「おはよう」
「…おはよ」





私と彼が一緒に住むようになってどれくらいだろう。
いや、これは全くと言って良い程積もる話ではない。

寝泊まりする部屋もお金も持っていない私は
今まで見境なく知り合いの寝床へと転がり込んでいた。
それを付き合い始めて半年のセネルがストップを掛けたと言うだけの話。

「理由なんて、聞かなくても分かれよ」と言ったセネルの顔は
我慢の限界を訴える、それはそれは切ないもので。
セネルと付き合う前から自由気ままに過ごしていた私も
この時始めて「悪い事をしていた」と思い謝罪をしたのだ。

同居し一つ変わった事と言えば、ほぼ毎日、セネルが私よりも早く起きて朝の支度をしている事。

昔は寝ているセネルを叩き起こすのが私の日課だったのに、と
ここ最近セネルのだらしない寝顔が見れない事にもどかしさを感じている所だ。





「朝食の準備、出来てるぞ」
「あ、ありがと」
「どういたしまして。ホットミルクで良いよな?」
「う、うん」





寝起き声で返事をし、先に階段を下る彼の姿を追う。

「ゆっくりで良いからな」、と言って笑う姿はまるで仏のように穏やか。
非の打ち所がないって、こう言う事を言うんだろう。





「セネルは良いお嫁さんになりそうだねー…」
「…なるのはだろ」
「無理、なれない」
「…は?」
「私、良いお嫁さんじゃなくてぐーたらなおばさんだよ」





大きな溜め息を吐き、テーブルに並ぶサラダを摘み口に入れる。
セネルが甘い物好きの私の為に選んだのか、酸味の少ないプチトマト。
野菜の良し悪しも分かるとは何事だ。





「なれないって、そっちか…」
「へ?」
「いや、嫁になるつもりがないって意味かと…じ、じゃなくて」





一人慌てる姿すら完璧だ、と感じるのは盲目だからだろうか。
ともかく惚れた弱みである事に変わりはないだろう。

セネルは立派な旦那さんになれそうだと感じると共に
自分と彼との差が開きすぎている事に虚しくなった。





「…ご飯を作るのもセネルの方が上手で、起きたら掃除も終わってる」

「最近は発芽米みたいな寝癖もないし、服にも皺一つないし」

「…私がセネルの為にしてあげられる事って、ない」





「これじゃホントにヒモだよ」、とその場に蹲る私をセネルの影が覆った。

なら今までのお前はヒモじゃないのかと問われれば、ハッキリと答える事は出来ないけど
自分の好きな人にここまで尽くされているのに何も出来ないのが辛かった。

朝早く起きる努力もしたけど、セネルのような体力もなく昨日の疲れが体に残る。
ましてや使っているベッドからは大好きな人の香りがするし、自然と寝不足になるのも当然だ。





「私も愛されるより愛したいですセネルさん」
「…そ、そっか」





セネルの声は語尾にいくにつれ薄くなり消えていく。
今まで口にしてこなかった私の本音に動揺しているのだろう。





「…よし!私に出来る事があったら何でも言って!」
「え?」
「と言うか今すぐ命令して!」
「お、おい…何言って…」
「私だってセネルに何かしてあげたいんだよー!」





目の前の両足に掴まり、ガクガクと体を揺らす。
駄々をこねる私にセネルは何とかバランスを保ちながら、慌てて声を上げた。





「分かった!分かったから!」
「ホントに!?じゃあ早速言って!」
「は!?あ…いや、そうだな…」





セネルは驚き目を見開いたかと思えばううん、と唸り
思い付いたと笑みを作れば、顔を真っ赤にし「いや、これは」と独り言を漏らす。

一体何を考えているんだろうと小首を傾げながら、私はセネルの言葉を待った。

やっと一人百面相が終わり、その口からどんなお願いが飛び出すのだろうと体を揺らす。
セネルはそんな私との距離をグ、と縮めた。

すぐに離れた軽いキス。

セネルは眉を下げ、頬をほんのりと朱に染めている。
だけども私の方がずっとずっと赤かったに違いない。





「…これ、毎日やって欲しいんだけど」
「…」
「…」
「…え?」





余りにも唐突なお願いに変な声が出る。
恥ずかしくて頭がおかしくなりそうなこの行為を、毎日?
しかも、私から?誰に向かって?





「セ、セネルに…?」
「…他の奴にする気かよ…」
「ち、違うよ!でもセネル相手でも何か、その…!」
「恥ずかしい?」
「ッ…」
「…じゃあ、朝起きた時と夜寝る時だけで良い」
「に、二回も!?」
「に、二回“しか”だろ!」





「付き合って何ヶ月だよ」「なんでまだキスで緊張しなきゃいけないんだ」、と
セネルは不満をぶちまけながらグシャグシャと頭を掻く。

数分前「何でも言って!」と言い放った自分を殴りたい衝動を抑え、
汗でへばり付いた髪を耳に掛けた。

窓を揺らす風の音さえ五月蝿く感じる沈黙を、先に破ったのはセネルだった。





「飯の準備も掃除も、が好きで俺が勝手にやってる事だ」
「…」
「だけど、もし許されるなら…こんな形で返事が欲しい」





そんな言い方、ずるい。
嫌味を感じさせない言葉選びも、やはり何処までも完璧な性格も。
私をその気にさせる、綺麗な瞳も。





「…よ」
「?」
「いい、よ」





「私も、セネルの為なら何でもするよ」





しゃがむセネルの手の甲に、そっと自らの手を重ねる。





「セネルの喜んだ顔が見たい」
「…」
「だって、セネルが好きだから」





長く一緒にいて、「ああ好きだなあ」と感じる事はしょっちゅうだけど
改めて口にしたのは物凄く久しい気がする。

五月蠅く鳴る心臓の音が漏れ出していないかといらぬ心配で気を紛らわそうとしても
徐々に距離をなくす自らの唇は微かに震えていた。





「これ、朝の―――…」
「ッちょっと待て、」
「…へ?」





約束通り、朝の分として唇を重ねようとする私の肩をグッと押し出し
セネルは片方の手で自らの口を覆い、視線を顔ごと逸らした。





「、やっぱり何もしなくて良い」
「…は?」
「これも立派な命令だろ?は気持ちだけで良い、って事で」
「なっ…何それ!それじゃ今までと変わらないよ!」





理不尽な取り決めについ声が大きくなる。
ギャーギャーワーワー騒ぐ私よりも大きな声で「良いから!!」と叫ぶセネルは
一つ舌打ちをすると私から離れ、キッチンへと向かった。





「お前に何かされると、優しく出来なくなりそうなんだよ!」





ミルクをお鍋からカップに入れている最中、セネルは半ばヤケクソ気味にそんな事を言った。





「って何言ってるんだよ!!」





こっちが「何言ってるの」と言うより先に一人で強烈なツッコミを入れたセネルは
流し台へ乱暴にお玉を投げ入れて、私がいつも座る場所にドン!っとカップを置いた。

私はただただそんな彼の行動を口を開けて見る事しか出来ず。





「……寝る」





一人で耳まで真っ赤にし、イライラしているのが分かる程低い声を出す。

口を尖らせ拗ねるセネルの姿はこれまでも何度か見た事はあるけど
同居してからは初めてだ、と小さな発見に目を丸くした。

そして大人だと思っていた彼も、私と同じまだ年頃の男子だと言う事を理解したのだ。





ラヴァーズ

(あ、おやすみのチューはー?)
(ッしない!!)










14/03/08