「大陸に行けるの!?」
明日から仕事で遺跡船を離れるジェイは荷造りの真っ最中。
私はいつものようにそれを手伝い、リストに書かれた通りの薬を取り出し鞄へ詰める。
ああ、この荷造りが終わってしまえば明日から一週間、ジェイはいない。
嫌だなあと思えば思う程動作は遅くなり、しまいには手伝うのを止めた時だった。
ジェイの口から「一緒に来ます?」、と初めて大陸に誘われたのは。
「言っておきますが仕事も兼ねてですよ」
「ジェイと?二人で?私が!?」
「…人の話、聞いてます?」
「わー!嬉しいなー!」
床に座りバンザイをする私とは違い、ジェイは早速言った事を後悔している様子。
私は彼の反応に気付きながらも、遺跡船の外の世界に心躍らせた。
どんな場所で、どんな人が、どんな生活をしているのだろう。
未知なる世界を知る事に何の戸惑いも恐怖もない。
ただただ楽しみだと言う感情が溢れ出た。
「楽しみだね!ジェイ」
「全然」
「…は?」
自分から誘っておいてこの反応。
テンションの格差に呆然とする私を余所に
ジェイは自分の身支度だけをせかせかと進めている。
「…何で」
「まず一つ」
「?」
支度をする手が止まったと同時、違和感を覚える程のピシッとした声に体が跳ねた。
「連れて行かないと文句を言うから仕方なく同行を許したのに、余計に騒がしくなってる事」
「…」
それは今の私に対する注意…いや、明らかなる嫌味だ。
その通りかもしれない、と言葉を詰まらせるものの
そうさせているのは誰だと心の内で悪態を吐く。
「後もう一つ」
「…なに」
「とにかく貴女、目立つんですよ」
「声は大きいし田舎者丸出しだし、服もこの世界の物でなければ髪も瞳も特殊」
「字も書けないし読めもしない、人の名前をすぐに言う」
「そんな事―――……」
「知らない人について行くしあれこれ買ってワガママばっか」
「…」
「しまいには拗ねてどっか行くし、何なんですか本当」
「そ、そんな溜まってるとは知らなかった…」
次から次へと飛び出す言葉に、反論しようにも隙が全く見当たらない。
一の事柄に言い訳をすれば十の追い撃ちが返ってきそうだ、とゾッとした。
「とにかく、一緒に行くならある程度の事は約束してもらわないと」
「うん、良いよ!」
それでジェイのイライラが治まるなら安いものだと
私はぐっと拳を握り、気合い充分に次の言葉を待つ。
ジェイは一度息を吐くと真面目な表情を私に見せた。
これから戦いに出る訳でもないのにおかしいな、と心の中で呟く。
「まず走らない事。止まれって言ったら止まる事」
「うん」
「歩く時も傍から離れない。手か腕、掴んで下さい」
「はい」
「僕が仕事中の時は絶対に宿から出ない、知らない人について行かない」
「大丈夫!」
「後意味が分からない事でキレない」
「…あは」
「…何笑ってるんです」
我慢出来ずに吹き出せば、ジェイは眉を顰め不愉快だと言わんばかりに目を細めた。
「ごめん」、と言いながらも笑う私をジェイは睨み黙って見つめる。
いつもなら嫌な気分になる睨みも、今なら微笑ましいと感じた。
「だってジェイ、お母さんみたい」
アハハ、と笑いながら紡いだ言葉にジェイはきょとんと目を丸くした。
「なんか、遠足する前の夜みたいだなって」
「…」
「あれ持った?これ持った?他の子に迷惑掛けないでねって、お母さんが良く言ってたから」
「……」
「なんか、温かくて思い出しちゃっ―――…」
「た」と続けるはずだった言葉は途切れ、唇が重なる。
柔らかく暖かいそれはただ触れるだけのキスをして
驚き目を見開く私の瞳には伏せた瞳に被さる、ジェイの長い睫毛が見えた。
「…」
「あ、の」
どうしてまた急にキスなんか、と聞きたいのに言葉が全然出てこない。
恥ずかしいとかじゃなくて、ただ単に驚いているんだ。
ジェイとこんな時間、場所、雰囲気で柔らかいキスをしたのは、きっと初めてだったから。
「…母親じゃなくて」
「へ…?」
「恋人でしょう」
そう言って私の頬を触り目を細めるジェイに何も出来ず為すがまま。
真意は見えないものの、彼が怒っている訳じゃないと分かるのに時間は掛からず
頬を触る冷たい手に自らの手を乗せ、キュッと握り口を開いた。
「…うん」
「何ですか、急にしおらしくなって」
「ううん、何も」
「ただ、何か嬉しくて」
口元が綻び、ふにゃりとだらしない笑顔を作る。
ジェイの瞳に映る私は幸せと言うには度が過ぎ、気味が悪かった。
「分かってるよ…ジェイは私の大好きな人」
「…」
「お母さんなら、こんなにドキドキしないよ」
そう言って彼の手を自らの心臓に当て、「ね?」と軽く首を傾げる。
トクトクと動く心臓は、ジェイの手を意識すればする程五月蠅くなった。
「本当に五月蠅いですね」といつものように私をからかう言葉とは裏腹に
ジェイの笑顔は凄く柔らかくて、私と同じ幸せを感じてくれているみたいだった。
「…約束、全部守れたら美味しい物でも食べに行きましょう」
「ホント!?」
「ええ」
「僕も貴女との旅が楽しみになってきたので」
そう言って、いつもより多めに予備の薬を取り出し始めたジェイの背中に
私は今すぐ抱きつきたい衝動に駆られる。
だけどもまずは人の邪魔をする前に自らの身支度だ。
キュッポ達から大きな鞄を受け取り、必需品を詰め込む。
それでもジェイの姿をチラリと見る度
体の中心からジワリジワリと喉に込み上げる何かに頬が緩んで
ああ、これが“幸せ”って意味なんだ、と改めて感じた。
any time with you
(わージェイ、凄い!広いよー!)
(走るなって言ったでしょう!!)
14/02/16