モニュメントの最深部に辿り着くと、そこには黒い霧を纏った魔物がいた。
ジワリジワリと溢れる霧は止む事を知らず、どんどんと膨れ上がり部屋全体を黒に染める。
「ここにも黒い霧の魔物が!?」
「何だってこんなとこにいんのよ!あたしの邪魔をするな〜!」
武器を構える数秒の間にも霧は蠢き変化を見せた。
膨れ上がったかと思えば一つの塊になり、また別の魔物に姿を変えたのだ。
驚く私達を尻目に濃度を増す霧は、まるで敵の強さを表しているかのようだった。
「また霧が魔物に!?」
「それに、どんどん大きくなっていきます…!」
「様子を観察する必要もない!一気に叩き潰すぞ!」
そう言って魔物に駆け出すセネル。
クロエとジェイは頷き後へ続いた。
「俺達も援護するぞ!」
「うん!」
張り切って返事をすれば、寒さに悴んでいた指はすんなりと動いた。
冷たい鉄の杖を握り直し、空いた手には短剣を持つ。
「あの霧…わたくし、知ってるような…」
でも、いざ短剣を投げようとすれば
背後にいるグリューネさんの声に止められた。
ううん、別に私が呼び止められた訳じゃない。
勝手に心がざわついて、体が固くなったのだ。
「グー姉さん!そんな事良いからブレスブレス!」
「そんな事…?そんな事かしら?もっと、何か大切な…」
気になって集中が出来ない。
「何かしら…」
グリューネさんの瞳は暴れる霧の魔物じゃなくて私を見ているような気がする。
そんな些細な事に慌てている自分の気持ちも、なんだかちぐはぐだ。
「思い出せそうで思い出せないわねぇ」
ほわほわと、グリューネさんの周りに花が飛ぶ。
これにはシャーリィもノーマも我慢出来ず肩の力をガク、と抜いた。
「恐るべしグー姉菌…」
「緊張感が一気に抜けていきます…」
「こ、後衛組しっかり!」
一瞬でも気を抜いた私が言うのもなんだけど、とりあえず、とエールを送る。
ノーマとシャーリィだけじゃない。
ウィルもグリューネさんの声が気になってか、らしくない凡ミスを繰り返している。
感染力の強さ、早さは相変わらずだ。
「でも思い出せないなら仕方ないわよねぇ」
「そ、そうですね」
「ならこうしちゃいましょう」
「こうするって、一体どう―――…」
「イラプション」
詠唱するには短すぎる、経った一秒の間。
グリューネさんが言葉を紡げば辺りを溶かす程のマグマが地面を割り噴き出てくる。
敵が纏う冷気を払いのけ、肉をも焼き尽くす威力。
焦げた臭いと、骨すら溶けた残骸を見てついつい言葉を失ってしまう。
これがあの、ほんわかしたグリューネさんから紡がれたブレスだなんて
正直我が目を疑った。
「…片付いたな」
「さ、さすがグリューネさん」
「そんなに褒めないで〜、ちゃん」
グリューネさんは自らの頬に手を当て、少し照れ臭そうに笑った。
大人の女性がこんなにも可愛く見えるなんて、これもグリューネさんの力だ。
「輝きの泉の時と同じでしたね」
「別の魔物に変身させるとは…」
マグマに呑まれ、姿形はなくなっていようとも
微かに残る黒い霧が私達の前を悠々と飛び回っている。
発生源はなくなったのに、未だ動き続ける霧は
それ本体に意思があるように見えた。
「…あ」
体がピク、と跳ねて無意識に声が出た。
霧が、ゆっくりとこっちに近付いている気がする。
危険は察知出来たけど、体は一歩も動こうとしない。
私の意思とあの子の意思が混ざり合って、まるで霧を受け入れるみたいに
その場でただじっと待つ。
「っ…う…!」
たった数秒だけど、激しい吐き気に襲われた。
口の奥が爛れたみたいに痛くなり、食道をズルズルと通る異物に呼吸が乱れる。
苦しくて苦しくて、ぎゅうっと目を閉じた。
「、ハア…」
吐き気が治まり、ゆっくりと目を開ける。
まだ完全に治ったとは言えないけど、悶え苦しむ程ではない。
さっきまでそこら中を漂っていた霧の粒は消えていた。
霧が消えれば、痛みが治まる。
逆に考えれば、いつも気分が悪くなるのは霧が見える時。
画面越しでは分からなかったけど、私の体は極端に霧に弱いみたいだ。
「さ〜て、エバーライトはどっこかな〜」
するりと私の横を通り過ぎ、ノーマは部屋の奥へと歩いていった。
どうやらさっきの事はバレていないみたい。
「ここ、何かある…」
「下手に手を出すなよ」
「素人じゃないから安心しなさいってば!ウィルっちってばしんぱいしょ〜」
ノーマの嫌味ったらしい言葉にウィルは溜め息を漏らし頭を抱えた。
「なるほどね〜…この奥か…」
ブツブツと言葉を漏らしながら、ノーマはゆっくりと歩き出す。
「これが、こっちで、それが、こう…ってことは、ここに…」
一定の距離を歩いた後、特定の箇所でしゃがみこみ
一度目を丸くすると瞳を輝かせ声を上げた。
「やっぱりあった!…いやいや、待ちなさいよ」
瞳は輝きを失い、再び真剣モードへと戻る。
「これは素人が陥りやすいフェイクね…」
「……あれ?」
ちょっと待って。
確か、この後って…。
「とすれば、この辺りにも…あった!ここを押せば…」
「ノーマ、慎重にな」
未来が分かっていると言うのに、どうして私はボサッと突っ立っているんだろう。
もっと別に、やる事がある。
「あたしが失敗するわけないじゃん!」
「言葉に説得力がないな」
「皆、用意は良い?いっくよ〜!」
高々と手を挙げたノーマの姿を見て、足は自然と動いていた。
ガラン、と杖を投げ捨てて、腕を力強く振り地を蹴って。
「えい!」
「ッノーマ!!」
掛け声と共に強くスイッチを押す彼女の名前を呼んで
躊躇もせずに私はノーマの体を突き飛ばした。
ファンファンと不安定な警報の音が部屋中に響く。
「いたっ!?」
それでも私の耳にはノーマの声がハッキリ聞こえた。
「ちょっと!何して―――…」
足元から溢れる冷気に、もう間に合わないと察した。
ブーツを破いて、鋭い何かが足の裏に刺さった。
それに気付いて、グラリと体が傾けば後はあっと言う間だった気がする。
キィン、と音を立て地から飛び出たいくつもの巨大な氷柱は
私の足を、腿を、腕を、肩を、脇腹を突き刺した。
岩程の太い氷柱に突き刺された体の痛みは鈍痛では済まされず
私を見て「え…?」の声を漏らした彼女に返事をしようとすれば血が顎を伝った。
「やだ…!?」
泣きそうな声。
私が一番聞きたくなかった声だ。
「!!?」
氷柱が消え、ドサリ、と音を立て落ちれば
あらゆる所から生温い液体が溢れ、気持ち悪くて顔を歪めた。
「!」
うっすらと開いている目に、ノーマが泣いている姿が映る。
一番、見たくなかった。
見たくない、と思っても目を閉じる事さえ出来ない。
「!ってば!!」
そんな声、出さないで。
私は、ノーマの苦しむ姿が見たくないから、助けたんだよ。
「!!」
「ッ…ヤバイ!ノーマ、離れろ!!」
「セネセネっ…!どうしよう、が!」
「良いから早くそこをどけ!」
…ねえ。
これ、気のせいで良いんだよね…。
何で、また警報が鳴り出してる訳。
「皆も手伝ってよ!あたしだけじゃを助けられない!!」
「も一緒に連れて来い!早く!!」
「う、うん…!」
ノーマの力じゃ私を抱きかかえる事なんて出来る訳ない。
くん、と腕を引っ張り、ノーマは私の体を引きずる。
床に残る血の線を見て、ノーマは一度目を見開き
「ごめんね」「すぐ助けるよ」と汗だくになりながら私に言葉を投げかけた。
「、待ってね…今、皆のとこに…!」
「ノーマさん!」
ジェイの焦っている声。
鈴の音が連なって聞こえる。
ジェイまで、こっちに来ている。
白い顔を、もっと白くして。
「早くこちらへ!またトラップが発動しています!」
「へ…?」
「ぼさっとするな!はや…く―――…」
氷の、鋭く冷たい、無情な音。
引っ張られていた手が、それを合図にしボトリと落ちた。
視界に映るのはノーマの泣き顔でも笑顔でもない。
それはどんな表情よりも見たくなかった
氷の柱に刺さり、背中を仰け反らせているノーマの姿だった。
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修正:14/01/03