乾いた音が鳴り響く。

驚き目を見開く仲間達を気にも止めず
私は目の前にいる少女だけを睨んでノイズのような叫びを上げた。





「取り消せ!!」
「なっ…」
「今の言葉取り消せって言ってんだよ!」
「ッおい、!落ち着け…!」
「謝れ…!ッ謝まんなよ!!」





私を掴む腕を振り解き声を上げる。
ハリエットは怯えた目で、赤く腫れた頬を触りながら私を見ていた。

セネルは先程よりも強く私の肩を引いて、言葉を発する。





、相手は子供だぞ!?」
「子供だから何!?子供だって人を傷付ける事は出来るんだよ!」





怒鳴られた事が予想外だったのか、セネルは驚き目を見開いている。
私からしたら止められる事の方がよっぽど意外だった。





「子供なら何でも許されるって訳!?子供が凶器を持てないって言う訳!?」
「っそれは…」
「いらないなんて言われて傷付かない奴がいるはずない!!人一人否定する言葉なんだよ!?」





体が熱い。
そう思ったら、自然と涙が出てきた。





「責任も取れないくせに言うだけ言って、人を傷付けても見ないフリして!」

「ッアンタ、少しは否定された人の事考えた事ある訳!?」


「止めろ、





セネルじゃない、違う人の冷静な声。
私の体はその声に自然と反応し、開いた唇からは怒声でなく小さな息が漏れた。





「俺なら大丈夫だ」
「…だい…じょうぶ…?」
「あぁ、別に大した事ない。だからもう止めるんだ」
「…んで…何でよ…!」





そんなの、おかしいよ。





「自分の子供に酷い事言われて傷付かない親なんていないって言ったじゃん!」
「…」
「今だって泣きそうな顔してる!何で隠すんだよ!!」
「……」
「何で…何で私の言葉だけ否定すんだよ…!」





私、何か間違った事言った?
何かいけない事した?





「人の娘を傷付けといてそれだけかと言っているんだ!!」

「言い訳などするな!お前等の赤ん坊を守り抜いた者だぞ!?それを傷付けるなど…!」

「ッ掠り傷程度なら良いと思っているんじゃないだろうな!?」





それは、私が…。





「…ぶったから…?」
「…」
「ハリエットを叩いたから、いけないの…?」
「…俺は…」
「ウィルに言った事を、取り消して欲しかっただけなのに…?」





沈黙を流すウィル。
それは肯定の意味を表している気がした。

あぁ、そうだ。
初めから分かってた事じゃん。

ウィルは、私から守られる事を望んでいない。
一人、大事な人を守れたら良いんだ。

この格差に、初めから気付いてたじゃん…私は。





「…ハリエット、叩いてごめん」
「待て、…俺は…!」





「自分の娘になら、どんなに酷い事されても許せるよね…」

「他人の私が…どんなにウィルの為に怒鳴っても、ダメなんだ…」





止まらない。
言葉も、涙も、どす黒い感情も、望んでいないのに溢れ出る。





「私は、ウィルの娘を殴った最低な奴だ」

「…私がやった事、全部無駄だった」

「……私、いらなかったよね…ごめんねッ…」





グッと拳を握り、なるべく声が震えるのを抑えた。
でも、やっぱり涙までは抑えきれない。

もう嫌だ。





「ッもう、やだ…!」





どうにもならない現実に、目を背けて走り出す。
進む方向も分からぬまま、ただ俯きながら。





「待て、!!」





制止の声も振り払い、ただひたすら走った。
私は、イラナイ奴だ。





!!」
「っ待って!!」





走り出そうとするウィルの手をハリエットが掴む。

大きな手と小さな手が触れたのは、
今までの流れを考えると奇跡にも近いかもしれない。

だけどそれを振り解いたのは、こうなりたいと強く願っていた男の方だった。





「後にしろ…!」





掴まれていた手を振り解き、ウィルはハリエットに背を向け走り出す。

残された者はただ闇に消えたウィルと
震えるハリエットを交互に見る事しか出来なかった。





「なん…でよ…」





驚き見開かれた目から、じわりと透明な雫が溢れる。





「ハティ…、何も悪い事してない…」
「ハティ…?」
「何で、いっつもばっか…!」
「…」





ボロボロと零れる涙は赤く腫れた頬に伝い、地面に染みを残していく。





「どうしてそんなにが良いのよ!!」
「ハティ…違うよ、ウィルさんは…」
「いつも、皆、の事ばっかじゃない!!」
「それは…」





「ッ実の娘を置いてくなんて最低よ!!」





声を出し泣き出すハリエットをシャーリィは優しく包み込む。
少女の声はしばらく止む事はなく、夜の街に響き渡った。















!」





背後から聞こえた声にビクリと肩が跳ね、驚いた拍子に足が止まった。
でも、振り向きたくない。





「…その…」
「…」
「…もう夜も遅いし、風邪を引くぞ」
「…帰る場所、ない」





溢れそうな嗚咽を堪えれば、自分が思っている以上に冷たい声が出た。





「…俺の家だろう」





ウィルは優しい。
何でこんなに優しくしてくれるんだろう。

そうまでして私を繋ぎ止める理由はもうないのに。





「…今日、凄く良い夢を見たよ」





流れる沈黙、冷たい風。
サラサラと聞こえる草と虫の音。





「…何だ?」
「ウィルとハリエットが一緒に暮らすの…たまに喧嘩しながら、でも仲直りして」
「…」
「“パパ”って言われて…ウィルは物凄く幸せそうに笑うんだ」
「…そうか」





短い返事。
だけど私には分かる。

私に気を遣って表に出さないようにしているんだろうけど
本当は凄く嬉しいんだろうなって。





「私の夢は、予知夢だよ」
「…知っている」
「じゃあ、きっとすぐに現実になる」





良かったね、と心の底から言えたらどれだけ良かっただろう。
今振り向いて笑顔で祝えたら、どんなに良かっただろう。

だけど私には、出来ない。

汚い感情ばっか流れて、どうしようも出来なくて
まるで霧の中にいるみたいに前が見えない。





「お前はどうだった」





ウィルの質問は私の予想とは違った。





「……いないよ」
「…」
「私は、夢の中にいない…いつもいない」





あのゲーム画面に、私は存在していない。





「私は、夢の中には出てない…誰も私の名前を呼んでくれなかった」
「…」
「だから、イラナイ奴なんだ…!」





今までずっと大した事ないって思ってたけど、きっとこれが現実だ。





「ッもう、いなくて良いよ…!」





止まっていたはずの涙が頬に伝う。
そんな涙さえ、情けなくて仕方がなかった。

グイ、と強く腕を引かれ口からは無意識に音が漏れた。
もつれた足では抵抗も出来ずにウィルの腕の中に引き寄せられる。

グッと私を抱き締めるぬくもりは、不器用だけど強い意思を感じた。





「お前の予知夢なんか信用していない」
「ッそんな事言われたら本当に役立たずになるじゃん…!」
「それでも構わない」





体がピクリと無意識に跳ねて、流れていた涙も一時的に止まった。





「お前は皆からどう思われてるか知らないから、そうやってすぐに泣くんだ」
「…」
「誰もお前をいらないなど思っていない、必要としているんだぞ」





耳元で響く優しい声。
力強くて、ずっとこうしていたいと思う程温かいぬくもり。





「でもウィルは、私の事いらない…」
「そんな事ないっ…!」
「だってハリエットがいる…!」





少しだけ、苦しいって感じるくらい、ウィルの腕に力が入った。





「ハリエットは関係ない!俺はお前に話しているんだ!」
「っ…」
「そんな予知夢…残酷でしかない」





否定、された。
私が唯一この世界で役立てる事を。





「お前が夢に出てこなくても、俺が連れて来てやる」
「…あ…」
「何処にいようと、引き摺りだしてやる」





背中に回された手が微かに動く度、声が震えた。





「俺の家ならいつでも使って良い…そこがお前の居場所だ」
「ウィル…」
「名前だっていくらでも呼んでやる。いつでも、何処でもだ」





ウィルはそう言って私を撫でた。
私の不安を取り除くように、そして自分の不安を誤魔化すように。

幼い子供が怯えてるような瞳で私を見ると
緊張の糸が切れたみたいに弱々しい声を出して、私を抱く力をキュウッと強める。





「本当は辛かった…」
「…」
「娘に拒絶されるのは、辛すぎる…」





恐る恐るウィルの背中に手を回す。
まるでこうしてと言われているように感じたから。





「いなくなりたいなんて、言わないでくれ…」
「…」





…―――先生、好きよ。

…―――先生、大好き。愛してる。





「もう何も失いたくはかいんだ…」
「ウィル…?」
「似ているから、消えてしまいそうだから…離したくない…消えて、欲しくない…」





似ているから。
その言葉に、私はある女性の姿を頭に浮かべる。

ウィルはきっと、自分の奥さんのアメリアさんと私を重ねているのだろう。

容姿も性格も、声ですら違う私の何処に
可憐なアメリアさんの影があるのだろうか。

きっとそれはウィルにしか分からない事だろう。
それでも突っ込まずにはいられない事実。





「ウィル、ロリコン…?」
「ッ!?」





ボソッと零した言葉を聞きウィルは私を勢い良く引き離す。
その時のウィルの表情は酷く歪んでいて、顔は真っ赤に染まっていた。





「違っ…俺はと付き合いたくて言っているんじゃないぞ…!」
「…」
「ただ、少し心配なだけだ!良く怪我をするし、具合が悪くてもちょこまかと動くし!」
「…ハリエットの事は?」
「もちろん心配だ!」
「…」
「だ、だが血の繋がりがなくともお前も大事で…け、結婚とかそう言うのではないぞ!!」





一人で慌てて、一人で弁解して。
大人がこんなにも子供の掌で踊って良いものなのだろうか。

弁解すればする程疑惑は深まるばかり。
それにも気付かないなんてウィルらしくない。





「…良いよ」
「っ…?」
「代わりで、良いよ」





流れていた涙はいつの間にか止まっていた。

赤く染まっていたウィルの顔は徐々に元へ戻っていく。
そしてきょとんとした表情で私を見つめる。





「ウィルがそれで私を必要としてくれるなら、代わりでも良い」
「…」
「うん…頑張れる気がする!必要としてくれて、ありがとう」





代わりでも良いんだ。
ウィルが私を誰かと重ねてても、全然大丈夫。

私が代わりになる事で、ウィルが癒されるなら、私はいつまでだって代わりになれる。

仲間の為なら、どんな事もやってみせるよ。





「…馬鹿者が」
「ッ痛!?」





さっきの優しいぬくもりとは違う衝撃が頭上へと落ちる。

いつもよりも力の入った拳に私の頭はズキズキと悲鳴を上げた。
もしかしたら、巨大風穴で石を落とされた時よりも痛いかも。





「誰が代わりなんて言った」
「だ、だって似てるって…」
「似てるだけだ。別に重ねているつもりはない」





溜め息を零し、ウィルはいつもの調子で説教をし始める。

何も悪い事はしていないけど、何だか「ごめんなさい」と言わなきゃいけない雰囲気。
でもウィルは私にそんな余地も与えず、淡々と言葉を続けた。





「お前はお前だ。アメリアでも、ハリエットでもない」
「……」
「俺はお前を、を必要としている」
「ウィル…」
「いや、その…まぁ、なんだ…」





ヒリヒリする頭を摩る大きな手。
痛みを解すように丁寧に髪を撫でる掌は、心地良い幸せを私にくれた。





「また馬鹿騒ぎしてくれ。勿論俺の目の届く場所でな」
「…」
「くれぐれもハリエットとは喧嘩しないでくれよ…後始末が大変そうだ」
「…じゃあ、後で謝らないと」
「そうしてくれ」





ゆっくりと笑みを向ければ、ウィルもフッと笑ってくれる。





「本当に馬鹿騒ぎしちゃうよ?大変だと思うよ?」
「少しは遠慮してくれよ…」
「アハ、言うと思った」
「…けど、遠慮しすぎは良くないな」
「?」





意味深な言葉の意味が分からず私は首を傾げる。
コホン、と一つ咳払いをして、ウィルは静かに口を動かした。





が騒いでいないと、本当にいなくなったみたいだ」
「…」
「そんなは、いらないな」





そう言って私に笑顔をくれたウィルの“イラナイ”は
今までのどの“イラナイ”よりも優しく温かかった。





「…うん」
「…」
「私も、元気がない自分はイラナイな!」
「…分かれば良いんだ」





満面の笑みを向ければウィルはホッと安堵の息を漏らし、そして再び笑った。
ああ、こんな清々しく笑えたのは、きっと久しぶりだろう。





「ウィル、一緒に帰ろ」
「途中までな。少し調べたい事がある」
「途中まででも良いよ!ほら、早く!」
「っおいおい…そんなに引っ張るな」





困ったような声を上げて、溜め息を零した後、ウィルは私の手に自らの手を絡める。





「これで良いだろ」
「…うん!」





まだ私はこの世界に居て良いんだ。
だからまだ帰るな、と言われているみたいだった。

繋いだ手は、私に存在を与えてくれたんだ。










Next→

...
修正:14/01/02