巨大風穴の中に入ると、見た事もない敵が山程出てきた。

私達が来た時と生態系が変わっているのだろうか。
前来た時と辺りの雰囲気が大分違う。


それでも戦力は充分だった。


一人一人が強くなった事も人数が増えた事も
それに対応出来ている仲間達の連携も、素晴らしいの一言。

…そんな中、自分だけはイマイチ成長していないように感じたけど。





「かなり奥まで行ったみたいだな…」
「ここまで来たのに見つからないなんてね〜…」
「……」





ふう、と一息吐く私達の輪の中、小さな声に気付いた。

それは言葉と呼べるものではなかっただろう。
控えめな声、弱々しい呼吸、それが誰の物かはすぐに分かった。

分かったのは私だけじゃない。
きっとウィルも気付いただろう。





「ッ…」





足が痛いのか、ハリエットは苦痛に顔を歪ませていた。
だけど腕の中にいる子供をあやすその腕は絶対に緩めたりしない。

子供だけど、ハリエットは責任感とプライドが凄い高い。
決して私達に甘えようとせず、ただひたすら足を動かしている。





「…少しだけ、休憩しよう」





私も同じ事を言おうとしてた。
だけどそれを先に口にしたのはウィルだった。





「先を急いだ方がよろしいのでは…」
「…いや、俺もウィルに賛成だ」





セネルもハリエットの状態に気付いたのだろう、
自らの意見を言うとその場にどかっと座り休憩する体勢に入っている。

ジェイもセネルの視線に釣られハリエットをチラリと見た。
そして大きな溜め息を吐き「分かりました」と一言言うとポケットから手を出す。





「先の様子を見てくる。皆はここにいてくれ」
「ワイも付き合うちゃる。ギート!」





モーゼスに名前を呼ばれギートは「アウ!」と元気良く返事をして
尻尾を振りながらモーゼスの隣へと走って行く。

残された私達はセネルに習うよう輪になりその場に座った。





「ウィルちゃんも一緒に休憩すればいいのにねぇ」
「本当だよ〜ハッちが心配なら赤ん坊の世話なんてさせなきゃいいのにさ」
「レイナードにも考えがあるんだろう」





クロエの最もな意見にノーマは口を尖らせ「ぶー」と言った。
未だにあの“モーゼス=ぶー”のネタが頭から離れず笑いそうになってしまう。





「わ…!あ、暴れないでよ…!」
「?」





声を上げたハリエットの方へ視線を向けた。

急に暴れだす赤ん坊の力に振り回されながらも
落とすまいと必死に体を動かしている。





『ままー!』
「はいはい、今行きますよー…」
「だから暴れないでってば!」





戦闘をサボってたとは言え、こんな時までゆっくり出来ないのはちょっと辛い。





「いたた!髪を引っ張らないでよ〜!」
『まーまー!』
「ちょっと!早く来てちょうだい!!」
「ち、ちょっと待って…!久しぶりに歩いたから足が痛くて…」
「普段動いてないからそうなるのよ!」
「閉じ込められてて動けなかったんだからしょうがないじゃん!」
「何言ってんのよ!…あ、こら!花飾りには触っちゃダメ!」





痺れる足を何とか動かし、赤ん坊との距離を縮める。
四つん這いになって動く私の姿はさぞ滑稽だっただろう。

赤ん坊は私が近付けば近付く程何故かテンションを高くする。
ハリエットの肩によじ登り、両手をブンブンと大きく振った。

その時、自分の手に当たった髪飾りが気になったのだろう。
赤ん坊の視線は私から外れ、ハリエットの髪飾りをグッと引っ張った。





「ダメって言ってるでしょ!!」





ハリエットは自らの両手を前に突き出し、赤ん坊を睨むようにして声を上げた。

「あ」とハリエットが我に返った時にはもう遅く。
赤ん坊の瞳はじんわりと潤み、ポロポロと大粒の涙を流した。





『おぎゃああっ!おぎゃああっ!』
「やだ…泣かないでよ…!」





赤ん坊を丁寧に揺らしてみても、ニッコリと笑顔を見せても全く泣き止む様子はない。
仕舞いにはハリエットまで泣き出しそうな顔をしていた。





「何の騒ぎだ?」





辺りの様子を探っていたウィル達が戻って来る。

ウィルはすぐさま状況を理解し、泣いている赤ん坊を見て大きな溜め息を吐いた。
その原因がハリエットだと言うのが、この状態を見て分かったのだろう。

…いや、もしかしたら私のせいかもしれないけど。





「しょうがない奴だな…」
「な、何よ…ほら、よしよし!」
『おぎゃああっ!おぎゃああっ!』
「貸してみろ」





ハリエットから赤ん坊を離すとウィルは自分の胸に抱き、ゆっくりと揺らす。

抱く姿勢、揺れるタイミング、優しい声。
何もかもが完璧だった。

ぽかんとその様子を見つめていたハリエットは
ハッと我に返ると、慌てて言葉を発する。





「ちょっと、何するのよ!」
『おぎゃああっ!』
「ほら、もう怖くないからな」
『…?』
「怖いお姉ちゃんはいないぞ〜」
『…きゃっきゃっ!』





…凄い。

子供を泣き止ますのって凄く大変だって聞いた事がある。
なのにたった数秒でウィルはそれをやってみせたのだ。

自分の子供ではない、今日初めて会った子なのに。





「だ、誰が怖いお姉ちゃんよ…!」
「アハハ」
「そこ、笑わないの!!」
『おぎゃああっ!おぎゃああっ!』





再び泣き出した赤ん坊の声にハリエットはビクリと体を跳ねらす。
ウィルはそんなハリエットに睨むような視線を向けた。





「大きな声を出すな。…ほら、もう大丈夫だ」
『きゃっ!きゃっ!』
「さすがだな」
「さすが過ぎて声でなかったよ…」
「ウィルっちパパになれるね!」
「既に父親だと思いますけど?」





最もなジェイの意見にうんうんと頷く。
それは私だけじゃなくて皆もだ。





「…ど、どうして泣き止むのよ…慣れてる感じだし…」
「お前も九年前はこんな風に小さかったんだぞ」
「そんなの、覚えてるわけない」





ウィルと赤ん坊に背を向け、ハリエットは恥ずかしそうにボソボソと言葉を口にする。
そんな初々しい親子の姿を私達は黙って見つめていた。





「最も、お前はこの子みたいに大人しくなかったけどな」
「…」
「俺を蹴り飛ばすは踏みつけるは、大変だったんだぞ」
「お、恩を着せられたって感謝なんかしてやんないわよ」
「…恩など着せるものか」





「え…?」と声を漏らし顔を上げ振り返るハリエット。
その視線の先にはいつになく真剣な表情をした、父親としてのウィルの姿があった。





「それが親の役目と言うものだからな」
「な、何よそれ…!」
「…赤ん坊は感情に敏感だ」





ウィルは体を屈めハリエットに赤ん坊を託す。
ハリエットはあたふたしながらその赤ん坊を抱き締めた。

さっきよりも優しく、そして穏やかな表情で。





「お前が苛立てばこの子も機嫌が悪くなる。分かったか?」
「わ、分かったわよ」
「おいおい…少しは力を抜け。赤ん坊まで緊張する」
「こ、これでいいんでしょ!」
「うむ…まぁ、何とか合格だな」
「偉そうに」





ぷく、と頬を膨らませたハリエットは、背中を向けるウィルにべっと舌を出す。

だけど嫌な感じじゃない。
言葉にするならそれはきっと“照れ隠し”だろう。

『まーまー』とブンブン手を振る赤ん坊に手を振り返す。
もう私がいないからと言って暴れる事もなさそうだ。





「ウィルさんとハティ、何だか良い雰囲気だね」
「少しは仲良くなるといいけどな」
「そう上手くいくかね〜」





頭の後ろで手を組むノーマはつまらなさそうに声を上げる。
そんなノーマの言葉にシャーリィとクロエは同時に首を傾げた。





「随分含みのある言い方だな」
「いやね、このまま終わったら面白くないな〜って」
「面白い面白くないの問題じゃないと思いますけど」





ジェイの呆れた溜め息もノーマには効果がない。

口を尖らせ「う〜ん」と何かを考える顔には
「親子喧嘩がもっと見たい」とでも書いてあるようだった。





「ワイはおもろい方を歓迎するがのう」
「楽しいのが一番よねぇ〜」





笑うモーゼス、頬に手を当てるグリューネさん。
二人の相変わらずな天然っぷりについつい笑みが零れてしまう。

けど、何かもやもやしてる。
喉に魚の骨が刺さってるみたいな、あの違和感。





「そろそろ出発するとしよう」
「そうだな。大分疲れもとれたし」





皆はゆっくりと立ち上がり、巨大風穴の奥を目指し歩を進める。

子供をあやしながら歩くハリエットが私の横を通り過ぎた時
出すつもりのなかった声が自らの口から漏れた。





「…いいな、ハリエットは」
「え…何でよ?」
「…お父さんが、いて…」
「あんなの父親じゃないわ。それにその歳で何言ってるの、子供っぽいわよ?」
「…」





子供っぽい、か…。
確かにそうかもしれない。

歳が近い仲間達の中、私だけがこんなにも両親の事で凹んでいる。

セネルもクロエも親を殺されている。
もしかしたらシャーリィとワルターも、陸の民に親を殺されているかもしれない。

ジェイは親の顔を知らずに育ったのだろうし
ノーマとモーゼスだって両親に会えない状況なのに頑張っている。

でも、それでも。





「ハリエットだっていなくなれば分かるんじゃないの…?」
「何?声が小さくて聞こえないわ?」
「…ううん、何でもない。ガキでごめん」





そう言って私はハリエットに笑顔を見せた。

首を傾げていたハリエットは「変なの」と私をジトッとした目で見た後
ふいっと顔を背け皆の後をついて行った。





「…ワルター」
「?」





小さな小さな声で彼の名前を呼ぶ。

風に消えそうな私の声を、ワルターは聞き取れて当たり前だと言わんばかりに振り向いてくれた。
そして動こうとしない私の元まで来ると次の言葉を待つ。





「どうした」
「…マント」
「?」
「マント、貸して…」





ワルターの背中に腕を回し、蒼いマントを自らに手繰り寄せる。
ぽす、と目の前の胸に体を預け、「隠して」、と小さく声を漏らした。

誰にも、ワルターにも、こんな醜い自分を見られたくない。





「どうしよう…」
「…何がだ?」
「私、九歳児に嫉妬してる…」
「…」





ジワリと、黒い物が心に染みを残して行く。

嫉妬、羨望、そんなのばっかり。
鬱の感情は速度を増し私の心を駆け巡っていた。





「仲良くなんかならなきゃいいのにって心の隅っこで思ってる…」
「…」
「どうしよう、最低だよ…嫌だよこんなの…」





「人の幸せ、願えないなんておかしいよ…」





「ワルター、早くしろ!」
もそっちいんでしょ〜?」
「…あぁ、すぐ行く」





遠くから聞こえる仲間達の声に適当な返事をすると
ワルターは私の背中に回していた腕を離した。

ぽたぽたと零れている自分の涙を無理矢理袖で拭き、私は俯きながら歩を進める。





「大丈夫か?」
「…うん、平気」
「何かあったらすぐに言え。庇うぐらいはしてやる」
「ありがとう…」





自分の弱さが嫌でも分かり、イラつく。

ウィルとハリエットが喧嘩してれば、何とかしてあげたいって思うのに
良い感じになると何故か胸を締め付けられる。


もう、嫌だ。


私も、会いたい。
お父さんとお母さんに、会いたいよ。










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修正:14/01/01