ワルターが歩いて、私はそれに揺られて。
石化した人が並ぶ部屋は、怖くて目を伏せた。
ワルターも私の気持ちを察してくれたのか、足早に部屋を通り過ぎる。
着いた場所は、思ったよりも綺麗な所だった。
神秘的な雰囲気が魔物を寄せ付けていないのか、
空気も通って来た道より澄んでいる気がする。
グリューネさんが眠っていた場所がここだと言うのも何だか納得出来た。
「最終地点にと〜ちゃ〜く!エバーライトを探すとしますか!」
ぱたぱたと忙しく走って行くノーマの背中を見て、私も部屋の中へと駆け出した。
エバーライトがなくても、何か手掛かりになる物はあるんじゃないかって。
数分後。
「疲れた…」
「お疲れ様です」
初めから探す気がないのか、ジェイは入り口に一人座り
疲れきった私に笑顔を見せた。
腰を曲げてヨロヨロと少年に近付き、隣にドサリと倒れこむ。
「体力がないのにちょこまかと歩くから疲れるんですよ」
「…少しでも力になってあげたいなって思ったんだよ」
ノーマはいつも頑張っているし、私を励ましてくれる。
手伝いたいって思うのは、決して間違った事じゃないはずだ。
「…まぁ、さんらしいですけどね」
「あは、そうかな!」
「じゃあ早速力になってあげたらどうです?」
「?」
何を言っているんだろう、ジェイは。
そう思いながら首を傾げて見せると、
ジェイは険しい表情を浮かべある一点を指差した。
一体何をやらかしたのか、そこにはウィルに怒鳴られているノーマの姿がある。
そしてノーマの横にいるクロエは剣を構えていた。
さっきまでこの場にいなかった魔物に向けて。
「ぼさっとしてないでさっさと行きますよ」
「あ、うん…!」
ノーマを庇うようクロエは前へと出て、剣を盾にし魔物の攻撃を弾く。
ギィンと鉄と鉄が弾ける音と、オレンジ色の火花。
照明に反射した剣の光が眩しく、目を瞑った。
そして目を開ければ、目の前にいた魔物が一匹増えている。
数秒も経っていないこの瞬間で、だ。
「ふ、増えた!」
「どっちも雑魚ですね」
「詠唱さえ止めればどうって事ない!はデカイ方を頼む!」
「うん!」
デカイ方って言うのはミミックベッドの事だろう。
あっちなら命中率の低い自分の攻撃でも簡単に当てる事が出来るはず。
的は大きいし、外す事もない。
でも、いざ攻撃しようとしたその時
敵ではなく、後ろで詠唱もせずに座り込んでいるノーマの姿が目に入った。
「ノーマ!?」
「へ?」
「へ?じゃないよ!魔物が…!」
「あ…ごめ〜ん!小さくて全然気付かなかった!」
確かに、ミミックベッドの背後にいるエル系の魔物は小型だ。
人間の少女と大して変わらない背丈だから、気付かないのもまだ分かる。
けど、ミミックベッドは嫌でも目に入ってしまう程の大きいような…。
「よっし!パパッと片付けちゃおうか〜!」
ノーマはそう言うと勢い良く立ち上がり、黄色い光を爪に灯す。
クルクルとストローを回し、精神を集中させ詠唱を始めた。
歌うみたいに、いつものように流暢に紡がれる詠唱に安堵の息を漏らす。
だけど私が攻撃に参加しようとしそのた時、ノーマの詠唱はプツンと途切れた。
「…あ、噛んだ」
「ノーマ…!」
らしくない。らしくなさすぎる。
緊張感がないのか、集中出来ないのかは分からないけど、
ノーマは今までやった事のない凡ミスを何度も何度も繰り返した。
皆を回復させる為に紡いだ詠唱が
実は防御力を下げるサポート系のブレスであったり。
ヤケになりシャボン玉での攻撃を開始すれば、液が切れている事に気付いたり。
「ナ〜イス!」
「ノーマも頑張ってよ!」
回復のブレスを唱え、失敗をフォローする私にノーマは親指を立てる。
ニコニコしながら私を褒めるのは良いけど、らしくないノーマが心配で仕方がない。
最終的には感覚を取り戻し、ノーマはいつも通り強力なブレスを撃ち放つ。
魔物二匹の連携は後方の詠唱を止めてしまえば然程苦ではなく、戦いはアッサリと終わった。
「やれやれ、酷い目にあった…」
掲げていたハンマーを下ろし、ウィルは一つ溜め息を吐く。
そんなウィルの横をノーマは無表情で通り過ぎる。
「ごめん」や「ありがとう」や「オヤジ」の一言二言もなしにだ。
「ノーマ…?」
「あの、そんな不用意にあちこち触れない方が…」
私とシャーリィの呼び掛けを全て無視して
ノーマは壁のあちこちを触って手掛かりになる物を探している。
その背中からは仲間すらも寄せ付けない何かを感じた。
「話しかけるな」と言わんばかりの空気がノーマから伝わってくる。
「…ノーマ」
「エバーなんたらはあったんか?」
「…う〜ん」
顎に手を当て唸り声を上げるノーマ。
皆が不安そうに、ノーマの答えを待つ。
「…ごっめ〜ん!ここじゃないや!」
くるり、と空気が変わった。
パッとこっちに向けた笑顔は、さっきの重苦しいオーラを微塵も感じさせない。
それに安心したのは私だけで、
他の皆は怒りや呆れがごちゃごちゃに混ざり合った表情を浮かべている。
「ふざけるな!」
「あたしは本気!マジ本気!」
中でもノーマが戦いに集中しなかった事でいつもより多くの負担を背負ったウィルは
額に青筋を浮かべながらノーマに近寄り、思いっきりゲンコツを落とした。
「いった〜い!!頭が悪くなる!」
「大丈夫ですよ。モーゼスさん以下にはなりませんから」
「ジェー坊、何か言うたか?」
いつも通りの二人の喧嘩。
それに加えノーマに付き合わされた事からの疲労。
セネルとクロエは本当に疲れたと言わんばかりに溜め息を吐く。
私はそんな二人にクスクスと笑みを零した。
「…?」
ギャーギャーワーワー騒がしくなるモーゼスとジェイの前に立つウィルは
今からその二人にも制裁を加えようとしている真っ最中。
その背後、ギュッと拳を握り顔を伏せ、立ち尽くすノーマの肩は微かに震えていた。
まただ。
今日はノーマらしくないノーマばかり見ている。
「ノーマ…?」
「…」
「どうかした?」
私の問いかけにも答えず、ただ押し黙るノーマ。
そんな彼女の姿を見て更に不安が高まった。
「ノーマ…?」
心配で居た堪れなくなり、おずおずとノーマに手を伸ばす。
その髪に触れようとした瞬間、ノーマは勢い良く顔を上げ笑顔を振り撒いた。
「よ〜し、次も頑張るぞ!!」
「…次があるのか?」
「あったりまえでしょ!」
「いつまで続くのかしらぁ?」
「エバーライトが見つかるまで!」
ノーマの言葉を聞いてグリューネさんは「あらあらぁ」と嬉しそうに声を上げる。
ノーマはそんなグリューネさんに底無しに明るい笑顔を見せた。
不自然、とまではいかないけど何だかいつもの元気とはちょっと違う。
「それじゃ、張り切って行くよ!」
「何処へですか?」
「街に決まってるじゃない。あたしお腹減っちゃったし」
「そうねぇ、おいしい物が食べたいわ〜」
「私は寝たいなー…」
「ダメダメ!今夜は寝かさないぞ〜?」
そう言ってノーマはウィンクをしてまた笑う。
本当は凄い疲れてるけど、
ノーマの為ならご飯を食べてもう少しはしゃいでもいいかな、何て思った。
「作戦も練り直しだね〜。それじゃ戻ろっか!」
「やれやれ、立ち直りが早いのはノーマの長所ではあるが…」
「付き合わされる方の身にもなれよな、全く」
小言を言うウィルとセネルも何故か笑顔だ。
文句は言うけど、ノーマと行動するのが嫌じゃないって言う証拠。
私にとっても、皆にとってもノーマは大事な仲間だから。
街に着いた頃には日が完全に沈んでいた。
夜になる程長く遺跡の中にいたのか、と時間の流れに驚きながらも
目の前でうんと伸びをするノーマに瞳を向ける。
「まずはご飯食べよ!腹ペコじゃ始まらない!」
ノーマはパタパタと足を動かし、笑顔を見せた。
でも、私が「うん」と頷き笑顔を零す前に、その笑顔はガラガラと崩れる。
「威勢良く出て行ったにしては空振りだったようじゃのう」
その原因は、私達の後ろから歩いてきたザマランさんだった。
「う、うるさいわね!今日のはただの下調べなんだから!」
「一生下調べで終わらないようにせいぜい気を付けるんじゃな」
「だ〜も〜、あったまくるな!本番はこれからなんだから!!」
早速始まる口げんか。
「夜だから静かにしろ」と発したウィルの注意も虚しく、
声のボリュームは更に上がり、地団駄まで追加される。
「ジジイはあっち行け!こっちくんな!」
「そうさせてもらおう。猿と会話出来ると思われては敵わん」
最後の最後までたっぷりと皮肉を込めた後、
ザマランさんは宿屋を通り過ぎて街の奥へと消えていった。
「なんちゅう仲の悪さじゃ。ワイとギートを見習うべきじゃの」
ピクリ、と動いた指先はギュウッと拳を作る。
嗚咽を誤魔化すように唇を噛み締めて、ノーマはジッと俯いた。
「ノーマさん、どうかしましたか…?」
「…やっぱ、ご飯パス。今日は疲れちゃったから帰る」
私達の方を振り返る事もせず、スッとその場から離れるノーマの声は
いつもみたいに元気じゃなくて、喋り方も単調だった。
「ちょ〜っとはしゃぎすぎたかな。あははっ、まいったね〜」
「…」
「じゃ、またね〜!おやすみ〜」
そう言うと、ノーマは手も振らずに宿屋の中へと入っていく。
いつもなら、大きく手を振ってくれるのに。
「ノーマさん、元気がなかったですね…」
「今日、ずっと元気ない…」
「…?」
私の気のせいかもしれないけど、今日のノーマはいつもと違う。
「多分、トラップの解除失敗してから…」
「…」
「ずっと元気がない…何か、ちょっと変だった」
「明日になればきっと元気になってるよ。が気にする事じゃない」
ぽん、と頭を撫でるセネルの手にちょっとだけ不安が取れた気がした。
でも、明日になってもノーマの元気がなかったら?
私が今こうしている間も、ノーマが一人不安に震えていたら?
さっきからザワザワと胸騒ぎがして、
突っ掛かっている感情を何て表して良いか分からない。
「私、力になれないのかな…」
「明日また一緒に騒いでやれよ」
「…」
ノーマが元気じゃない、何だか私までおかしくなる。
ノーマが悩んでると、心がズキズキ痛い。
「が元気だと、ノーマも元気になるからな」
「…かな?」
「ああ」
「…よっし!」
こんな時こそ、親友らしくノーマの事支えてあげなきゃ。
明日もしノーマの元気がなかったら「何でも相談してよ!」って肩を叩くんだ。
「ノーマー!頑張ろうねー!!」
宿屋の窓に向かって大声を上げる。
締め切られたカーテンが開く事もなかったし、
「おうよ〜!」って威勢の良い返事が返ってくる事もなかった。
聞こえてないのかな?でも、それでも良い。
聞こえてないなら、何回も言えば良いだけ。
今ノーマに届いてなくても、私は気合充分だ。
「じゃ、明日に備えてお開きー!またね!」
「おやすみなさい」
「おやすみ!」
答えてくれたシャーリィや他の皆に手を振って
私はウィルとワルターと一緒に寝床へと向かった。
「…ありがと、」
の声、ちゃんと聞こえたよ。
「そうだよ、頑張らないと…」
良く分からないけど、も何かに頑張ってるみたいだし。
ししょーにこんな姿見せられないしね。
「へこんでる場合じゃない」
ギシ、と軋んだベッドの上に、お構いなしに立ち上がる。
ふかふかとした布団は足場にしては物凄く出来が悪かった。
「よし、明日も頑張るぞ!お〜っ!!」
誰もいない部屋で拳を高々と掲げ、声を上げた。
あたしに届いたように、にも届けば良いなって。
明日も二人で、一緒の風に乗って歩くんだ。
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修正:14/01/02