結局、灯台から外に出るまで私達は一回も言葉を交わさなかった。
たまにチラチラとシャーリィが私の様子を窺い、
私はそれに笑みを返して「大丈夫」と口だけを動かした。
ハリエットは、私が心配されている事が気に食わないのか
たまに後ろを振り返りジロッと睨んでまた前を向く。
それを酷く辛いと思うと同時、これがこの世界に居る私の当たり前なのだろうと感じた。
灯台から出ると、ウィルとワルターが私達を待っていた。
ワルターは私の姿を見た瞬間、疲れきったハリエットの横を通り過ぎて
私の元まで近付いて来る。
「…怪我をしたな」
「してない」
「何故隠す」
「…平気だよ」
「ハティは我慢した!が良い物たくさん持っててもハティは我慢した!」
ハリエットが言っていたのは、もしかしたらワルターの事なのかもしれない。
皆が皆、危険な目に合ったのに、私には私を一番に心配してくれる人がいる。
上下関係がある、と説明すれば少しは誤解が解けるのだろうか。
…ううん、きっと何をしても手遅れだ。
「何かあったのか」
「大丈夫、だよ」
「なら顔に出すな」
ワルターが私を心配する度、ハリエットの手が震えるのが分かった。
今心配されるべきは私じゃなくて、きっとハリエットだ。
「やはり街の外に行っていたのか」
「すまないウィル…勝手にハリエットを連れ出して」
「外に遊びに行くとしても、レイナードに話を通すべきだったな」
「悪いんはワイらで、おチビちゃんはな〜んも悪うないんじゃ」
「…お前達は街の外が危険である事を良く分かっている」
「大した理由もなく子供を連れ出したりはしないはずだ」
ウィルの言葉に弁解する余地もなくなり、皆が黙り込む。
ウィルはゆっくりと前に出、ハリエットを見下ろした。
ハリエットはウィルが放つ空気に戸惑いの色を見せる。
「ハリエットが断りきれないような事をお前達に頼んだのだろう」
「な、何よ…悪い?」
分が悪いと分かりながらもハリエットはウィルに挑発的な態度を返した。
それにはさすがのウィルも頭にきたのか、
ハリエットの服を引っ張るとズルズルと自分の家へ連れて行こうとする。
「いや、痛い!止めてよ!!」
「待ってください!ハティはウィルさんの為に街を出たんです!」
「そうだぞ!少しぐらい聞いてやってもいいだろ!?」
セネルとシャーリィの言葉にウィルは足を止めた。
そしてハリエットから手を離すと、ゆっくりと私達の方を見る。
その瞳は、私達が想像していた物よりも酷く冷たかった。
「シャーリィ、その怪我はどうした」
「これは…私がドジをして…」
「、お前の掌の傷はなんだ」
「…」
何も言い返せない。
説明なんかしなくても、ウィルきっと分かってしまうだろう。
だから嘘を言っても意味がない。
シャーリィも必死に誤魔化そうとしていたが、ウィル相手ではそれも無駄に終わった。
「…ハリエットが原因だな」
「それは…!」
「当たりか」
シャーリィと私が同時に肩を跳ねらしたのをウィルが見逃す訳もない。
黙っているハリエットの方へ再び振り返り、ウィルは言葉の続きを紡いだ。
「お前のせいで仲間が怪我をした。この責任をどうするつもりだ」
「ウィル、それは言いすぎだ!」
「これがお前の身勝手の結果だ。皆がお前のせいで迷惑する」
「…ハティはただ…」
「皆がお前のせいで危険な目に合った。負わなくていい怪我を負った」
「だって…花飾りを、なくしたくなかったから…」
ハリエットの言葉にウィルは驚き目を見開く。
止めなくちゃ、そう思い足を一歩前に動かしたけど
砂を蹴る音はウィルの大きな声に掻き消された。
「俺の大事な仲間を、そんな物の為に危険にさらしたのかッ!?」
「!」
走り出そうとしていた足が止まり、その場で硬直してしまう。
他人を寄せ付けようとしない背中に、伸ばした手が空を掴む。
ウィルの言葉を聞いて、ハリエットの目の色が変わった。
怯えからじゃなくて、怒りから体が震え出す。
「そんな物なんかじゃない!!」
「む…」
「何が大切な仲間よ!ふざけないで!!」
悲痛な声は止む事を知らない。
ウィルはハリエットの言葉に酷く顔を歪めていた。
「元はと言えば、が全部悪いのよ!!」
「…」
「ハティが傷付いたのも、シャーリィが傷付いたのもが悪いんだから!!」
「…そんなはずないだろう」
「ッそうやっていつもいつも信じるのはじゃない!!」
ウィルを睨むハリエットの瞳には涙が溜まり、怒声を吐き出す唇は止まる事を知らない。
「ばっかり気にして、ハティの花飾りの事なんて気にもしてくれない!」
「…」
「ハティにだって、大切な物があるんだから!!」
「…」
「どうせハティの大切な物なんて、アンタにはどうでも良い物よッ!」
ウィルの表情が、どんどんと変わっていく。
私は、その顔を良く知っていた気がした。
ウィルが一人で、涙を零さずに泣いている時の顔。
「ハリエット、止めて…」
私の声なんて、きっと今のウィルとハリエットには聞こえていない。
自分でも驚くくらい小さくて頼りない声だった。
「せいぜい大切なセネル君達と仲良くしてれば良いじゃない!!」
何でこんなに小さな声しか出ないんだろう。
言わなきゃ。
もっと、ちゃんと、強く言わなきゃ。
じゃなきゃ、ウィルが悲しむ。
「馬鹿!!アンタなんか死んじゃえ!!」
「ハティ、落ち着いて…!」
「ママじゃなくて、アンタが死ねば良かったのよ!!何でアンタが生きてるのよ!」
「、…」
「アンタなんか、アンタなんかッ…!」
「いらないんだから!!」
心が引き裂かれるような言葉。
私に言われた言葉じゃない。
違う、私になら言われても良かった。
自分に言われた訳じゃないから、言われたのがウィルだったから。
だからこれ以上ないって程の怒りが込み上げてくる。
無意識に動いた体は、ウィルとハリエットの間に割り込む。
私の顔を見て驚き目を見開いているハリエットを見ても
怒りはこれっぽっちも治まらなかった。
ハリエットの大きな瞳に映り込む私の顔は
怒りに駆られ、まるで人類が想像し生み出した破壊の少女のようだった。
そして気が付けば、振り上げた手が痛くなる程
思いっきりハリエットの頬にぶつけていた。
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...
修正:14/01/02