孤独に啼く波の音。
静かな空間に響く私の声。

もしここに私以外の人がいたら、独り言を言っている変人としか思ってくれないだろう。





「…私、もうあの子自体を殺す事なんて出来ない。
 だからってあの子の恨みを晴らすのも、もう意味ないと思うんだ…」





更にそれを否定し「海と会話をしている」なんて言えば
変人をも超越した存在になれるに違いない。





「だけど、話し合おうにも答えてくれないし…」

…―――…心の死、か。

「うん…って事で、帰れなくなっちゃったんだけど…」





波の音を聞いていると、凄く落ち着く。
でも、心の何処かには確かな焦りがあった。

私の中にいる破壊の少女と言う存在。
私が元の世界へ帰るには、彼女の存在が必要だった。

彼女の恨みを晴らすか、彼女自身を切り離すか。
それが元の世界に帰る二つの方法だ。


だけど、彼女は思いがけず“心”だけを手放した。


心の死、と言うのはまだ私の中に彼女の体が残っていると言う事。
残っている、と言っても心は死んでいる訳なのだから会話は出来ない。

彼女の心がなくなった途端、私は普通の人間になった。
ブレスは使えない、体は頑丈ではない、彼女の恩恵全てがなくなった。

そして同時に、元の世界へと帰る方法を二つ同時になくしたのだ。





「…ずっとここにいなきゃいけないのかなあ…」

…―――…否。

「…?」





思ってもいなかった言葉に顔を上げる。
一際大きな波の音が聞こえた後、頭の中で声が響いた。





…―――体でなく、心の死であれば手遅れではない。

「…」

…―――汝の選択で全てが決まるであろう。生かすも殺すも汝次第。

「それって…何とかすれば帰れるの?」

…―――今の状態ならば、心に追い討ちをかけ殺すのが最短の道。

「冗談!勿論生き返らせるよ!」

…―――蘇生させる手段を知っているとでも?

「分かんない…けど…」





言葉が詰まり、ついには何を言って良いのかも分からず唸り始める。

何か良い案はないだろうか。

彼女を助けられるような。
彼女の願いを叶えられるような。

そんな素晴らしい案は。





「…復活、運動みたいな…?」

…―――…。

「あの子、最後に『いらない物だった』って言ってたから…皆に理解してもらえれば…」

…―――無理がある。そうなれば汝の敵は多い。

「分かってるよ。陸の民と水の民の和解が進んでも、私だけはどっちにも敵視される」

…―――大それた事をしたならば、汝の命を狙う者だって出てくる可能性がある。

「じゃあ何か他に良い案あるの?」





波は止まり、静かな沈黙が流れた。
それが返事だと言っても過言ではない。




…―――全ては汝の意思のままに。

「ならこれで良いじゃん」

…―――しかし人類は破壊の少女の復活を望まない。

「…」

…―――それ即ち、汝の身に危険が及ぶと知れ。

「くどいよ…似たような台詞さっきも聞いた」





溜め息を吐き、私は海に背を向けた。

強く拳を握り、誰にもバレないよう気合を入れ直す。
最も、相手が海ならばバレていない訳がないが。





「色々ありがと!まだ帰れる手段があるって安心した!」

…―――あまり無理をするな。汝に力はない…無理をしたら汝の体が―――…。

「分かってる!ブレスは無理しない程度に使うよ!」

…―――我は力を制御しろとは言っていない。力を使うなと言っている。

「あーもう!いつからそんな心配性になったの…?」





前は放任主義だったのに、と思いながらも敢えて口には出さなかった。
どのみち彼には全てお見通しなのだから。





「自分の事は自分が良く分かってるから…そろそろアンタに似た心配性の監視役が来るから行くね」





もう一度海に背を向け、自らがつけた足跡を辿り昇降機を目指す。

海は何も語らず、ただ波の音を立てているだけ。
そして砂浜から離れれば、その波の音すら聞こえなくなった。















「貴様…!」
「うわっ!!」





灯台を出た瞬間、グイッと誰かに引っ張られ無意識に悲鳴が漏れる。

人の体を宙に浮かせる事が出来るヤツなんて、私の周りに一人しかいない。
そして私が街に居る事に怒りの言葉をぶつけるのも一人だ。





「誰が里から出ていいと言った!」
「ッじゃあ聞くけど、誰が里から出ちゃ行けないなんて言ったんだよ!」
「仕事のあるお前がこんな所をフラついて良い訳ないだろ!?」
「何それ、マジギレ!?仕事って言ったって部屋ん中篭ってるだけじゃん!!」





掴まれた腕を振り回し解こうとするも、力の差は圧倒的だ。
それでも負けじと睨み上げれば、腕を引っ張る張本人も私を睨む。





「外交官なんて立派なもん押し付けられてるけど、外に出ない外交官なんているか!」
「だからと言って貴様は仕事を放棄するのか!?」
「何それ…っどうせ私が外に出ると“破壊の少女”の噂が流れるから監禁してるだけなんだろ!?」
「ッおい!」
「そんなの仕事の内に入るわけっむぅ!?





大きく開いた口をガバリと塞がれ、篭った悲鳴がワルターの手の中で響く。

その白い手に噛みついてやろうか、ともう一度口を開けた時
空気の変化に気付き辺りを見渡した。

たった一回、言っただけだ。
声は大きかったかもしれないけど、ほんの少し出しただけ。


だけど住民はたった一回、“破壊の少女”と言った私に視線を向けている。


睨んでいる者、ぽかんと口を開けている者。
今にも襲い掛かろうと爪を光らせている者。

反応は様々だったが、どれも決して良いものではなかった。





「…」





私が大人しくなったのを確認すると、ワルターはゆっくりと手を離す。
ついつい呼吸を忘れていた私は、深く息を吸い、そして吐いた。





「ど、どーも…」





アハハと乾いた笑みを零し、
自分でも驚くくらいの速さでワルターを引っ張りその耳に手を添えた。





「どうしよう…!」
「だから里で大人しくしていろと言ったんだ」
「一歩も外出させてくれないそっちが悪いよ…!」
「…騒ぎになる前に帰るぞ」
「ッい…やだ」





自分でも驚くくらい、弱い声が漏れた。

あそこは、私の居場所じゃない。
私が帰る場所は、あそこじゃない。

もう、あそこには行きたくない。





「我侭を言うな」





腕を掴む力がグッと強くなる。





「そんな顔されたって、怖くない…!」
「…なら無理にでも連れて行く」





掴まれている腕が痛いくらいに締まる。

苦痛に顔を歪める私の体を無理に腕の中に納めると
ワルターは空高く飛び上がり街から離れた。





「……」





こうなると私にはどうする事も出来ない。

また、監禁…。

そんな事を思いながら素直にワルターの体へ腕を絡めると
ワルターは微かに目を細め、里の方へ飛んで行く。

飛び立つ私達を目で追うウェルテスの住民。
視線が体に刺さり、私は下を向く事が出来なかった。





「…上司が外に出たいって言ってるのに…」





やり場のないもやもやをワルターにぶつけて、嫌味ったらしく溜め息を吐く。
至近距離で見る彼はやっぱりカッコ良かったけど、正直もう見飽きた。





「面倒を見る部下の身にもなれ」
「はいはい…」





外に出れなきゃあの子を生き返らせる事も出来ないのに。
私は一体何をしているんだろう。


…さっきの住民達の瞳。


正直、本当に破壊の少女の復活運動なんて上手くいくのか不安になる。
だってあの瞳には、殺意がくっきりと映っていた。

でも、やらなきゃいけない。

この監禁されている日々から抜け出す為にも、元の世界に帰る為にも。










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修正:13/12/31