日付が変わる数分前、深夜十一時五十分。
カタン、と控えめな音を立て扉が開き、私はゆっくりと振り返る。





「おかえり、ウィル」
…まだ起きていたのか」





帰宅したウィルを笑顔で迎え、ソファへと誘う。
ウィルは驚きを隠しきれぬ表情を浮かべながら促されるよう腰を下ろした。





「どうした?いつもならもう寝ているのに…何かあったのか?」
「ううん、大した事じゃないよ」





「ちょっと目が醒めちゃって」、そう言って私はウィルの前に水の入ったコップを置く。
仕事中喉を潤す暇もなかったのだろうか、ウィルは私に礼を言うと
コップに口をつけ勢いよく液体を流し込み喉を鳴らした。





「コーヒーもいる?」
「いや、良い…ありがとう」
「ううん」





「お風呂も沸いてるからね」と口にしながら隣に腰を下ろすと
ウィルは眉を下げながらクスリと笑った。





「今日は随分と世話焼きさんだな」
「そうかな?」
「まるで大人の真似事をするハリエットみたいだ」
「やりたいからやってるだけだよ!」
「だけどいつもと違う」





からかいながらも諭すよう、ウィルは言葉を続ける。
私の本音を引き出そうと優しく、丁寧に。
以前教師をやった事がある彼らしい行動。





「じゃあ、何が違うと思う?」
「見当もつかん」
「本当?」
「ああ」





他愛もない会話を繰り返している内に、時計の針がカチリと動く。
ウィルが帰ってきてから丁度十回動いた長針は、午前零時をピッタリと示していた。





「ウィル」
「ん?」
「お誕生日おめでとう」





ハリエットを起こさぬよう、控えめな声量で言葉を紡ぐ。
自分のものとは思えない、穏やかな声だった。





「…知っていたのか」
「街の人に聞いたんだ!皆ウィルの誕生日覚えてたよ」
「ああ…そうか」
「皆からお祝いされる、忙しい一日になりそうだね」





「きっとセネル達もハリエットも、色々準備してるよ」と言葉を続ければ
ウィルは困ったように笑いながら「それは大変だ」と言う。





「…だから起きてたの」
「?」
「ウィルはたくさんの人からお祝いされるって分かってるから」
「…どう言う事だ?」
「…特別になりたかったんだ」
「特別?」
「ウィルの誕生日を、一番最初に祝った女になりたかったの」





何だか照れ臭く、頬を掻きながらへへ、と笑う。
薄暗い部屋の中、互いにどんな表情を浮かべているかも曖昧だ。
だけども月明かりにぼんやりと照らされている私の顔が
赤く染まっているのはきっとバレているだろう。





「…ありがとう、
「うん」
「特別な一日になった」
「うん!」





ウィルの柔らかな声を聞くと、冷えた手先が温まる。
祝う側なのに、こんなに幸せで良いのかと考えてしまうくらい。





「…
「うん?」
「プレゼントが欲しい」
「うん、何が良い?」





「ウィルが欲しいものなら何でも良いよ」と笑えば
ウィルは私の頬に手を伸ばし優しく擦った。

ああ、いつもと同じ。
優しく頬を擦る時は、いつも決まって同じ事をする。
ゆっくりと顔を近付け、唇に触れ、撫で、重ね。
優しい優しいキスが許されるまで続く。

ただいつもと違うのは
今日と言う日が特別で、このキスの意味もまた特別だと言う事。





夜の灯の色










16/05/14