まだ遺跡内に入ってもいないのに、嫌なくらい魔物の殺気が伝わってきた。
人喰い遺跡。
実質、ここに来るのは初めてだ。
ゲーム画面で見た事があると言っても、敵の強さは全くアテにならない。
少なくとも、ここにいる魔物は私が思っている以上に狂暴化が進んでいると思った方が良いみたい。
「ノーマ」
「ん〜?」
「エバーライトとは、一体どのような物なんだ?」
「…あ〜」
「形状の分からない物は探しようがないと思うんだが…」
「形など誰にも分かっていないはずだ」
クロエの問いに答えたのはウィルだ。
「そ、そうなのか?」
「あぁ。そもそもエバーライトの伝説は古刻語の解析が始まりでな」
「へえ…」
「遺跡から上がった石版の文章を学者の一人がこう訳した」
「“祈りの結晶、神秘の力にて、願いを捧ぐ者に、救いの道を与える”」
続きを言葉にしたのはノーマだった。
ノーマが知っていた事を意外に思ったのか、ウィルはきょとんと目を丸くする。
「エバーライトって言うのは、後から祈りの結晶に付けられた名前なわけよ」
「遺跡船の副産物だったわけですか…」
「訳は正しいのか?」
「…いや、それも分かっていない」
皆の疑いの目が人喰い遺跡とノーマを交互に見る。
ヤル気と言う指数がどんどん下がっているようだ。
「石版が発表された当時は熱心に調査されてもいたんだがな…」
「…」
「今では何処の国の研究機関でも否定説が当然となり、調べる者もいなくなった」
「だから、形は誰にも分からんのよ」
ノーマの一言が更に場の空気を重くする。
モーゼスに至っては既に宝探しを諦め帰ろうとしていた。
「でも折角ここまで来たんだから探さなきゃ損だよ!」
「そ〜そ!あたしの研究によればエバーライトはこの奥にあるし!」
「だからモーゼスも帰らないでついてくる!」
「…が言うならついてっちゃる」
モーゼスは大きな溜め息を零し、気合を入れ直すよう自分の両頬を叩いた。
「よっしゃ〜!行くぞ〜!お〜〜っ!!」
「おー!」
「おぉ〜」
声を上げたのは私とグリューネさんだけだったけど、
皆も強く頷いて、その足を前へと進める。
大きな口を開けて待っている、人喰いの遺跡へと。
中へ入った瞬間、外とは比べ物にならないくらいの魔物の殺気を感じた。
血の匂い、獣の匂い、響く足音に五月蝿く鳴る風。
これだけはどんなにこの世界にいても慣れない。
「最近思ったんだけどね」
「?」
ふる、と身震いする私の横、ノーマは軽やかに足を動かし言葉を紡ぐ。
ノーマにしては珍しい、小さな声だった。
「、あたしのししょーにすっごい似てるの」
「へ?」
「な〜んて言っていいか分からないんだけど…」
顎に手を当て唸り出すノーマの言葉を私はジッと待つ。
「馬鹿で、アホで、大人なんだけど子供で…」
「…」
“似てる”と言われた時点で大した期待はしてなかったけど
やっぱりこう言う事かと小さく息を吐く。
「ほんっと、危なっかしくて見てられなかったよ、ししょーは」
「そう言う所が似てるって事…」
「…でもね」
さっきよりも小さな声に小首を傾げる。
ノーマの横顔はいつもより大人びていて
その瞳は優しく、憂いを帯びていた。
「一緒に馬鹿騒ぎしてていっちばん楽しい!って思えたのはししょーだった」
「…」
「落ち込んでる自分が馬鹿に思えた…どんなにからかわれても悪い気はしなかった」
「ノーマ…」
「あ〜、これはちと褒めすぎかな?」
照れて、少し意地の悪い笑顔を見せるノーマからは想いがしっかり伝わってくる。
「…良い関係だね」
「そっかな〜?」
「お師匠さんの事好きだった?」
「ううん、そんなんじゃない…憧れの人だった」
その瞳は嘘偽りなく、まるで天にいるお師匠さんを尊ぶように
ノーマは遺跡の天井を見上げた。
「馬鹿なとこだけじゃなくて、はもっと色んなとこがししょーに似てるんだよ」
「?」
「だ〜か〜ら〜!今馬鹿騒ぎしてて一番楽しいのは、って事!」
ニッと歯を見せ笑うノーマに、私の胸は思った以上に跳ねた。
ドキッとかキュンとかじゃないんだけど、トクトク忙しなく鳴る心臓。
真っ直ぐなノーマの言葉に心が温かくなる。
「悩みなんて吹っ飛んじゃうし、ふざけ合っててもカチンとくる事ないし」
「…」
「そう言う所も、ししょーに似てる!」
そう断言したノーマは、私が何かを口にする前にハッと我に返った。
「う」と小さく声を漏らして、何かと小首を傾げると
ノーマは自らの後頭部を掻きながら渇いた笑いを零す。
「いや〜何だか改めて言うと照れますな〜!」
「アハハ!それ言われるとこっちも照れる!」
「言っとくけど、嘘じゃないかんね!?」
「分かってるって!」
きゅ、とノーマの手に自分の手を絡める。
気が付けば、体が無意識にノーマのぬくもりを求めていた。
「親友の言う事、嘘だなんて思う訳ないじゃん!」
「…お、おうよ!」
一瞬戸惑いを見せたノーマだけど、すぐに満面の笑みを返してくれる。
互いの手が繋がる部分を、腕が取れそうなくらいにブンブン振って。
「と手繋いでると、ししょーにパワーもらえてる気がする!」
「私ノーマのお師匠さんじゃないよ?」
「分かってるよ!じゃ〜からパワーもらう〜」
「吸い取りすぎないでよー」
「へいへ〜い」
そう言って私達は、お互いを見つめ笑顔を零した。
どんなにお師匠さんに似てるって言われても、私はノーマのお師匠さんじゃない。
性格とか、口調とか、馬鹿な所とかが似てたって、
私は“師匠”じゃなくて、ノーマの親友なんだから。
「ちょっと待った!」
右手のぬくもりが消え、ノーマは私達の前へと駆け出す。
「トラップが仕掛けられてる。そっから一歩も動かないでね」
ノーマの言葉に皆が目を見開いて、体を強張らせた。
私もその場でピタッと止まり、殺す必要のない息をくん、と止める。
「あったあった!これ!」
「ジェー坊、どうなんじゃ?」
「確かにノーマさんの言う通りですね」
「何でジェージェーに確認すんのよ〜!」
「余り大きな声を出すとトラップが発動するかもしれませんよ?」
ジェイの言葉に皆の緊張は更に高まる。
ジェイの言う事は大した根拠がなくたって本当だと思わせる力があるんだ。
「そんな馬鹿な事ある訳ないじゃ〜ん!!」
高らかに声を上げ、胸を張ったと同時ぐらいだろうか。
威張るノーマの背後から、カチ、と言う軽いスイッチの音が聞こえた。
強張った体は更に固まり、嫌な沈黙に汗が一つ頬を伝う。
「今、何か音がしませんでしたか…?」
「したな…」
音が鳴ってから数秒、大した事は起こらない。
皆が辺りをキョロキョロと見渡している時、私は自分の足元をジッと見ていた。
そして「どうやらここではないようだ」と口にした所で意味が分からないような単語を心の内だけで呟く。
「…何も起こらないな…」
「大丈夫、なのか…?」
「何じゃ、寿命が縮んだわい…」
ハア、と大袈裟に溜め息を吐くモーゼスの足元を
私は穴が空くくらいジッと見る。
言った方が良いのか、それとも言わない方が良いのか。
モーゼス、もうすぐその明らかに不自然な床が抜けるんだよ。
って言いたいような、言いたくないような。
「まぁ、ええわ。何も起きんなら進もか」
「あ、モーゼス」
「あ?」
バリバリとフラグを立てる男に同情し、私は声を発した。
どうせ言わなくても責められはしないだろうけど、
罪悪感がある事に変わりはないし。
「今乗ってるそのマンホールっぽいヤツ」
「ん?あぁ、これの事か?」
「うん。それ、多分もうすぐ抜けるよ」
「…は?」
指差し忠告する私にモーゼスはだらしなく口を開け間抜けな声を出した。
「だから」、ともう一度言葉を紡ごうとしたその時
バコ、と音を立てて地面が外れる。
ほぼ同時くらいに真上へと跳ね上がったモーゼスは
宙を蹴って穴から数センチの場所に着地した。
大道芸のような動きに「おお」、と声を上げれば、チッと小さな舌打ちが耳に届く。
明らかにジェイがいる方向から聞こえたけど、敢えて突っ込まない事にしよう。
「!もうちょい早く言わんかい!!」
「言わない方が良かったのに…」
「…何か言ったか?ジェー坊」
「いえ、別に?」
私に怒っていたはずなのに、いつの間にか矛先がジェイに向いている。
モーゼスは相変わらずモーゼスだ。
「この穴、結構深そうですね…」
「落ちなくて良かったな、モーゼス」
「のお陰だぞ」
「オ、オウ…感謝しちょるぞ、!」
矛先が変わったどころか、お礼まで言われてしまう。
一瞬でも迷った私の良心がチクチクと突かれて
輝かしい瞳に耐え切れず目を反らして「いーえ」と笑った。
「うひゃ〜…何かお先真っ暗って感じの深さだね」
「でも、ちょっと落ちてみたいかも…」
「行く?」
「安全なら喜んで飛び降りちゃう!」
「落ちたら痛いに決まってるだろ…」
セネルの馬鹿にしたような言い方と溜め息にムッとし、
私は言葉でなく行動で答えを返した。
数歩下がり、勢いをつけて。
「とう!」
声を上げ、その穴に飛び降りた。
いや、正確には飛び降りようとした、だ。
体が穴に滑り込む寸前、何かに引っ張られるよう重力に逆らい浮いたのだ。
フワフワと浮かぶ球体の中で見えたのは、
テルクェスを生やしこっちに向かって手を伸ばしているワルターの姿。
「馬鹿な真似は止めろ」
「ワルターは落ちる楽しさを知らないからそんな事言えるんだよ!」
「落ちる楽しさって何ですか…?」
「ジェットコースターとか、バンジージャンプとか…」
何て言ってもここの人達には全部通じない。
ジェスチャーを付けてまで説明しようとした事に何だか虚しくなった。
等と考えていれば体の周りに出来た膜は音を立てて割れた。
ハッと我に返った私はワルターの小脇に挟まれ、自分で動く事すら許されなくなる。
「ちょっと…!」
「そんなに落ちたいなら今度空から落としてやる」
「ご、ごめんなさい」
「分かれば良い」
どうしてジェイとワルターにはいつも敵わないんだろう。
きっと冗談を言っているように見えない冷徹な瞳が原因だ。
「!」
「ん?」
だらんと項垂れながら、大人しくワルターに運ばれる私を
ノーマは言葉には表せない表情で見つめていた。
笑顔なのに、何だか辛そう。
「もしかしてトラップの事知ってた?」
「うん!でも解除の仕方は知らないんだ」
「そ、そっか…」
「だからノーマに任せたんだよ!」
そう言って笑顔を見せると、ノーマは一瞬きょとんとした後
「これからも任せて!」と胸を張り笑顔を零した。
「……?」
何だろう。
影が、滲んだ…そんな気がする。
胸を張るノーマの影が、腰の辺りでぐにゃりと曲がったように見えたのだ。
影はぐぐ、と持ち上がり、弾ける程膨れると辺りを舞う黒い蛍になる。
「…また…」
あの黒い霧だ。
…―――…またやっちゃったよ、ししょー…トラップの解除の失敗。
…―――やっぱし、しょーみたいにはいかないね。
…―――…あたし…ちゃんとやれるかな?
また、声が聞こえる。
聞き間違える訳がない、ノーマの声だ。
…―――あたしも、予知夢が見れればいいのに…。
予知夢…?
私がさっき、トラップの効果を知ってるって言ったから…?
…―――…そうすれば、失敗なんて、怖くないのに。
「ノーマ、早く来い!」
「い、今行く!!」
ウィルに呼ばれ、ノーマは私の横を通り前へと向かう。
視界に残る黒い靄に目を見開くと同時、また声が聞こえた。
…―――…大丈夫…ちゃんとやれるよね…?
…―――未来が分からなくたって、あたしには出来る。
走り去るノーマの影は、一直線に伸びていた。
不自然な程長く、真っ直ぐに、私へと向かって。
「…?」
幻覚…?
おかしいな、ちゃんと寝てるのに…。
「っう!?」
不思議、そう思い首を傾げようとした時
目の前の影が不気味に曲がり、私の心臓を突き刺した。
体が跳ねる。
胸が抉られるみたいに、勢い良く。
私を抱えていたワルターはすぐに異変に気付き
私が楽な姿勢を取れるよう一度地面へ降ろした。
横になり、呼吸を整えるようワルターが私に声を掛ける。
それを分かっているのに、私の体は言う事を全然聞こうとしない。
ただズルズルと入ってくる影の違和感に
体がビク、と小刻みに跳ねてその度声が漏れた。
「…っ…く…!」
「どうした…!?」
「っワルター…!鳩尾打ったな…!」
「打つ訳ないだろう…・わざとか?」
「わざとであんなに跳ねられないよ…!」
例えるなら魚がまな板の上でビチビチしてる感じ。
今の私の状況にピッタリだと思う。
喉につっかえた物を取りたくて咳をした。
だけど何も出てこない。
スッキリしない、気持ち悪い。
最近、訳が分からない事続きで嫌になる。
「…落ち着いたか?」
「うん、…ちょっと…」
まだ気分は優れないけど、動けない程じゃない。
ゆっくりと起き上がり前を向けば
ノーマの影には何の異変もなくなっていた。
影だけじゃない、そこら辺を浮いていた黒い粒子もない。
「…何処に、消えたんだろう…」
「何がだ?」
「…ううん」
「なんでもない」、そう言って再び動き出そうとすれば
ワルターがそれをさせまいと私を抱きかかえる。
「ち、ちょっと」
「…」
「ここまでされなくても、私平気だよ」
「おかしいからここまでしているんだ」
おかしい?私が?
…私だって、そんなの分かってる。
気分が悪くなるとか、体が痛くなるとか、それだけならまだしも
幻覚まで見出したら、さすがに病院行きかもしれない。
更に仲間の声の幻聴まで。
この前はシャーリィ、そして次はノーマ。
「末期だ…」
「前からな」
「うるさい」
少しは遠慮しろ、と軽くその肩をどつけば
ワルターは仕返しと言わんばかりまた私を小脇に抱える。
体が宙に浮くと、頭を直接揺さぶられてるみたいで気持ちが悪かったけど
さっきみたいに声を出して騒ぐ程じゃない。
痛みは持続するものの、すぐに大した物ではなくなる。
だからこそ深くは考えず、私は「まあいっか」でその場を済まし
ノーマの背中を見つめ、エバーライト探しと言う現実に戻ったのだった。
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修正:14/01/02