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内海港に到着したのは昼だった。 同じ船に乗っているかもしれない、と辺りを見渡すものの彼女の姿は見えない。 もう既に到着しているのだろうか、ならばこれ以上待たせる訳にもいかない。 僕は無意識の内に足を速め港を後にした。 久しぶりの灯台の街。 あの国とは違う温かな空気を肌に感じ、 「ああ、戻ってこれて本当に良かった」と安堵の息を漏らす。 「…?」 街の入口に見覚えのある男性を見つけた。 「セネルさん…?」 戸惑いながらも名前を口にすれば、セネルさんはフッと視線を上げ柱から体を離す。 見開かれた目の下にはくっきりと濃い隈が浮かんでいた。 「ジェイ…」 「何かあったんですか?」 「ジェイこそ、は…」 セネルさんの発言に僕はらしくもなく眉を顰める。 セネルさんが彼女の名前を出すと言う事は、きっと全てを知っているのだろう。 誰かに相談するぐらい彼女を追い詰めていたのかと思うと酷く心が痛んだ。 「ここで会おうと約束しているので」 「…なら、まだ来てないぞ」 「どうして分かるんです」 「ずっと、ここで待っていたから」 出来た人間であれば、ここで感謝の言葉を口にするだろう。 だけど僕は強く拳を握る事で自らの感情を抑えていた。 腹が立つ、と言う表現が近いだろうか。 僕が知らない情報をセネルさんが知っている…それも愛しい彼女の事。 「…交代です」 セネルさんの横を通り過ぎる間際発した声は、酷く怒りに満ちていた。 「今度は僕が待つ番だ」 セネルさんは一度目を見開くと困ったように眉を下げて笑う。 「それなら安心して寝れそうだ」 「初めからぐっすり寝ていても良かったんですよ?」 「…そうだな。とりあえず家に戻るよ」 灯台へ向かう僕と自らの家に帰るセネルさん。 行く道は同じだと言うのに、僕達は顔を見合わせる事も言葉を交わす事もせず ひたすら自らの目的地へと足を動かした。 静かな波音と鼻を掠める磯の香り。 「!」 白い砂浜を蹴り、大きな声で名を叫ぶ。 だけど返事はない…聞こえるのは波の音だけ。 「ッ!」 最悪の結末が脳裏を過る。 いや…あの場にいる兵は例外なく深手を負った。 彼女はそんな奴等に負ける程弱くない。 必ずいるはずだ、と何度も何度も名前を呼んだ。 声が枯れても、何回も何回も。 それでも僕が望む人は姿を見せず、 この大地にいるのは僕一人だけと言う事を嫌でも思い知らされた。 僕が遺跡船に戻ってきてから一週間が経つ。 遺跡船にとある情報が届いた。 大陸にある国が一つ壊滅していた事。 そのせいで一時的に船が出港停止になっている事。 あの時、どうしてもっと冷静な判断が出来なかったのだろう。 兵を負傷させれば彼女を追う者も減り、負担がなくなると思った。 だけど実際は逆…僕が国一つ滅ぼしたせいで彼女の逃げ道までも塞いでしまった。 船が使えなければこの街には戻って来れないと言うのに。 二ヶ月が経つ。 「ジェイ、出てこないな…」 「食料もあるだろうし、問題ないだろう」 灯台の前、セネルとウィルは言葉を交わす。 彼等の言う通り、ジェイは一週間に一度食料を取りに街へと現れる。 だがそれ以外の時間は灯台の中で過ごしていた。 セネルは日に日にやつれていくジェイを必死に止めたが、それも無意味に終わり現在に至る。 「本当に、は戻ってくるのか…?」 「…信じるしかないだろう」 何度目か分からない溜め息を零したと同時、灯台の街まで船の汽笛が届く。 二人は互いに目を見合わせ、突如差した一筋の光に表情を明るくした。 この時間帯に来るはずのない船が来た。 恐らくそれは、騒ぎになっていた例の国からのものだろう。 「港に行くぞ!」 「いや、待て」 「ッどうして止めるんだよ!?」 睨むセネルに対し、ウィルは困ったように眉を下げ笑った。 「最初にと話す奴は、ジェイが相応しいと思わないか?」 何もかも理解しているその瞳を前に、セネルは動かしかけていた足を止める。 早く会いたいと言う気持ちがありながらも、その言葉に肯定せざるを得ないのだ。 ジェイとセネル、両方の想いに気付いているウィルだからこそ出来る対応だっただろう。 足音が聞こえる。 その音は次第に大きく、灯台の前に立つ二人の耳まで届いた。 二人は同時に顔を上げ音の出処へと目を向ける。 人影が見えた。 黒い髪を靡かせ、珍しい服を纏った少女だ。 段々と近付いてくる少女が誰だか分かった瞬間、セネルはゆっくりと口を開く。 だけどもその口から少女の名を紡ぐ事はなかった。 少女は彼等の姿に気付きもせず、灯台の中へと消えていく。 取り残された二人の間には妙な沈黙が広がった。 あんなにも取り乱していたのに、何故セネルは落ち着きを取り戻したのだろう。 不思議に思うウィルに気付いたのか、セネルは肩を竦めながらクスリと笑った。 「あの目はジェイしか見えてなかったよ」 「セネル…」 「あんな必死な顔を見たら、止める事なんて出来ない」 「…そうだな」 感動の再会ならば二人が出会った後でも出来る。 セネル達は空を見ながら笑みを零し、灯台を離れとジェイが戻ってくるのを待った。 「ジェイ!!」 地下空間に私の声が響く。 返事がない、もう一度名を叫んでもそれは同じ。 「ジェイ!ジェイってば!」 「ッ…いるなら返事してよ!」 何度呼んでも結果は変わらない。 頭の中に浮かぶ“もしかして”を全て振り払い 私はいつものように彼が姿を現すのを待った。 「やだッ…ジェイ!」 返事の代わりに、私を包む温かいぬくもり。 背中越しに伝わる熱と鼓動、鼻を掠める香り。 「…遅いですよ…」 耳元から聞こえたものは、ずっと待ち望んでいた声だった。 この震える声を聞き間違えるはずがない。 脳が全てを理解したと同時、冷えていた体がジンワリと熱くなる。 「ごめん…!森に入ったら、抜けられなくなっちゃって…!」 「…」 「それで、気付いたら船が止まってて…!」 いつの間にか溢れ出していた涙が彼の手へと落ちる。 同時に体を包む力がきゅうっと強くなり、熱っぽい息が耳元に掛かった。 「はすぐに迷子になるから…」 久しく聞いていなかった私を呼ぶ声に歯止めが効かなくなる。 その腕を強く掴んで、胸の内に溜まっていた感情を吐き出した。 「だって…!」 「全く、さんはすぐに迷子になるんだから…」 「なっ…失礼だよ!」 「本当の事でしょう…ほら」 「?」 「…手を繋いでいれば迷子にならないでしょう?」 「ジェイが、手を引いてくれないから…!」 私、この温もりがなければ駄目なんだ。 ジェイがいなきゃ何も出来ず、ただただ泣いて蹲る事しか出来ない。 ここまで来れたのも、ジェイの事を想わなければ無理だった。 「もう、迷子にならないでくださいね」 「っ…」 「いえ、絶対にさせません…」 ジェイは言葉の通り、息が苦しくなる程強く私を抱き締めた。 「…おかえり、」 「ッ…ただいま!」 もう、こんな言葉も必要ない。 これから先、何があっても私達は離れる事はないだろう。 いつまでも、どこまでも 後書き▼ 06/01/21 修正:06/10/06 再修正:14/02/02 |