降り立った場所は見慣れた街の見える森の中。

私は自らの足を動かし走る。
私が戻りたかった、その場所に―――…。















ウェルテスにある唯一の墓地。
そこにあるのは見慣れた人影。

走り続けた足の疲れも、彼を見たら吹き飛んだ。





「セネル!」





名前を呼んで、大きく手を振る。
銀色の髪が揺れ、碧色の瞳がこっちを見つめる。

動揺している瞳。
だけど何処か私が来るのを分かっていたような、穏やかな微笑み。





「………」





そう、あの時と同じだ。
戦いの前夜、ごく自然に出会った時と同じ表情。

柔らかく、だけど悲しげな
何処か影のある、でも迷いのない、そんな顔。





「ここにいたんだ…探しちゃった」
「……」
「ってのは嘘!セネルなら家かここにいると思ったんだ!」





そう言って笑みを見せれば、セネルもフッと笑い目を細める。





「…どうやって帰ってきたんだ?」
「かくがくしかじか!」
「プッ…なるほど」





「もうどうでも良いや」、そんなニュアンスを感じるセネルの言葉に私は強く頷いた。

戻れた方法とか、もうそんなのどうでも良い。
まずは再び出会えた事を一番に実感にしたい。





「…もう、帰ってこないってグリューネさんに言われた時」
「?」
「泣くかと思った」





「今だから言うけど」、と付け加えたセネルは複雑な表情を浮かべている。
過去と現在がごちゃごちゃになっているような、そんな顔。





「グリューネさんの言葉じゃなくて、私を信じれば良かったのにね!」





意地悪い笑みを見せ背中を叩けば、セネルの体が大きく跳ねる。

自らの背中を擦るセネルを見てケタケタと笑ってみせれば
彼はジトッとした瞳を向けた後、「そうだな」と笑った。


…ただ話すだけでこんなに幸せを感じられるなんて、やっぱり戻ってきて良かった。


そんな事を考えていれば、季節の訪れを知らせる柔らかい風が頬を掠める。
鮮やかな花びらは一つの墓石を渦巻いた後、空へと消えた。





「…私も良いかな?」
「?何がだ?」
「ステラのお墓参り」
「…勿論」





「来たからにはしてもらわないとな」、そう言いながらセネルは横へとずれる。
私はそんなセネルの厚意に「ありがと」とお礼を言い、ゆっくりと屈んだ。

目の前にある墓石に手を合わせ目を閉じる。

鮮やかな景色が消え、目蓋の裏の闇が広がった。
恐怖はない、とても温かな闇だ。

すぐ近くにステラを感じる。
何だかとても心地良い。





「…あったかい」





陽の光よりも柔らかく、人工的な熱よりも暖かい。
私が好きなぬくもり。





「ステラもを歓迎してるんだよ」
「なら毎日来ちゃおうかな!」
「飽きやすいお前がか?いつまで続くやら」
「ステラの為なら頑張れるよ!」
「重たい愛だな」





溜め息を吐きながら肩を竦める相手にムッとし
私は口を尖らせステラにセネルの冷酷さを三十秒程語る。

その時のセネルの妙な慌てっぷりが面白く
私はケタケタとお腹を抱えて笑ってやった。

一頻り笑い、息を吐き顔を上げたその時
視界の端に不自然な何かが入り込む。





「…あれ?」





目に入ったのは一つの花束だった。

誰かのお墓の前にある訳でもないし
お墓参りに使うようなちゃんとした物でもない。

野でも詰めるような花ばかりで構成された、ほんの少し不格好な花束。
そんな花束をじっと見つめる私に気付き、セネルは「あぁ…」と声を漏らした。





「それ、の」





花束と私を順々に指差し、セネルは暖かな陽気に欠伸を零す。
指差された私はと言えば、セネルのように呑気に過ごす事も出来ず目を丸くした。





「…わた、しの…?」
「あぁ」
「な、何で…?」
「…何でだろうな」





首を引っ込め目を細める彼の心情を理解出来ず、小首を傾げる。
…一体、何を考えていたんだろう。





「わ、私が死んだから?」
「生きてるじゃん」
「ち、違…この世界からいなくなったからって意味で…」
「…そうだな」





「強いて言えば、ただの自己満足…だな」





結局、それは答えになっているのだろうか。
本当に自己満足で会話が終わってしまった。





「…えっと」
「?」
「一応、ありがとう…?」
「礼を言われるような事か?これ」
「うーん、分かんない!」
「じゃあ言うなよ」





クスリと笑い、セネルはもう一度ステラのお墓を見つめる。

人の好意をアッサリ否定し笑う彼に、私はわざとらしく溜め息を吐いてやった。
だがそれも風に掻き消され、何だか虚しい空気が自らを包む。





「…なあ」





長いような短いような、重いようなそうでもないような沈黙。
それを破ったのはちょっと低いセネルの声だった。





「俺が言った事、まだ覚えてる?」





声に導かれるよう顔を上げれば
反らしたくなってしまう程の真剣な瞳が私を見つめていた。

セネルの熱を持った視線に体が固まる。





「また、こうなれたら言いたい事がある…ってやつ」





地面についた自らの手に、セネルの手が乗る。
反射的に引っ込めようとすれば、強い力がそれを阻止する。

いつもは温かいそのぬくもりも、何だか今日は違うものに感じた。
重ねられた手が、凄く熱い。





「あ…」
「…」
「えっと…あの」





上手く声が出てきてくれない。

恐い、とはちょっと違うけど何だか逃げたくなるような
味わった事のない空気だった。






「え…あ、はい!」
「聞いてくれ」
「…う、ん」





「好きなんだ、お前が…が」





ザアァ、と強く吹いた風は不格好な花束を飛ばした。

オレンジや黄色、赤や桃色、暖かい色の花びらが私達の間をすり抜け
銀色に輝く髪が大きく揺れる。





「友達だからとか、家族だからとかじゃなくて」





そんなの、この雰囲気で嫌でも気付いた。





「…一人の男として、お前が好きなんだ」





いつから伏せていたかも分からない自分の目。
目の前の生々しい男子の姿に耐えきれなくて、変な汗が頬を伝った。

何で、何で今こんな事急に…!

頭の中で何回も「セネルの馬鹿野郎!」と叫んだ。
地面の見すぎて転がる石の数だって覚えられそう。

私、きっと顔真っ赤だ。






「ち、ちょっと待」
「返事、聞かせてくれ」





人の言葉を遮り、セネルはその手に更なる力を込める。
私は抵抗も出来ず、「あ」だの「う」だの声を漏らす事しか出来なかった。





「…」





セネルの手、少し汗ばんでいる。

それだけじゃない。
視界の端には真っ赤な耳が見えて、唇を強く噛み締めていた。


そんなセネルの姿を見て、記憶が凄まじいスピードで頭の中を駆け巡った。


初めて出会った時、今にも襲いかかってきそうなあの瞳が怖かった。
だけど何だかんだ言って、とろい私を引っ張ってくれた手に凄く安心した。

いつの間にか殺意の篭った瞳は優しく柔らかくなっていて
その目がなきゃ、不安で不安で仕方がなかった。

この世界に来た時からずっと一緒で、チラチラと映るその銀色の髪が―――…





…―――大好きだった。





「……」





私、何でここに戻ってきたんだろう。
今目の前にいる人を思い出してじゃなかったっけ。





「…分から、ない」





長い沈黙を破ったのは、私の雨音程の小さな声。

見開かれた碧色の瞳には私の顔がぼんやりと映っている。
瞳の中の私は彼の目をじっと見たまま、開きっぱなしだった口を動かし始めた。





「分からない、けど」

「セネルが傍にいなきゃ、嫌な気がする…」

「違う…嫌なんじゃなくて…」





「私…セネルがいなきゃ、きっと駄目だ」





「もう大丈夫だよね」って、急に手を離されるのは嫌なんだ。

何をして良いかも分からないし、何をやってもきっと駄目。
そんなの、セネルの優しさに甘えているだけだ。

きっとセネルも呆れている。
だから私を見てその顔を歪めているんだ。





「ッ、お前って奴は…!」





セネルはくしゃりと自らの前髪を掴む。
やり場のない怒りにも似た感情を吐き出した声は震えていた。

反らされた瞳はやけに潤んでいて、褐色の肌を真っ赤にして。
意地の悪い笑顔を浮かべていた青年も、今だけは凄く幼く見えた。




「あ…いや、その…だから!」





きっと、私が断ったから泣きそうんだ。

前髪の隙間から見える瞳はこっちを睨んでいるし、
顔を赤くしているのも恥ずかしいからじゃなくて怒っているからに思えてきた。

慌てて取り繕うと重ねられた手をパッと離し
私は両手を顔の前でブンブンと横に振る。

もう、こう言う時どうして良いか分からない。





「セネルが嫌いとかじゃないんだよ!むしろ好きな方!」
「今更何言ってるんだよ…」
「い、今更って!だって誤解されたままじゃ嫌だから!」
「……誤解?」
「っ…だから!」





話が噛み合わず、私の焦りは頂点へと達していた。

だけどこのまま勢いで言ってしまうのも嫌だと
ゆっくりと息を吸い、体内の空気を入れ替え、吐く。





「だから…分からないから」

「返事もハッキリ、出来ない」





嫌な沈黙が辺りに広がり、居た堪れない状況に意味もなく手が動く。

何か返事をしてくれれば良いのに、
そう思いながらほんの少し視線を上げた。

視界の端にはセネルの口が映っていて
首の傾き具合からすると恐らく私を見ているんだろう。

何とかしてよ、と誰に願う訳でもなく心の中で祈れば
セネルの口からは大袈裟な程の溜め息が漏れた。





「…鈍感過ぎだろ」
「は…?」
「は…?じゃなくて」





「俺にとっては今のの言葉、想像以上に良い返事に聞こえたけど」





セネルは口角を上げ、柔らかい笑みを私へ向けた。

努気も照れもないその笑顔に、心臓が強く脈打つ。
自分でも、壊れてしまいそうだって思うくらい。





「い、良い返事って…」
「告白の返事だよ…付き合ってくれるって事だろ?」
「っ違うよ…私、分からないからごめんって…!」
「そう言われた気分にはなれないな」
「は、はあ…?」
「第一、そんな理由じゃ納得出来ない」





さっきまで笑っていたはずなのに、セネルはまた真剣な表情を浮かべる。
解いたはずの手をもう一度掴まれて、体がビクリと大きく跳ねた。

なんだか、私の知ってるセネルじゃないみたい。





「…あ」
「あ…?」
「じゃあ、こう言うのどうだ?」





そしてまた表情をコロッと変えて
柔らかいとは別の、何処か楽しげな笑みを浮かべる。





「試しに付き合おう、俺と」





ドキッとした。
彼の無邪気なこの笑顔が大好きだから。





「それなら良いだろ?」
「…や…良いのかなこう言うの…」
さえ良ければ問題ない…それに」





セネルは私の背中に手を回し、その厚い胸板へと引き寄せる。
すぐ近くにあるセネルのぬくもりに心臓が五月蠅く鳴った。





「絶対、後悔なんかさせない」





求めていたぬくもりがこんなにも近くにある。





「なんて、偉そうに言うけど…汚いよな、俺」
「…?」
「試しになんて良い気分じゃないだろ?…だけど、もう嫌なんだ」





「…もう、離さない」

「この幸せを、離してたまるもんか」





温かい、そう思うのはこのぬくもりのせいか
それとも私達を見守ってくれているステラのお陰か。

どっちにしても優しくて柔らかくて、気持ち良くて。

無意識の内に彼の背中に手を回す。
セネルはそれを返事と受け取り、嬉しそうに微笑んだ。


…やっぱり、私も好きなのかな。


そんな言葉を胸の内で転がし、大きな大きな空を見る。
透き通った青い空はあの日と変わらず穏やかで、私達を祝福しているようだった。





「…おかえり、
「…うん」





「ただいま、セネル」





…―――そしてただいま、私の大好きな世界。









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14/01/27