アメリア、今こそ約束を果たそう。

ハリエット、お前にも見せよう。

俺とアメリアの愛した物を。










ご め ん な さ い 。










優しいぬくもりが離れる。
温い風が頬を霞め、ゆっくりと目を開ければ皆の姿が見えた。

戻って、これたんだ…。





「心配を掛けたな」
「ただいま!」
「二人とも無事か…無茶するなよ全く…」





言葉とは逆にセネルの顔は綻んでいる。
普段皮肉を言うジェイですら、ホッと息を吐き安堵の色を見せていた。





「結局、あの霧って何だった訳?」
「今までの状況から見て、魔物の凶暴化に影響を与えているのはほぼ間違いないでしょうね」
「人体に影響を及ぼす事も分かった」
「頻発している地震との関係は現状では何とも言えませんが…」
「霧がウィの字になったんはどう言う事じゃ?」
「今は何とも言えません」





結局分かった事は少ない。
だけどあれが恐ろしい物と言う事に変わりはなかった。

本当は、ウィルと私が戻ってこれた事だって奇跡に近いのかもしれないのだから。





「…」





だけど、引っ掛かる事が一つある。

何でアイツは、私を見て笑っていたんだろう。
それに何か、良く分からない事を言っていた気がする。





…―――大きな糧になりそうだ…人の子よ。





「…一体、誰の事…?」
「うっ…!」
「グリューネさん…?」





声が聞こえた方へと振り返れば、蹲るグリューネさんの姿が目に入った。

眉を顰め、苦しそうに唇を噛み締めるグリューネさんの姿に
考えていた事を振り払い急いで近付く。

その額には少量の汗が滲んでいて、酷い痛みを我慢しているのが分かった。





「大丈夫!?」
「急に、頭が痛くなって…」
「辛くなったらすぐに言ってね、ちゃんと支えるから」
「ありがとう…いえ……あら、ありがとうかしら?」





きょとんとした表情を浮かべながら、グリューネさんは私を見て言葉を紡いだ。
それは何故だか、ズッシリと重く私に圧し掛かる。





「わたくしは本当に、貴女に“ありがとう”と言って良いのかしら…」
「、え…」





どうして、そんな目で見るの。
私の事を疑うような目を、今までグリューネさんはした事もなかったのに。





「う〜ん…何か、思い出したような…思い出さないような?」
「どっちよ〜!」
「何だったのかしら?」





いつものグリューネさんらしい曖昧な言葉なのに、何で笑い飛ばす事が出来ないのだろう。





「ごめんなさいねぇ、ちゃん」
「あ…うん」
ちゃんが心配してくれたから、お姉さん元気になっちゃった」





そう言ってグリューネさんは笑う。
だけど私は、ただその姿を見つめる事しか出来ない。


何処か、心の中でグリューネさんに怯えてる…?


そんな私を置いて、空気と話し出したグリューネさんは、
種となった精霊イフリートを柔らかい土に埋めている。

精霊の姿を見る事は出来ないけど、ゲームをやった記憶がその事実を教えてくれた。

鼻歌を歌い、嬉しそうに土を掘り起こし盛る姿は可愛らしく、
泥のついた手を気にせずに汗を拭う姿は、やっぱりいつものグリューネさんだ。





「…一体、どう言う事…?」





アイツに言われた言葉も、グリューネさんに言われた言葉も
私自身が感じる何かも、全てが私には分からない。

膨らむ疑問。





ご め ん な さ い 。





この疑問に答えてくれるのは、きっとアンタだけだろうと私はこうやって語りかけているのに
どうしていつまでも“ごめんなさい”って繰り返すの…?





「しまった…こうしてはいられん!」
「どうした?」
「急いで街に戻るぞ!理由は後で話す!」





焦り走り出すウィルに首を傾げながらも皆はその後を追う。

疑問の浮かぶ頭を一度左右に大きく振って
その姿を見失わないよう、私も足を動かした。















長い時間調査をしていたからか、いつの間にか街は夜に包まれていた。

月が照らす街には人はほとんど居ず、
数々の住宅の窓からは家族が食卓を楽しむ陰が浮かんでいた。





「あそこにいるの、ミュゼットさんじゃないでしょうか?」





街の入り口のすぐ近くにはシャーリィの言葉通り、ミュゼットさんの姿があった。

ミュゼットさんは私達に気付くとホッと安堵の息を吐く。
だけどもその顔色は晴れやかなものではなかった。





「こんな所でどうしたんですか?」
「それが、ハリエットがいないのよ…」
「……心当たりならある」





ウィルの言葉を聞いて、ミュゼットさんは「そう…」と笑みを浮かべた。
多く語らずとも、「後は任せた」とその顔には書いてある。

ウィルはミュゼットさんに一礼すると、向きを変えて街の外へと向かった。

私達はその姿をただ追う事しか出来なかったけど
ウィルについて行けば大丈夫だと、その背中を見れば分かった。










辿り着いた先は街から少し離れた丘だった。

丘に生える花達は元気がない。
海に近い部分の花がほとんど枯れているように見える。
きっと霧の影響だろう。


花畑の真ん中には空を見上げ座るハリエットの姿があった。


ウィルはゆっくりハリエットに近付くと、その隣に何も言わず静かに座る。
二人並んで座る姿は、何処から見ても仲の良い親子にしか見えなかった。





「近くに行きたいですか?」
「へ?」
「今までずっと妬いているようでしたから」





からかうようなジェイの口調は、何処か私の心情を探ろうとしているように聞こえた。
しばらく唸り考えていると、痺れを切らしたジェイが再び言葉を発する。





「ハリエットさんとウィルさんが仲良くなるのは嫌だったのでしょう?」
「…うん」
「居場所がなくなると、焦っていたんじゃないんですか?」
「…今はちょっと違うかも」





あの二人の背を見てるだけで分かるんだ。
こんな優しい空気の何処に嫉妬する要素があるのかなって。





「私の居場所には、ハリエットもちゃんといるから」
「…」
「ハリエットに取られるなんて、絶対ないよ」





「だって、ハリエットがいなきゃ始まらない居場所だし」





月が雲に隠れたと同時、私はジェイに笑顔を向ける。

急に翳ったジェイの顔は、今どんな表情を浮かべているのか分からない。
もしかしたら私の笑顔もジェイには見えていないのかも。

だけど自然と顔が綻び、幸せがジワジワと溢れてくるんだ。





「勿論、ジェイも私の居場所にいるんだよ!」
「なっ…誰もそこまで聞いてませんよ…!」
「聞いてなくても言うの!じゃなきゃジェイはどっか行っちゃうじゃん!」
「…馬鹿ですね」





あ、声が柔らかい。
きっと今、ジェイは凄く優しい笑顔をしているんだ。

そんな笑顔をわざわざ見えない時に浮かべるなんて、相変わらず照れ屋でズルい。
それでも、私が私の居場所にいる限りいつかは見れる笑顔だろうと、再び笑った。





「今からとっておきを見せてやる」





ウィルの真っ直ぐな声が聞こえる。





「とっておき?」
「俺とアメリアが最も愛した物だ」
「何か始まるの…?」
「今夜だけ咲く花がある…月食の時だけ咲く花だ」
「そんな花が…?」
「俺とアメリアが発見した花で、この場所にしか咲かない」





暗くても恐怖はない。
私はただ耳を傾ける。





「名前は何て言うの?」
「名前はな…俺とアメリアが付けた」
「もったいぶらないで早く教えてよ」
「聞いて泣き出すなよ?」
「はぁ…?」





ウィルのいつもより楽しそうな声。

ハリエットと話せた事が嬉しいのか、
それとももう一度あの花を見れる事に幸せを感じているのか。

きっと、どっちもだろう。





「この花は、自分が最も輝ける時を知っている」
「そう、なの…?」
「この時だけ、この一瞬だけ、何よりも美しく咲き誇るんだ」





微々たる光もないのに、辺りの地面が輝き出す。
私達の足元も、ウィル達のいる場所も、枯れていた花が咲いていた場所も。

全てが、桃色の淡い光に包まれる。





…―――ねぇ、先生…考えてきた?花の名前。





光の正体は花だった。
項垂れていた蕾が空を向く。

蕾は膨れ、花びら一枚一枚を外に向け
自分自信を誇るようにその美しい姿を露にした。





…―――せーので一緒に言おう?





花はポウ…と淡い光を放ち、丘だけでなく空までも自らの色に染めていく。

まるで桃色の星があるように。
季節外れの蛍が飛んでいるように。





…―――いくよ?せーのっ!





空へと飛び行く鳥のように。
暗い場所さえ恐れず進む無垢な子供のように。

例え行く先が絶望でも、ただ希望だけを見て。





「…ハリエット」

…―――…ハリエット!





ハリエット。
その花は夜の丘を埋め、美しく咲き誇った。





「ッ…うう…!」





両手で顔を覆い、キラキラと輝く涙を辺りに散らし声を漏らすハリエットを
ウィルはきゅっと抱き締めて、そっと頭を撫でた。





「ママ…ハティ、何て言っていいか分からない…!」
「…」
「分からないけど、ありがとう…ハティ、凄く幸せだよ…凄く幸せだから…!」
「…やっぱり泣いているじゃないか」
「だって嬉しいのに涙が出るんだもん…!」





「どうしてだろう」、と嗚咽を漏らし続けるハリエットに
ウィルは優しく溜め息を吐いて、その髪にそっと一輪の花を乗せる。





「この花は光を浴びると結晶化する」
「へ…?」
「弱い月の光ですら駄目なんだ」
「凄い、ガラスみたいになってる…」





自らの髪に乗る花を、ハリエットはそっと優しく撫でた。





「ハティがもらった花飾りって、このお花だったんだ…」
「作り物だと思っていたんだろう?」
「あ、当たり前じゃない!こんな花があるなんて、普通は知らないわよ」
「…感謝しないとな」





ハリエットの頭から手を離すと、ウィルは月を見上げる。
ハリエットもそれにつられて、丸い大きな月を見つめた。





「アメリアがいなければ、どちらのハリエットにも会えなかった」
「…うん」
「アメリアに出会えて…本当に良かった」





ウィルの言葉を聞いた瞬間、光を増した月が微笑んだ。
気のせいかもしれないけど、私にはそう見えたんだ。





「って、うおお…!!」
「奇声を発するな」





月を眺めていた私のすぐ近くには、ウィルの姿。

ずっとハリエットの横に居ると思っていたものだから
突然の人物の登場に体が大袈裟な程後退した。

ウィルはそんな私に溜め息を吐くと、スッと手を上げる。





「ほら」
「な、何…?」





近距離にいるにも関わらず、ウィルはもっとこっちに来いと言わんばかりに私を手招きする。
私は何事かとビクビクしながらも、その言葉に素直に従った。

私の視界には、もうウィルの胸しか映ってない。
体と体がくっつきそうな距離だ。





「っ…」





視界の端でウィルの右手がゆっくりと上がる。
瞬間、失礼だとは思うけど殴られると察し、ぎゅっと目を閉じた。

私が怯えを見せるとウィルの手は一度動きを止める。
そしてしばらくの間を置いた後、何事もなかったかのように私の髪に手を添えた。

殴られる訳じゃない。
それどころか、凄く優しい手の動き。





「わぁ…!さん、凄く似合っています!」





ホッと安堵の息を漏らし、目を開けようとしたその時
聞こえてきたのはシャーリィの声だった。





「ほぉ〜こりゃたまげたわ!たまにはそげな格好もええんじゃないかのう!」
「うんうん、ガサツでも花は似合うね〜!」





花…?
…ってノーマ、今ガサツって言った?





「似合うのは当たり前だ」





ぽん、と頭に置かれた手。
さっきの探るような温かさとは違うぬくもり。





は俺の大事な家族だからな」





そう言って私を見つめるウィルの瞳の中には―――…





「大事にしろよ…

「花も…そこに込められた俺の気持ちもな」





…―――ハリエットと同じ花を付けている自分の姿が映っていた。















「ねーパパ!」
「ん、何だ?」
「どうしてにもハティと同じお花をあげたの?」
「なっ…子供がそんな事気にするな」
「む、何よその言い方!もういいわ、パパの馬鹿!」
「っおいおい…」
「フンだ!…でも、お姉ちゃんと一緒のお花を付けてるなんてちょっと嬉しいな!」
「お姉ちゃん…?の奴、そんな所まで話を進めているのか…」
「そうだよ!ふふっ…あ、ちょっと待って!」





「ハティが先に入るんだから!」
「分かった分かった」
「良いよって言うまで入って来ないでよ〜」
「…?」





「良いよ!」
「あ、あぁ…」





「おかえりなさい、パパ!」

「…ただいま、ハリエット」










「ねぇ、先生?私達が見つけたお花なんですから、素敵な花言葉を付けませんか?」

「花言葉?俺はそう言うのは苦手だ…アメリア、お前が一人で決めてくれ」

「もう…先生と一緒に考えたかったのに…」





「…う〜ん…そうだなぁ…」

「どうだ?思い付きそうか?」

「…はい!もう勝手に決めちゃいました!」





「このお花の…ハリエットの花言葉は」










「いつまでも…一生、死んでも愛してる…何て、どうでしょうか?」










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修正:14/01/02