部屋は明るいし、食事も出る。
不便な事は何にもない。
きっと私の毎日を幸せだと言う人もいるだろう。
だけど私にとってはこの部屋、既に牢獄と化していた。
「復活運動か…」
「…」
「一番人が集まるとこって言ったらやっぱ港だよね…」
「…」
「…グッズとか作った方が良いかな?」
「知らん、何の事だ」
ブツブツと独り言を呟き続ける私に
ワルターは鋭い突っ込みを入れて溜め息を吐いた。
私は今、水の民の里に在住し外交官を務めている。
…いや、正確にはそう言う“設定”だ。
シャーリィのように信頼されているからではなく
ただ私がメルネスに匹敵する力を持った破壊の少女であるからと言う理由で
ほぼ強制的に押し付けられた仕事だ。
外交官と言っても表には一歩も出ないし
仕事と言っても親書に同意の判子を押すぐらい。
じゃあ何でわざわざ私なのかと言えば、仕事と言う偽りの縛りをつけ
里の中から出られないようにする為だ。
ウェルテスの住民はシャーリィを信頼し、互いの民族は協力し合っている。
心強い味方が加わる事に誰も反対はしないだろう。
だけど、それが破壊の少女だったらどうだろう。
街の皆は未だ真相を知らない。
全陸の民は大昔、破壊の少女が裏切り大沈下を起こしたと思っている。
実際、大沈下を見た訳でもないのに破壊の少女へ怒りを向けている人は少なくない。
…むしろ多い方だ。
そんなこんなで、再びゴチャゴチャした戦いが起きないよう
マウリッツは私をいない者として考える事を提案した。
私の正体を知っているのは里の中にいる水の民と、仲間達と、マウリッツ。
平穏に暮らしているウェルテスの住民は、破壊の少女が現世にいると知らずに生活しているのだ。
不自由はないけど、監禁されている事に変わりはない。
ウェルテスだけでなく里の中を歩き回る事すら制限され、外に出れるのもほんの数分。
毎日のように見ていた空は、すっかり閉じきっていた。
「…まあ良いや。とりあえず港行ってこよ」
「おい」
立ち上がり部屋の入り口へと向かう私を、ワルターは腕を引いて止める。
…この男も相当物好きだ。
使命とは言え、部屋に閉じ込められている私と四六時中一緒にいるのだから。
「ワルター…」
「死にそうな声を出しても駄目だ」
「…」
くそう、と小さく舌打ちをし、再び席に着く。
それを確認した後、ワルターも私の手を離し席に着いた。
だけどこんなんで諦める私ではない。
かかった、とバレないよう口元を歪ませて
勢い良く立ち上がり入口までダッシュする。
ワルターが驚き目を見開いている頃には
既に階段を駆け上がり地上はすぐ近くにあった。
「二ヶ月も一緒にいればワルター引き剥がすのなんて余裕だよ!」
「ッ貴様…!」
このやり取りは、あの戦いが終わった後二ヶ月間、ずっと続いてる。
しかし数分後には、ワルターに首根っこを掴まれ
宙ぶらりにされている私の姿が水の民の里の中で発見されていた。
これも二ヶ月間、ずっと続いている事だ。
「…昨日は上手く出れたのに…」
「あんな失敗はもうしない」
「あーもう…じゃあ抜け出さないからさ!」
満面の笑みを浮かべながら必死に口を動かす。
不機嫌な顔は一瞬きょとんとした表情に変わった。
「マウリッツに許可取れば良いよね?」
「…」
「監視役がワルターでも、私を監禁する事を決定したのはマウリッツでしょ?」
「監禁ではなく保護だ」
「どっちも一緒だよ!ね、許可取れば外出ても良い?」
「…無理だと思うがな」
首根っこを掴まれたまま、私はマウリッツのいる会議室へと向かって行く。
周りからはクスクスと人を馬鹿にするような笑い声。
うざったい、とその場にいる全員を睨みつけると今度はヒソヒソと声が聞こえる。
前にもこんな事があったなあ、と思いながらも
私はただ睨むだけで、それ以上人に危害を加えたりはしなかった。
最も、ワルターがいる限り里にいる住民に襲いかかる等無謀な事だ。
「どうしてダメなんだよ!!」
「前にも言ったはずだ。
君が外に出る事で再び戦いが起こってしまう。滄我は戦いを望んでいない」
「私だって望んでない!ただ全員が和解するためにはこの運動が必要だって…!」
「滄我は両種族の和解だけを望んでいる。
何処ぞから来た異世界の少女の和解は望んではいない」
「んなっ…アンタ…!」
私とマウリッツは戦いが終わった今でも、これでもかってくらい不仲だった。
意見の衝突が何よりの原因なのだろうけど
正直、同じ志があってもコイツと分かり合うなんて到底無理だ。
重い沈黙が流れる中、私は精一杯思考を巡らせる。
「…今考えてる事が上手くいけば、私は元の世界に帰れる」
「…」
「邪魔な存在がいなくなるのは、マウリッツにとって良い事なんじゃないの?」
「……まぁ、その話はひとまず置いておくとしよう」
「ち、ちょっとまだ話が…!」
「君は、昨日自分の起こした事件を覚えているのかな?」
まだ終わっていない、そう叫ぼうとした私の声をマウリッツが鋭く制止する。
「事件…?」
唐突に何を、と首を傾げながらも、私は昨日の記憶を思い起こす。
昨日は珍しく早く目が覚めて、ワルターが寝ている隙に灯台の街へ行ったんだ。
誰よりも先に静の大地にいる滄我に会いたくて灯台を降りた。
それで確か、帰る時にワルターに捕まって、ムキになって自分の正体を大声で…。
「たった一日で、と思うかもしれないが
昨日の君の発言で破壊の少女の存在が噂されるようになってしまった」
「…嘘」
「容姿は“漆黒の髪と瞳”とまで断言されるようになったらしい」
「…それ、私だ」
「ああ…そして、遺跡船内部だけではなく既に大陸にも噂が流れ出ているのだよ」
重たい口を動かし、マウリッツは言葉を並べる。
「でも、こんな容姿そんな珍しくないよ」
「…」
「だって、クロエもジェイも髪黒いし、それに目だって対して珍しい色じゃ…」
「君は違うのだよ」
「黒一色なのだ…夜の空よりも、深海よりも、君の髪と瞳は黒い」
「吸い込まれそうになる、言葉通り“闇”なのだよ」
「…気味が悪い程に」、と付け加えたマウリッツに、私は何も言い返せない。
髪の色も瞳の色も、人より変わっているなんて思った事なかった。
少なくとも、今目の前の男に指摘されるまでは。
隣にいるワルターも難しそうに眉を顰め、黙って私達の話を聞いている。
そんなワルターの目を見て、自分が思っているよりも事は深刻なのだと気付いた。
「噂が広まれば大陸から君を殺そうとやってくる者もいる」
「…」
「…いや、既に早朝の便で来ているかもしれないな」
「そんな…」
「先程はキツい言葉を言ってしまったが、私だって君に死んで欲しくはないのだよ」
「…マウリッツ…」
微笑を見せるマウリッツの言葉に、じーんと目頭が熱くなる。
「私の事、心配してくれるの…?」
「もちろんだ」
「私の事好きだから?」
「ああ」
真っ直ぐと私を見て、マウリッツは強く頷く。
口元を手で隠してるのは何処か引っ掛かるけど
それが本心ならば私の言い分に少しでも耳を傾けてくれるはずだ。
「好きなら、少しは私のしたい事させて」
「無理だと言っている」
「何で!」
「君の命を狙う者がこの遺跡船内部に流れ込んで来るからだ。君はもう外に出てはいけない」
「…」
「君も滄我の意思に従うのだ。そうすれば殺されなくて済むのだから」
さっきと言っている事が同じような、同じじゃないような…。
つまり、その言葉を要約すればマウリッツの中では『私<滄我』であって…。
「ッ私より滄我が好きって言ってるだけじゃん!この老いぼれ!!」
「何の事か」
「とぼけるな!好きだからじゃない、アンタは私が邪魔だから監禁してるんだよ!!」
「戦争が起きぬようにだ…それに、君には死んで欲しくないのだよ、君」
「何今の間!?腹立つ!」
「…私は君が好きで言っているのだ」
「取って付けたみたいに言ってんじゃねえ!!」
テーブルに片膝を乗せ、目の前のマウリッツに拳を伸ばす。
その拳がマウリッツに届く寸前、私の首根っこを掴みワルターが制止した。
それでも尚暴れ回る私をマウリッツは黙って見つめている。
冷静な瞳と見せかけて私を嘲笑う、いつもの瞳だ。
「ッ心配の言葉だって、もう監禁する理由にしか聞こえないよ…!」
「…」
「それに戦争なんか起きるわけない!殺される対象は私だけなんだから!」
「そうではない…もし君が殺されれば、手柄を奪い合う争いが始まるのだよ」
「じゃあ殺されなきゃ良い!ただそれだけだ!」
「…寝込みを襲われても、食事に毒を盛られても死なない自信でもあるのかな?」
「っそれは…」
尤もな意見に言葉が詰まる。
マウリッツは悔しそうに拳を握る私を先程と同じ瞳で見つめていた。
大人に言いくるめられて、悔しくてだんまり。
本当、私は子供だ。
悔しい、何か策はないかと視線を上げると、
心配そうにこちらを見つめる青年と目があった。
これだ、と私はその腕を強く引っ張る。
「じゃあ、ワルター連れて行く!」
「…は?」
「寝込みはワルターが守ってくれるし、食事に毒が入ってたらワルターが食べてくれる!」
「お前、何を…!」
「危険になったら空に逃げられる!死ななきゃ良いんだよね?」
信じられない、そう言いたげなワルターの視線を無視し私は頻りに口を動かした。
机に乗せていた足を下ろす時には幾分か気分も落ち着いていた。
最も、ここで話が通じなければそれこそ爆発もんだったけど。
何かを考えているマウリッツの目は真剣その物。
私もその目に負けじと黙って相手を見つめた。
「…ふむ」
「…」
「争いが起きなければ滄我の意思には反しない…それは確かだ」
「っじゃあ…!」
「最も、危険性の高い行動をワルターが取る訳がないがな」
そう言ってマウリッツはワルターへと瞳を向ける。
反論を許さない程強く。
つまり、ワルターの返事一つで私の今後が決まると言う訳だ。
楽勝、とニヤリと口を歪ませる私と違い
マウリッツは全く表情を変えず、瞬きすらしない。
その余裕顔、すぐにでも崩してやる。
「ワルター」
「…」
「ねえ、ワルター…」
「…そんな目で見るな」
とにかく懇願だ、と瞳を潤ませる私を置いて
ワルターはたった一言吐き捨てると外へ出て行く。
部屋には私とマウリッツ二人だけ、何とも言えない沈黙が流れた。
チラリとマウリッツの様子を窺えば、妙に勝ち誇った顔をしている。
そんな挑発的な笑みにカチンとしながらも、私はフンと鼻を鳴らした。
「じゃ、このままこの里から出てくから」
「ワルターがいない内に、か?」
「もちろ―――…」
「勿論」、そう言う前に体を強く引っ張られる。
「迷惑をかけた」
「忘れ物はしないようにしてくれたまえ」
「然程重要な物ではないからな…つい忘れていた」
「いちいち癪に障る言い方しないでよ!」
そして私は再び、猫のように捕まえられたままあの部屋へと戻って行くのだった。
「…ワルターが良いって言ってくれたら、即行港に行くから」
「まだ誰も良いとは言っていないだろう」
「考えてくれてるなら今はそれで良いよ…今はね!」
「…」
部屋に戻った後も未だ答えを言わないワルターは
それっきりこの話に関しては喋らなくなった。
ワルターといる時はいつも静かだ。
だからいつも知らないうちに寝てしまっている。
いつになったらここから出れるのかな。
いつになったら皆のいる温かい場所に戻れるのかな。
もしかしたら、もう一生ここにいなきゃいけないのかな…。
「…やだ…」
そんな弱い想いから救ってくれるのは
いつも寝ている時に感じる、誰かの温かいぬくもりだった。
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修正:13/12/31