ドサリ、と重い音が広間に響く。
閉じもせず、開きもしなかった目が、これでもかってぐらい見開かれる。
「ノー…マ…」
機能していなかった口が、ノーマの名前を呼んだ。
声が小さすぎたのかな。
ノーマが、返事をしてくれない。
ゆっくりと、もう動かないと思っていた体を起こす。
「っぅ…ノーマ…?」
「はぁはぁ…ック…!」
やっと返ってきたノーマの声は、私を絶望へと叩き落した。
そして気付いた。
地面に広がる血が、私の物だけじゃない事を。
「シャーリィはノーマを頼む!俺はを!」
「は、はい!」
視界に映るノーマは、ウィルの大きな体に隠される。
混乱した脳はノーマが消えたと錯覚し、心臓を五月蝿く鳴らした。
早く戻ってきて欲しくて、名前を叫び続ける。
だけど返事はない、その事実が余計に私を錯乱させた。
「ノーマ!!」
「、落ち着け!」
「ノーマ!ノーマッ!!…っぅ…あ…!」
口の中に血の味が広がる。
白い服が傷口から溢れた血で赤に染まった。
「とりあえず体を寝かせろ!今回復を…!」
「何でっ…やだよ!」
「ッ静かにしろ!」
「嫌だ!!」
肩に掛かるウィルの手を無理矢理解いて、今度は私がその肩を掴む。
ううん、掴むよりは寄り掛かるの方が正しかった。
「私なんか後で良い!」
「…!」
「早くノーマを治してあげてよ!!じゃなきゃノーマが…!」
「安心しろ、今シャーリィが…」
「早く!!」
叫んでいる間にも、ノーマの荒い息が耳に入る。
傷は塞がったにも関わらず、状態が治らないノーマを見て
シャーリィは驚き目を見開いて愕然としていた。
「私がやる!」
「落ち着け!お前の傷も治さなくては…!」
「どいて!!」
力が入らない腕でウィルの体を突き飛ばし
膝を着き、這いつくばりながら歩いていく。
一度は怯んだウィルだったけど、
すぐに立ち上がって前へと回り込み、再び私の肩を掴んだ。
肩を掴まれただけなのに倒れそうになる。
「どいてって言ってんだよ!!」
「熱くなるな、ノーマはもう大丈夫だ!」
「私が、私が治すんだ…!」
「止めろ!そんな状態でブレスなど…」
「出来る!…私は…!」
「私はノーマが困ってる時、ピンチな時、死にそうな時いつでも助けてあげられる!」
「だからノーマが死ぬなんて事、絶対にないんだから!!」
「ノーマを守るって約束した!!」
「…」
「だから行かなきゃ、…つ…はぁっ…!」
手に、力が入らない。
ズルリと手が滑り、ウィルのオレンジ色の服を赤く汚す。
「ウィルさん!全て治したはずなのにまだノーマさんが…!」
「どう言う事だ!?」
「やだ…ノーマ…、つぅ!?」
首を襲う衝撃。
グラリの傾いた体は抵抗も許されず、ウィルの胸に納まる。
「っ…ィ…!」
倒れる瞬間、瞳だけを動かして後ろを見れば
冷やりとした表情を浮かべ、手刀を作り私を見下すジェイの姿があった。
どうして、皆邪魔をするんだろう。
このままじゃ、ノーマが死んじゃうよ。
「ウィルさん、今の内にブレスを」
「、あぁ…」
「傷を治しても荒い息、痙攣が続く…どう見ても毒物の症状です」
「で、でも何をやっても治らないなんて…」
「かなり毒性が強い物ですね…皮膚に破片が刺さっていたりしませんか?」
「…ありました!ノーマさんの左腕に…!」
「さんの方は」
「…いや、ない…だが毒の症状は出ている」
「なら止血をして早くここから出ましょう。これ以上の処置は今の状態では出来ません」
意識が薄れていく中、ジェイの冷静な声が耳に届く。
「氷柱の破片は布に包んで持っていて下さい。毒物の鑑定に使えるはずです」
「分かった」
「モーゼスさん、ノーマさんをギートの背中に」
「オ、オウ」
「ん?」って気の抜けた返事が返ってくるまで、私は無意識に親友の名前を呼ぶ。
「…マ…ノーマ…」
頭では何も考えられなくなっても
視界が霞んで何も見えなくなっても
ただ無意識に、何回も、何度だって。
「はっ…ぁ…っ、ノーマ…!」
「…急ぎましょう」
重い体が宙に浮き、布が擦れる音がする。
ジェイの香水の香りで、一瞬だけ意識が戻った気がした。
無理矢理体を抱かれ、少し高くなった視界に入るのは
ギートの背中で揺られるノーマの姿。
辛そうに息をして、苦しそうに顔を歪めている。
そんなノーマを見たくなくて、ジェイの服に自分の顔を埋めた。
助けられなかったくせに、現実から逃げようとするなんて最低だ。
「う…あ、…守れ、なかった…!」
「…」
「約束、したのに…ッ…!」
ぎゅっと、ジェイの服を皺が付く程強く掴む。
怒りを吐き出し涙を零す自分の弱さに反吐が出そうになった。
心の何処かで、ジェイなら私を責めてくれると思い無意識に甘えていたのかもしれない。
だけどジェイは眉を顰めるだけで、怒りと悲しみが混ざったノイズをただ黙って聞いていた。
毒が回りすぎて、気持ち悪い。
もう、ノーマの名前を呼ぶ事も出来ない。
でも、気を失う前にちゃんと伝えたかった。
“約束、守れなくてごめん”って言いたかった。
結局私は、何一つ変えられないんだ。
喉を通る冷たい液体。
良薬は口に苦し、とは言うけど、さすがに苦すぎる、と顔を歪める。
数分後、体から毒が抜けた気がした。
体は怠くまだ意識も夢の中だけど
飲む前に比べれば気分は断然良くなっている。
「…」
「……」
「…っ…」
誰かが私を呼んでいる。
独特の愛称で私を呼ぶのはノーマしかいない。
「ごめん、ごめんねっ…」
どうして、謝るの?
謝るのは、私の方なのに。
「あたしが、もっと慎重にトラップ解除してればっ…」
違うよ。
私が分かってたのに、言うのを忘れてたから。
だから、全部私のせいだし、自業自得なんだ。
「…もう、やだよ…!」
ごめん。
嫌だなんて思わせているのは、私のせいだ。
「あたし、親友を傷付けてまで、こんな事したくないよ…!」
声が、震えている。
まるで泣いているみたいだ。
一人で泣かないで、って言いたいのに私は目を開ける事すら出来ない。
もしかしたらきっと、これも全部夢なのかもしれない。
ああ、きっと毒が見せる悪夢だ。
「もう、無理だよあたし…!!」
ならきっと、目を覚ました時にはノーマは笑顔で
「!」って元気いっぱいに私の名前を呼んで、ギュッてしてくれる。
私達流の挨拶をして、私達流にふざけ合って
二人じゃなきゃ出来ない事をたくさんやるんだ。
そう思いながら、私は今よりももっと深い眠りの中に堕ちていった。
「……」
小さく瞬きをし、ゆっくりと目を開ける。
さっきまでピクリとも動かなかった指が
ゆっくりとなら動かせるようになっていた。
きっとオルコットさんが私達の為に作ってくれた薬のお陰だろう。
何となくだけど、口の中がちょっと苦い。
「…」
静か過ぎる部屋。
皆は下で私達が目を覚ますのを待ってくれているのかな…?
オルコットさんにもお礼を言わなきゃいけないし、心配させた皆にも謝らなきゃ。
…ううん、私には皆より先に謝らなきゃいけない人がいる。
「…ノーマ…?」
か細く、彼女の名前を呼んだ。
だけど返事はどんなに待っても返って来ない。
弱く、髪が靡く。
頬に冷たい風を感じた。
揺れるカーテン。
開いた窓。
倒されている花瓶と、散らばった水の上に残る足跡。
「何で、窓が…ねぇ、ノーマ…?」
隣のベッドを摩ってみればシーツはまだ生暖かい。
人がいた形跡はあるのに、切り取られたようにその姿が見えない。
疑問の答えは、数々の証拠からすぐに導かれた。
「…何無茶してんの…!」
勢い良くベッドから駆け出せば、激しい頭痛と眩暈に襲われる。
飛び出そうとした窓の外が酷く歪んで見えた。
まだ完全に毒が抜けていない体がドクドク五月蝿く脈打つ。
不規則に体が跳ねる度に口から何がが出てきそうだった。
それでも一歩また一歩と進み、窓に足を掛けて下へと飛び降りる。
「ッう…!」
体はドサリと音を立て地面に激突する。
足から腰にかけて走る激痛に声が漏れた。
それでも、立たなきゃいけない理由が私にはある。
痛い。
…違う、こんなもの痛くない。
「今度こそ、助けるか、ら…!」
乱れた呼吸を整える暇も許さず、ただふらつく足を前へ進める。
地面を踏み締める度、ズキリと足首が痛んだ。
折れたのだろうか。
それでも、私は歩ける。
行き先は墓地。
大好きな、親友のいる場所へ。
自分の手から離れたストローは音も立てずに地へと落ちた。
震える手では何も掴めず、震える唇からは上手く言葉が出てこない。
目の前にいるヤツが怖いんじゃない。
ししょーに「エバーライトを探したくない」って言うのに迷いがある訳でもない。
目の前の女の言った言葉が信じられなくて
体が無意識に拒絶反応をとっている。
寒くもないのに指先が固まって、食い縛る歯がカタカタ揺れた。
「……嘘だよ、そんなの…」
やっと出てきた声は、あたしの声じゃないみたいだった。
何重にもなって響くあたしの声に、あたしの脳が揺れて、あたしの体が揺れた。
…―――現実を見よ、人の子よ。
「だって、は…あたしの事…!」
…―――ならば何故未来を知りながらも子に告げない。
…―――何故子の探している宝の在りかを、真っ先に子に告げないのだ。
そうだ、と言う心と違う、と言う心。
ごちゃごちゃで、ぐちゃぐちゃで、気分が悪い。
「…はきっと、夢を見てなくて…だから知らなくて…!」
…―――都合の良い解釈等しなくて良い。
…―――子は騙された。子は友の輪を切られた。
騙された…?
あたしが、誰に…?
「止めてよ!はそんな子じゃない!!」
…―――人の子よ、現実から目を背けるな。
…―――人は皆醜く、愚かで、小さな存在でしかない。
ふらついた足が、コツンと何かに当たった。
振り返れば、そこにはいつもあたしを助けてくれる人の名前が刻まれた石碑。
「やだ…ししょー、違うよね?あたしの親友はそんな事する子じゃ…!」
…―――我が身の為ならどんな者だろうと裏切る…それが人だ。
これは、ししょーの声なのかな。
…―――子は、子に騙された。
「…あた、しが…騙されてた…?」
もう、良く分からないや。
…―――真実を知りながらも、子を危険へ突き落とす。
「っ…」
…―――それは子にとって“親友”を呼べる程大切な者か。
「違う…そんなの…っそんなの…!」
…―――もう一度言おう、人の子よ。
…―――子は騙されたのだ。
誰か、嘘だって教えてよ。
「もう止めてよッ!!」
…そして離れた、繋いだ手。
Next→
...
修正:14/01/03