ガヤガヤと、人の集まる賑やかな港。
もうすぐ船が入るのか、いつも以上に騒がしい気がした。
私が一歩踏み出せば、徐々に活気ある空気が消える。
そこからまた違う騒がしさが生まれ、新たな雰囲気に包まれた。
「わー凄い歓迎の仕方」
「だから言っただろう」
「…あぁ!!」
大声を出すとその場にいる全員が私を睨む。
国も年齢も性別も関係なく、私の声を聞いた全ての人がだ。
そんなのもお構いなしに私は大声で言葉を続ける。
「あそこにいるのセネルとシャーリィじゃ―――…」
いや、正確には言葉を続けようとした、だ。
私の声は入港してきた船の汽笛に掻き消されてしまう。
それでも隣にいるワルターには辛うじて聞こえていただろう。
でも全然嬉しそうじゃない。
未だにワルターは皆の輪に溶け込もうともしないのだ。
「って事はあの船にクロエが乗ってるのかな?」
「知るか」
「ちょっと見てよ!クロエが来たら私達も行こ!」
「活動はどうした」
もう一度船の汽笛が鳴る。
その音に導かれるよう、再び船へと目を向けた。
既に船は到着した後で、たくさんの人が港に流れ込んで来ている。
何処を見ても人、港を埋めてしまうくらいの人の数に思わず声が出てしまった。
「何あの量…!」
「はぐれるな」
「うん、気を付ける…け、どっ…!」
船から降りた人達は皆私達の立つ入り口に向かって来る。
避ける暇すら与えられず、人と言う荒波に流されて
私はたった数分前に交わしたワルターとの約束を無下にした。
「ッこんなの無理…ってかワルターがはぐれてんじゃん!!」
叫び声は再会を喜ぶ親子の声や元気いっぱいの商人の声に掻き消される。
ぎゅうぎゅうと押されながらも、人と人の間からワルターを探した。
だけど綺麗な金色の髪も、鮮やかな青色のマントも見つからない。
ぐい、と誰かに手を引っ張られる。
それは事故的と言うより、故意にやられた行為だった。
「ワルっ…」
ホッと安堵の息を漏らしながら引かれた手の方へと振り返る。
初めに視界に映ったのは、驚く程白い手。
ワルターよりも白い、生気を感じられない色。
そして長い指と皺のある皮膚。
人違いだ、と思い視線を上げた時、私の声も同時に止まった。
見た事はある。
けど、会うのは初めて。
思考は一時的に止まり、「会いたくなかった」と言う文字だけが脳内を支配していた。
「これはこれは…こんな所にお一人ですか?」
「っ…」
「…美しい髪色で…それに瞳も」
「ッどうも!」
掴まれている腕を振り解こうとするが、思った以上に力がある。
見た目からは考えられない程の力に私はただ焦る事しか出来なかった。
「まるで噂に聞く“破壊の少女”…とやらにそっくりですねえ」
「なっ…!」
「おや?その反応は…もしかして本当にそうなのですか?」
「ち、違っ…」
「貴女はすぐに感情が表に出てしまう人だ…読み取りやすく楽しい事この上ありませんねえ」
喉の奥で笑う、たったそれだけの行為なのに
私は必要以上の焦りと怒りを覚えた。
相手の瞳はまるで蛇のように鋭く、体の自由を奪った。
…殺される。
港に出た瞬間、こんな奴に殺されるなんて。
でもワルターもいない、セネル達も私の存在に気付いていない。
身を守る武器を抜く隙すら、きっとコイツは与えてくれない。
「…殺しに来たならさっさと殺せば…?」
「私がいつ、貴女を殺すと言いましたか?」
「…自分の弟子を捨てた奴が、破壊の少女に優しくしてくれるとは思わないから」
「…ほお」
別にコイツには関係ない。
過去が分かるとか未来が分かるとか、コイツ相手に遠慮する必要はないんだ。
挑発的な態度を見せられたら、ただそれに乗ってやるだけ。
「生憎、私は他の人と少々性格が違っていましてねえ」
「…知ってるっつーの」
「貴女が欲しくてわざわざ大陸から足を運んだのですよ」
「…は?」
呆気にとられた声を出すと、ソイツは再び笑い出す。
どうせまた単純な奴と胸の中で思っているのだろう。
だけど今の言葉には誰だって驚くに決まっている。
メルネスであるシャーリィじゃなくて、私が欲しい…?
「貴女の力は偉大だ…それは私の目的の為にとてつもなく必要な力」
「…メルネスの力じゃなくて、大沈下も起こせないような私の力が…?」
「もっと簡単に言えば貴女の異名ですよ。双方の種族を混乱させるのに、貴女以外の者は考えられない」
「…目的って、戦争を起こす為の?」
「おやおや、何でもお見通しのようですねえ」
緊張からか、自然と汗が頬を伝う。
呼吸も何処か荒く、視点が上手く定まらない。
ちょっと、何でこんなに混乱してるの。
しっかりしてよ。
「貴女を誰が殺すか…人間というのは本当に単純な者です」
「…」
「恨みの為、自分達の失敗をなくす為…自分の事しか考えていない」
「…そんな事…」
「貴女の力を使えば人間は恐れ怖がり、そして苦しむ…」
「私は、そんな力…」
「持っているんですよ」
倒れそう。
そう思った時には体がぐらつき、全身に力が入らなくなっていた。
腰に手を回され、倒れる寸前で目の前の者に支えられる。
それが嫌なのに、振り払えない。
「私の計画に貴女は必要不可欠なんです」
「っ…」
「退屈した世界に再び戦争を起こす為、貴女が欲しい」
「ほ、し…い…」
そして、気付いた。
自分がどうして自分の意思で動けなかったのか。
「わたしが…いる…?」
暗闇の中、端で顔を埋め死んでいた少女が
再び目を覚ましたのかもしれない。
どんな理由であれ、自分を必要だと言ってくれた者を。
たった一人の悪人を、その子の中の善人を信じて。
「…イラナイ…モノじゃない…」
違う。
こんなの、違う。
「うれし、い…」
そして目を開けた少女は、歪で、口が裂けるぐらいの汚い笑顔を―――…
…―――狂気の笑顔を私に向けた。
「ッワルター!!」
騒がしい港の空高くから、一人の青年が下りてくる。
髪を蒼色に光らせて私と男の間に割り込み、思いっきり足を蹴り上げた。
それを軽やかにかわし距離を取ると男は舌打ちをし
ワルターは私の体を自らに寄せて鋭い瞳を相手へ向ける。
ワルターに攻撃されても睨まれても、顔色一つ変えない。
その身の軽やかさも、腕力の強さも、見た目じゃ考えられなかった。
けど、私はコイツがそう言う奴だって知っていた。
知ってたなら、もっと早く対策をとるべきだったんだ。
「ッ残念だけど、アンタの仲間にはならないから!」
「…威勢が良いのは変わりありませんが、随分焦っているように見えますねえ」
「気のせいだろ!?」
「ならばもう一度ハッキリ言いましょうか。私は貴女が欲し―――…」
止めろと耳を塞ぎたくなった。
だけど私がそうする前に、薄い唇がピタリと止まった。
首は動かさず、敵はただ視線だけを動かす。
「から離れろ」
背中にピタリとくっつく拳を見て、ソイツは「おや」と平然とした声を発した。
「あまり調子に乗るなよ…」
「これはこれは…破壊の少女にもたくさんのお友達がいるようですね」
「は私達の仲間だ…それに公共の場で起きている事件を見逃す訳にはいかない」
聞き覚えのある声に目を見開く。
久しく聞いていなかった、大好きな仲間の声だ。
「事件なんてとんでもない。私はただ…さんが欲しいと言ったのですよ」
「は嫌がってるだろ…無駄な事せずにさっさと帰れよ」
「…そこまで言うなら」
すっと服に手を忍ばせ、奴はある物を二つ取り出した。
ジェイの使っていた煙幕弾と似ている物。
いや、似ているものではなく本物だ。
「皆離れて!」と声を荒げる前に、辺りに広がる霧。
噎せる匂いと目に染みる霧はいとも簡単に私達の身動きを封じた。
「ッい、た…!」
霧の中から無理に体を引っ張られたかと思えば顔を持ち上げられ、
顎を持つその手の力に声が漏れる。
そしてソイツは私の耳元で、甘く面白そうに
先程の言葉をもう一度、ハッキリと口にした。
敢えて私の名前を出さずに、“破壊の少女が欲しい”と。
体から力が抜けて、膝から崩れ落ちる。
霧が晴れた頃、既に男は姿を消していた。
代わりに私を守ってくれた仲間達がこちらに駆けてくる。
「大丈夫か」
「…」
「」
「…っ…」
激しい頭痛に襲われ、自らの名前すら忘れかけていた私を
現実に引き戻してくれたのはワルターだった。
立つ事も出来ず、ただただ痛みに耐え
私は自らの意思を手放すまいと歯を食い縛る。
「こっちにも被害が及んだぞ!どうしてくれるんだ!!」
「売り物がめちゃくちゃじゃないか!」
「皆さん、止めて下さい…!」
ワルターは庇うように私の視界をマントで遮る。
だけどシャーリィの声を聞いて何が起きているかはすぐに理解出来た。
「お前のその髪と色…破壊の少女なんだろ!?」
「過去だけじゃなく、また俺等の邪魔をするつもりか!?」
「貴公等、場所と言う相手を考えろ!女性にそんな事を言って良いと思っているのか!?」
クロエの声がハッキリ聞こえる。
だけどクロエの言葉に共感してくれる者は誰もいない。
「…やるなら手加減しないぞ」
遮られた視界の端、蒼い光が見え隠れしている。
セネルの低い怒ってる声…久しぶりに聞いた。
「…ひとまず移動するぞ。貴様等も街へ行くつもりなのだろう?」
「ああ」
「さん、大丈夫ですか…?」
「っ…」
「平気だよ」、そう口にしたつもりが上手く声に出ていない。
それでも動かなきゃ、と私は自分の力で立ち上がり、出口を目指した。
セネルの牽制もあってか、私に襲い掛かろうとする人は誰もいない
ただただ、嫌悪感を露にした鋭い目線だけが私を貫いた。
港を出てしばらく進んだ場所で、へたりと座り込む。
先程まで懸命に動かしていた足が、ガクガク震えていた。
「ッ…」
間違いなく生き返った。
気のせいなんかじゃない。
さっきの頭痛は、前と感覚が同じ。
でも、これじゃ本当に昔と…水の民を殺そうとしていたあの子と変わらない。
私は優しいあの子に戻って欲しかったのに。
「…最悪の、スタート…」
どうしてこんなにも純真無垢な少女の心は
薄汚い心を持つ者に奪われて行くのだろう。
私が必要と言っても反応してくれなかった日々を懐かしく思う反面、
無駄に思えて仕方がなかった。
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修正:14/01/01