イラナイって思われると、苦しい。
イラナイって思うと、後悔する。

こんな言葉、イラナイ。
でも言葉を作った人をイラナイって言うと、そこには矛盾が生まれて。

だけど、それでも、この世界から“イラナイ”なんて言葉、消えちゃえばいいのに。















ってば!」
「あ…ごめん、何?」
「何?じゃないわよ!入り口目の前にして止まらないでよね!」
「そうだよ!ハッちが折角パパの為にやってる事なんだから〜!」
「違うって言ってるでしょ!!」





いつの間にかハリエットの怒りの矛先は私からノーマに変わっていた。


雷のモニュメント。


静の大地にある建物の中の一つで、
私達は今その入り口の前に立っている。


目的はレッサーパピーという魔物を捕まえる為。


ハリエットがウィルの為に捕まえたいと自分から言い出したのだ。

魔物がいるから危険だ、とジェイやクロエに言われても絶対に諦めなかったハリエット。
余りにも熱心な姿に私達は負け、結局こうして手伝いをしている。





「何だか元気ないね〜」
「えーそうかな?」
「もしかしてワルちんがいないからぼけーっとしちゃってるとか?」
「うーん…どうだろ」
「おや、脈有りですか〜?」
「ワルターカッコ良いもんね」





私の返事を聞くなり気味が悪い程笑っていたノーマの表情が一気に崩れる。
溜め息を吐かれた上に「つまんない」とまで言われる始末だ。


ワルターだけは、ハリエットがどんなにお願いしてもついて来てはくれなかった。


きっと“打ち捨てられた地”に来たくなかったのだろう。
今まで陸の民を恨んでいた水の民ならば当たり前の事かもしれない。

最後には一緒に連れて行く事を諦め、一人欠けたメンバーで行動している。
いや、ウィルもいないから二人欠けたメンバーだ。





「…」





ワルターが隣にいないと、ちょっとスカスカした感じ。
監視する側とされる側が二人で一人、と言う自分の言葉はあながち間違いじゃないかもしれない。





「ところで、これってウィルっちには内緒なわけ?」
「ぎく…」
「教えてないようじゃの」
「し、知ってるわよ?全部ちゃ〜んと話して来たんだから」
「口調がぎこちないな」
「べ…別になんだっていいでしょ!」
「ビックリ大作戦か〜!こりゃやり甲斐あるね、うん!」
「もう良いから進むわよ!全く…誰かさんが止まるから!」





皆の足を止めていたのが自分だと気付き、小さく「ごめん」と謝る。
ジェイは小さく溜め息を零し、セネルは優しく笑ってくれた。





「ヨォシ!おチビちゃんの為に一肌脱いじゃるか!」
「うんうん!レイナード親子の為にね〜!」
「ノーマ、さっきからうるさいわよ!」
「早く進むんでしょう?全く…」





ジェイは溜め息混じりにそう言うと、カツカツと靴を鳴らしながら先頭を歩いた。

一人が中に入っていくと、もう一人、またもう一人と止まっていた足が動き出す。
そうして私達は、雷のモニュメントの奥を目指した。















「ヒィイ!!」
「う!?」





入るや否や、ドス、と体に何かが当たり声が出る。

いつも以上に間抜けな私の声にか、それともモーゼスの悲鳴にか、
皆は目を丸くし私達に視線を向けた。

ゴロゴロと音がしたかと思えば、再び付近に雷が落ちる。

あぁ、そういえば雷のモニュメントってこう言うとこだったな、と思い出すと同時
モーゼスがどうしてこんなに怯えているのかも思い出す。





「モーゼス、雷苦手なんだっけ?」
「オ、オウ!ちぃとばかしじゃがの…!」
「今更強がらなくても良いって!手、繋ご?」
「す、すまんの…」
「…何となくだけど、何であの赤ん坊がの事“ママ”って言ったのか分かった気がする」
「は?」
「そんでもって、モーすけの事を“ブー“って言ったのも分かった気がする」
「どういう意味じゃ」





不機嫌そうな声を発したものの、再び鳴る雷の音にモーゼスは悲鳴を上げた。

「カッコワル〜」と言うノーマに反論しようとした時、また雷が落ちる。
ああ、とことん可哀想な奴だ。





「も〜モーゼス君が遅くて中々進めないじゃない!」
「ワイだって精一杯じゃ!」
「ほらほらモーすけ!ハッちの為にも一肌脱ぐんでしょ!」
「シャンドルの場合は家族の為、と言うニュアンスの方が良さそうだな」
「クッちゃんの言う通りじゃ!ヨォオシ、頑張っちゃる!」





手を繋いでいない方の手でモーゼスは力強くガッツポーズをする。
そんなモーゼスを見てクロエとノーマは同時に笑った。

家族の為に、か…。





「のう、!」
「う、うん」





モーゼスの眩しいくらいの笑顔に私は引き攣った笑顔を返す。
これがきっと、気持ちの差だろう。

心の何処かで嫌がっている自分がいるなんて、信じたくないのに。










道中襲い掛かってくる魔物を倒しながら、私達は奥へ進んだ。

ワルターとウィルがいない事で苦戦はしたけど
ハリエットには掠り傷一つ付けずに中間地点まで来る事が出来た。

拓けた場所に出るとハリエットの歩みが遅くなる。

ズ…と足を引き摺るような歩き方に、荒い息。
…体が小さいんだから、私達の何倍も疲れているにきまっている。





「…よし、休憩!」
「ど、どうして?ハティなら疲れてないわ!」
「私が疲れたの」





ドス、とその場に胡坐を掻き座る私を、ハリエットはぽかんと口を開けて見ていた。

ここでならガサツな行動を取ってもワルターに怒られない。

街中ではないから飾る必要もないし、と親父臭い声を出しながら伸びをする私に
仲間達は同時に溜め息を吐いた。





「女性らしさの欠片もありませんね」
「猫被るよりは良いじゃん」
「気遣いまで忘れたら意味ないじゃないですか」





皮肉に皮肉を加え、ジェイは私の横にストンと座る。

いつも隣に居るのはワルターだから、
こうして違う人と並んで座るのは何だか久しぶりな気がした。

思えば、初めて会った時もこうして横顔に見惚れていた気がする。





「何か?」
「ううん、何もー」





あの頃のジェイは私に嫌悪しか見せていなかったけど、今はワルターの代わりをしてくれる。
その優しさに自然と笑みが零れた。





「んで、ど〜ゆ〜心境の変化よ?ウィルっちに魔物をプレゼントだなんて」
「別に…ハティは仲直りしたい訳じゃ…」
「皆まで言うな!おチビちゃんの気持ち、ワイにはようわかっちょる!」
「え〜…?」
「家族は、一緒におった方がええけんのう」





モーゼスはうんうんと強く頷き、歯を見せて笑った。

純真無垢な笑顔に見栄を張るのも申し訳なくなったのか
ハリエットは俯き恥ずかしさそうに小さく頷く。

可愛いなって、素直に感じた。





「その花飾り、凄く綺麗だね…本物のお花みたい」
「あ、これはママがくれた物なの。ママがずっと大切にしてたんだよ」
「そうなんだ…ハティのママってどんな人だったの?」





花飾りにそっと触れて、嬉しそうに笑うハリエットにシャーリィも微笑を見せる。

だけどハリエットの笑顔はシャーリィの質問を耳にした瞬間消える。

何事かとシャーリィがハリエットの顔を覗こうとした時、
ハリエットはその小さな唇で弱々しく音を発した。





「…ママは、絶対に言わなかった…絶対にアイツの悪口言わなかった…」





声が震えている。





「ハティがアイツを悪く言っても、いつも優しく笑ってた…優しく、笑って抱き締めてくれた」
「ハティ…」
「だけど…だけど、ママは死んじゃった…!ママはずっと会いたがってたのに!」





震えていた声は更に震えて、大きくなる。
瞳に溜まっていた涙が落ちた時、何だか胸が苦しくなった。





「帰って来ないの分かってても、帰って来るって信じてた!」
「…」
「信じて、たんだから…」





ハリエットも、お母さんを亡くしてるんだ。
なのに私は、ハリエットに妬いていた。

最低だ、そう思いながらも上手く気持ちを切り替えられない。





「……あくまで俺の想像だけど、ウィルも苦しかったんだと思う」





セネルの声に、ハリエットの小さな肩が跳ねる。





「自分が何もしてやれない所で大切な人が死んでしまうのは、とても辛い事だからな…」





そう言って伏せたセネルの瞳には、きっとステラが映っているのだろう。

「そんな事ないよ」、と誰が言わなくてもセネルはもう前を見て歩いている。
だからこそ、ハリエットにそれを引き摺って欲しくないのだろう。





「…ハリエットも、本当はウィルが優しい人って知ってるんだよね?」
「……」
「だからこんな事やってるんじゃないの?」





「もう犯罪者なんて思ってないよね?」と付け加えれば、ハリエットはキュッと口を噤んだ。
きっと、黙るのはそう思ってる証拠だ。





「だからハリエットのやってる事、思ってる事に間違いはないよ」
「え?」
「…私はハリエットの立場だったら、同じ事やってると思う」





「……同じ立場だったら、の話だけど」





そう言って、私はハリエットに笑顔を向けた。

だけど皆が皆、私の笑顔を見て目を見開くもんだから
何かおかしいのだろうか自らの頬をむにむにと触る。

私の笑顔はそんなに驚かれるようなものだったのだろうか。





「ま、ま〜要約するとさ!ハッちはウィルっちに甘えたいわけでしょ?」
「ち、違うわよ!何をどう聞いたらそうなるの!?」
「どうやら図星のようですね」
「ジェイ君、決め付けないで頂戴!」
「照れんな!ガキはそれでええんじゃ!」





ハリエットの頭をグリグリ撫でながらモーゼスはクカカと笑った。

顔を真っ赤にしたハリエットはその手を払い
ゼェゼェ荒い息を零しながら服をぎゅうっと握っている。

余りにも素直な反応に、皆は息を噴出して笑った。





「止めてよ!絶対に違うんだからね!」
「パパって呼んでみたら?ウィルっち絶対に喜ぶって」
「絶対に嫌!もう、馬鹿言ってないで先に進むわよ!」
「へ〜いへいへい」





「パパって呼んでみたら?」

ノーマの言葉が何故か強く胸を打った。

久しぶりに会った時、私がパパって言ったらウィルは優しく頭を撫でてくれた。
けど、ふざけて呼びすぎちゃって、思いっきり殴られて家を追い出されたんだ。





「…格が違いすぎるよ…」





私を娘だと言ってくれたウィルは、きっともう私を娘だなんて思っていない。
大事な自分の娘が、自分の為にこんな事をしてくれているんだから。

別にハリエットより劣っているのが嫌なんじゃない。
ただ、この世界で。





「親がいなくなるのは、嫌だよ…」





イラナイなんて、思われたくないんだ。










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修正:14/01/02