まだ開業したてだからだろうか、闘技場にはほとんどの人がいなかった。
いても観客席ではぐーすか寝ている人ばかり。
完全に盛り下がっている闘技場をなんとかしたくてカーチスは私達を呼んだのだろう。
だけどこれじゃあ私が来た意味がない。
「闘技場で一騒ぎ出来れば、破壊の少女のイメージも変わると思ったのに…」
「そう簡単にいくか」
肩を落とす私の横でワルターは溜め息を吐く。
でもまあ、ここまで来てしまったなら仕方ない。
そう思いながらも受付に足を進めた時だった。
「ありゃ、ギーとん何してんの?」
受付の横には見覚えのあるガルフが一匹。
何を言ってもギートは「クゥン」と頼りなく鳴くだけ。
動物の言葉が分からない私達にはお手上げだった。
「これはこれは!」
「?」
「オープニングセレモニーにこれ以上の人材はないわ!」
「…オープニングセレモニー?」
受付で暇そうにしていた支配人が急に目を輝かせ声を荒げる。
皆は突然の出来事に首を傾げ、支配人の次の言葉を待った。
「力と力、爪術と爪術のぶつかり合い!美しい戦いの広場!」
「闘技場へようこそ!」
「闘技場…?」と小首を傾げるシャーリィの横
セネルとクロエは眉を顰めいかにも怪しげな支配人に疑いの眼差しを向けている。
「それでは早速説明させて頂きます!まずあちらのリングをご覧下さい!」
「リング…?」
受付のすぐ横には大きなリング。
人を詰め込めば数十…いや、数百入りそうなリングの中央には
審判の男が一人立っていた。
「まずは手前の入場口よりリングにあがります!」
「入場口…これか…?」
「さあさあ、どうぞ!」
「おいこら、押すな!」
セネルの背中をグイグイと押す支配人。
だけどその企みも無意味に終わる。
セネルと支配人の横を通り抜け、先にリングへと入ったのは私だった。
人が入ったのを確認すると、すぐ近くにいたイザベラさんが重たい扉をガタンと閉める。
くるりと振り向き笑顔を見せる私に仲間達は驚き目を見開いて固まっていた。
階段横にいるワルターなんか手を伸ばしたポーズのまま止まっていて、まるで銅像のようだ。
「オープニングセレモニー、私やるんで!」
「あ…あらあら…」
「ッオイ!」
引き攣る笑顔を見せながら、支配人はセネルの背中から手を離す。
「え、えっと…奥の入場口から出てくる魔物を
千切っては投げ、千切っては投げ、戦い抜くのが闘技場の掟!」
「仕切り直すな!」
「良いの良いの!私がやりたくてやってるんだから!」
「予定とは違うけど!」と付け加え私はセネルに小さく手を振った。
私を説得するのは無理だと気付いたのか、セネルは鉄格子に手を突っ込んだまま脱力する。
「カーチスさん、イザベラさん!一体どういうつもりなんですか…?」
「気にするな!サエ君は今、愛の為に戦おうとしている!そうだな?イザベラ君!」
「はい」
イザベラさんの返事を聞き、カーチスは満足気に頷いた。
仲間の皆はもう何がなんだか分からないと言わんばかり。
私はそんな仲間を置き去りにし、杖を構え一歩前へと歩を進めた。
「男には命散らすと分かっていても戦わねばならぬ時がある…それが愛だ!!」
「うんうん!そうなの!」
「サエは女だろ!?」
「細かい事は気にしない!」
「とりあえずいきますよ!対戦相手の魔物は…これだ!!」
ガタン、と音を立て向かい側の扉が開く。
「ヒョオオオ!」
予想通りの相手が、元気いっぱいに声を上げて登場してきた。
「…どっかで見た事ある魔物だね」
「う、うん」
「ワイは魔物と違うわい!この娘っ子どもは!!」
槍を構えたまま外野を怒鳴りつけるその姿を私が見間違える訳がない。
喋り方も全然変わってないし、皆からの扱いもそのまま。
仕切り直すように舌打ちをして鼻を親指で触るクセも、私の知ってるヤツのままだ。
「まぁ何でもええわ。セの字と勝負出来んなら…って…」
「セネルじゃなくてごめんねー?」
「やないか!!」
ニィッと笑っていた顔が急にきょとんとして
そして私に気付くとすっごく嬉しそうな表情を見せてくれる。
パアッと、雲に覆われていたお日様が顔を出したかのようにその笑顔は輝いていた。
「久しぶり!でも勝負は本気だから―――…!?」
「会いたかったぞ!」
持っていた槍を投げ捨て、モーゼスは一直線に私に向かってくる。
試合を放棄したかと思えば大きな体で体当たりをしてきて
逃げようとする私の背中に腕を回し、ミシミシと音が出るくらい強い力で絞めてきた。
モーゼスにとっては喜びの抱擁なのだろうけど
ぶっちゃけ私にとっては槍に当たるよりも痛い。
「今まで何処にいよったんじゃ!」
「は?え、あー…一応仕事で水の民の里に…」
「何でワイに会いに来んかったんじゃ!!」
「いや、だから仕事…ちょっ、くるし…!」
言葉を無視され、身動きを封じられ
とにかく解放してくれとその身体を二回叩いた。
今出来る最大限の力で、だ。
「とりあえず離れてよ…!ここ闘技場だよ…!?」
「嫌じゃ」
「…このまま刺しちゃうぞー?」
「嫌じゃ・・・嫁の帰りを待っちょった男の気持ちも考えてくれや」
「何か感動シーンみたいになってるけど嫁じゃないよー」
この勘違いっぷりも相変わらず。
そして私の言葉に一喜一憂する姿も。
「体は大きいくせに子供なんだから」と笑うと意味が分かってないのか首を傾げる。
男にしては長い赤色の髪が頬に掠り、くすぐったくてもう一度笑った。
「…」
だけど、いつまでもこのままと言う訳にはいかない。
観客はほぼいないとは言え、ここはあくまで闘技場。
とにかく何かしらのパフォーマンスを行わなければオープニングセレモニーは成り立たない。
「あー…どうしよう…」
「…」
「耳元で囁くな」
相手がモーゼスなら戦いやすいと思ったし、
折角の闘技場なんだから腕試しも兼ねて戦ってみたかったのに。
こんなささやかなお願いすら叶わないなんて何でこんなに運がないのか。
為す術もなく周りにばれない程度の小さな溜め息を零す。
その瞬間、モーゼスでもリングの外にいる仲間達でもない、聞き慣れた声が耳に入った。
「モーゼスさーん、死んじゃって下さーい」
声とほぼ同時、私達の頭上から雷が落ちてくる。
ほぼゼロの距離にいた私を避け、雷はへばりつくモーゼスだけを打ち抜いた。
衝撃に耐えきれなかったモーゼスはその場に倒れると
途切れ途切れに私の名前を呼んでピクピクと手を伸ばす。
「モ、モーゼス…?」
名前を呼んだ瞬間その手は力無くパタリと地に伸びた。
それ以降呼びかけても返事はないし、完全に気絶している。
どうしようかと慌てていると、観客席からリングに飛び込んでくる少年の姿が視界に入る。
一般人が真似すれば骨の二、三本は折るだろう無茶な行為を
少年は華麗に成功させ、その後溜め息を零す程の余裕を見せていた。
「ジェイ!」
「…」
「うわ、凄い不機嫌…じゃなくて、とりあえず久しぶり!」
「えぇ、絶対に言いたくなかった言葉ですけどお久しぶりです」
「…どういう意味?」
「久しぶりの再会なんかなければ良かった、と言う意味ですよ」
溜め息混じりにそう言うとジェイはチラリと審判を見る。
ジェイの冷たい瞳に気付いた審判が慌てて言葉を発した。
それとほぼ同時に開くリングの入口。
つまりさっさと外に出ろと言う事だ。
「あぁ…そうそう」
「?」
ズルズルとモーゼスを引き摺り、リングの出口へ向かっていくジェイがピタリとその場に止まる。
一度モーゼスを置くと、ジェイは私の近くまで歩み寄ってきた。
カツカツ、と響く靴音は何処か冷たい。
目の前まで近付くと、ジェイは私に満面の笑みを見せる。
その笑顔は嬉しいからとか楽しいからとか、そう言うのじゃない。
明らかに私に文句を言う時のあの笑顔だ。
「僕の仕事を増やした理由、後でたっぷりと聞かせてもらいますよ」
「…仕事…?」
「あの噂がなければゆっくり出来たのに…数日前から誰かさんのせいで忙しくて仕方ないんですよ」
「あの、噂…あー…噂を作った原因を話せって事…?」
「えぇ。僕がいなかった間貴女が何をしたか…下らない事だったら許しませんよ」
ジェイが言いたい事は短い会話の中で良く理解出来た。
つまり、今正に広まっている“破壊の少女の噂”は
ジェイに何かしらの被害を与えているのだろう。
噂を作った原因なんて単純すぎて言えるはずない。
言った瞬間何かされるのはほぼ確定済み。
恐怖からだろうか、私はモーゼスを引き摺るジェイの背中を追う事が出来なくなっていた。
「貴方、監視役なんでしょう?しっかり監視してて下さいよ」
「…何故知っている」
「情報屋ですから。…こんな事、今更言っても遅いんですけど…」
「…」
「…彼女を一人にすれば間違いなく誰かに殺される」
ピクリと指先だけを動かすワルター。
そんな反応にジェイは目を細め、再び口を動かす。
「僕なら絶対にそんな失敗はしない…外に出すならまだしも、周りに情報を漏らすなんて事は」
「…何が言いたい」
「監視役、代わりましょうか?貴方には相当重荷でしょう?」
クスリと人を小馬鹿にしたように笑うジェイは、手に持っていたモーゼスを離した。
地面に落ちた衝撃で目を覚ましたモーゼスは後頭部を摩りながら辺りを見渡す。
さすがに鈍いモーゼスでも、この空気には顔を顰めた。
「…何じゃ?この雰囲気…」
「ジェージェーも戦争参加すんの〜?」
「何だそれ」
「…えぇ、そうさせてもらいましょうかね」
「…へ?」
ジェイの事だから「有り得ません」と返してくると思っていたのだろうか。
質問したノーマもこれにはぽかんと口を開けてしまう。
「な、何で急に…?」
「あの人の笑顔は不愉快になる…少し困らせたくなったってだけですよ」
「あんなに嫌がってたジェージェーが…?」
「気分が変わりました。たったそれだけの話です」
恐る恐るリングの外へ足を出す。
音を出さないよう慎重にと思っていたのに手を掛けた鉄格子がガタン、と揺れた。
やっちまった、そう思った時には遅く皆の視線が一気に私へと集まる。
「…例えば」
カツ、と誰かの靴音が聞こえた。
それが誰かなんて、顔を上げなくても分かる。
体から滲み出るオーラも、漂う花の良い香りもジェイのものだ。
カツカツと音を立てこっちに近付いてくるジェイに
私は無理な笑顔を作りながら手を横に振った。
「あ、あのねジェイ!噂は私が流したんじゃなくて勝手に流れッ―――…」
ヒンヤリとした華奢な手が頬に当たり声は不自然な程裏返る。
殴られる、咄嗟にそう判断しギュッと強く目を閉じた。
瞬間、頬を襲ったのは衝撃ではなく
ただただ触れるだけの柔らかい感触。
「…?」
恐る恐る目を開け、人の気配がする方へと視線を向けた。
そんな私の行動にジェイはクスリと一つ笑う。
普段は私がどんなに頼んでも来てくれない程の近距離で。
これだけの証拠があればさすがの私でも気付く。
呆然とする私の頬を摩りジェイが笑う、それは間違いなく事後の行為だ。
「な、な…な…!」
「はい?」
「い、いいい今!!」
ジェイがこんなに近くにいてこれ以上に嬉しい事はないはずなのに
私の体は無意識にジェイを突き飛ばしていた。
ジェイはそんな私を見てこの上無く面白いと言わんばかりに笑っている。
「僕が見たかったのはこの顔です」
「…なっ…なにこれドッキリ…!?」
「お〜お〜…すっごい動揺しちゃってらぁ」
「ま、そう言う事なので」
ジェイは離れた私の体を引っ張ると肩に手を回し、
皆に突きつけるように言葉を発した。
「皆さんもどんどんさんを混乱させてあげて下さいね。
…人前でやれる勇気があるのなら、ですけど」
ジェイの顔は見えなかったけど、きっと人を見下すような表情をしていたに違いない。
普段から良くこの声色を聞く私にはすぐに分かった。
「…俺の時とは随分反応が違うな」
「は…?」
「望海の祭壇へ行く時にやったはずだ」
「あ、あの時は緊急事態だったから…!」
「ワイが抱きついた時は平気で殴る癖に何でジェージェーなら良いんじゃ…」
「モ、モーゼスはモーゼスだからだよ…!」
混乱しながらも必死に言葉を紡ぐ。
ワルターもモーゼスもおかしい。
こんな時に過去を蒸し返すなんて、私を困らせようとしているに違いない。
ジェイは私の言動を肩を揺らし笑っていた。
そして唯一男性陣の中で発言していないセネルに何故か注目が集まる。
「早くお前がやった事を言え」と催促されるかのように。
「お…俺は、スルーされてるから…」
「セの字…苦労してるのお…」
「お前にだけは哀れみの目を向けられたくなかった。…そんな事より」
「あれあれ?セネセネにとってこの状況は“そんな事”で済まされるような問題なわけ〜?」
「っ…ウィルの家に行くぞ」
一瞬、セネルと目が合った気がした。
だけど私が声を掛けるよりも先に、セネルは宿屋の一階へと向かって行く。
「セ、セネル待って…!」
この状況で置いていかないで、と助けを求め口を開く。
瞬間、目の前に差し出されたのは救いの手でなく、白く華奢な手。
「な、何…?」
「いえ、階段は段差があるので転ばないようにと」
「何さっきから急に優しく…って私そんな間抜けじゃない!!」
「でも万が一骨でも折って動けなくなり食事も喉に通らなくなったら―――…」
「ジェイ!!」
ジェイの言葉を止めたのは私ではなくセネルだった。
階段に掛けた足を止めて、拳を震わせながら
何故か荒々しく息をしてセネルはジェイを睨んでいる。
「何です?」
「っそう言う…脅しは、どうかと思う…」
「…自分の目的を果たす為なら誰だって本気になるのは当たり前でしょう?」
「なっ…」
「セネルさんもやれば良いじゃないですか。どんな手を使ったって良いんですよ?」
「っ…!!」
セネル、顔が真っ赤だ。
ガン!と震える拳を壁に叩き付けて、セネルは私の方へ向かい歩いてくる。
何事かと口を開いた瞬間、急に手を取られ
セネルは私も皆もお構いなしに階段を上がった。
声を発しようにも何となく場の雰囲気でする事は出来ず
ただただ引っ張られる方へとふらつく体を動かした。
「…な〜に最初から不機嫌になっちゃってんのよ」
「…仕事の内容が残酷な物ばかりでしてね」
「?」
「目を離したくないんですよ。目を離したらそこで終わり…彼女はきっと殺される」
「じゃあどうして心配だって言ってあげないのさ」
「…彼女はすぐに“大丈夫”って笑い飛ばすじゃないですか」
自嘲にも似た笑みを零すジェイをじっと見つめるノーマ。
大きな溜め息を吐くと「やれやれ」と肩を竦め隣に居る少年に呆れた瞳を向ける。
「それって男共に喧嘩売ったのと全然話繋がらないじゃん」
「繋がるんですよ」
「何で?」
「今の件で皆さんはさんから目を離さなくなります…きっとですが」
「ふ〜ん…ジェージェーやっさし〜!」
「単純な人達ですから扱いが楽ですよ、本当に」
「あ、でもね〜」
ジェイの言葉を聞いていなかったのか、ノーマはニコニコと笑っている。
そんなノーマの態度にジェイは眉を顰め言葉の続きを待った。
「は皆がどんだけ見てたって一人で走って行っちゃう子だよ?」
「…」
「あんな事やっても無駄。皆みたいにストレートに『好きだー!』って言っちゃいなって」
「…ハッ」
ノーマの言葉を鼻で笑い、ジェイはそれ以上何も語らず階段を登って行く。
そんなジェイの背中を見てニヤニヤとノーマは笑っていた。
「…好きという感情って、どうしてこんなに下らないんでしょうね」
「下らなくなんてないよ。それとも下らない事だから面白いのかも?」
「いつからこんな人間っぽくなったんだろう…」
「ん?」
「いえ、何でもありません」
宿屋の入り口で待つ私達の元に、ノーマとジェイがやっとこさ姿を見せる。
「遅い!」と言うとノーマにしては珍しく「ごめん」と素直に謝った。
ジェイは軽く頭を下げ、そしていつもの冷静な表情で道を歩き始める。
私もそれについて行こうと足を動かせば、ぐいっと手を強く引っ張られ体が傾いた。
未だに不機嫌なセネルがそこにいて、何か言いたそうに私を見ている。
何だかそんな表情を見せられると何も言い返せない。
「…行く?」
「…ああ」
お互い一言ずつぎこちない会話をして、私はセネルと手を繋いだまま歩いた。
相変わらずの凸凹な仲間達。
後二人加わったら、更に騒がしくなりそうな予感がするな。
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修正:14/01/01