お父さん、お母さん。

今私がそっちにいないこの瞬間も、心配してくれている?
それともいつかのように平気な顔して毎日を過ごしている?

もう、どっちでも良いよ。

だけど、いつか私がそっちに帰れる日が来たら。

いつもみたいに「おかえり」って言って―――…。















ゆっくりと目を開ける。
里とは違い、自分が思ったよりも気持ち良く目を覚ます事が出来た。

こんなに朝の訪れが清清しく感じれたのは久しぶりだ。





「…ワルター」
「?」





ゆっくりと瞳を動かせば、すぐに彼の姿を確認出来た。
昨日一日中ハリエットの相手をしていたからか、その顔は少しだけ疲れている。

それでも私が名前を呼べばこうして反応してくれる。
それだけは里にいた時と変わりない。





「おはよ」
「…ああ」
「ウィルは?」
「知らん」
「街の見回りかな?」
「…だろうな」





ゆっくりと起き上がり大きく伸びをして、欠伸を零しながら私はソファから離れる。
テーブルに置いてあった水で喉を潤し、ぷはーと息を零した。

そんな私に呆れるワルターと、部屋の奥からクスクスと笑う誰かの声。





「おはようございます、さん」
「おはよう、シャーリィ!」
「…はよ」
「セネルもおはよー」





きっとお水を置いてくれたのはシャーリィだろう。
そんな事も気付かずオヤジのような姿を披露してしまった事に少し恥ずかしく思う。

だけど今更、本性を見られる事に抵抗もない。





「…ハリエットは?」
「私がミュゼットさんの家を出た時にはいませんでした」
「そっか!昨日あの後大丈夫だった?」
「はい」





「いつもの事ですから」と言って笑ったシャーリィはちょっと寂しそうだ。

きっとハリエットとウィルの仲をどうにか出来ない自分に
ほんの少し責任を感じているのだろう。

シャーリィが邪魔をしている訳じゃない。
むしろウィルはハリエットの面倒を見てくれるシャーリィに感謝しているはずだ。





「早く仲良くなってほしいね!」
「私もそう思います。たった一人の肉親なら尚更です」





この世界に来てから、どれだけ親がいる事が幸せかを知った。
だからこそ私もシャーリィと同じ気持ちだ。

…私も、元の世界に戻れたら
たくさんたくさんお父さんとお母さんに感謝しなきゃ。

…もし向こうが覚えていてくれたらだけど。





『おぎゃああっ!おぎゃああっ!』
「っ…?」





窓の外から聞こえた赤ん坊の声に、ビクリと体が跳ねた。
何事かと顔を上げれば、太陽を背負ったハリエットが扉を開け家へと入ってくる。

その間も赤ん坊の泣き声が消える事はない。
消えるどころか、大きくなる一方だ。

驚き目を見開くセネルとシャーリィ。
五月蝿そうに眉を顰めるワルター。

私は呆然と立ち尽くし、大きな雫を落とす赤ん坊の綺麗な目をじっと見ていた。





「…赤ちゃん…?」
「ハリエットの…?」
「違うに決まってるじゃない!!」





困り果て眉を下げるハリエットの姿に私達は顔を見合わせる。
この状況、説明もなしに理解する方が難しい。





「ハティ、今朝アイツの後をつけてたんだけど…そしたら急に『この子をお願いします』って…」





断片的ではあったけど、ハリエットの説明に私達はゆっくりと頷いた。
事を全て飲み込めた訳じゃないけど、とにかく緊急事態と言う事は良く分かる。

…だけど。





「…可愛い」
「私も思いました…」





場の空気を感じ取ったのか、赤ん坊は一瞬だけ泣き止んで
ヒックヒックと体を跳ねらせながら潤んだ瞳で私達を見つめる。

ちっちゃい紅葉みたいな手が何かを求めるようにぐーぱーして
その姿は自分でもあると思っていなかった母性本能と言うやつをくすぐった。





「ハティ、抱かせてもらっても良い?」
「う、うん」





赤ん坊を抱くシャーリィの笑顔は、本当のお母さんみたいに穏やかだった。

赤ん坊はシャーリィの顔を見るとほう、と深く息を吐いて涙を止めた。
ちっちゃな手足をパタパタさせて、シャーリィのほっぺを触る仕草にはつい声が漏れてしまう。





「可愛い!可愛すぎる!」
「そうですね」
「余り騒ぐとまた泣くぞ」
「またまた!ワルターも可愛いと思ってるクセに!」





「顔に出てる!」「出てない」といつも通りの会話をする私達の横
セネルは不思議そうに首を傾げていた。





「…何か、さっきから音がしないか…?」





その音の意味を思い出した時、私自身からも笑みが消える。

ああ、また忘れていた。
こんなはしゃいでいる場合じゃないんだ。





「…セネル、産着の間」
「?何か急にテンション下がったな」
「私の事は良いの!ほら、そこ…赤ん坊の服の間に紙入ってるよね?」
「…これか?」





音を出していた犯人をセネルは指で摘む。
四等分に折られた小さな紙を、セネルは小首を傾げながら広げた。





「何だこれ、手紙か…?」
「何か書いてあるの?」





文字を追いかけていくセネルの表情はどんどんと険しい物に変わっていく。





「ッハリエット、この赤ん坊を渡した人達ってどんな人だ!?」
「え…若い男の人と女の人…」
「何処に行った!?」
「わ、分かんない…」





セネルの大きな声はハリエットを余計に動揺させた。

昔のセネルならそのまま大きな声を張り上げ続けていただろうが
ハリエットの不安そうな表情に気付くとハッと我に返る。

シャーリィとワルターは緊迫した空気を感じ取り、互いに目を合わせていた。





「お兄ちゃん、一体何て書いてあったの…?」
「…この子の両親は死ぬ気だ」
「えっ…?」
「“仕事もなくし、育てて行く事が出来ないからこの子を頼む”って…」





クシャ、と持っていた手紙を潰すとばれない程度の舌打ちをするセネル。
自然と私の手にも力が入っていた。





「とにかくウィルに報告するぞ!」
「探すより家の前の通りにいた方が良いよ!」
「分かった!」
「後、武器と道具の準備も!」





あんなにのんびりとした朝が、途端に慌しいものへと変わる。





さん、この子お願いします!」
「あ、うん!」





セネルはテーブルの上に置いていた自分のフィストを乱暴に取ると
誰よりも先にウィルの家を後にした。

シャーリィは私に赤ん坊を預けた後、道具袋の確認とバスケットを持ってセネルに続く。

残された私達は互いに目を合わせた後
赤ん坊にこの雰囲気を悟られぬようなるべくゆっくりと歩いた。





『きゃっきゃっ』
「…」





無邪気な笑顔に、胸が痛む。















「あれ?」
「クーリッジじゃないか!」





家の前の通りでエルザとクロエに出会った。
今日は天気が良いから、きっと二人とも散歩をしていたのだろう。

だけどそんな和やかな雰囲気も、私達の顔色を窺った途端ガラリと変わる。
エルザだけはきょとんとした表情で首を傾げていたけど。





「あら、可愛らしい…さんの子ですか?」
「ううん、違う子ーちょっと訳ありで―――…」
『まーまー』





ビシ、と空気に亀裂が走る。

クロエの目がこれ以上ないって程見開かれる。
エルザは事態を有らぬ方向で飲み込むと頬に手を当てうっとりと目を細めた。





「ご、誤解だよ…!本当に私の子じゃない!!」
「もうっ、別に隠さなくたっていいじゃないですかー!」
「隠してないよ!ちょっと懐かれてるだけ!」
「ワルターさんとのお子さんですか?」
「ないよ!ない!!」
「何処となくさんに似てますね!」
「それも気のせいだから!ッセネル早く説明してよ…!」





何故皆誤解を解いてくれないのか、と助けを求めれば
セネルは今までの経緯を簡潔に二人に話した。





「…そうだったのか…」
「ああ…だからウィルを見たら教えて欲しい」
「残念だが街を出て行った事ぐらいしか…」
「そうか…」
「私も手伝おう」





事の理由を聞けばクロエは眉を吊り上げ深く頷く。





「助かるけど…良いのか?」





そう言ってセネルはエルザへと視線を注いだ。

キラキラと、期待に満ちた瞳でクロエを見るエルザ。
クロエはう、と一度言葉を詰まらせると二、三歩後退し咳払いをした。





「…エルザを送ってからにする」
「ぶーぶー」
「もう帰る時間だ。そう言う約束で病院を出てきたのだろう?」
「でも、今日は体調も良いし…」
「ダメだ。私がオルコット殿に叱られる」





クロエはエルザの言葉を遮ると病院へと足を進めた。

クロエの背中を見つめるエルザはしゅんとしていたけど
事態の危険性を理解すると「分かりました」と小さく呟きその後を追った。

二人並んで病院に戻って行く姿に手を振る。
クロエには「またね」と声を掛けた。





「あ、あれ…ウィルさんじゃないでしょうか?」





クロエ達が去った道とは反対の方向を指差すシャーリィ。
皆の視線は一瞬にしてその指の先に注がれた。

そこには普段通り、日常を過ごすウィルがいる。
歩き方も表情もいつものウィルのままだ。

だけども私達が家の前に立ち尽くし
且つ私の腕の中でパタパタ動く赤ん坊を見た瞬間、顔を歪めた。





、お前…!!」
「違う、私の子じゃない。セネル早く説明」
「あ、あぁ…」





同じ事を二回も言われてたまるか。

何だか、この子のお陰で皆のペースが乱される。
良い意味でも、悪い意味でも。

親の気持ちってこんな感じなのかな…。

そんな私の苦悩も知らず、腕の中にいる赤ん坊は嬉しそうに笑っていた。





「なるほどな…」
「早く両親を探さないと…」
「そうだな…ハリエット、お前は戻れ」





ウィルの冷ややかな言葉にハリエットは大きく目を見開いた。
そしてダン!と勢い良く一歩前に出て、負けじと鋭い瞳でウィルを睨む。





「何でよ!」
「街の外は危険だ」
「ハティだって関係者よ!最後まで見届ける権利があるわ!!」
「我侭を言うな。今は戻れ」
「嫌!命令しないでッ!!」





ハリエットの大声に周りの住民がザワザワと騒ぎ始める。
それだけ今の私達が目立っていると言う事だ。





「また破壊の少女が原因か?」
「嫌になるわ…」





そして火の粉は決まって私に降り注ぐ。

ハア、と重たい溜め息を吐くと
ワルターが肩を掴み私の身を隠すよう自らへ寄せた。

赤ん坊はパチパチと私の気も知らず頬を叩く。
この子なりの気遣いなのだろうか、だとしたらワルター並に不器用だ。





「ウィル、今は両親を探すのが先だ」
「…分かった、良いだろう」





ウィルの言葉を聞くとハリエットの表情はぱあっと明るくなる。
きっと、私が今までで見た中で一番の笑顔だ。





「ただし、条件がある」
「な…何よ」
「一つ、自分の身は自分で守れ」
「わ、分かってるわよそれくらい…!」
「一つ、赤ん坊の面倒はお前が見ろ」
「…は?」





ハリエットは気の抜けた返事。
だけどウィルはハリエットを見つめるだけで、それ以上の補足をしない。

そんなウィルの平然とした態度に負けたくないのか
ハリエットはムッと頬を膨らませて、くるりとウィルに背を向けた。





「貸して」
「う、うん」





ギロッと私を睨むハリエットに、言われた通り赤ん坊を託す。

不安そうな瞳を私に向ける赤ん坊を癒そうと、ハリエットは満面の笑みを見せた。
赤ん坊はただきょとんとした表情でハリエットを見つめるだけ。

さっきみたいに笑ってはくれなかったけど、泣き出すよりはマシだろう。





「でも、両親が行った場所が分からないと…」
「あぁ、それなら巨大風穴だ」
「?どうして知ってるんだ?」
「先程外で道を聞かれ途中まで案内した」
「なるほど…ってそれを先に言え!!」





セネルの鋭い突っ込みにもウィルはしれっと言葉を返す。

「知らなかったから仕方ないだろう」、と、確かにその通りなのかもしれないが
何故か体を襲う疲労感にセネルはハア、と大きく溜め息を吐いた。





「ともかく、他の皆にも協力を頼もう」
「ああ、クロエにはもう伝えた」
「ならノーマとモーゼス、それからジェイにグリューネさんだ」





ほんのちょっとの間だけ、十人居たいつものメンバーに
二人の子供が加わりました。










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修正:14/01/01