「起きろ」
爽やかな朝の光に混ざる、不機嫌な声。
うっすらと目を開ければ、そこには予想通りのワルターの顔。
「…眠い…もうちょっと…」
「…ノーマと言う奴が家の前で待ってるぞ」
「っ!?」
ガバリと起き上がるとワルターは慣れた事だと言わんばかりに私を避ける。
「ノーマが!?」
「また頼みたい事があるらしい」
「行かないと…!」
昨日気合を入れたばかりなのに早速の寝坊。
自分をこの場で責め立てたい気持ちを抑え、慌てて準備をし家から飛び出す。
「あ、ワルター!」
「どうした」
「おはよ!って言ってなかった!」
「…あぁ」
頬を赤く染めるワルターが可愛くて、ついつい笑みが零れてしまう。
って、こんな所でのほほんとしてる場合じゃない。
掴んでいたドアノブを勢い良く回し、私は庭へと飛び出した。
バン!と大きな音を立て外へ出れば、
既に集まっていた皆の視線は一気に私へと注がれる。
「!おっはよ〜!」
「おはよーノーマ!」
「一番遅いよ〜?もうちょっと早く起きてよね〜!」
「ごめん、朝は弱くて!」
「それは知ってるけど!」
いつも通りのノーマだ。
笑顔も、口調も、声色も。
やっぱり昨日のノーマは気のせいだったのかもしれない。
元気の良いノーマが見れて、気分も良くなる。
「それじゃ、氷のモニュメントに行ってみよう!」
「は…?」
「は?じゃないの!エバーライトが待ってるんだから!!」
ぽかんと口を開けるセネルに向かって、ノーマは腰に手を当てる。
「場所に間違いはないんだろうな?」
「任せてよ!」
「…物凄く不安なんだか」
胸を張るノーマとは対照的にクロエは肩を落とした。
「危険を伴うかもしれない訳ですから、きちんとした理由を聞かせて下さいよ」
「だから、そこにエバーライトがあるから!」
「そうではなくて、氷のモニュメントにエバーライトがあると思う理由です」
ジェイの鋭い質問にノーマは言葉を詰まらせる。
ジェイはその一瞬を見逃さず、眉を顰めた。
「ノーマなりの調査に基づいた明確な根拠があるはずなんだよな?」
「そ、そりゃね〜」
「目が泳いでるぞ」
ジリジリと迫る言葉の数々にノーマは成す術もなく、
唇の奥、私達に見えないよう歯を噛み締めた。
もう、昨日のノーマは見たくない。
「皆―――…」
「なぁ、ノーマ」
私の声を遮り一歩前へ出たのはセネルだった。
一体何を言うのだろう、と不安になりセネルの表情を窺えば、
セネルは私に向けて優しい笑みを見せる。
まるで「ノーマを責める訳じゃないから」と言うように。
「エバーライトにこだわる理由を聞かせてくれ」
「…」
「それだけ熱心に追い続けてるのには何か理由があるんだろ?」
セネルの柔らかい言葉遣いにホッとする。
もうこれ以上ノーマが落ち込んでいる所なんて見たくない。
自分の事みたく胸がズキズキするから。
「お前が口にする“師匠”って人の事も出来れば教えて欲しい」
「…ししょーの事?」
「あぁ、スヴェンってのがその名前だろ?」
何で知ってるの、と言わんばかりにノーマは瞳を丸くした。
しばらくの沈黙。
その沈黙をゆっくりと、ノーマが破る。
「そこまで言われちゃ仕方ないね。ちょっくら昔話でもしよっか?」
そう言ったノーマの表情は、
人喰い遺跡で“私とお師匠さんが似てる”と言った時の
あの優しくも儚げな大人の表情だった。
「ししょーはね〜、一言で言うと世界一馬鹿だった」
「馬鹿だったけど、一緒にいて楽しい人だった」
以前私に言った事を、ノーマは静かに皆にも伝える。
同じように、優しい口調で、天を見ながら。
「あたしさ、子供の頃、ちょっとばかし荒れてたのよ。
仲の悪い両親にきっと構って欲しかったんだね」
「子供なりの抵抗って奴でさ、ほとんど家出状態」
家出なんてした事ないし、私の両親は仲も良かった。
だけど、私もそんな抵抗を親に見せた事がある。
だから痛い程ノーマの気持ちが良く分かった。
「あの頃は世界の全部が敵だ〜って感じだった」
「大人とか社会とか、色々な物が信じられなくなってた」
「ししょーとはそんな時に出会った訳」
まるで映画に出てくるヒーローのように、お師匠さんは輝いていただろう。
「あたしも無茶だったけど、ししょーは更に上をいってた」
「あたしがブレスを使えると知るとすぐに上級学校に入学させたんだよ?
一般市民のあたしじゃ絶対に通う事のない学校だったのにさ」
「大した稼ぎもないくせに学費全部払ってくれて…」
「お師匠さんの事好きだった?」
「ううん、そんなんじゃない…憧れの人だった」
何となくあの言葉の意味も分かった。
ただの憧れじゃなくて、自分を救ってくれたたった一人の人。
ノーマにとって、恋人より、両親より、かけがいのない人。
それがお師匠さんだって事。
きっと、私が言ったような簡単な言葉じゃ表せないぐらい、大切な人なんだろう。
「で、そんな馬鹿なししょーがエバーライトを探してるって訳」
「そうだったのか…」
「半分以上今作った話だけど、こんな感じでいい?」
「って作り話か!!」
ノーマにガツンと突っ込みを入れたモーゼスの瞳には、うっすらとだけど涙が溜まっている。
情が厚いこの男に、この手の話はかなり有効的だったのだろう。
ノーマもそれを分かっていたのか、ニヒヒと意地悪な笑みを浮かべていた。
「もう良いっしょ?それじゃ、氷のモニュメントに行ってみよう!」
「…分かったよ」
「お兄ちゃん…?」
ハア、と溜め息を吐いたセネルは笑っていた。
「こういうの、乗り掛かった船って言うんだろ?」
「泥舟みたいですけどね」
「でもジェイも乗るくせに!」
「えぇ。乗らずに海に落ちるよりはマシですし」
皮肉の混ざるジェイの言葉は照れ隠しだって分かる。
ノーマも分かっているから、その目を見開いて
どう返事をして良いか分からず口を開け閉めしているのだろう。
良い雰囲気。
やっと皆が協力的な雰囲気になってくれた。
これでやっと、皆揃ってエバーライト探しが出来る。
…そう思っていたのに、一人、自ら泥舟から降りて海を泳ぐ者がいた。
「……」
「あの、さん…」
「…」
「ワルターさんも、色々思ってる事があるでしょうし…」
シャーリィのワルターを庇う言葉にまでイライラしている自分。
「何?何なの?静の大地がそんなに嫌?」
「え、えと…それは私にも分からないです…」
「脱衣所までついて来ようとするくせに、ここの何がいけない訳?」
「おい、それ本当かよ…」
「いや、勿論止めてるけど」、と付け加えると
セネルはイライラしながら「当たり前だ」と舌打ちをする。
「何か私まで静の大地嫌いになりそう…」
「ワルちんいないから〜?」
何処から聞いていて、何処がそんなに気になったのか。
さっきまで前を歩いていたノーマがひょっこりと隣から顔を出す。
「だって皆で一緒の方が楽しいじゃん…」
「ワルちんがいなくて悲しいんでしょ?」
「もう少し付き合いが良くなればいいんだけどねー…」
本当、そう思う。
ワルターはもっと皆に心を開けばいいのに。
そうすれば、ワルターが本当は良い人だって皆に知ってもらえる。
…そうは言っても、ワルターは少し前までは陸の民を恨んでいたんだ。
仲良くして欲しいと思うのは自分勝手な強要なのかもしれない。
「元気だしてよ〜!あたしも元気だすからさ!」
「…うん」
「ちゃっちゃとエバーライト見つけてワルちんの所に帰ってあげよ!」
「…そうだね!」
また、ノーマから元気をもらっちゃった。
励ますどころか励まされてる。
私もちゃんと気持ちを返せるように、もう少ししっかりしなきゃ。
相変わらず寒いモニュメントの中。
そういえば、前ここに来た時はジェイの服を貸してもらったんだ。
そんな事を思い出すと同時、自然にジェイの方に瞳が向く。
私達メンバーの中でも恐らく一番厚着しているであろうその姿に
気が付けば羨む声が漏れていた。
「良いなあ…」
「はい?」
「ニーソ…いや、タイツか…羨ましい」
「…」
私の狙っている物に気付いたジェイの顔は酷く歪んでいる。
その顔には「またかよ」とハッキリと書いてあった。
「言っておきますが、貸せませんからね」
「分かってるよ!さすがの私もジェイを生足には―――…」
「…」
「……し、しない、しないよ」
一瞬でも「したい」と考えてしまった私の沈黙に
ジェイはこれ以上ない程の殺気を見せる。
そんな顔をされたらさすがに無理に脱がす訳もいかず
私は乾いた笑みを零すと同時、逃げるようにジェイから離れた。
「ねぇ、!」
「?」
私がジェイから離れたと同時、ノーマが白い息を吐きながらぴょんぴょんと跳ね私の腕を掴んだ。
ノーマの冷えた指先が着物越しに伝わってくる。
「もしエバーライトが見つかったら何てお願いする?」
「?どうしたの急に?」
「良いから良いから!!」
答えを催促するノーマは、私の瞳をジッと見てワクワクと体を揺らしていた。
「…お願い…」
改めて聞かれると、何だろう。
いつもならこれでもかってくらいに出てくる我侭も、いざと言う時には出てこない。
一個だけ、と言う縛りが私を更に迷わせた。
しばらくの間、うーんと唸りながら考えてみるものの
結局私はノーマの質問に答える事が出来なかった。
「無理!思いつかない!」
「え〜!?って夢のない女〜」
「そう言うノーマは何てお願いするの?」
さっきの威勢は何処に行ったのか。
ノーマは突然ピタリと止まり、言葉を詰まらせて困ったように頭を掻く。
もしかして、ノーマも考えてなかったのかな。
「あ…あたしは、エバーライトを見つける事が目標だからさ」
「へー…」
「だから、の願い事を叶えてあげよ〜かな〜…な〜んて」
「…へ?」
おかしい。
耳が遠くなったのだろうか。
それとも、最近良く聞こえる幻聴と同じ類…?
訳が分からずぽかんと口を開け固まる私を
ノーマは「何その顔」とムッとした声を出し、そして笑った。
寒いからとは違う、頬をちょっとだけ赤くして。
「ッはぁ!?」
「うわ、うるさ!!」
「なっ…失礼だよ!ってそうじゃなくて!!」
動揺と混乱、他にも色々な物が頭の中をぐるぐるして
自分でも何を言っているのか分からなくなる。
ただ一つ分かる事は、ノーマが私の願い事をエバーライトで叶えようとしている事。
しかも、冗談抜きで。
「な、何で!って言うかお断りだよそんなの!」
「む、人の好意をお断りだって〜!?」
「だって…お、おかしいよ!私の為にそこまでする必要ないじゃん…!!」
「別にの為じゃないよ」
混乱する私とは逆に、ノーマは驚く程静かに言葉を紡ぐ。
「あたしはあたしの為にエバーライトを使おうとしてんの」
「じゃあ自分の願い事叶えれば良いじゃん!」
「だからに『何てお願いする?』って聞いてるの!」
「だから何で私!?」
この話し合い、いつ終わるのだろうか。
さっきからずっと同じ事を言い合っている気がする。
ノーマは地団駄を踏み、うざったそうに頭をガシガシと掻いた。
そしてビシッと私を指差すと、キッと眉を吊り上げ大きな瞳で私を見る。
「は私の親友でしょ!?」
「う、うん…」
「あたしの願い事は“親友の願い事を叶えてあげたい”って言う願い事なの!」
思わず首を傾げてしまった。
ノーマの言っている事はややこしく、私にとって納得出来る答えじゃない。
そんな馬鹿な私にノーマは再び地団駄を踏みながら言葉を発する。
「だ〜か〜ら〜!親友の願い事はあたしの願い事な訳!!」
「……」
「が欲しい物があるなら、あたしはそれをにあげたいの!」
「分かったぁ!?」、と何処ぞの不良みたいに私を斜め下から見上げる。
首を横に振ろうものなら再び怒鳴ると言わんばかりに。
迫力に押され、首を縦に動かすとノーマは「よし」と腰に手を当てる。
「で、の願い事は?」
笑顔で私の答えを待つノーマに、今度は首を横に振る。
ノーマの言いたい事が分からない訳じゃない。
分かったけど、でも、答えが見当たらないのだ。
「ごめん…本当に、全然思いつかない…」
「じゃあ見つかるまでに考えといて!じゃなかったら許さないからね!」
「う、うん…」
「返事はしゃきっと!」
「…うん!」
「よろしい!」
私って愛されてるな、ってジンワリ胸が熱くなる。
私はそれにどれだけの物が返せるのか分からない。
こんなにたくさんの物を、気持ちをもらっているのに
ノーマにちゃんと“ありがとう”が伝わってるか不安なんだ。
「ねー、ノーマ」
「ん、まだ何かあんの?」
「そうじゃないけど…やっぱお礼とかした方が良い?」
「だ〜!いらないよそんなの!」
「でも私もらってばっか…!」
「それはこっちの台詞」
私の両手を自らの手で優しく包むと、ノーマは静かに目を閉じる。
「この前あたしの事、ジジイから守ってくれたじゃん」
「…」
「それに、こうやってる瞬間だってに元気もらってるんだよ」
「ノーマ…」
「だからお礼とかいらないよ。むしろあたしが今お礼してる立場なんだもん!」
きゅっと胸が鳴った。
痛いとかじゃなくて、嬉しすぎて苦しいんだ。
「ってかさ〜、お礼とかおかしいじゃん!」
「へ?」
「友達に見返り求めるなんて有り得ないよ!」
「…」
「それにさっきも言ったでしょ?あたしはあたしの願い事を叶えてるだけだって」
そう言ってノーマは包み込むとは違う、私の手をぎゅうっと強く握って
いつものように歯を見せ満面の笑みを浮かべた。
…本当、どれだけ私を喜ばせれば気が済むんだろう。
「…自己中」
「何だとこら!」
「そんなノーマが好きだよ!」
「なっ…あ、あははっ!やだな〜、あたしってば愛されてる!」
一瞬の戸惑いを隠すようにノーマは笑い続ける。
私もそれにつられて、声を出して笑った。
次第にその笑い声は大きくなって、結局ウィルに「騒ぐな」と怒られて
ゲンコツを喰らうと言ういつものオチ。
「ったた…といるとろくな事ないよ」
「それはこっちも同じ…!」
瞳に涙を溜め、頭を擦り、消えそうな声で私達は愚痴を零した。
でも、そのろくでもない事が私達にとっては楽しいんだ。
お互い「おかしいね」って笑えば痛みなんてどっかに行ってしまう。
このまま楽しい時が、ずっと、ずーっと続けば良いなと思いながら
私達はしっかりと手を繋いで、真っ直ぐに前へと進んだ。
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修正:14/01/03