休憩を挟んだ後、更に奥へと進み最深部に到着する。
所々に魔物の骨が散らばり、辺りは少し血生臭い。
その匂いがきついのか、ハリエットは顔を歪めていた。
赤ん坊を両手で抱えているハリエットには鼻を摘む事も出来ない。
私もこの匂いにはいつまで経っても慣れないから、ハリエットの気持ちは痛い程分かった。
「た、助けてくれ!」
辺りを見渡す私達の耳に、見知らぬ男性の声が届く。
声が聞こえた方角は私達がいる場所から更に奥だった。
「ギート!」
モーゼスがその名を呼べば、ギートは一目散に人の匂いがする方へと駆けて行く。
皆も慌ててその後を追った。
「ハリエット、ゆっくり行こ!」
「う、うん!」
男性の緊迫した声にハリエットは恐怖を感じていた。
先程まで普通に動いていた足もカタカタと震えている。
だけど私の後ろに隠れたりせず、横に並んで歩き出す姿を見て
この子以上に勇気があって義務感の強い子はいないだろうと思った。
辿り着いた場所には見慣れない男女と一匹の魔物がいる。
腰を抜かした女性を庇い、男性は魔物に向かって両手を広げている。
その足はガタガタと激しく震えていた。
「あ!あの人達よ!ハティにこの子を預けたのは!」
「間違いないな!?」
「合ってるわよ!失礼しちゃうわ!!」
「合ってようが合ってなかろうが助けなきゃまずいだろ!」
そう言ってセネルは誰よりも先に魔物へと駆け寄った。
「ワルターも手伝って!」
「そのつもりだ」
「お前なら言うと思った」、と言葉を付け加え、ワルターは風よりも早く魔物に近付く。
リン、と鳴る鈴の音と共に赤ん坊の両親の前に足を着いたジェイは
一本の苦無を魔物に投げ付けると二人を安全な場所へと移動させた。
これで障害はない、と強く頷いたウィルとノーマは同時に詠唱を開始する。
「ちょこまかとウザったい奴じゃのう!!」
「っ…無理!」
「どがあした!?」
「投げたら当たる!誰かに当たる!」
前衛の多さに圧倒され、短剣を投げようとする手がガタガタと震え出す。
モーゼスはそんな私に一度驚き目を見開いた。
そんな素直過ぎるモーゼスの反応が余計不安を煽り、「どうしよう」と彼に瞳を向けた。
「しっかりせえ!当たっても怒るヤツなんぞおらん!」
「そう言う問題じゃないよ!アンタ大雑把すぎ!」
ギャーギャー喚く私に小さく舌打ちをしたモーゼスは
一度後ろに下がると、とある方向を指差した。
「あっちの方が狙いが定めやすいはずじゃ!」
モーゼスの指差した方向を見ながら私も一歩後ろへ下がる。
「ワイはこっちから投げる!はあっちに行っちょくれ!」
「わ、分かった!」
ジリジリと敵との間合いを取りながら、隙を見つけ猛ダッシュで指された方向へ向かう。
着いた先は敵の真後ろで、ハリエットと赤ん坊、そして夫婦のすぐ近くだった。
「!」
「ちょっと後ろに下がってて!」
「言われなくても分かってるわ!ちゃんと守ってよね!」
「おー!頑張る!」
無茶言う子だな、と思ってもやっぱその期待には答えたい。
嫉妬した相手だろうが何だろうが、ハリエットは私にとって大事な仲間だから。
幸い敵の後ろ側から攻撃をしているのはジェイしかいない。
その上空にはワルターもいるけど、あの距離なら気にしなくて大丈夫そうだ。
二人とも私が誤った場所に短剣を投げても
それを避ける事の出来る素早さの持ち主。
これなら遠慮する事はない。
私は短剣を敵に向かって思いっきり投げる。
私の予想通り、ジェイとワルターは短剣が風を切る微かな音に反応し
敵との間合いを瞬時に切り替えた。
そのお陰もあって、私の短剣は見事命中。
「凄いじゃない!」
「でしょー!」
「本当!これなら安心出来るわ!」
「ありがと!」
褒められた事が素直に嬉しい。
敵から目を離す訳にはいかないからひとまず声だけで返事をする。
短剣が飛んで来た事が意外だったのか、ワルターとジェイは同時に私の方へ振り向いた。
これなら勝てるね、と言う意味も込め私は二人に満面の笑みを返す。
けど二人から笑顔は返ってこなかった。
別に期待してた訳じゃないけど、無愛想な二人だからとか、そう言うのとは違う。
何かに動揺しているのか、驚き目を見開いている。
「さん、後ろ!!」
「後ろ?だって魔物は前に…」
「いいから横に飛べ!!」
「何で横…」
賢い二人にしては訳の分からない言葉を並べるな、と思った。
そう思ったと同時ぐらいだろうか、後ろからハリエットの小さな悲鳴が聞こえる。
「ひっ…!」と何かに怯える少女の声に
やっと後ろで緊急事態が起きていると言う事が分かった。
後ろを振り向いたと同時、頭を襲う激しい衝撃。
「いっ…!」
「ッ!!」
服にパラパラと落ちてくる小石。
頭から額に、額から目に垂れる生暖かい液体。
真っ赤に染まる、視界。
「ちょ、ちょっと!ア、アンタ達いきなり何してんのよ!!」
「黙れ!!」
「キャッ…!」
ハリエットの声が聞こえる。
コンクリートに体を擦るような、そんな音も。
何だか頭がグラグラするけど、倒れる程じゃない。
フラフラと、覚束ない足で地面に倒れるハリエットへ近付いた。
そこら中に泥がつき、頬や手からは血が出ている。
「痛い、痛い」と掠れる声が助けを求めているのが聞こえた。
早く、治してあげなきゃ。
そう思い腰に下げている杖を手に取った瞬間、再び後頭部に衝撃が走る。
二度目となるとさすがに耐える事が出来ず、私は硬いコンクリートの上に音を立て崩れた。
「!?」
「どうしたんですか!?…っハティまで…!」
仲間が駆け寄る音が聞こえる。
もしかしたら幻聴かも、そう思いうっすらと目を開ければ
赤い視界には見慣れた皆の姿が映っていた。
「痛い…痛いよぉ…」
「大丈夫、かすり傷だよ!すぐに治してあげるから…!」
シャーリィはハリエットの膝に手を当てブレスを唱える。
ハリエットが無事で良かった。
鈍い痛みも忘れ、私はホッと安堵の息を漏らす。
「お前達、何をしている!!」
「っレイナードさん…!」
バタバタと誰かが駆け寄ってくる音。
皆がここにいると言う事は、魔物を倒す事が出来たのだろう。
でも皆は魔物を倒せた事、赤ん坊の両親を見つけられた事を嬉しく思ってない。
声を聞く限り、ウィルは怒ってて、怒りの対象はきっと例の夫婦だ。
「あなた達、石で人の頭殴ってどうなるかも知らないんですか?」
「知っていたからやったんだ…それに、破壊の少女なら殴ったぐらいでは死なないだろう!?」
ジェイの言葉を聞き、やっと自分に何が起きたのかを理解する。
あのずっしりとした衝撃。
血が流れる直前にパラパラと落ちてきた小石。
…私、この夫婦に石で殴られたんだ。
「さんが破壊の少女だと気付いて殺そうとした、と…狂ってますよそんなの」
「狂ってるのはそっちだろう?こんな奴と行動してるなんてどうかしている!!」
「はアンタ等の命の恩人なんだよ!?有り難く思うのが普通でしょ!?」
「命の恩人だと!?数千年前俺等の命を奪ったのはコイツだ!!」
何か、言い合ってる…。
きっと私のせいだ。
「さん!さん!!」
シャーリィは自分の膝に私の頭を乗せて
今にも泣きそうな声で私の名前を呼んでいた。
きっとハリエットの治療が終わったんだ。
良かった、と笑う。
「言いたい事はそれだけか!?」
「っ…!」
ウィルの声はいつもよりも大きくて迫力があった。
これ程までにウィルが怒鳴った事はないんじゃないかな、と思うくらいに。
「人の娘を傷付けといてそれだけかと言っているんだ!!」
「でも…!」
「言い訳などするな!お前等の赤ん坊を守り抜いた者だぞ!?それを傷付けるなど…!」
「…」
「ッ掠り傷程度なら良いと思っているんじゃないだろうな!?」
ポゥ…と暖かい光がシャーリィの手から私の頭部へと伝わる。
シャーリィのスカートにも赤い血が付いている。
私の顔半分、首元も血だらけだった。
でも、ぼんやりとした意識の中で思う事はたった一つ。
「…やっぱり、ウィルは私の本当のお父さんになれないよ…」
「え?」
痛みを訴える訳でもない、私の雨粒程の小さな声にシャーリィは動揺を見せる。
朦朧とする意識の中で、自分の口は勝手に想いを紡ぎだす。
「親って、自分の子供しか大切じゃないんだよ…」
「…そんな事、ないですよ…」
「だって今ウィルが言ってたのって」
「…全部ハリエットの事だった」
何故か私はそう言って、笑っていた。
シャーリィの顔が酷く歪む。
それと同時に暖かい光も消えた。
シャーリィはただただ黙り、私を見つめていた。
私に治癒術を掛ける事も忘れて。
「子を捨てたお前達にはそんな事も分からなくなったのか!?」
「…」
「自分の娘を傷付けられて平気な顔をしていられる両親がいると思っているなら、
自分達の立場で考えてみろ!」
ウィルの言葉に涙が出そうになった。
きっと、嬉しいからじゃない。
「お前達に娘がいなくなる悲しみが分かるのか!?」
「…」
「家族が一緒にいる事が幸せじゃないと言うのか!?」
私、きっと、また何か嫌な事考えてる。
「お前達は自分の子に俺の娘と同じ事をした…!怪我を負わせるような事を自分の娘にしたんだぞ!」
「そんな事ない!レイナードさんなら俺達よりもその子を幸せにしてくれると思って…!」
「それがこの子の傷になると言っているんだ!!」
再び、頭部に暖かい光が溢れる。
ドクドクと流れていた血が止まり、熱かった傷口がほんの少し冷めた気がした。
「この子が一人残って幸せになれると思っているのか!?」
「だ、だけど…」
「親は子に対する責任があるんだ。そこには逃げ場等存在しない…逃げたら傷を負わせるだけだ!」
「レイナードさん…」
ウィルの憤怒した言葉は、いつの間にか夫婦を説得するものへと変わっていた。
突然泣き出した赤ん坊。
隣にいるハリエットがビクリと体を跳ねらせ、急いでその赤ん坊を揺らす。
シンと静まり返るその場には、ただ赤ん坊の声が響くだけ。
「…俺には腹を空かしているのかも、おしめを交換して欲しいのかも、怖くて泣いているのかも分からない」
『おぎゃああっ!おぎゃああっ!』
「だが想像する事は出来る…お前達を呼んで泣いているんだ」
『おぎゃああっ!』
泣いて来てくれるなら、いくらだって泣くよ。
そんな事を思っても、私には無意味だ。
「私達は…何て事を…」
「家族が共に暮らしていければそれだけで幸せだ」
『おぎゃああっ!おぎゃああっ!』
「それ以上の物を期待するのは過ぎた贅沢と言う物だ」
「ごめんね…ごめんね…」
「そう思うのなら早く抱いてやれ…そして、もう一生傷付けないと誓うんだな」
ウィルの言葉に強く頷き、母親はハリエットへと近付く。
「傷付けてごめんなさい」とハリエットに謝る母親。
「ううん、大丈夫よ」とハリエットは自分の胸の中にいる赤ん坊を渡す。
母親の元に渡った赤ん坊はピタリと泣き止み、そして嬉しそうに手足をばたつかせた。
私を『まま』と呼んでいた時とは違う、本当の笑顔だ。
「ハティが何しても、泣き止まなかったのに…」
「誰が自分を好きでいてくれるか、小さな体で感じているんだ」
父親の顔をするウィルをハリエットはじっと見上げる。
その視線に気付いたのか、ウィルもハリエットの方へ視線を向けた。
「何だ?睨み付けて…文句でもあるのか?」
「べ、別に睨んでないわよ。ただ、何か…ちょっとだけ…」
「ちょっとだけ何だ?」
「…見直したって言うか…」
「よく聞こえないぞ?」
「な、何でもないわよ!!」
ハリエットはフン!と鼻を鳴らし、プイッとウィルから目を反らした。
もう少しで素直になれそうだったのに
結局二人の関係はいつもと変わらず終わってしまった。
「…」
「あ、さん…起き上がっても平気ですか?」
「…うん、もう大丈夫!ごめんね、シャーリィの服汚しちゃって」
「いえ、大丈夫です!…さんが無事で良かった…」
安堵の息を漏らし笑うシャーリィに私も笑顔を見せた。
「しかしまぁ、二回も頭打って生きちょる何て大したモンじゃのう」
「でしょ?私タフだからー!」
「…何処がですか」
「何か言った?」
「いえ、何も。頑丈なら頭二回打たれても血なんか流さないで下さいよ」
「そ、そこまでタフじゃないよ!」
私を馬鹿にするようなジェイの溜め息に形振り構わず声を上げる。
大声を出すと頭にガンガンと痛んだ。
どうやらまだ完全に治ってはいないみたい。
「…すまんな、すぐに助ける事が出来なくて…」
「嫌だなあ、気にしないでよ!この通り元気なんだから!!」
「そうか…なら良かった」
「うん!それよりウィル、あんな所にさっき倒したレアな魔物が!」
「何だと!?早速調査しなくては!」
「そう言うと思った!」
子供みたいに瞳をキラキラ輝かせながら魔物へと駆けて行くウィル。
ウィルは「この亜種が雷のモニュメントにいるはずだ!」とか
「舌は巻いて仕舞うのか!」とマニアックな事に大興奮している。
興味はなかったけど、ウィルが輝いた瞳でこっちを見るから
ついつい元気な所を見せたくて私も魔物の観察に加わった。
「…あの元気、明らかに空回りだね〜」
「元気に振舞っといて後で自滅するタイプですからね」
「気付いてないのはウィルぐらいじゃないか?」
「さんは、故郷が恋しいんだと思います…さっきお父さんの事を言ってましたから…」
「…まぁ、そうもなりますよね。元々別の世界で平和に過ごしていた人が急にこんな所に来たら」
「でもならすぐ立ち直るって!きっと今は変な瘴気にでも当てられてるだけだよ!」
その瘴気が晴れるのは、一体いつなんだろう。
「あれだけ強く殴ったのにもう立ち上がるなんて…」
「爪術を掛けてもらったにしても、ちょっと早すぎるわ…」
「間違いないな、あれが“破壊の少女”だ…」
「えぇ、帰ったら陛下にご報告しなくては…」
もしこの瘴気の原因がホームシックなだけならまだしも
私の中にいるもう一人の存在のせいだったら、と思うと何故か怒りが込み上げてくる。
もう、いらない。
アンタもういらないよ。
そう思った私の中には自分とは違う誰かの悲しい感情と
心から滲み出てきた黒い物だけしか残っていなかった。
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修正:14/01/02