街の外へと出た私達の間を、心地の良い風が吹き抜ける。
澄んだ空気をめいっぱい吸い込むと、頭の中がスッキリした。
「そう言えばさ、この十人と一匹で行動するの初めてみたいなもんだよね」
「十人かあ…随分多くなったね」
「まさかワルちんが入るとは思ってなかったけど〜」
「ワルターは監視役だから私と合わせて二人で一人なんだよねー?」
「止めろ気持ち悪い」
「何だと!?」
腕を組み同意を求めたら物凄い勢いで拒絶された。
けど絡めた腕を払われる事はない。
その顔は逆らう事すら面倒と言わんばかりだ。
「み、皆さん…よろしくお願いします!」
「よろしくね、リッちゃん」
「よろしくねぇ」
ノーマとグリューネさんは手を差し出して、シャーリィに握手を求める。
ニコニコと笑う二人の表情に緊張が解れたのか
シャーリィはホッと安堵の息を漏らした。
「よろしく頼むわ」
「…」
「?嬢ちゃん?」
しかしモーゼスが手を出すとシャーリィの笑顔はガラガラと音を立て崩れていく。
何か嫌なものを見るような瞳に、さすがのモーゼスも気付いたのか小首を傾げた。
「まず服を着る所から始めてみてはどうですか?」
「そがあなもん関係あるか!」
「最近では慣れたが、私も嫌な事には変わりはないぞ」
「そうだそうだー」
「何じゃ…これが原因じゃ言うんか!?」
クロエの冷ややかな視線に耐え切れずモーゼスは声を荒げる。
そんなモーゼスの様子を見てシャーリィは慌てて首を横に振った。
「い、いえ!あの…遺跡船に来たばかりの時を思い出しただけで…」
「そういえば、モーゼスに攫われたのだったな」
「嫌われても文句言えないやね〜」
「…何じゃ何じゃ、皆して」
くいっと腕を引っ張られバランスが崩れる。
まさか自分に被害が来るとは思っていなかった私は、ただ為すがままに引き寄せられる。
ぽふ、と空気の抜けた音を立て、気付いた時にはモーゼスの腕の中。
「はワイがこがあでも愛してくれるじゃろ…?」
「うーん…ちょっと勘弁…」
「何でじゃ!?」
「何となく?」
質問を軽く流せば、モーゼスはぶすっと口を尖らせる。
言葉はないが、代わりにぎゅうっときついくらいに抱き締められた。
「あ、あの…とりあえずよろしくお願いします!」
「とりあえずって何じゃ…」
「ほら、遊んでないで先に進むぞ」
「遊んじょらんわ!」
モーゼスは私を解放すると、ギートを連れてズンズンと歩き出した。
やっと暑苦しいのから解放されホッとしたのも束の間。
息を吐いたと同時、今度は手を引っ張られ声が裏返る。
何事かと前を向けば、そこにいたのはまたもモーゼスだった。
足がもつれそうになるのを必死に耐えて、キッとモーゼスを睨む。
「ちょっ、モーゼス…!」
「久しぶりなんじゃ、こんぐらいは許してくれや」
「…何か、最近皆おかしいよ…?」
ジェイのあの態度と言い、セネルの不機嫌さと言い。
そしてモーゼスのいつも以上に乱暴な行為と言い。
色んな疑問を抱えつつも、それに答えてくれる人はいない。
私はもう逆らう事も諦め、モーゼスに引っ張られながら輝きの泉へと向かった。
「さん…!」
「ん?」
首だけを動かして、呼ばれた方へ振り向く。
私の名前を呼んだのはシャーリィだった。
「あ、あの!私達揃ったから、怖い物なしですよね…!」
「…昔私が言った事、覚えてくれてたの?」
「はい!やっと双方の上位が揃ったんです!どんな事があっても平気…ですよね…?」
蜃気楼の宮殿でか、それとも光跡翼でか。
記憶は曖昧だが、確かに私はシャーリィに「二人揃ったら最強だ」と言った。
それをシャーリィが覚えてくれていたなんて、ビックリしたけど。
でも、正直今の私に力はない。
あれから一度も爪術を使った事はないけど、きっと、多分使えないだろう。
…あの子はまだ生き返ってないはずだから。
「…もちろんだよ!」
でも、そんな事言えるはずがなかった。
どんなに傷が増えても、私は力のあるフリをしなければいけない。
仲間を不安にさせない為にも。
輝きの泉に辿り着いた私達は、ひとまず辺りを見渡した。
だけど特に変わった所はない。
私が初めて来た時と同じだ。
緑が綺麗で、泉の水面がキラキラ輝いていて、花や実が色鮮やかについている。
「特に変わった所はないな…」
「地震の影響もないみたいですね」
「なんじゃ。魔物でもおりゃあ、ワイとギートが片付けてやったもんを」
「モーすけ余計な事言わないでよ。そんな事言うと本当に―――…」
ノーマは最後まで言葉を紡ぐ事なく、途中で口を動かすのを止めた。
何事かと振り返れば、ノーマの言葉が途切れた理由がハッキリと分かった。
きっと、モーゼスの後ろからのっそりと現れた魔物が原因だろう。
「モーゼスちゃん、ほら後ろ。と〜っても面白いわよぉ」
面白い、と言う言葉に釣られてかモーゼスは素直に振り向く。
最も、そこにあるのは面白くも何ともない、グルグルと唸る魔物の姿だけだ。
「何じゃワレ!?」
「待て、何か様子がおかしい…!」
ウィルの制止の言葉に皆は足を止め魔物を見た。
瘴気を具現化させた黒い霧。
見ているだけでザワザワとする。
「黒一色なのだ…夜の空よりも、深海よりも、君の髪と瞳は黒い」
「吸い込まれそうになる、言葉通り“闇”なのだよ」
「…気味が悪い程に」
私はソレを見て、なんとなくマウリッツの言葉を思い出した。
私は霧と関係ないけど、この不快感を私は見ている皆に与えているのだろうかと。
「俺達が前に見たのと同じだ!」
「この霧…見ていると胸騒ぎがする…」
「何か、気持ち悪いよ…」
黒い霧はどんどんと丸みを帯びて、ギュッと小さく凝縮した。
そして弾けたと同時、姿を変え再び私達の前に現れる。
「霧が魔物になっただと!?」
「前はこんな事なかったぞ!」
「ちょっ…こっち来てる!!」
前にいたノーマもさすがに怖くなったのか、慌てて詠唱が出来る距離まで下がった。
黒い霧が作った魔物は触角のようなものを二本生やし、元々いた魔物へと重なっていく。
ズズ…を音を立て魔物を飲み込む霧。
その状況は見ていて気持ちの良いものではなかった。
「融合したのか?嘘だろ!?」
セネルは驚き声を上げたと同時、後衛を庇うよう前へと駆け出した。
ウィルとノーマは詠唱を始め、シャーリィも不慣れながらに羽ペンを動かす。
近くにいたワルターは「気を付けろ」と一言私に言って、前線に向かい飛んで行く。
「何をしてくるか分からない!気を抜くな!」
「ああ!」
ウィルのブレスが敵を貫き、セネルの拳がその肉に埋もれる。
ジェイの短刀が滑り込むと、切り口からは黒い霧がブワリと溢れた。
私も、私も何かしなきゃ。
「っ…」
「!?」
慌てて引き抜いた短剣が無意識に手から落ちた。
トサ、と野草の上に落ちた短剣は
私の何とも言えない表情を刃に映し出している。
人間が持っている本能なのか、それとも私だけの過剰な反応なのか。
私はあの霧を、酷く怖く感じた。
戦えない程、怖い物だと感じてしまったんだ。
「ぐっ…コイツ、強い!」
「うわ〜ん、合体して強さも二倍になっちゃった訳!?」
「っ…リザレクション!!」
怖がるな、と何度も自分に言い聞かせ、多少乱暴にだけど治癒術を唱える。
大した回復量ではなかったものの、止血ぐらいの役には立っていた。
ユラリと風に揺れる自分の髪を見て、何故か不安な気持ちになる。
霧よりも鮮やかで、深くて、気持ち悪い自分の髪色。
それを映している自分の瞳も、黒。
自分の体の一部分ですら気持ち悪いと感じたのは、初めてだった。
「…終わったな…」
「ヘトヘトだよ〜…」
「元の姿に戻りましたね…一体何が…」
「まだだ!油断するな!」
低い唸り声。
腰を下ろしていたノーマが「げ」と小さく声を漏らす。
「傷が塞がっていくだと…!?」
武器を構え直す皆の横を走り抜け、ギートがその魔物に飛びついた。
瞬間魔物の頭上に降り注ぐ無数の槍。
槍は魔物の頭、腕、足、心臓を貫き、悲痛な声を上げその場に崩れた。
「怪我はないか」
「ワルターこそ大丈夫なの…?」
「掠っただけだ」
魔物を倒してすぐ、ワルターは私の元へと戻って来る。
白い布が朱に染まっているのをじっと見ていると
ワルターは怪我をしている箇所を手で隠し顔を背けた。
相変わらずの分かりやすい反応に、つい笑みが零れそうになる。
だがそんな穏やかな空気も、ガク、と体が傾きガラリと変わる。
外にいてもハッキリと分かる大きな揺れだった。
転ぶ前に支えてくれたワルターに身を預け、
とにかく地震が治まるまでジッとその場で待機した。
シン、と辺りが静まり返る。
静寂の中、何人かの溜め息が耳に届いた。
「またか…」
「地震がこれ程頻発するなんて今までなかったはずですよ」
「…それに、さっきの黒い霧と魔物は…」
「…今の、霧…」
ポツリと呟いたグリューネさんに皆の視線が集まった。
だけどグリューネさんは俯いたまま続きの言葉を発しない。
不思議に思ったジェイが自分から話題を振ってみせた。
「グリューネさん、何か知っているんですか?」
「…何なのかしらねぇ?」
「って、思わせぶりな態度とっておいてそれか〜!」
「グリューネさんらしいですね…」
ノーマの突っ込みにもジェイの呆れた声にも動じず
グリューネさんは「あらあら」と柔らかに言葉を紡いだ。
さすがのジェイもグリューネさんには勝てないみたいだ。
「レイナード、気を付けろ」
「ああ」
ウィルは倒れている魔物へと近付き、屈む。
既に息はしていないものの、やはりまだ恐怖は抜けない。
黒の粒子が空に向かって消えていく光景すら、心臓を五月蝿くする要因となった。
「これは…」
「何か分かったのか?」
「…少し残念な事が分かった」
眼鏡を上げて、ウィルはゆっくりと立ち上がる。
その表情を見るだけで事は深刻だと分かった。
「この魔物、突然変異でも何でもない。以前から遺跡船にいる普通の種だ」
「つまり、どう言う事かしら?」
「遺跡船にいる全ての魔物が先程のような力を身につける可能性がある訳ですか?」
「あくまで可能性の話だがな」
ジェイの言葉に頷いた後、ウィルは一言だけ付け加える。
可能性の話でもやっぱり恐ろしい事に変わりはない。
経験を積んでいた私達ですらこんなに苦戦をするのだ。
もしこの魔物が街に下りてきたら、そう考えるだけでゾッとする。
「霧から魔物になった奴の事、何か知らないのか?」
「話にも聞いた事がない…」
「…どうする、もう少し調べるか?」
「いや、止めておこう…収穫は充分にあった」
「これ以上調べても無駄だろう」、とウィルは険しい表情で呟く。
私はそれに頷く事も否定する事も出来なかった。
「地震と黒い霧、霧から生まれる魔物…ですか。偶然にしては重なりすぎですね」
「何か関連性があると考えるべきだな」
「ああ」
「…調査結果を報告しなければならん。街に戻ろう」
ウィルの言葉に皆は頷き、泉に背を向け街へと戻って行く。
だけど足音は一つだけ、別の方向から聞こえた。
「…グリューネさん?」
泉の奥、倒れた魔物のすぐ横に向かうグリューネさんは
何かを探すよう仕切りに瞳が動いていた。
そして何かを見つけると目を細め笑う。
その笑みに何の意味があるのか、考えるよりも先に景色が歪んだ。
「貴女はどちら様かしら?私はグリューネと言うのよ」
「…あ……」
ドクン、と強く心臓が鳴る。
脳裏を過ぎたのはいつかモニュメントで見た光景。
大量のオイルと血が少女の体から噴き出るあの瞬間。
何故今更そんな映像が過ぎったのかは分からない。
だけど嫌な予感がする、それだけはハッキリと分かった。
「……」
グリューネさんの目の前に立つ、仮面を付けた女。
グリューネさんと同じ淡い水色の髪を靡かせ
整った唇は私達に多くを語らず、閉じられている。
ソイツはグリューネさんではなく私を見ていた。
仮面の奥から感じる女の視線。
睨みつけられたかどうかすら分からないのに、その威圧感に体が硬直した。
ジワリ、ジワリと何かが体の奥底から込み上げてくる。
心臓がギュッとなって、熱が溜まって喉がカラカラ乾いて。
何処から来たのか分からない程の大きな怒り、殺意を感じた。
ギリ、と唇が切れるぐらいに噛み締めて、短剣を目の前の女に向かって投げ付ける。
自分の意思でやったのかも分からない、衝動的な殺意だった。
短剣は女性の腹部に当たった。
だけど女の体は霧になり、短剣は女の背後にある幹へと刺さる。
「ッ消えろ!!」
何処からこんな声が出るのか、って程の大きな声を出す。
ガラガラで、自分の声じゃないみたい。
殺意だって、そんなに籠めた訳じゃなかった。
ただ、今この瞬間、グリューネさんを守れればそれで良いって思えたのに。
「…それが子の願いか」
女はたった一言言葉を残し、霧に紛れ消えていく。
「…っ…」
何、今の。
何でこんなに汗を掻いているの。
ここでアイツが何もせず消えて行く事を、私は知っていたはずなのに。
「…また、始まろうとしてるのかしら」
「グリューネ、さん…」
「わたくしと、貴女と…どちらかが…」
「…そんな、無理に思い出さなくても…」
「…あら?私は今、何を言ってたのかしら?」
いつも通りの表情、いつも通りの声でグリューネさんは小首を傾げる。
そして隣に居る私と言う存在に気付くとニッコリと笑った。
グリューネさんの笑顔を見ていると、私の気持ちも穏やかになる。
あんなに五月蝿かった心臓の音が引いていくのを感じた。
「…すぐに忘れる事なんか気にしなくても良いんだよ」
「そうねぇ、だってすぐに忘れてしまって良い事ですものねぇ」
そう言って私達は互いに笑い合う。
私は、やっぱりズルい。
今ここで知っている事を言えば
もしかしたらグリューネさんは記憶を取り戻すかもしれないのに。
「…良いよね?」
「ん?」
「……まだ、良いよね?」
「私、まだ…グリューネさんとこうしてても良いよね?」
細い腰に腕を回して、キュ、と力を入れすぎないようにその体を抱き締める。
きっと今のグリューネさんなら良いって言ってくれる…それも私の甘えだ。
「…ちゃんがそれを望むなら、お姉さんはそうするわ」
「だってちゃんは、間違った事を言わない子だもの」
それは、違うよ。
否定したかったのに、私を優しく抱き締めてくれるそのぬくもりを払う事は出来なかった。
「…優しい子」
不意に涙が出そうになった。
悲しい事なんて何一つないはずなのに。
ないはずなのに、胸騒ぎが治まらないよ。
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修正:14/01/01