静かな空間で、皆黙々と手だけを動かす。
「パパ達の片付け、終わったかな?」
「そろそろ一段落した頃じゃないでしょうか?」
「…自分で作った物を自分で食べれないって物凄く腹立たしい…」
「さん、もうちょっとの我慢ですから…」
シャーリィに宥められながらも、私はブツブツ文句を言いながらサンドイッチを作る。
作る前から作っている最中まで、お腹はずっと鳴っていた。
「あーもう!ハリエットので良いや!一口ちょーだいー」
「ダメよ!これはパパに作ってるんだから!」
「じゃあ私もパパの為に作っちゃうよ!?」
「どんな脅しよ!それにダメ!ハティがパパにあげるんだから!!」
そんな涙目で反論されたら、食べる訳にもウィルにあげる訳にもいかないじゃん。
「でも、誰かの為に作ろうって思うと手が捗りますよ?」
「そうよ!自分の事ばっか考えてるからお腹が空くのよ!」
「何か酷い言われよう…そうだなあ…」
シャーリィやクロエのように恋をしている訳でもないし
ハリエットみたいに特別作ってあげたい人がいる訳でもない。
シャーリィも酷な提案をしたものだ。
「ワルターさんなんてどうでしょう?」
「ワルター…?」
「ほら、日頃の感謝も込めて。どうです?」
手をポン、と合わせてニッコリ笑うシャーリィは何だかとっても嬉しそうだ。
日頃の感謝、か…。
確かにワルターにはいつもお世話になっている。
里で監禁されていた時も、今までの安全を守ってくれたのもワルターだ。
それはもうお世話と言うか、迷惑の次元だろう。
「よし!じゃあターゲットはワルター!」
「すっかりヤル気出ちゃいましたね」
「お腹空いたって文句言われるよりはマシだわ」
「酢でパン漬けちゃえ」
「……」
戸惑いもなくお皿にドボドボと酢を注ぎ、ベチャベチャと食パンを浸す。
「うわ…」と言いたげなシャーリィとハリエットに私は笑顔を見せた。
「冗談だって、一枚だけだから!」
「い、一枚だけでもそれはちょっと…」
「他はちゃんと作るよ?全部酢のパンにしたら文句言われるもんね」
そう言って私は酢に漬かるパンを端に寄せ
いそいそと普通の食パンで普通の具を入れたサンドイッチを作る。
ぽかんとした表情をした皆が可愛くて、つい笑顔が零れてしまった。
「と〜っても良い香りねぇ」
「あ、グリューネお姉ちゃん!」
グリューネさんが台所に顔を覗かせると
食事の準備をしていたハリエットが手を離しトコトコとグリューネさんに近付く。
私はグリューネさんに小さく手を振って、また食事の準備を再開した。
ハリエットがいなくなった瞬間、私とシャーリィ、クロエの三人の中で会話がなくなる。
何だか気まずい空気だな、と思っていたら
クロエがソファを見ながら溜め息を吐いた。
「静かだと思ったら、ソファで寝てたのか」
「え?あ、本当だ…ノーマー!起きろー!」
作業をしていた手を止めて私はノーマが寝ているソファに飛び込む。
体を乗っけた瞬間「う!」と声が聞こえたけど気にしない事にした。
「起きてー!そろそろ行くよー!」
「うわ、酢臭〜!近寄らないでよ〜シッシ!」
「嫌だー!ノーマと離れたくないー!」
「だ〜も〜!分かったから離れてよ〜!」
ぐいぐいと体を押され、私は離れざるを得なくなった。
いつもならこのノリについて来てくれるのに、と少し寂しくなる。
しょんぼりと眉を下げる私を前に、ノーマはふああ、と大きな欠伸を零した。
今まで見た事がない程濃い、ノーマの目の下の隈。
その隈が予想以上に自分の不安を駆り立てた。
「ノーマ、寝てないの…?」
「ま〜ね…ってゆ〜か、今までが寝すぎだったのかも。おはよ、!」
そう言ってノーマは笑顔を向ける。
体が本調子でないのは確かだけど、その笑顔にも偽りはなさそうだ。
「ご飯出来たん?」
「あ、はい」
「んじゃ行こうか〜!」
「全く…自分は寝てただけだと言うのに…」
「あたしはアンタ等みたく料理を作ってあげたい相手がいないの」
「それは切ないわねぇ」
「ま〜へっちゃらだけどね!じゃ、出発出発〜!」
そう言って誰よりも先に家から飛び出すノーマは、やっぱりいつものノーマだった。
サンドイッチを持って到着した先はセネルの新しい住居。
待っていた男性陣は私達の到着を歓迎してくれた。
両手いっぱいに持って来た料理を広げて早速と言わんばかりに皆で昼食を摂る。
楽しく会話を弾ませながらだ。
「…」
「どーぞ」
私は自分の作ったサンドイッチをワルターの目の前に差し出す。
勿論、酢で濡れるのは嫌だからお皿に乗っけてだ。
差し出されたサンドイッチを見て黙り込むワルター。
ああ、きっと嬉しすぎて言葉が出ないのだろう。
「…」
「って何で避けるんだよ!!」
「濡れてるパンは食べたくない」
「濡れてないよ!これが味付けなの!!」
何処からどう見ても普通のパンと違うのは分かるが、
一番手間の掛かった物を避けられるのはどうも納得がいかない。
「他のはちゃんとした食物なんだろうな?」
「失礼だな!料理ぐらい出来るよ!」
「…オイ、セネル。水を用意し―――…」
「セネルは今シャーリィのサンドイッチを食べるのに夢中なの…アンタは黙ってこれを食べる」
「……」
「…じゃあ、普通ので良いから」
食べてもらわなきゃ日頃の感謝の気持ちも伝わらない。
…まあ、若干面白半分なのはあるけど。
食べろ、とにかく食べろ、と私がしつこいくらいに勧めれば
ワルターはそれを命令だと勘違いしたのか、渋々サンドイッチを口へ運んだ。
「…」
「…どう?」
「…っ…甘い…」
「はぁ!?」
具は野菜とハムと卵だけ。
他に甘くなるような、生クリームや果物を入れた訳でもない。
甘くなるだなんて、あり得ない。
私の味付けに間違いなんてないはずだ。
「へぇ…少し気になりますね。もらいますよ」
「って、ちょっと待ってよ!ワルターに作ったのに…!」
「…甘…」
「んなっ…!」
ジェイにまで同じ事を言われるとさすがに凹みそうになる。
それにぐっと耐えて私は自分の作ったサンドイッチとクロエの作った物を見比べた。
「…見た目も作った食材も一緒なのに…」
「どれ」
ヌッと手を伸ばしてきたモーゼスはサンドイッチを口へ運ぶ。
ジェイと同じくほぼ無断で、だ。
「ど、どう…?」
「ん、甘いのう!」
ワルターやジェイのような嫌な反応ではなかったが
その笑顔は何処か無理をしているようだった。
「いや、無理に笑わなくていいから…どうせまずいよ、料理下手だよ…」
「んや、甘いだけじゃ。美味いぞ?」
「…嘘くさ…」
「へぇ、俺も食べてみたいな」
含みを持った声でセネルは私を見て笑う。
面白そうに笑う姿だけで、私の心はズタズタだ。
「もう甘いって言われたくない…」
「俺だけ食べれないのは差別だろ」
「食べない方が幸せかもしれないよ?何か皆まずそうだし」
「あぁ、そうかもな」
クスクスと笑うセネルにカチンとする。
この男は、私をからかう時はとことんからかってくる。
中身はやっぱり男の子なんだなあって言うのが分かるくらいだ。
私は酢に漬けたサンドイッチを持って思いっきりセネルの方に投げつける。
驚き目を見開きながらもセネルはそのサンドイッチを上手くキャッチした。
原型を保てないサンドイッチからはドロリと中身が抜け落ちて
酢で自らの手が濡れた事にセネルは目を丸くしている。
「それあげる!」
「…いらない」
「えー?一番愛を込めて作ったのに!」
「どうみてもまずいだろ、これは…何か酢の匂いするし…」
「甘いのよりはマシかもよー?」
先程とは逆にニヤニヤと私が笑う。
セネルはそんな私に溜め息を吐くと、手中にある酢のパンを脇の更に置いた。
困ったように笑うセネルの姿に、私は勝利を確信し胸を張る。
「…って、何でワルター二個目食べてるの?」
「…」
「モーゼスも何だかんだ言って食べてるし…ジェイ、甘い物苦手じゃなかったっけ?」
「あ、いえ…つい…」
…―――甘いけど、食欲が進む味なんだよな…。
そう呟いた三人の心の声は勿論私には聞こえていない。
「ま、良っか!どんどん食べろー!」
「ック…!」
「?お兄ちゃん…?」
「あ、いや…やっぱは面白いなって」
「それ、褒められてる気がしないんだけど…」
「そうか?かなり褒めてるつもりだけど」
意地の悪い事言うセネルを睨むよう、私は視線を向けた。
「……?」
そして、その方向にあった物に我が目を疑う。
うっすらと見える、黒い何か。
それはセネルの横に居るシャーリィから溢れている気がした。
明るい金色の髪だったからこそ、その黒に気付けたのだろう。
それ程目立つ物ではないけど、あるはずのないものだったから混乱したのだ。
「…きり…」
「霧…?黒い霧の事ですか?」
「って皆には見えてないの…?」
洞察力の鋭いジェイにすら見えていないのだから、きっと他の人にも見えていないはず。
でも私には見える。
その霧がシャーリィの体からジワリジワリと溢れているのが。
…―――…お兄ちゃん。
何、これ…。
頭に直接響く声。
…―――何処か行かないで…私を見て…。
シャーリィの声…?
でも、口は動いてない。
…―――断られても、まだお兄ちゃんが好きなんだよ。
…―――せめて、それに気付いてよ。
少女の恋心が、私に伝わってくる。
私が聞いた訳じゃない。
シャーリィが話した訳じゃない。
きっと、シャーリィの心の声が聞こえているんだ。
…―――…さんなんて…。
…私の、名前?
…―――さんなんて、
…―――…いな…なれば……のに
「シャーリィ…?」
「っ…!」
声を掛けるとシャーリィの体はビクリと大きく跳ねた。
パッと顔を上げて、その場の雰囲気に気付くと慌てて皆に笑顔を振り撒く。
「大丈夫?元気ない…?」
「い、いえ!全然…全然、大丈夫です」
「…辛くなったら言ってね?私で良ければ相談に乗るし、治癒術も使えるから」
「あ、ありがとうございます…!心配掛けて、ごめんなさい」
「ううん、心配させてよ!頼りにされたいんだから!」
…―――やっぱり、さんは良い人…。
…―――あれ、私…今何を思ってたんだろう…?
シャーリィの周りから黒い霧がスウッと消えた。
やっぱり気のせいだったのかもしれない。
だって皆には見えていなかった。
九対一で霧を見たのが私だけなら、私の見間違いが正しいんだ。
「ッツゥ…!?」
ズシッと体に何かが圧し掛かる感覚。
前を向いている事すら辛くなり、ガクリと頭が下がった。
片手を床に付き、倒れる体を必死に支える。
それでも何かに引っ張られるよう、体は重力に圧され床に倒れた。
「かっ、は…ぁ…!」
「どうした!?」
「っだいじょぶ、全然…!」
「そげに苦しそうなのに大丈夫な訳あるかい!」
倒れる私の体を揺さぶるのはモーゼスで、視界の中で赤い髪がグラグラブレる。
呼吸が出来なくて、だらしなく開いた口は
ただただ痛みに堪える声を出すのに必死だった。
「だって…いつも通り話してただけ、…!」
そうだ。
いつも通り話していただけだよ。
なのに、何で顔が上がらないんだろう。
どうして声がすんなり出てこないんだろう。
「い、あ…!」
「!」
吐き気と頭痛で、おかしくなりそう。
ううん。
もっとおかしくなって意識を飛ばしてくれた方がまだマシ。
味わった事のない激痛に、何かに取り憑かれたみたいに声を上げる私。
涙で滲む視界では、皆の顔も見れない。
…―――力を与えるって言ったはずだ!
また、あの子が叫んでる…。
…―――子が慣れるには時を必要とする。
…―――だから何!器に負担を掛けるなら、話はなかった事にする!
…―――子にそれは出来ぬ。目的がある限り、子は一つの道を歩む事しか出来ない。
…―――…っ…。
一体誰と話してるの…?
何を一人で考えているの…?
…―――愚かなる事だ…だが、既に子は力を手に入れている。後は時を待つだけだ。
…―――子の慣れを待て…いつか子は楽になる。
…―――…だから少女よ、今まで通り糧を集めよ…。
「……」
汗が、ひいた。
体に圧し掛かっていたものがスウッと取れた気がする。
胸を締め付けていた縄も一緒に取れて、呼吸を忘れていた喉は酸素を求めた。
「平気か?」
「…うん、大丈夫…」
「本当か…?」
「うん、本当に、自分でもビックリするくらい…」
心配し顔を覗くワルターに笑顔を返す。
支えてくれたモーゼスにも一言「ありがとう」と言って
私はゆっくり自らの体を起こした。
「一体どうしてあんな…」
「私も、分からないけど…」
何か、話していた気がする。
それはもう気のせいだとは思えない程、ハッキリと。
「…って何これ!あまっ!?」
「何やってるんですか…」
喉を潤そうと水を取るつもりだった手は
誤って自分の作ったサンドイッチを口に運んでいた。
信じられないくらい甘い味付けに自分が作ったと言う事も忘れ批難を零せば
ジェイは溜め息を吐き、皆は声を出して笑っていた。
「ごめんくださ〜い」
しばらく雑談をしていると、聞き覚えのある声が耳に届く。
遠慮がちに開いたドアからひょこりと顔を見せた少女は
ニコニコしながら家の中へと入ってきた。
「お邪魔します」
「外出しても平気なのか?」
「今日はとても体調が良いんです」
セネルの新居に入ってきたのはエルザだった。
顔色を窺うクロエに自らの体調を素直に告げると
エルザは何かを思い出したように手を叩き声を上げる。
「あ、そうそう」
話の流れを唐突に切るエルザに皆は首を傾げた。
そして次に紡がれる言葉を待つ。
「街の入り口の方が騒がしかったですけど、皆さん何かご存知ですか?」
「街の入り口…?」
「人だかりが出来ていましたよ。それに誰かが叫ぶ声も…」
エルザの言葉に、数人がソワソワとし始めた。
中でも一番の興味を示したのはジェイだろう。
断片的な説明では何が起きているのか分からず、
ウィルは小さく息を吐くとゆっくりと立ち上がる。
「様子を見に行くんですか?」
「放って置く訳にもいくまい…行くぞ」
「ああ」
一応保安官としての仕事の内なのだろう、
ウィルは仕方なくと言った具合に言葉を紡いだ。
来たばかりなのに申し訳無い、と謝れば
エルザは「大丈夫です」と笑い私達を見送ってくれる。
私は彼女に手を振り、街の入口へと向かう仲間達の背中を追った。
大きな器に落ちる黒い液体。
溜まるまでは、まだまだ時間が掛かるかもしれません。
でも、貴女が気付くのは、きっと器が満ちた頃でしょう。
そしてまた、同じ歴史を歩むでしょう…。
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修正:14/01/02