「た〜ねを植えま〜しょ〜、み〜ずを撒きま〜しょ〜
す〜くす〜く健やかに〜、お〜きくな〜れぇ〜」
ウィルの家に近付くとある人の歌声がハッキリと聞こえる。
歌唱力やリズムはともかく、ほんわかとした声には心が落ち着いた。
静かに近寄り庭でしゃがむグリューネさんの肩をちょこんと突く。
グリューネさんはゆっくりと顔を上げて、「あらあらぁ」と笑った。
グリューネさんの笑顔、久しぶりだ。
「久しぶり!」
「おはようちゃん。皆でお出かけしてたのかしら?」
「うん!さっき会ったの!」
「そうなのぉ。お姉さん、皆が一緒でとっても嬉しいわぁ」
立ち上がり頬に手を当て笑うグリューネさん。
土塗れの指さえ綺麗に感じる独特の空気。ああ、本当に癒される。
「久しぶりなのにこんな挨拶で良いのかな〜…」
「姉さんらしいわ!」
「早く中に入りましょう。ウィルさんが待っています」
「そだね〜、皆揃ったし」
「あらあら、素敵ねぇ」
ゾロゾロと列を作りウィルの家に入っていくセネル達に
グリューネさんはまた「皆お揃いねぇ」と笑った。
「あらぁ」
「?」
でも、私が室内に入ろうとするとグリューネさんの笑顔はちょっとだけ変化する。
笑顔には変わりないけど、纏う雰囲気が違うのだ。
「久しぶりねぇ、元気だった?」
「…さっき言ったような気が…私の事だよね?」
「あらあら…ご機嫌斜めなのかしら…お姉さん悲しいわぁ」
「いや、かなりご機嫌だけど…私なんか憑いてるの…!?」
いつそんな恐ろしいもの憑けてきたんだ自分。
とりあえず背中を届く範囲で叩いてみたり、埃を落とすように体全体を掃ってみたりする。
それでも終始ニコニコしているグリューネさんにぞっとした。
「も、もう良いから早く行こ…!」
「あら?もう寝ちゃったの?お姉さんもっと話したかったわぁ」
「ヒィイ!!止めて止めてもう何も言わないで…!」
ぐいぐいとグリューネさんの手を引っ張り私は急いでウィルの家へと入った。
今のは気のせいだと何回も心の中で呟きながら。
「遅かったな…ん?」
「ただいまパパー!」
「それはもう言い…何だ、皆一緒だったのか」
「ウィルさん、お久しぶりです」
「ジェイも変わりないみたいだな」
「パパー!」
「騒ぐな!」
「ッ!?」
殴られ追い出された事もすっかり忘れ、再び騒いでみせる私。
案の定、結果は同じだ。
そしてその様子を見て大爆笑するノーマも私と同じようにゲンコツを喰らっていた。
とばっちりを受けたにも関わらずノーマは何故か笑顔だ。
「か〜!何かこれ喰らうと帰ってきたな〜って感じだね!」
「私二回目だけどね!」
「それ誇れないから!」
鋭い突込みにも私は笑みを絶やさない。
騒がしくて、ゴチャゴチャしてて、変な感じだけどこの雰囲気は嫌いじゃない。
むしろ心地良いとすら感じた。
「ジェイはキュッポ達とずっと一緒にいたのか?」
「はい、戦いの後ですからね。少しは休養も取りたいですよ」
「じじくさっ…若さは待ってくれないのに…無駄に時間を浪費するなんてウィルっちに対する冒涜よ!」
「お前は何が言いたいんだ」
「別に僕がゆっくりしたかったんですから良いでしょう?…それなのに」
突然沈黙が広がる。
ワルターの髪で遊んでいた私でもさすがにその空気には気付いた。
何かと思い辺りを見れば、何故か皆が私を見ている。
そして目の前には思いっきりこっちを睨むジェイの姿があった。
「誰かさんのせいで休みたくても休めない状況になってしまったんですけどね」
「…ごめん?」
「疑問形で謝られても全く嬉しくないです。謝罪の言葉も必要ありません」
ニッコリと笑って可愛らしく謝っても誤魔化せない雰囲気。
ジェイのさっきの優しさは何処に行っちゃったんだろう。
「それなりの理由はあるんですよね?さん」
「何だ…噂の事か?」
「はい。…ウィルさん何か知っているんですか?」
「あぁ、三日も経てば耳に入るさ。目撃した者によると灯台の前で―――…」
「ワアアア!!」
言われたらまずい。
直感で察知した私は立ち上がり自分でも驚くくらいの大きな声を出す。
眉を顰めるワルターが視界の端に入るものの、謝っている余裕はない。
ジロ、と私を睨むジェイに再び笑顔を見せてみる。
だけどやっぱり誤魔化しきれない。
それどころか余計に機嫌を悪くした。
ウィルに頼むしか…!
アイコンタクトと口パクでウィルに「言っちゃダメ」と連呼する。
ウィルはそれに気付いて、フッと笑みを浮かべた。
あの笑顔は通じた証拠、なら大丈夫。
ホッと安堵の息を漏らし胸を撫で下ろした…その時だ。
「今みたいに大声で自分が破壊の少女と公言していたようだ」
「ってああ!?ちょっとウィル!!」
「否があるのはだろう。俺は何も悪くない」
「今の空気読み取ってよ!どう考えても意地悪だ!」
「……さん?」
名前を呼ばれただけなのに、何故か心臓が飛び跳ねる。
ギギギ…と機械みたいに首が不自然に動いて、嫌な沈黙に頬の筋肉が引き攣った。
ジェイは笑顔だった。
闘技場で一番初めに見たあの笑顔だ。
「ジェイ、私本当にそんなつもりなくて…!」
「言い訳は結構。何が言い残す事は?」
「ご、ごめんなさい殺さないで…!」
「…ジェイ、少し聞きたい事があるのだが」
ウィルの声に反応し、ジェイの視線は私からズレだ。
殺されなくて助かった、と今度こそ本当に安堵の息を漏らして
私はフウッとソファに沈む。
「の件で依頼が来ているのか?」
「えぇ…一通どころじゃありません、もう何十通も来ています」
「…一応、内容を聞いておきたい」
ウィルの言葉にジェイはピクリと指先だけを反応させる。
先程とは打って変わって真剣な雰囲気だ。
私もつられてソファに預けていた体を正した。
「破壊の少女の居場所、が大半ですかね…。
最も僕に依頼が来ているあたり、遺跡船と言う事は既にばれているようですが」
「…」
「後は武器を持っているか、とか…戦闘能力の調査なんかもありました」
「…ふむ」
「殺人の依頼もありましたよ。情報屋を何だと思ってるのか」
ジェイの言葉に無条件で体が跳ねる。
ジェイもそれを見逃してはいなかっただろう。
「返事は出したのか?」
「いえ、多すぎてまだ一通も…最も、返す気もありませんが」
何だか自分の事だと言う実感がわかない。
マウリッツはこう言う状況になる事を懸念していたのだろうか。
だとしても今は外に出れて良かったと思っている。
あのまま生殺しにされるより、自由を感じながら死んだ方がマシだ。
そんな事を思いながらチラリと視線を動かすと、
具合の悪そうなクロエの姿が目に入った。
汗を掻いていて、呼吸もほんの少し荒い。
それでも皆にばれないよう震える体を必死に抱き寄せている。
らしくない彼女の様子にいてもたってもいられず口を開こうとすれば
ジェイとウィルの会話も狙ったかのように再開した。
「依頼元は言えるか?」
「仕事上禁句の部類に入るんですが、今はそんな事気にしている場合じゃありませんしね」
「頼む、教えてくれ」
「遺跡船内部から大陸各国まで…匿名もありました」
「…」
「確か…一番最初に依頼が来たのはガドリア―――…」
ダン!と部屋に響く大きな音。
シン、と静まり返る室内。
ぽかんと口を開けている者、顔を歪め音を立てた張本人を見つめる者。
反応は様々だったけど、私はその音を立てた人物がクロエだった事に一番驚いた。
「クロエ…?」
「もう…止めないか…?」
「…クロエさん、一度祖国に帰還したんですよね?」
「…」
「手紙の中に『遺跡船にいる者に情報を伝えろ』と書いてありましたが、それらしい人は船に乗ってました?」
「うわ、もしかしてもう色んな人が来てるの?」
「…あのですね、誰のせいだと思って―――…」
「ジェイ…この話は、を…不安にさせるだけだ…」
机についている手が何処か震えている気がする。
殺されそうな張本人である私よりもクロエの方が怯えているようだった。
「そうは言われても、把握しとかなければ僕達も守るに守れませんし…」
「いや、今の情報で充分だ。すまんなジェイ」
「…お役に立てたのなら光栄です」
「クロエも座ってくれ。まだ別の件で話しておきたい事がある」
ウィルの言葉にこくんと頷くと、クロエは再びソファーに身を沈めた。
俯く瞳は何処か暗く、目の中で大きな光がグラグラ揺れている。
何となくだけど、ちょっとギスギスした空気だ。
元はと言えば私のせいなんだけど。
「深刻な話題みたいですね…まあ、予想は出来ますけど」
「何かしら?」
「遺跡船の魔物の中に凶暴化しているものがいる」
「まぁ、それは大変ねぇ」
「…グー姉さんが言うと、全然大変そうじゃないね」
アハハと乾いた笑みを零しながらノーマは遠慮がちに突っ込む。
それを褒め言葉と受け取ったのか、グリューネさんは嬉しそうに微笑んだ。
仕切り直すようにウィルが一つ咳払いをすると、中断された会話が再開された。
「それは本当なのか?」
「間違いない。俺もこの目で確かめた」
「僕の方にもいくつか報告が入っています。最近の依頼はこの二つばかりですね」
「魔物の突然変異で事が済めばいいのだが…」
流れる沈黙。
この静けさがまた眠気を誘う。
そんな私に気付いたワルターが、クンと手を引っ張った。
コクコクと動く首を押さえられ、とりあえず真剣に話を聞けと目で言われる。
分かってはいるけど、皆に会えた安心感とか寝不足とか
色々な事が合わさってとても止められそうにない。
「…とりあえず、詳しい事が分かるまで街の外に出る時は気を付けろ」
「なぁに、ワイとギートがいれば何の心配もいらん!」
「そんな事言ってる人が、大概問題を起こすんですよね」
ハァ、と大きな溜め息を吐いたジェイにモーゼスが反論しようと口を開けた時だった。
ガタガタ、と目の前のコップが大きく揺れ、倒れる。
幸い中身は飲み尽くした後で液体が零れる事はなかった。
柔らかいカーペットの上にゴト、と音を立て落ちたのはコップだけじゃない。
本棚からは本がずり落ちて、キッチンの方ではお皿の割れる音がする。
大きな地震だ。
「わ、わ…!」
「落ち着け」
余りの揺れの大きさに声を上げる私の横で
ワルターは揺れに逆らう事なく冷静な顔をしていた。
地震はしばらく続いた後、余韻を残しながらも止まる。
「やけに大きな地震でしたね…」
「うむ…」
地震が治まった事にホッとするのも束の間、ノックもなしに家の扉が開け放たれる。
皆の視線は入り口へと注がれた。
「ようようそこ行くベイベー俺の名前を知ってるかい?」
「だからフェロボンでしょ」
「フェロボン今のは不法侵入だよ」
ノーマと私の攻撃にカーチスは一歩後退する。
女子と言うのはこう言った団結力に関してはピカイチだ。
ガクリと肩を落とし、今にも泣きそうな表情を見せるカーチスを
少しだけ可哀想だなあと思いながら言葉の続きを待った。
「傷ついちょるのう…」
「用件だけをお伝えします」
「始めてくれたまえ、イザベラ君」
「うわっ、立ち直り早!」
カーチスは誇らしげに胸を張りイザベラさんの横に立つ。
本当、ノーマの言う通り立ち直りが早い人だ。
「地震の件で皆さんにお願いしたい事があるのです」
「何だ?」
「震源の調査をして欲しいのです」
「陛下から直々の使命だ!」
深刻な表情を浮かべるイザベラさんとは打って変わってカーチスは今にも踊りだしそう。
ウィルは敢えてそんなカーチスを無視し、顎に手を当てしばらく黙り込む。
「…分かった、引き受けよう」
「ありがとうございます」
「皆もよろしく頼む。すぐに出発だ」
「震源は輝きの泉方向です…くれぐれもお気を付けて」
イザベラさんは床に片膝を付け、忠誠を交わす時のようなポーズを取る。
カーチスは偉そうに笑っているだけだったけど、相変わらずと言えば相変わらずだ。
仲間達は各自床に置いていた武器を取り、すぐにウィルの家を後にする。
最後にチラリと振り向けば、仁王立ちするカーチスと目が合う。
ギク、と肩を跳ねらした時には既に遅く。
「頑張れ兄弟!愛の為に!!」
…熱烈な応援を受け、私は皆の後をついて行った。
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修正:14/01/01