「いたー!!」





ハリエットの言葉に皆はバッと顔を上げる。

目の前には小さな翼を羽ばたかせ、猫が飛んでいた。
こう言った魔物の種族なんだろうけど、私から見ればどう見ても羽の生えた猫にしか見えない。

ハリエットの大きな声を聞くとレッサーパピーは慌てて奥へと逃げて行った。
それを皆が追って、バタバタとあちこちを走り回る。





「待たんかいコラァ!」
「ええい、ちょこまかとちょこざいな奴め!」
「お兄ちゃん、そっち行ったよ!」
「よし!」
「ワイに任せえやあ!!」
「っ危ない!!」





仲間の制止の声も聞かず、セネルとモーゼスはレッサーパピーに向かって走り出す。
瞬間、レッサーパピーは宙へと浮かび、ヒョイ、と二人を軽く避けた。

それと同時に勢いのついた二人の体はガツンと思いっきりぶつかる。





「痛っ…!」
「セの字、石頭じゃのう…!」
「その言葉、そっくり返してやる…!」





お互い頭を擦りながら、最低限の言葉だけを交わした。
多分言い合える程の余裕がないくらいに痛かったのだろう。





「今のはモーゼスさんが悪いですよ、折角のチャンスだったのに」
「ここでセの字に手柄を取られたら、魔獣使いの名折れじゃからのう」
「また下らない理由で…」
「お、ほれ見い。ワイと遊びとうて戻ってきおった」





モーゼスは胸を張って笑い、逃げた方向から戻ってくるレッサーハピーを指差す。
皆は同時に指された方向を見て、そして表情を曇らせた。





「様子がおかしくない?」
「なんだか、怖がってるみたいねぇ」
「僕の視力に問題がなければ、背後に別の魔物が見えますね」





「…それも、とても強そうな」





ジェイが言葉を紡いだと同時に、ズシンと重たい音が辺りに響いた。
一回じゃなくて二回、三回とどんどん数を多くし、そして早くなっていく。





「残念ながら、幻影ではなさそうだな」
「おっしゃ、かかってこんかい!おチビちゃんは後ろに下がっちょれ!」
「わ、分かったわ…!」





大きなドラゴンの迫力に圧倒されたのか、ハリエットの声は微かに震えていた。
声だけではなく、体もガタガタと震えている。

私はそんなハリエットの前に立ち、静かに杖を構えた。





、モーゼス!ハリエットを頼んだぞ!」
「うん!」
「ノーマはやばくなったら回復頼む!」
「オッケー!」





いつもはウィルが行う戦闘指示をセネルが代わる。
ウィルには劣るものの、セネルの指示にはしっかりとした意図があり動きやすかった。




「リザレクション!」





ドラゴンの爪が皮膚を裂いても、ノーマのブレスがタイミング良く味方を癒した。
だとしたら後はスタミナだけの問題だ。

このまま同じような戦い方をしていたら確実に勝てる。





「ッこれで、終わりだ!!」





鱗の間にめり込んだ拳にドラゴンは雄叫びを上げる。

「キャッ!」と小さな悲鳴を上げ耳を塞ぐハリエットの体は
空気を揺らすその音だけで吹き飛んでしまいそうだ。

ズン、と音を立て地に崩れたドラゴンの血が、辺りの床を紫色に染めていく。

大きな口からは呼吸を感じず、長い舌をダラリと垂らし動かなくなったドラゴンに
私達はホッと安堵の息を漏らした。





「ヨォォシ!勝ったぞお!!」
「モーゼス、静かにしろ。魔物が逃げるだろ」





額に浮かぶ汗を拭いながらセネルは息を吐いた。





「逃げるんじゃないわよ。そ〜っと、そ〜っと…」





強敵がいなくなった事に警戒心を解いたのか、
レッサーパピーはジリジリと近付くハリエットをジッと見ていた。

皆が息を呑み、その結果を見守る。

そっと、ハリエットの手がレッサーパピーの片翼に触れる。
レッサーパピーは逃げもせず、その場では大人しくハリエットに抱かれた。





「やった…やった!!」
「良かったねハティ!」
「うん!やったよ〜!!」
「ドッキリ大作戦の第一歩だもんね〜!いや〜良かった良かった!」
「えへへ…ってあ、ちょっ、こら!暴れないでよ!!」





照れて笑うハリエットの腕の中にいたレッサーパピーは
あんなに大人しかったのに突然ジタバタと暴れだした。

子供の力では押さえつける事も出来ず、レッサーパピーはハリエットの腕の中から飛び出して
翼をはためかせ頭上へと飛んでいく。

宙を蹴った後ろ足はハリエットの髪飾りを掠めて、桃色の花は音を立て地面に落ちた。





「あ、もう…花飾りが取れちゃった」





小さく溜め息を吐いて、ハリエットは遠くに飛んだ髪飾りを拾う。
その時には既に、周りに異変が起きていた。





「壊れたらどうしてくれるのよ…ママの形見なんだからね」
「ッハリエット、危ない!」
「ハティ!」





私とシャーリィが同時に声を上げた。

「え?」とこちらに振り向くハリエット。
だけど私とシャーリィはハリエットをこっちに向かせたかった訳じゃない。

気付かせたかったのは、先程倒したはずの魔物が再び起き上がり
ハリエットの背後で牙を剥いている事だ。

杖を前に突き出し私はブレスを唱え
シャーリィは自分の詠唱速度じゃ間に合わないと判断したのか、ハリエットへと走り出す。





「った…!」





詠唱を声にしようとするだけで痛みが全身を駆け巡る。

咄嗟にブレスに頼るのは自分の悪い癖だ。
だけどこの力ならきっとハリエットを助けられる。

そう思えば、手に付く傷なんて痛くも痒くもなかった。





「ッインディグネイション!!」





シャーリィがハリエットに覆い被さったと同時、ドラゴンはその尾を回していた。
ブレスが魔物に当たるとシャーリィの体は爆風で真横に飛び、尾は宙を切る。

黒こげになっても魔物は悲鳴を上げながら動いていた。
焦げ臭い匂いと血の匂いが混ざり、噎せ返る。





「あの魔物、焼かれても動いていたな…」
「物凄い生命力ですね…またしても黒い霧ですか」





動いたのはたった数秒。
黒こげになったドラゴンは、今度こそ息を絶やした。

…いや、さっきだって確かに呼吸は途絶えていたはずだ。

これが、黒い霧の力。
実際に目にするのとゲームで見てたのでは、話が違う。





「ッ痛…!」
「シャーリィ、大丈夫か!?」
「うん、平気だよ」





シャーリィはゆっくりと体を起こし、「さんの爆風で助かりました」と笑った。

だけど、シャーリィの腕の中にいるハリエットは
カタカタと震え、目を見開き一点を見つめるばかり。





「あ、ああぁ…」
「ハティ…」
「花飾り…壊れちゃった…」





ハリエットの手の中には壊れた髪飾り。
彼女が先程まで自らの頭に付けていた、桃色の花の欠片が辺りに散らばっている。





「ハリエット…」
「ッのせいよ…!」
「…」





手中の欠片をギュッと握り、ハリエットは痛みに顔を歪ませる。

…いや、きっと痛いからじゃない。

ドラゴンが息を吹き返した事をもっと早く教えなかった私を
ブレスを使った私を、その爆風でハリエットを吹き飛ばした私を。

ハリエットは、私を恨んでいるんだ。





「ママがくれた物だって、ハティが大切にしてる物だって言ったのに!!」
「ハティ、さんは私達を助けてくれたんだよ?」
「違うわ!はいつもいつも、ハティが欲しいものを取ってく!」





「ハティは我慢した!が良い物たくさん持っててもハティは我慢した!」

「ッなのに、はハティが一番大事にしてたものを壊したのよ!!」





…知らなかった。
私が、そう思われていたなんて。





「人の物盗るなんて、最低よ!!」





私が、ハティの物を盗った。
それは、花飾りだけ…?





「…とにかく街に帰ろう。ここは危険だ」
「そうじゃの。嬢ちゃんも怪我しちょるし」
「ハティ、行こう?後でたくさん、話す事なら出来るから」
「…話す事なんて、ないわ」





ハリエットのツンとした態度を、私は今まで照れ隠しなんだと思ってた。
だけどそれは、私に対してだけは違っていたんだ。

それでも、少し頼りにされてると思っていた。
巨大風穴に行った時も、上手くハリエットを守れたと思った。

…そう、思っていたのに。





「…さん、前より体が不便になってませんか?」
「え…」
「先程、攻撃系のブレスでも辛そうだったので」
「あー…ちょっと…ブレス全般使えなくなってて…」
「じゃあ使わないで下さい。掌、凄いですよ」





指摘された掌には、ブレス一発分の大きな傷。
やっぱり、ジェイには言わなくてもバレるんだ。





「…そんなになってまで魔物を倒したのに、恨まれてたんじゃ意味ないですしね」
「……」





傷の事だけじゃない。
ジェイには心の中まで覗かれているみたいだ。





「…でも、私よりもハリエットの方が辛いから」
「…」
「私は、良いんだ」





「私は、何言われても良いよ」





「それで気が晴れるなら」、と付け加えゆっくりと仲間達の背中を追った。

道の前に見えるのは、シャーリィと手を繋いだハリエットの姿。

その背中を見ているだけでも分かった。
少女は今にも泣きそうだ、と。










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修正:14/01/02