体が冷えてきた。

吐く息は白く、肌が冷えて痛くなる。
ガタガタと震える体は、既に限界を訴えていた。

それでも、繋いでいる手だけは暖かい。

もう少しの我慢、そう自分に言い聞かせ
落ちそうになる目蓋を必死に開いて前を向いた。





「む…この部屋、怪しいわね…」





唯一の救いだったぬくもりが離れる。
「ああ…」と自分でも驚くくらい情けない声が出たけど、ノーマは止まってくれなかった。

キョロキョロと辺りを見渡すと、ノーマは右の壁にピタリと耳を付ける。
その光景を見ているだけで自分の半身がヒヤッとした。

当てていた耳を離し、ガンガンと壁を叩き始めるノーマを
皆は小首を傾げながらも見守る。

ガンガン、ガンガンと十数回叩いたところで違和感に気付く。

ある一部分だけ、音が違うのだ。
高音で、中がスカスカとしているような、そんな音。





「ここか…」
「何かあったのか?」
「ふむふむ、なるほどね〜」





クロエの疑問に答えになっていない答えを返すと、
ノーマは思いっきり息を吸い込み壁を蹴った。

ガン!と鈍い音が響く。
壁に付いていた水滴が辺りに飛び散り、僅かにだけどノーマの足を濡らした。





「何しとんじゃ?」





モーゼスがそう言った数秒後。
いや、秒もなかったかもしれない。

カチ、と何処かで聞いた事のあるような音が部屋中に響いた。

場の空気が重くなる。
質量があると感じる程ズンとしていて、張り詰められた空気だ。





「…今、何か音がしませんでしたか?」





重い空気を何とかしたいと思う気持ちは同じだったのか
シャーリィは怖ず怖ずと言葉を発する。

皆の答えは行動を見ればすぐに分かった。

嫌な顔をしながらモーゼスを見て、ジリジリと距離を取り始める仲間達。
勿論私もその内の一人で、頭に疑問符を浮かべる男からゆっくりと離れた。





「…ワレ等、なしてワイを見るんじゃ?」
「だって、巻き添えくらいたくない…」
「巻き添え…?、また何か知っとんのか?」
「い、言っても分からないだろうから…」





墓穴を掘ってしまい、熱くもないのに汗が出た。

モーゼスはこれから自分の身に襲い掛かる災難をどうしても知りたいのか、
私にジリジリと近付き、掛け声もなしに肩を掴む。





「うあああ!触るな!!」
「なんじゃって!?」
「落ちるならまだしも刺されるのは嫌だあ!!」
「刺され…!?」





何かを言おうとしたモーゼスの声を遮り、
鋭い音を鳴らして地面から出てくる氷の柱。

それが何処に刺さったかは考えたくもなかったけど
モーゼスは酷く顔を歪めて、悲痛な叫び声を上げた。





「ケツに刺さった…ド畜生…」





ズルリと肩に触れていた手が落ちると共に、グラリと大きな体が傾く。

気が付けば私の体はモーゼスの影に覆われていて
嫌な予感がする、と思った時にはもう遅く。

やっぱり、私はモーゼスの巻き添えを喰らう事になったのだ。





「う、わッ…!?」





傾いていた体はズシンと倒れ、私はその体の下敷きになる。
背中から伝わるキィンとした氷の冷たさに、知らぬ間に涙が出てきた。





「ぎゃああ!せ、背中冷たっ…!」
「大丈夫ですか!?」
「今どかすから待ってろ!」
「ってわああ!動かないで!!」





そう叫んだ時には既にシャーリィの足は一歩前に動いていた。
セネルなんか勢い余って大股二、三歩分くらい移動している。

二人の動きに反応して氷の柱が再び姿を現した。

顔の真横から鋭い音を立て勢い良く飛び出した氷柱には
目を見開く私の姿が良く映っている。

顔に掛かる冷気にサアッと血の気が引く。
寒さと恐怖で心臓が凍りそうだ。





「危ない!怖い!助けて!!」
「あ、あぁ…!」
「って動くなよ!!」
「どっちだよ!」





混乱してか、セネルは物凄く大きな声で叫んでいるけど、
もっともっと混乱しているのは私の方だ。





「なるほど…」
「?」
「この部屋の床全部がトラップの起動スイッチになっていますね」





現状を丁寧に解説するジェイに首が取れるくらい強く頷く。





「ノーマが壁を蹴ったのが原因か?」
「えぇ、恐らく。皆さん、動かないで下さい」





かと言ってこのままにされると私の背中が凍傷しそうだ。
既にもう感覚がなくなってきている。





「ど、どうすればいいの…?」
「もう運しかないでしょう」
「運!?」
「自分に当たらないように祈るんですね」
「なっ…悪いのはモーゼスなのに!ってかいつまで上に乗ってんだアンタは!」





先程の一撃が相当痛かったのか、モーゼスは今になっても目を覚まさない。

ギャーギャー騒いでいればスッと視界の端で何かが動いた事に気付き、
視線を向ければ、そこには片足をゆっくりと上げているジェイの姿があった。

普段の私なら気付かないジェイの小さな動作も
自分の命が懸かっているのなら見逃す事はない。





「その上げた足どうするの…?」
「だから運だと言ったでしょう」
「お、下ろすの…?」
「ええ、トラップを発動させます。見た感じ氷柱が二本一気に出る事はないみたいですし」
「わ…私は…?」





不安に涙を浮かべ答えを待つ私に、ジェイはニッコリと胡散臭い笑顔を向ける。





「氷柱は一度に一本しか出ません」
「う、うん…それさっき、聞いた」
「一本出てる間にその馬鹿山賊をどかして奥の部屋まで行って下さい」
「…もしその一本が私に当たったら?」
「…」





その笑顔が不安だよ。

ジェイが底抜けに明るい笑顔を見せていると時は、絶対に良い事を言わない。
いつも人を絶望に叩きつけるような、そんな言葉を言う。

例えばそう。





「その時は、さようなら」





…こんな風に。

勢い良く下ろされるジェイの足。
わあ、細いな、何て思う余裕もなく。





「ッ…!!」





力いっぱいモーゼスをどかして、奥の部屋へと走る。
どかす、と言うよりは吹き飛ばす、が正解だっただろう。

氷柱は部屋の隅、私達から遠い場所に出て、幸いモーゼスに突き刺さる事もなかった。

でも確実に寿命は縮んだ。





「ッハア、ハア…!」
「良く出来ました」
「し、信じられない…!もう少し心臓を労わった方法考えてよ…!」
「終わり良ければ全て良し、でしょう?」





ぺたりと腰を抜かす私の肩に手を置くと
ジェイは小悪魔な笑顔を浮かべて私の横を通り過ぎる。

もし近い内に死んだら、絶対ジェイのせいにしてやる。

そう心に誓い私は目の前の少年を睨みながら前に進んだ。





「…ワルターさんがいれば飛んで助けてくれたんですけどね」
「は…?」
「こんな方法しか思い付かなくてすみませんでした」





ぶすっとした子供みたいな声。
嫌味だろうが拗ねてるだけであろうが素直に謝られた事が一番驚いた。





「…ジェイは同情の技を覚えた、かしこさが2上がった」
「止めて下さい、ゲームじゃないんですから」
「…うん、そうだった」
「…?」





あはは、と笑う私を見てジェイは眉を顰める。
笑われた事が相当気に食わないのか、いつもよりも大きく舌打ちをした。





「ありがと、ジェイ」
「…どういたしまして」





ふいっと反らされた顔の意味を知っているから、素っ気ない態度でも嬉しくなる。





「ほら、モーゼスも行こ!」
!」
「わ、」





てっきり復活していないと思っていたけど、モーゼスは既に元気いっぱいみたいだ。
ガバリと言葉通り私に覆いかぶさると、お構いなしに握力を強める。





「寒いじゃろ!冷たいじゃろ!いつからそげな冷酷娘になったんじゃ!」
「な、なってないよ!」
「って何じゃワレ、背中濡れてんぞ」
「誰のせいだっつの…!」
「ビッチャビチャの服なんぞ着ちょったら風邪引くぞ」





あ、それジェイと初めて会った時も言われた。
確かあの時は皺一つないハンカチで拭いてもらったんだっけ。





「別に平気―――…」





懐かしい、と笑う私の声は何かの音に遮られる。

何で、視界に自分の服の端が映っているのだろう。
何で、腹が冷たいんだろう。

…何で、私脱がされてるんだろう。





「ッギャアアア!!」
「なっ…何してるんですか!」
「うわああ!寒い!冷たい!腹に触るな!!」
「裸同士のがあったまるんじゃぞ」
「知るか!寒いよ!!」
「ええからほら、バンザイしい」
「止めっ…へんた…!!」





自分が拳を突き出すより早く、顔の横を通り過ぎる誰かの拳。

私の手と然程変わらない大きさの拳は
モーゼスの顔に減り込み、酷い音を立て相手を吹き飛ばした。

拳が飛んできた方に目をやれば、ジェイが荒い息を零してモーゼスを睨んでいた。
余程寒いのか、普段白いジェイの耳たぶが真っ赤だ。





「どう言う神経してるんだこの人は…!」
「最悪…!これ以上冷えたらホント死ぬ…!」
「…」
「お腹壊したらモーゼスのせいだ…!」
「……」





今ならカイロの直貼りだって怖くない。
体に溜まっていた熱も、服を上げられた拍子に我先にと逃げていくし、本当に良い事ない。





「…気にするのはそっちですか」
「へ?」
「…何でもないです」





ジェイは大きな溜め息を吐き唇を噛むと、また体の向きを変えて奥へと向かう。





「あ、待って待って」
「別にゆっくり来たって構いませんよ」
「とか言いつつ一緒に居てくれるくせにー!」
「あんまりはしゃぐと滑りますよ」





「床、凍ってるんですから」、
そう言って歩むペースを落としてくれたのは気のせいじゃないと思う。

体は冷えて、指先を動かすのもやっとだけど
ジェイの優しさに心だけはぽかぽかだった。

何だか嬉しくて、どんなに注意されても浮かれてしまう。





「…最悪…」





壁を向いたまま立ち尽くす、ノーマの声にも気付かずに。










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修正:14/01/03