。
険しい顔つきではなく、柔らかい笑顔で。





「…これは別れじゃない、旅立ちなんだ」

も旅立った、グリューネさんも旅立つ…そして俺達も旅立たなきゃな」





セネルの言葉に対し、クロエは「そうだな」と震えた声で応える。
指で目尻をなぞり涙を掬うと、グリューネに彼女らしい笑顔を見せた。

鼻を啜り息を吸い、いつものように歯を見せ豪快に笑うモーゼス。

ジェイとワルターは一概にも笑顔とは言えなかったが
彼等らしい表情を浮かべグリューネを見送った。





「…グー姉さんのお願いなら、聞くしかないよね…」





ノーマはぐし、と服の袖で強く顔を擦る。
そしてエバーライトを見つけた時と同様、キラキラと輝く笑顔をグリューネへ見せた。





「…ありがとう、みんな…」





仲間達の笑顔を見て、グリューネも笑う。

困惑も悲哀もない。
ただ何も知らず、仲間達と過ごしていた日々に良く見せていたあの笑顔。





「わたくしの最後の力で、世界に精霊を解き放ちます」

「これからは、わたくしの力を受け継ぐこの子達と仲良くしてあげてね」





そう言ってもう一度柔らかく笑うと、グリューネは目を閉じ最後の力を振り絞る。





「…精霊達よ、目覚めなさい…」





瞬間、彼女の周りに風が吹く。
何の変哲もない地面から七色の光が溢れ出し、セネル達はその眩しさに目を細めた。

光はくるくるとグリューネの体を数周し、そして空へと昇って行く。
まるで鳥のように、優雅に海を渡り遺跡船全体を包み込んだ。





「この世界に降り立って、本当に良かった」

「出会えたのがみんなで、本当に良かった」

「わたくしは消えてしまうけど、みんなと過ごした時間は決して消えないから…」

「みんなの中にお姉さんはいつもいるから」

「みんなにはお姉さんも、ちゃんもついている…だからもう、悲しい顔はしないでね」





「思い出をありがとう…笑顔をありがとう…」





グリューネは笑顔のまま、世界の一部と化していく。
この新しい、人と言う世界へ。





「未来は、みんなのものよ」





グリューネは祈るよう手を絡ませ
その整った唇から最後の言葉を紡いだ。





「いってらっしゃい…わたくしの可愛い子達―――…」





彼等の幸せを願うグリューネの声がセネル達の耳に届いた時
グリューネの体は無数の光と羽根に包まれ天へと消えた。

光と羽根が舞う青い空。
それはとても幻想的な光景だった。

そんな光景を見て、セネル達は今更ながら思ったのだ。
「女神は本当にいたのだ」、と。





いってしまった。





寂しい、と思う反面とても清々しい気持ちだった。

目の前で輝く海は新しい世界の誕生を嬉々とし
これから先の無数に広がる未来に心躍らせる。

そこに大好きな二人はいないが、心の中を支配するのは温かい気持ちばかりだった。





「…清々しいな」





思わず零れた言葉を否定する者は誰一人としていない。





「みんな、良い顔してる」





すっかり枯れてしまった声でシャーリィは言う。
目は真っ赤だったけど、いつもと変わらぬ笑顔がそこにはあった。





「空も海も、青いな」





「まるで鏡のようだ」、とクロエが言う。
その言葉に数人が頷き目を閉じた。

平和の訪れを謳うよう海は波音を立て、柔らかい風が木々を揺らす。





「…っよ〜し、せっかくだからさ!ここは一発、あれやろっ!」
「奇遇じゃのう!ワイも同じ事考えとったわ!」





鼻の頭を真っ赤にしながら飛び跳ねるノーマと、肩を揺らして笑うモーゼス。
二人の言葉を聞いてウィルとクロエが迷いもなく頷いた。





もグリューネさんももいっちゃったけど、ここにはまだ皆がいるもん…ね?」





もう乾き始めている涙を指で掬いながらシャーリィは言う。
否定する者はセネルを除き、誰一人いなかった。





「…いや」





唯一否定的な言葉を発したセネルは、自らの手をじっと見つめる。
世界を守った、少女を守ったその手を、じっと。





もグリューネさんもいるさ」

「何処にいたって、俺達は家族だから、な」





きっと二人とも、旅立った場所で俺達の姿を想像しているはずだ。
今の俺達がそうであるように。

それだけで俺は幸せだ、とセネルは笑った。

すう、と大きく深呼吸をする。
澄んだ空気が体内に入り、気持ちがまた一段と引き締まった。





「それじゃ、やるぞ!」
「オウ!」
「遠慮なしで、声出しましょうっ」
「ジェージェーもワルちんも、空回りでもとにかく声張ってよね!」
「…分かりましたよ」
「…」
「全く、お前等は…」
「まあ、予想はしていたさ。…ではクーリッジ、頼むぞ」
「…―――よし!」





「行くぞ、俺達の未来に!」





新しい世界に、八人の声が響く。
それは海を越え、山を越え、遠くにいる少女にも聞こえただろう。

彼等の気持ちは一つなった。

それはもうこの世界に存在しない、
グリューネと言う女性とシュヴァルツと言う女性…

…―――そしてと言う少女も含め。





空はこんなにも青く。

雲はこんなにも綺麗に流れて。

風はこんなにも爽やかに吹いていて。





今、世界はこんなにも輝いている。





―――これからが、この世界の―――

―――新たな伝説の物語―――





また何処かで 思い出して

きっと 僕らも
同じ雨に 打たれているのさ










…Fin

両手振るよ 君が消えるまで―――…
Do As Infinity [TAO]
修正:13/12/31