近くにいるとクイクイ服を引っ張られ。
遠くにいるとわんわん大きな泣き声が聞こえる。

「泣かないでよー…」とハリエットが懇願しても全く泣き止まない。
だけど私が近くに居れば何が嬉しいのか笑顔をこっちに見せてくる。

赤ん坊に完全に懐かれてしまった。
たった数分抱っこしただけなのに。





「もー!何でじゃなきゃダメなのよー…」
「私だって分かんないよ…」





本当にこの子は何がしたいんだ。
なんて、赤ん坊に聞いても答えてはくれないだろう。





『まーま!まーま!』
「違うよーあんたのママは今巨大風穴にいるんだよー」
『まーまー』
「……」





決して懐かれた事が嫌なんじゃない。
割と子供は好きな方だ。

だけど少しだけ、ほんの少し疲れただけ。





「世の中のお母さんって凄いね…」
『まーまー!』





「はいはい」、と適当な返事をしふと顔を上げれば、
何やら前でウィルと真剣に話をしているジェイの姿が目に入った。

ゆっくりとジェイに近寄り、袖を摘んで自分の元に引き寄せる。
何事かと振り返ったジェイは、犯人が私だと分かるとすぐに顔を歪めた。





「人が何かしてる時に引っ張るの止めてもらえませんか?」
「ほーら、この人がママだよー」
「…人の話を聞かないのは相変わらずですね…」
「私と身長同じくらいだし、髪も似てる色だから身代わりになってくれるかなって」
「…あのですね、例えこの子が僕を母親だと思ってもそんな役をやるのは御免―――…」
『ぱーぱ』





赤ん坊は楽しそうに声を上げて、ジェイの服を引っ張った。

ジェイは思いっきり目を見開いた後、ゆっくりと自分の服から子供の手を離す。
勿論力ずくではない、傷つけないよう細心の注意を払ってだ。

だけど何度離しても子供はジェイの服を引っ張り『ぱぱ』と連呼した。
呼ばれる度にジェイの笑顔が引くつくのが良く分かる。





「うわ、パパだって」
さんのせいですからね…」
「こんなパパじゃ将来大変だねーきっと捻くれ者のおませさんになっちゃう」
さんが母親の方が問題なのでは?料理もろくに教えられない母親なんていませんよ」
「…料理ぐらい出来る」
「見栄張っちゃって…どうせ食べる専門なんでしょう?」





既に論点が子供からズレてきている気がする。
でもここで折れると女としてのプライドが…。

どうすればジェイに勝てるのかと思考を巡らせていると後ろから大きな溜め息が聞こえる。
睨み合っていた私達は同時に振り向いた。





もジェイ君も大人気ないわ。この子に笑われてるわよ」
「ジェイのせいで私まで大人気ない事になっちゃったじゃん!」
「初めに喧嘩売ったのは貴女ですよ?そんなのも忘れちゃったんですか?馬鹿ですねえ」
「んなっ…!!」





何も言い返せない私にクスリと勝ち誇った笑みを零すジェイ。
そして何事もなかったかのようにクルリと背中を向けて、再びウィルの元へ戻って行く。





『ぱーぱ』
「これからは母子家庭で頑張るから…!」
『まーま!』
「どんな壮絶ドラマよ…」





すぐ近くから溜め息混じりのノーマの声が聞こえたけど、
敢えて聞こえないフリをして、私はトボトボと一人歩き出した。















久しぶりに来た巨大風穴は前と何も変わっていなかった。
穴の中から凄まじい風の音がし、短いスカートがバタバタと靡く。





「赤ん坊は大切に扱えよ」
「いちいち言われなくてもそんな事分かってるわよ!」





ハリエットに怒鳴られたウィルの表情は、心臓を針で刺されたみたいに歪んでいた。
何かこっちまでチクリと来てしまう。





「ウィルさん、もう少し…」
「シャーリィ、止めとけ」
「愛情の裏返しって奴でしょ〜?素直じゃないんだから」





何もかも見透かしたノーマの言葉にウィルは一言「五月蝿い」と返した。
そんな言葉すら照れ隠しに見えてしまい、今度は何故か笑みが零れる。

だけど、ハリエットの言葉がやっぱり少しキツイ。





「お喋りよりも両親を探した方が良くないですか?」
『ぱーぱ!』
「…手遅れになってしまったら、無駄足なんですから」
『ぱぱー!』
「……」





ピクリと動く指と額の青筋。
おもむろにポケットに手を突っ込むジェイが、その中で何かをギュッと握るのが分かった。

それに気付いた私はゾッと体を跳ねらせて、慌てて赤ん坊とジェイの間で両手を広げる。





「ジェイ!ポ、ポケットの中で何握ってるの!」
「いえ、脅せば大人しくなるかなあ、と」
「ダ、ダメだよ!大人気ない!」
「…案外効きますよ?」
「なっ…」





「そんな訳ないじゃん」、そう紡ごうとした唇がピタリと止まった。
冗談みたくニッコリ笑うジェイの姿とゲーム内で見た記憶が重なる。

…案外効くって、そう言う事?
自分が、そうされてたから?

なんて、私には聞けなかった。





「…冗談ですよ」





急に黙りこくる私に小さく溜め息を吐くと
ジェイはパッとポケットから両手を出し肩を竦める。

それを「何だ冗談か」と笑い飛ばす程の余裕が私にはない。
そんな、どっちかも分からない冗談面白くないよ。





「っちゅうか、何でジェー坊がパパなんじゃ」
「近くに居たからじゃないの〜?」
「ワイもサエと夫婦になりたかったのう…」
「え、あー…な、なれるかもよ?」





指を銜え私達を羨ましそうに見るモーゼスの手を引っ張り赤ん坊の元まで連れて行く。
モーゼスの大きな体は赤ん坊の顔全体を陰で覆った。

きょとんとした表情を見せる赤ん坊のクリクリした瞳がモーゼスを捉える。
モーゼスはただただその口から発せられる「パパ」と言う言葉を待ち続けた。

だけど赤ん坊が次に発した言葉は、予想外のもの。





『ぶー』
「何じゃそれ!?」
「プ、アハハ!ぶーだって!モーゼス嫌われてる!」
「“ブーイング”の“ぶー”だね!モーすけにピッタリ!」
「それだ!ノーマ最高!」
「でしょ〜?アハハ!」
「ワレ等笑いすぎじゃ!!」





お腹を抱えヒーヒー言う私をモーゼスは睨む。
それが余計に笑いを誘って、「ごめん」と謝る事も出来ない。

お腹を抱えている両手の内片方をガッと掴まれ
そのまま真横にあった壁に背中を思いっきり叩きつけられる。

その痛みに笑いすぎとは別の涙が零れそうになった。
痛みに声を出す前にドン!、と顔の横に手を付かれ逃げ場をなくす。





「ワレ、あんま調子乗っとるんじゃないぞ」
「ッいったいな!ぶーぶー!モーゼスぶー!」
「うっさいわ!その気になりゃあげな生意気なガキ何ぞより可愛え奴ワレで作っちょ―――っ!!」





言いかけた言葉を残し、モーゼスはその場に崩れる。
小さな悲鳴を上げ頭を摩るモーゼスの目には涙が浮かんでいるようにも見えた。

一体何が起きたのか、説明を求めるようモーゼスに手を伸ばせば
その手は思いがけず、ワルターに引っ張られた。





「ち、ちょっと…!」
「……」





ズンズンと歩くワルターはモーゼスを置いて皆の輪の中に戻って行く。

正直何が起きているのか訳が分からなかった。
ワルターはどうしてモーゼスをぶったのだろうか。

ワルターがそんな乱暴な行動に出るのは珍しい。
優しい、と言うよりは私以外の人間に無関心だからだ。





「アイツが仲間である理由が全く分からん…!」
「奇遇ですね。僕もずっと前からそう思っています」
「で、でもモーゼスは家族想いで言い奴だよ?」
が狙われなければね〜本人に自覚がないからしょうがないけど」
「何でも良いから早くモーゼスを運んで来い。本当に手遅れになるぞ」





ウィルの言葉にセネルは溜め息を吐く。
また尻拭いをするのは俺か、と言わんばかりにだった。





「ワの字、ワレ段々と本性出すよおになってきたのう…」
「…フン」





お互いが顔を歪ませ、不機嫌な様子で話し出すモーゼスとワルター。
大人しく私達についてくるハリエットと比べ、本当どっちが子供か分からない。





「でも、やっぱりパパと言えばウィルっちだよね〜」
「俺はやらないぞ、そんな役…」
「一番似合うと思うなージェイなんかよりも」
「えぇ、僕も母親役はさんよりグリューネさんの方がお似合いだと思います」
「あらあら、本当に?」





ジェイの言葉に嬉しそうな声を上げるグリューネさん。
そんなグリューネさんを見てジェイは営業スマイルを浮かべながら「えぇ」と一言返した。





「じゃあウィルちゃんがパパなのねぇ」
「オ、オイ!勝手に決めるな…!」
「あなたって呼びましょうか〜…それともやっぱウィルちゃんかしら?」





スルリとウィルの腕に自分の腕を絡めグリューネさんは笑顔で言う。
そんな大胆なグリューネさんの行動にウィルは頬を赤くし顔を反らした。





「解決解決!これでいやーなパパとお別れ出来るー!」
「相手がいなかったらいつでも戻って来て良いんですよ?」
「お断りー!一生バツイチで生きていく!」
「それは非常に残念です」





と言いつつ笑顔を浮かべてるのは言葉が嘘な証拠。





「ハリエットちゃんが私達の子供なのねぇ」
「グリューネさん、俺はまだそんな事一言も…!」
「っふざけないでよ!!」





前を歩いていたハリエットがダン!と強く地面を踏み声を荒げる。
赤ん坊は突然の事に泣き出し、仲間達は皆呆然と立ち尽くしていた。





「何でハティがコイツの子供にならなきゃいけないわけ!?」
「違うわよぉ、ハリエットちゃん。私とウィルちゃんの娘よぉ」
「それが嫌なのよ!考えただけで虫唾が走るわ!!」
「あらあら、ご機嫌斜めなのねぇ…ウィルちゃん、どうしましょう?」
「…俺に聞かれてもな」





溜め息混じりのウィルの言葉にハリエットは顔を引き攣らせる。
ブチ、と言う効果音が似合う程、怒りを露にしていた。





「っさっさとこの子の両親探して帰ろ!コイツといるだけでムカついてくるわ…!」
「ついて来たいと言ったのはお前だろう」
「うるさいわね!!ほら、さっさと行くの!」





「フン!」と思いっきり鼻を鳴らしてハリエットはズンズンと奥へ進んで行く。





「ちょ、っと…さすがに酷いんじゃ…!」
「気にするな、子供の言う事だ」
「だって、まるで自分は一人で生まれてきたみたいな言い方して…!」
「俺は気にしてないのにが気にしてどうするんだ…」





ぽん、と頭を撫でる温かい手のぬくもりに、ほんの少しだけ心が落ち着く。





「それよりも早く両親を探さないとな」
「そ…そうだね」





巨大風穴までの道のり。
雑談だったのか、それとも意味のある大きな一歩だったのか。

私は複雑な想いを抱きながら、先を行く仲間達の背中を追った。










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修正:14/01/01