闇に覆われた世界で、私はすぐにウィルの姿を見つける事が出来た。

でも、何故か距離感が掴めない。

いつも見えないウィルの旋毛が見える。
まるで上から見下ろしているみたいだ。





「ウィル!ウィル!!」





どんなに名前を叫んでも、ウィルは顔を上げない。
私の存在に気付いていないようだった。

走ろうとしても、闇の中を泳ごうとしても下にいるウィルの元に辿り着けない。





「何なの…!?」





声を上げたと同時、ウィルの目線の先に人の影が現れた。
明るい水色が暗闇の中では良く目立つ。

二人が、何か話してる…。





「無駄だと知りつつ、何故生命を削り続ける?」

「お前は…」

「滅び行くのが摂理と知れ…。
 摂理を曲げるのは人の子の指名ではない。抗う事なく流れに身を任せよ」

「約束を果たさずに、花を守らずに朽ちる訳には行かない」

「ならば我が人の子の願いを聞き入れよう。
 この憂いは我が胸に消え、子を全より無へと解放する」





ウィルの表情が変わった。
ううん、表情は分からなかったけど全体の空気が変わったんだ。

一筋の希望を見つけた、とウィルが緊張の糸を緩める…そんな風に感じた。





「花は助かると言うのか?」
「我にその身を全て委ねよ…さすらば子の願いは届く」
「ウィル!!」





こんなに叫んでいるのに、どうして気付いてくれないのだろうか。
それはまやかしだと、騙されちゃいけないと、そう言いたいのに。





「…!」





もう一度叫ぼうと大きく息を吸う。
その時、視界の端に誰かの足が見えた。

宙に浮いているのは私だけだと思っていたけど、私以外にも誰かいる。





「…っ!?」





でもそれは足と呼ぶには余りに残酷で、表現が出来ないものだった。

爛れた皮膚に無数の傷跡。
肉の欠けた部分には、骨の代わりにコードが見えた。

私は一度、この姿を見た事がある。
いや、きっと一度ではない。





「破壊の、少女…?」
「…分かってくれると思った」





闇の中に響く声は、いつも聞いていた声とは少し感じが違うようだった。

無機質だけど人間味のある音。
それがいつもよりクリアに聞こえる。

やっと、面と向かって話す事が出来た。





「って、待って…アンタ出て大丈夫なの!?」
「……ここなら、大丈夫」





儚い笑顔。

皮膚も、口も、筋肉も、ほとんどないと言うのに
何で笑顔って分かるんだろう。

きっとそれは、長い間彼女と一緒にいたからだ。





「…お前は」
「ん…?」
「わたしをイラナイと言った…」





瞬間、怖いと感じた。

ただ淡々と言葉を零す少女には私を恨む感情が見つからないのだ。

何処か儚い響きを奏でて
まだ恨まれた方が良かったと思う程、逆に恐怖に駆られる。





「怒ってないの…?何でそんなに静かな訳…?」
「怒らない…お前はそんな事を本気で言う人じゃない…瘴気に当てられていただけ」





やっぱり、この子は優しい。

きゅっとその優しさに胸が締め付けられる。
私はこんなに優しい子を、一度ならず二度三度と否定しているんだ。

早く、謝らないと。





「アンタが私の中から消えちゃうと、私はこの世界にいられなくなるんだって…」

「…」

「ちょっと前までは元の世界に帰りたいって思ってたけど…今は違う。
 この世界にもう少しだけいたいんだ…アンタの居場所を作りたい」

「…」

「アンタには消えて欲しくない!言葉の弾みだったとしても、イラナイなんて言ってごめん…!」





破壊の少女には、自分がイラナイ事を当たり前だなんて思って欲しくない。





「例え世界の皆がアンタを否定しても、私がいるよ!」





私が自分をイラナイと思った時、周りには仲間がいてくれた。
だから私も、この子にとって仲間と同じ存在になるって決めたんだ。





「私は、アンタが大事だよ…!」





少女は一歩もその場から動いてないけど、私の肩を叩いてくれたような気がした。

少女の笑顔は優しさと悲しみに満ちていて
それがどう言った答えなのか分からず眉を顰める。





「…わたしも」





少女はそう言って目を伏せた。





「わたしも、まだお前の中にいなきゃいけない…」
「そう、なの…?」
「会いたい人が、いる…会うには、お前の力と体を借りなくちゃ…」





口を開け呆ける私に、少女はストレートな気持ちを伝える。

彼女の気持ちに嘘偽りはない。
恨みを晴らす為ではなく、私を必要としてくれている事が嬉しかった。





「そんな事?勿論協力するよ!」
「…」
「私もアンタを必要としてるんだよ?お互い様じゃん!」
「……」
「私、アンタの為なら出来る限り力貸すから!だからまた一緒にいてね!」
「…ああ」





少女は短く返事をすると、フラフラと覚束ない足取りでゆっくりと私に近付く。

差し出された手。
私はそれを何の迷いもなくきゅっと握った。





「これからもよろしくね!」
「……」
「でも、お互いのやりたい事が終わったら帰らせてくれると嬉しいな」
「…分かった」





手が重なり、体も、足も、心も重なる。
少女は再び私の中に戻った。


ご め ん な さ い 。


戻る瞬間、少女の悲しげな声が、頭に、心に響く。
私はその意味を理解する事が出来なかった。

ゆっくり目を開けると、今度は見下ろしていたウィルが目の前にいる。
生気を失ったような暗い瞳は、仮面の女をジッと見て微笑んでいた。





「約束が果たせるなら、それも構わないか…」
「ウィル…?」
「君も待ってくれているだろうしな…アメリア」





ウィルはゆっくりと歩を進める。

歩く先は背後にいる私じゃない。
目の前にいる仮面の女だ。

後少し、足を踏み入れてしまえば、きっとウィルは無に還ってしまう。





「待って!!」





虚ろに歩くウィルの腕を掴めば冷ややかな程の視線。
まるで私が悪い事をしていると言わんばかりだった。





、離せ…アメリアが…アメリアとの約束が…」
「何言ってんの…?」
「…」
「…ッ向こうに行っても、アメリアさんはいないよ!!」





ビクリと、大きな体が跳ねた。





「約束なんて言って、楽になりたいだけじゃん!」
「…」
「アメリアさんがそんなの許すはずがない…!!」





ぎゅう、と腕を掴む力が強くなる。
自分でも驚く程、必死だった。





「ウィル、私とアメリアさんが似てるって言ったよね!?」
「…」
「私がアメリアさんなら、そんな事望んだりしない!!」
「……」





虚ろな瞳が、仮面の女でなく私を見つめた。
瞳に光はなかったけど、ウィルの気持ちは確かに揺らいでいる。





「アメリアさんに『どうして来たの?』って聞かれたらどう答えるつもり…?」
「…」
「ッアメリアさんと約束した事は花畑の事だけじゃないはずだよ!?」





お願い、届いて。





「ウィルを許してあげてって言ったのが、最後の願いだったはずだよ!?」
「…!」
「その意味、分かってあげてよ!ウィルに死んで欲しくないって…そう言う願いなんだよ!?」





…―――先生、後悔してる?大陸にいれば立派な将来があったのに。

…―――今じゃお偉いさんの令嬢を誘拐した極悪人ですもんね。


…―――お願いします、お父様。先生を許してあげて下さい…!

…―――私からの最後のお願いです。先生だけは、処刑しないで…。


…―――っ…私の、愛した人なんです…!





「アメリアさんの事、裏切るの!?」
「…俺は…!」
「約束したなら、全部守ってみなよ!花も、ハリエットも、アメリアさんの想いも…自分の命も!!」





怯えた子供のように、ウィルは眉を下げて首を横に振る。
虚ろな瞳が、徐々に光を取り戻していく。





「ハリエットも待ってるよ…ウィルがいて良い所はここじゃないよ…!」
「……」
「ッ…私とだって、約束したじゃん!」





忘れてるなら、思い出させてあげるよ。
だって、忘れるなって言ったのはアンタだよ。





「いくらでも名前を呼んでくれるって!いくらでも連れ戻すって!!」
「…」
「ウィルの言葉だから、私は信じたんだよ!?」





「お願いだから、一緒にいてよ!」





ウィルの両腕を掴み、自らの体を鉛にし
決してウィルを離そうとしなかった。





「…」





どれだけの沈黙が続いたのだろう。

それは数十分にも渡る物だったのかもしれないし
もしかしたら数秒の物だったかもしれない。

でも、そんな沈黙を破ったのは言葉ではなく優しいぬくもりだった。





「また俺は、大切な約束を忘れる所だったな…」





頭上に落ちた声に導かれ、ゆっくりと顔を上げる。
そこにはしっかりとした瞳で笑みを浮かべるウィルの姿があった。





「ウィル…」
「約束だけでなく、アメリアの気持ちすら忘れていた…」





そう言って、悲しそうに目を伏せる。
罪悪感に苛まれたウィルの体からは、うっすらと霧が溢れているように見えた。





「まだ、間に合うよ」





だから、霧に飲み込まれちゃダメ。
そう、想いを込めてウィルの手に触れる。

瞬間、温かい白の光がウィルの爪から溢れ始めた。

白は辺りの黒を吹き飛ばすように輝きを増し
触れた部分が熱く感じる。





「…





ほう、と光に見惚れる私の名をウィルが呼ぶ。

再び目線を上げれば、ウィルは先程よりも優しい笑みを浮かべていた。
光と同じ、強く温かい、心地の良い笑顔だった。





「ありがとう」
「…」
「お陰で目が覚めた」





「いつも俺の間違いを正してくれるのは、お前だ」





女はウィルの表情を見て眉を顰めた。
いや、正確にはそう見えた。





「…我の解放を望まぬのか?」
「あぁ」
「無き世界に戻れば、人の子の苦しみも無に消えるのだぞ」
「だから何だ…俺はあの花を守ると約束した!」
「…愚かなる事よ」





ウィルが自らの意思を言葉にする度、白い光は強さを増した。

女の持つ独特な空気が変化を起こしたと同時
ウィルは私をぐっと抱き締めてくれる。

光に包まれ、私達二人は仮面の女を強く睨み、生きていく事を主張した。





「約束は守る為に、守ろうと努力する為に、互いを信じ交わす物だ!」
「何故苦痛に身を委ね、救い無き道を歩む」
「そんな事、決まっている!」





ウィルは光る手を女に向けて、自らの意識を集中させた。
爪術を使う時と同じ、力強い風を感じる。





「こんな俺を―――…」





…―――先生は、約束を守ってくれますから。

…―――ウィルの言葉だから、私は信じたんだよ!?





「…―――信じてくれる人がいるからだ!!」





光が身を包み、闇が溶けて行く。
これで元の世界に、ウィルと一緒に帰る事が出来るんだ。





「…え?」





光に包まれ消える中、私は一つの違和感に声を上げた。
その声はきっとウィルには聞こえていなかっただろう。





「…何で」





笑ってんの…。

心の闇が払われ、辺り一面が白になっても
女はその唇で弧を描き、笑っていた。

ウィルを見てじゃない。
間違いなく、私を見てだ。





「それが子の答えか…しかし、やり方が変わったか…」





子って…私の事?





「子の弱さにつけこみ、憎しみを取り除き、子の体に吸収する」





弱さにつけこむなんて、私そんな事してない。





「大きな糧になりそうだ…人の子よ」





女は言葉を残し、消えた。
最後まで、彼女の物とは思えない笑顔を見せながら。










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修正:14/01/02