朝の七時。
目を開ければ、綺麗な横顔が一番初めに目に入った。
初めは慣れなかったけど
ワルターはいつもベッドの横で壁にもたれ掛かり、床に座って寝ている。
そして何時目を覚ましても、一部例外を除けば彼は起きていて、私の横でじっとしてるんだ。
「…起きたか」
「うん…」
「…」
「…もうちょっと…」
「勝手にしろ」
「ありがとー…」
もぞもぞと体を動かし、再び布団に潜る。
ワルターはそんな私を見て溜め息を吐き笑った。
こうして時間に縛られず好きな時間まで寝ていられる。
それだけはここにいて良いと思える事かもしれない。
「二度寝二度寝ー…しあわ―――…」
「幸せ」、そう言葉を紡ぐ前に響く扉の音。
最後まで言わせるものかと言わんばかりのタイミングだった。
バン!と響いた大きな音に
私のとろけた目はパッチリ、完全に覚めてしまった。
「食事です」
扉の前で仁王立ちする女の子は、その手におぼんを持っている。
逆光のかかるその姿は何処か神々しくも恐ろしくもあった。
「二度寝…」
「文句があるなら持って帰ります、では」
「あ、待ってよテューラ」
ご飯食べたいーと目で訴え、彼女の名前を呼ぶ。
が、そんな私の子犬的視線もこの子の前では無意味な物へと変わった。
「気安く呼ばないで!!」
ガチャン、と食器が大きく揺れる。
そして突如敵意を剥き出す蒼い眼。
「良い名前なのに!」
「っ貴女にだけは言われたくない!」
「あ、私って特別?」
この会話も、もう何回目になるのだろうか。
いつも私にご飯を持って来てくれるのはテューラだ。
初めてここにテューラが来た時
私はフェニモールに接していた時と同じよう、テューラの手を握ってしまった。
テューラの持っていたおぼんは落ち、食事は散らかり
私の手を思いっきり叩く所では治まらず、罵声を飛ばされた。
それが私とテューラの初めての出会い。
最悪と言っても過言じゃないってワルターは言っていた。
その言葉の通り、テューラから私への好感度はほぼゼロだ。
「む、また紙皿」
「まるで菌だな」
「そう言う事は伏せとくべきなんだよ、ワルターは乙女心分かってない」
「別に乙女じゃない奴に言ったって支障はない」
「あ、ワルターが乙女だって!今のレアじゃない?テューラ」
「いいから早く食べて下さい!」
テューラの仕事は私達の食器を運ぶとこまでらしい。
だからいつも私達が食事を食べ終わるまではずっと部屋で待機している。
最も、私は紙皿と紙コップを使用しているから関係ない。
テューラが言いたいのは普通の食器を使っているワルターの食事を邪魔するなって事だろうか。
「あ、テューラ」
「…」
「今度一緒にフェニモールのお墓行こ!」
「死んでも嫌です…姉さんのお墓にあなたが近寄るなんて、考えられない…」
「あ、残念!もう行ってますー!」
もぐもぐと口を動かしつつ私は言葉を発した。
「はしたない」と言いながらワルターは私の頬に付いたパン屑を取る。
まるでお母さんだ、と思いながらこくんと食事を呑み込み、テューラに笑みを向けた。
「だから一緒に行こうよ」
「…んで…」
「あ、そう言えば私フェニモールに借りた服返してないや…」
「ッ…」
「テューラに返した方が良い?」
「良い加減にして下さいッ!!」
バン!と強く壁を叩く音。
肩で荒く息をしながらテューラは私を睨む。
私はそれに動じる事なく、笑顔を絶やさない。
ワルターなんか私達のやり取りを慣れたと言わんばかりに無視し静かに食事をしていた。
「何で貴女と一緒に姉さんの墓に行かなきゃならないんですか!?」
「私が行きたいから!」
「勝手な事言わないで!」
蒼色の瞳からは殺気を感じる。
いつか見たワルターの瞳と同じ色だ。
「どうしてあなたなんかが生きてるんですか!?」
「…存在否定されても…」
「大沈下の邪魔をした癖に平然と里の中にいて…どうして貴女なんかがっ…!」
「…私なんか、死ねば良かった?」
「ええ、そうよ!!」
「…フェニモールにも同じ事言われた」
「双子ってやっぱり似てるね」、と茶化してみても
やはり殺気をもろに受けると言うのは良い気分ではない。
ワルターは小さな溜め息を吐きながら私の表情を窺っている。
何処までも心配性な彼に、私は小さくだけど笑みを見せた。
「じゃあ、食事に毒でも盛れば?」
「なっ…」
「出来ないんだよね」
「ッ長の命令があれが、すぐにでも出来るわ…!」
「出来ないよ」
「フェニモールも、出来なかった」
「出来るチャンスはいっぱいあったはずだけど、私を祝福してくれたよ」
テューラといると、気が付けば昔話ばかりしている気がする。
その度嫌な思い出に歯を食い縛ったり、良い思い出ににやけたり。
今日はどっちつかずの気分で、自分でも変てこな顔してると思う。
昨日、嫌な事があったからだろうか。
今日は色々抑えが効かない。
「別に私だって、里の中にいたくているわけじゃないし」
「っ…!」
「監禁してるのはそっちだよ。自分達の否を認めてないのはどっちだよ」
「偉そうにっ…!」
気付かない内に喧嘩越しになってる。
毎日、テューラと話すのは楽しみだったはずなのに。
「じゃあ出て行けばいいじゃないですか!」
「…」
「里の皆だって全員そう思ってます!何もしないでのんびりとここで暮らすなんておかしい!」
「…うん、自分でもそう思ってる」
驚き目を見開いたテューラの体が微かに震えている。
「テューラ」
「…なに」
「それって、“里の皆を代表しての言葉”だよね?」
「っ…そうですよ」
「こうして目にするのも煩わしい…!貴女なんか、消えてしまえば良いのよ!」
ズキリと。
本当ならここで心が痛むのだろう。
だけど私はその逆だ。
ニヤリと笑い、驚くテューラから視線を移し食事を終え口を拭く青年を見る。
「って言ってるけど?」
「…諦めてないのか」
「勿論!早く港に行って何とかしたいんだから!」
「…」
しばらくの沈黙を流すと、ワルターはご馳走様も言わずに(いつも言ってないけど)
無言で立ち上がり私の手を掴む。
「あくまで仕事だ」
「うん?」
「危なくなったら止めさせてもらう」
「っ…大丈夫、危ない事しないから!!」
喜び跳ね回りたい気持ちを抑え、私はワルターの顔を見つめた。
もしかしたら寝ずに考えてくれていたのかな。
ほんの少しだけ隈があるように見える。
クスクスと笑えば眉を顰め、ワルターはフイッと顔を反らした。
その反応が予想通りで、私はもう一度笑みを零す。
「テューラ!」
「っ…」
振り返り名前を呼ぶと、テューラの肩は大きく跳ねた。
驚かせてしまった事に「ごめん」と謝ればテューラが気まずそうに顔を反らす。
所作一つ一つがフェニモールに似ていて、それにまだ戸惑っている自分がいた。
「テューラのお陰!ありがとう!」
「…え…?」
「ワルターって頑固だから私が言っても聞いてくれないんだ!だから、話してくれてありがと!」
「な…何なんですか、それ…!」
震える唇から途切れ途切れの言葉が溢れ、
必死に何かを訴えようとしているのが分かった。
「私は出てけって言っただけです!あなたの手助けをした覚えなんか…!」
「結果的に良かったの!テューラが本当の事言ってくれなかったら一生出れなかったんだから!」
「…本当の事…」
「ここの人達って私の何処が怖いのか知らないけど、そう言う事面と向かって言う人いないんだ」
種族ではなく、そう言う人が嫌い。
そんなニュアンスを混めながら溜め息を吐き肩を竦める。
「ああやって、正直に言ってくれたのはテューラが初めてだよ」
出発するなら早く出発するぞと言わんばかりに引っ張られる手。
私はそれに従い、一歩前へと足を踏み出す。
この里を出る為の一歩だ。
「…分かりません」
「?」
テューラとすれ違う時、小さな声が耳に入った。
「私は、貴女を貶したのに…恨んでるのに、何でありがとうなんて…」
「…上辺だけの関係って、好きじゃないんだ」
そっと肩に触れれば、テューラはそれだけで体を跳ねらす。
ああ、まだスキンシップは早かったかもしれない。
「どんなに嫌な言葉でも、隠されるよりはマシなの」
「っ…」
「だから本音を言ってくれてありがとう」
肩に置いた手をそっと離し、私は階段を登る。
テューラに向けた笑顔のまま。
「…これだから、自分勝手な陸の民は…!」
彼女の悲痛な声は、外へと出た私には届いていなかった。
今日初めて浴びた日の光はいつもより眩しく感じた。
そんな私に影を作るかのようにワルターは前へ出る。
「港か」
「うん、初めは港」
「いきなり港で良いのかと聞いている。街の者に協力を煽るのも悪くはないだろう」
「だから港の方が人がいっぱいいるから良いんじゃん」
「…それだけ敵も多い事に気付け」
「それもちゃんと考えてるから大丈夫!どんなに多くてもワルターが守ってくれるでしょ?」
「…さあな」
冷たく突き放すような言葉をワルターは笑顔で零す。
そんな優しさに私も満面の笑みを返しゆっくりと足を動かした。
やっと。
本当にやっと。
これからまた、新しい旅が始まる。
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修正:14/01/01