街の入り口にはたくさんの野次馬がいた。
私と言う“破壊の少女”の存在に気付くと、より一層辺りが五月蝿くなる。

本当、野次馬と言うのはやっかいなもので、理由なんて騒げれば何でも良いのだ。





「俺が保護しているだけだ…文句があるなら聞くぞ」
「い、いえ…」





静かに前へ出たウィルが騒ぐ住民をキツく睨む。
野次馬はウィルの圧力に何も言う事が出来ず、逃げるように体を引いた。





「誰でも構いませんから、私の質問に答えて下さい」





不謹慎かもしれないけど、ウィルが守ってくれた事が嬉しい。
私って幸せ者だなあ、と笑みを浮かべたと同時、聞き覚えのある声に目を丸くした。





「ここは話の通じない人ばかりなんですね」





その声に反応したのは私だけじゃない。
仲間全員が、我が耳と我が目を疑っただろう。





「フェニ―――…」
「テューラ!!」





シャーリィの震える声を遮り、私は彼女の名前を呼ぶ。
ワルター以外の皆は再び目を見開き驚いていた。





「珍しいね!こんなとこまで来るなんて!」
「珍しいも何も、初めてです」
「会いに来てくれたの?嬉しいなあ!」
「違いますよ!お願いですから離れて下さい!」





手を伸ばし再会を感動する私と、拒絶を見せ後退するテューラ。
対照的な私達の行動を見て、仲間達はゆっくりと状況を把握していく。





「フェ、フェニモールじゃないのか…?」
「もしかして、貴女…フェニモールの妹さん?」
「良かった…姉さんの名前、まだ覚えてるんですね」





テューラ、テューラ、と騒ぐ私をワルターが拘束した瞬間
テューラは安堵と嫌味たっぷりの溜め息を漏らした。

そして睨む対象は私ではなくシャーリィへと移る。

ザッと砂を蹴りシャーリィの前まで行くと
テューラは服が汚れる事も気にせず片膝を地に着いた。





「フェニモールの妹、テューラです…初めまして、メルネス様」





丁寧過ぎるテューラの挨拶にシャーリィは目を見開くと、慌てて両手を左右に振る。

「止めて下さい」、シャーリィがそう口にしようとした時
テューラの鋭い瞳がゆっくりと上がった。





「こんな街に住んでいるから、姉さんの事なんてすっかり忘れているかと思いました」
「…フェニモールの事を忘れたりなんか出来ないよ…」
「…ならご自分の立場も忘れて、何故このような場所にいるのですか」





声を荒げ立ち上がるテューラに、シャーリィは肩が跳ねらせ目を見開く。
震えるシャーリィを気にも留めず、テューラは再び声を上げた。





「陸の民と一緒に、何をしているんですか!」
「…」
「貴女がすべき事はもっと他にあるはずです!」
「オウ…ちょっと待てや」





喧嘩腰のモーゼスを止めたのはウィルだった。

モーゼスは小さく舌打ちをするとその場の成り行きを仕方なく見守る。
私もただ、黙って話の流れを追った。





「シャーリィは外交官として、水の民の代表としてこの街にいるのだ」
「…だから何ですか?」
「何…」
「私は外交官が働いていると言う印象を持った事がありません」




そう言って、テューラが睨む先にいたのは私だった。




「現にあの人は働いていませんでした」
「テューラ…貴様、分かっていて言っているのか?」
「…本当の事です」





ワルターの低い声にもテューラは負けない。

同族であるワルターすら、邪魔をするなら敵だと。
まるでそう言っているようだった。





「この目で確かめるまで、一緒に暮らしているなんて信じられませんでした…」
「私は…」
「…姉さんを殺しておいて、良くこんな場所にいられますね」
「…」
「良く陸の民なんかと良く一緒に暮らせますね。貴女おかしいんじゃないですか!」





あの目はきっと、シャーリィにとっても私にとってもトラウマだ。

強い恨みしかない、和解を求める訳でもなく、責めるだけの目。

シャーリィの震える唇は、言葉を紡ぐ事を止めた。
きっと、恨みを受け止めると言う選択肢を選んだのだろう。

だけど私にはそれが出来なかった。





「テューラだって私と暮らしてたくせに」





なるべく明るく、場の空気を悪くしないようにと心掛けたつもりだ。
だけど私は馬鹿正直で、怒りとか悲しみとか全部言葉に乗せて外へ出す。





「里の中で一緒に生活してた」
「それは…!」
「あったかいご飯を持って来てくれて、ちょっとだけ遊んでくれた」
「ッそんな覚えありません!」
「覚えてないの?凄く嬉しかったのに」
「知りませんよそんなの!!」





テューラはそう言って再び私を睨む。
その頬は少し赤く、照れ隠しかもと期待した。

でも、私の言葉だけでは場を和ませる事なんて出来ない。
テューラも私と同じ、不快な事があれば納得するまで譲らない、そう言う子なんだ。





「貴女が姉さんを殺したのは事実よ…」
「おい、ちょっと待てよ…!」
「メルネスを庇って姉さんは死んだ!メルネスが殺したのと同じです!!」





「あの時はどちらも悪かった」、そう言葉にしてくれたワルターさえ無視をし
テューラはシャーリィを指差す。

シャーリィはただただ、真っ直ぐにテューラの瞳を見つめた。





「貴女は私達の希望だった!なのに貴女は私達を裏切った!」
「……」
「今も裏切り続けている!水の民の里にも戻らないで、こんな街なんかで暮らして…!」





震える声は、どれだけ憎しみが篭っているのかを嫌でも教えてくれる。





「貴女は一人だけ逃げ出したんですよ!」
「っ…」





その言葉に声を漏らしたのは言われている本人、シャーリィじゃない。
既に蚊帳の外にいる私だった。





「…ッ……」





何でだろう。
さっきから、テューラの言葉一つ一つが心に入ってくる。

無理矢理穴を空けられて、乱暴に捩じ込まれるみたいに。
憎しみと怒りと悲しみだけがドロドロと体を侵食するみたいに。

…気分が、悪い。





「あなたがやるべきなのはこの人達を報復することでしょ?この人達を滅ぼす事でしょ!?」





憎い、悲しい、苦しい。
…コロシタイ。





「い、たっ…!」
「たくさんの仲間が陸の民に殺されました。姉さんも陸の民に殺された…」
「っ…」





こんな時こそ、皆に迷惑を掛けちゃいけないのに。
歯を食い縛って我慢しても、息が漏れちゃう。





「貴女の目の前で殺されたのでしょう!?なのに何故力を使わないんですか!!」
「それは…」
「姉さんの命なんて、貴女にとってどうでもいい物だからですか!?」
「そんな事ない!」





テューラの肩が跳ねたと同時、体を襲う痛みが一瞬引いた。





「…けど、陸の民の方が大切なんですよね?」





そして、テューラが再び言葉を紡げば体は痛む。

首を絞められている痛みと、何となく似ていた。
呼吸が落ち着かなくて、異物感に吐き気を催す。

それでも、一定以上の痛みさえなければ、ある程度は我慢出来るようになった。





「ハッキリ言って下さい!」
「…」
「ここにいる憎むべき陸の民の方が大切なんですよね!?」
「それは…比べられる物じゃないよ…」





驚き目を見開くテューラに、何だか黒い靄が掛かっているように見える。

あれは、ただの靄じゃなくて…。
また、黒い霧…?

ダメだ、眩暈が…。





「姉さんが生きてるって知った時、私本当に嬉しかった…。
 陸の民に襲われて、姉さんと別れてしまってから嬉しい事なんて一つもなかったから」

「また一緒に暮らせると思うと、嬉しくて仕方がなかった…なのに、なのに…!」





大丈夫、倒れる程じゃない。





「貴女が姉さんを私から奪った!貴女が姉さんを殺したんです!!」
「…そうだね…私がもっとしっかりしてれば…」
「私がしっかりしていれば?馬鹿にしているんですか?」





ジワジワと増える憎しみや怒り。
声の代わりに痛くて痛くて涙が溢れそうだった。

歪む視界に映ったテューラの姿。
背後には、気のせいとは思えない深い闇。

セネルの家で見た、シャーリィと同じ…。
でも、シャーリィの物とは比べ物にならないくらい、深く、濃く、酷い。





「それだけ分かっているならやる事は一つでしょう?」

「私に言い訳する事でもないし、陸の民と仲良く手を繋ぐ事でもない」

「この人達を滅ぼす事よ!!」





まるで言葉が刃のように体に突き刺さる。

ド、と衝撃を受けた体が傾き、一人で立つ事すらままならなくなった私は
ワルターの体に自らを預けた。





「…っ…」
「…?」
「ごめん、肩借りる…具合悪い」
「…顔色が悪い。横になれ」
「、いい…」





「大袈裟だよ」、そう言って笑い飛ばせれば良かったのに、顔の筋肉が上手く動かない。





「皆には黙ってて」
「…」
「…お願い」
「承知した」





ワルターは私の言葉を理解すると、不自然にならない程度にマントで体を隠してくれた。

「ありがとう」、と小さく呟けば
「これが俺の役目だ」、と言わんばかりに一つ頷く。

恩返しの為にサンドイッチを作ったのに、これじゃ何の意味もない。
…本当、迷惑かけっぱなしだ。





「それは違うよ…陸の民を滅ぼす事だけは、絶対にやっちゃいけない事なの…」
「…それが貴女の答えですか…分かりました」





重い首を上げると、テューラは私達に背を向けていた。





「もう話す事はないです。顔も見るのも気分が悪い…帰ります」





テューラが一歩と離れると、体の中を蠢いていた違和感が引いた気がした。
根本的な解決にはならないけど、良かった、と小さく息を吐く。





「…そこの人」
「へ…?」
さん……いえ、破壊の少女」





テューラの言葉に誰もが目を見開き驚いた。

私達だけじゃない。
辺りで日常を過ごしていた住民もだ。

たった一つの単語で引いていた野次馬がガヤガヤと声を出す。
正直、こんな展開にも慣れた。





「長からの伝言です」
「あぁ、マウリッツから…」
「はい」





テューラはくるりと向きを変え、真っ直ぐに私を見た。
睨むのとはちょっと違う、何だか平然を装っているような瞳。





「戻る気はあるのか、と」
「…」
「あるなら早く戻って来いと言っていました。ないなら―――…」
「ない」





最後まで言葉を言わせない。
私の答えは決まりきっていた。





「ワルターが一緒なら良いって言ったのはアイツだよ」
「…」
「テューラに頼る程必死になって、馬鹿みたい」
「……」
「って、伝えといて?」





ニッと笑う私にテューラは目を見開くと、これでもかと言うぐらい強く拳を握った。
力を入れすぎて手が震える程にだ。

それがどう言った意図での行動なのかは分からない。
悔しいのか、悲しいのか、嬉しいのか、テューラはまだ口で語ってはくれない。





「…分かりました、伝えておきます」
「適当によろしくー」
「……さっきの伝言、伝えそびて文句を言われるのは嫌なので言っておきます」
「…言わなくてももう分かってるよ」
「それでもです」





テューラは私に背を向ける。
私はその背中をただ見つめた。





「戻る気がないなら、事が大きくなる前に殺す…戦争が起きない為にも」





そう言って歩き出したテューラの背中からは、またジワリと黒い何かが溢れた。
弱々しい、何かを訴えようとする霧の存在に、私はただ目を細める。

何だか、さっきと感覚が違う。





「どうせ負けるのは“また”アンタだよ…やれるもんならやってみろ」
「…それも伝えるんですか?」
「勿論」





笑う私に、テューラは何も言わず街を後にした。

サラサラと揺れる金色のツインテールから
ポツポツと零れる、黒の粒子。


止まらない霧は、きっとテューラの気持ち。


悲しいとか、悔しいとか、憎いとか、そんな気持ちがストレートに伝わってきて。
そしてその黒い霧は、私を見て笑っているようだった。










Next→

...
修正:14/01/02