日の光に呼ばれ、意識が戻る。
眩しい、と目を細める事は出来るけど体は何処も動かない。

ドクドクと鳴る心臓。
吐きそうなぐらい気持ち悪い。





「いたぞ!あっちだ!!」





聞き覚えのある声が耳に届く。
多分、セネルの声。

ゆっくりと首を動かせば、隣にはノーマの姿。
苦しそうに顔を歪めるノーマからは、黒い霧が溢れている。

黄色と黒の混ざった気持ち悪い色。





「っ…」





見てるだけで気分が悪くなる。

お願い、消えてと願っても霧は止まる事を知らない。
黒が、闇が、ノーマを汚していくのが耐えられず涙が出そうだった。





「こんなとこにも、黒い霧が…!?」
「ッ!!」





名前を呼ばれたと同時、振り返るよりも先に体がグイッと引っ張られる。

優しい手のぬくもり、私の名前を呼ぶ焦った声。
そして視界に映る、日の光にキラキラと反射する金色の髪。





「返事をしろ!!」
「……」





「ワルター」、そう唇を動かしたはずなのに声が出ていない。

それどころか開いた口から瘴気が入り込み、私を中から貪っている。
毒の味なのか、霧の味なのか、とにかく気分が悪い。

皆が集まりだすと霧は徐々に姿を消し、数分経てば視界から完全になくなっていた。

跡形もなく消えた事にさえ気味悪さを覚えるけど
ひとまずの安全にホッと息を吐く…いや、吐いたつもりになった。





「…消えたな…」
「何だ、今の霧は…」
「はぁはぁ…ううぅっ!」





思い出したかのように呼吸を始めたノーマにクロエが慌てて駆け寄る。

その姿を見て、こんな辛い状況なのに良いなあと思った。
私にはノーマを心配する事も、近寄る権利ももうないのだ。





「毒の影響がまた出ていますね…早く薬を」
「あぁ!」





ザッとすぐ横で音がする。
ほんの少し視界を上げれば、褐色の手が見えた。





「ノーマにも薬を!」
「ああ、任せてくれ」
「っ…はぁ…!」
も早く!」
「…」





無言で一つ頷けば、セネルは小瓶を私の唇につける。
でろっとした、粉を溶かした液体みたいな物を飲まされ無意識に喉がグッと絞まった。

不味い、苦い、気持ち悪い…そんな気持ちが伝わったのか
誰よりも先にワルターが私の口を手でグッと塞ぐ。

それでも上手く飲み込めない。
喉が機能せず、ピクリとも動かない。





「…我慢しろ」
「んぐッ…!」





いつまでも口の中で薬を転がす私の喉を、ワルターはグッと親指で押した。

突然の痛みに瞳から涙が溢れたと同時
喉が大きく音を立てて薬を体内へと流す。





「ッ…グ、ンゥ…!」
「…」





薬が喉を通ったのを確認するとワルターは私の口から手を離し
私は彼の服をぎゅうっと掴んだまま、荒く息を吐き酸素を求めた。





「楽になったか?」
「ッ、はあ…」





あんなに五月蝿かった心臓の音が、凄く大人しくなる。
こんな薬を作れるオルコットさんって、本当に凄い。

…でも、何でだろう。
この薬、全然効いてない気がする。





「…はぁ…」
「よし、呼吸が落ち着いてきた」
「そっちも大丈夫そうだな」





クロエの体に寄り掛かるノーマの唇からは、すう、はあ、と規則正しい呼吸音がする。
私も大丈夫だよって言いたいけど、夜の事を思い出すと何も言えない。

私の具合が悪いのは、毒のせいでも瘴気のせいでもない。
自分自身に抱いている嫌悪感のせいだ。





「…何故無茶をした」





声に導かれるよう、ゆっくりと顔を上げる。

ワルターはいつも通り言葉を発したつもりなんだろうけど、いつもより眉間に皺が寄っている。
怒っているとは違う…何だか今にも泣きだしそうな顔。





「…守りたかった」
「守れていないだろう」
「…そうだね」





素っ気無い態度を取ると、ワルターは全てを理解し更に眉を顰める。

私の態度が分かりやすいのか、それともワルターの勘が鋭いのか
私達の間には妙な空気が流れた。





「…余り、心配させるな」
「じゃあついて来てくれれば良かったのに」





私の言葉を聞くとワルターは驚き目を見開いて、黙って目を伏せる。

もしかして、今のは禁句だったのかもしれない。
冷静に考えれば酷い事を言っている。

…こうやって知らない間に、私はノーマも傷付けていたんだ。





「ご、めん…」
「…いつものお前なら謝らない」
「ッ…」
「…安心しろ。俺は傷付けられてもお前からは離れない」





そう言って私の髪を撫でるワルターは、全てを見透かしているようだった。
それが何故だか怖くて、私は彼の体をグッと押し出す。

ノーマに言えなかった事、ノーマに言った事、ノーマに言われた事
ワルターと一緒にいると、口から溢れてしまいそうで怖い。

今の私は、誰かに甘えて良い立場じゃない。





「オイ…!」
「一人で、歩ける…」





体を起こし、墓地の出口へと足を向ければ
セネルに肩を貸してもらい、足を引きずり歩くノーマの姿が目に入る。

そんな姿を見て、枯れたと思った涙が再び溢れそうになった。

あれからお互い意識が途絶えて一言も話せていないけど
本当に私はノーマの親友じゃなくなっちゃったの?

いつもこうやって沈んだ時、私をぎゅっとして「!」って呼んでくれるノーマがいない。
大事だって分かってたのに、それを手放したのは私だ。















墓地から離れ、もうすぐ商店が並ぶ交差点に着くと言う所で
ノーマはセネルの手を払い自力で歩き出す。

フラフラと覚束ない足取りに仲間の皆は慌てて駆け寄り手を差し伸べた。





「ノーマ、無理をするな。私の肩に掴まれ」
「もう、良いよ…」
「何が良いんだよ。そんなフラフラしてるくせに」
「もう良いってば」
「良くないだろ」





同じ会話を何回も繰り返すセネルとノーマ。

セネルはやたらムキになってノーマに反論するけど
ノーマは声を荒げる事も、別の回答を口にする事もない。





「もう、エバーライトなんていいや」





ハア、と大きな溜め息を吐いたノーマの口からは信じられない言葉が飛び出した。

私は一度それを聞いているけど、皆は初めて耳にする。
誰もが驚き目を見開いて、言葉を発した張本人を見つめていた。





「ノーマ、お前…」
「もう止めにするの。エバーライトなんて、どうだっていいんだから」
「本気で、言ってるのか…?」





真意を問うセネルの言葉に、ノーマは考える暇もなくアッサリと頷いた。

たった一回、首を縦に振ると言う行為がどれだけ重たい事か
それを一番理解していたのはノーマだったはずなのに、ノーマは至極簡単にそれをやってのけたのだ。





「そんな…今まで頑張ってきたじゃないですか…!」
「やだなあ…頑張っちゃいないって」
「そんなの嘘だろ…ノーマの部屋にあったノート、見せてもらった」





セネルの言葉に、ノーマの指先がピクリと跳ねる。
そんな微かな反応を、皆はきっと気付いただろう。





「あははっ、そっか…ばれちゃったか…」
「驚きましたよ。文章を理解出来る程に古刻語を理解しているんですから」
「エバーライトを探し出す為に、ノーマは努力を積んでいたんだな…言葉では表現しきれない程の努力を」
「自分でもおかしいってくらい、勉強したからね」





笑いながらノーマは天を向く。





「眠い目を擦りながら、いつも古刻語の事ばっか考えた」

「一つ言葉が分かる度、嬉しくて泣きそうになった…ししょーに近づいてるって感じる事が出来たから」

「…けど全部、無駄だったんだよね…」





視線が地面に落ちる。

絶望を叩きつけられたみたいに、ガクリと力をなくし地面を見つめるノーマに
私は何も言えず自らの胸をぎゅうっと掴む。





「そんな事は…」





慰めのつもりで発したクロエの言葉が
ノーマの心の、一番触られたくない所まで深く突き刺さった。





「どれだけ勉強しても、どれだけ訳が正しくても、そんなの何の意味もない!」
「ッ…」
「分かったような事言わないでよ!!」





クロエは謝る事も出来ず、怒鳴り返す事も出来ず、ただ呆然と立ち尽くしていた。

驚き目を見開き、申し訳無さそうに顔を反らす仕草は
私がノーマに“親友をやめる”と言われた時に良く似ていただろう。





「エバーライトが存在しなければ、何も意味もない!勉強なんてやる必要なかったじゃん!」
「ノーマ…」
「どうせリッちゃんに頼めば、正しく訳せてもらえたんだしさぁ!」





普段こんなにも自分の感情を露にしないノーマだからこそ
皆はそんなノーマに何を言って良いか分からなくなる。





「色々な遺跡を回って調べた文章、全部リッちゃんに訳してもらえるのに!
 あたしはしなかった!しなかったんだよ!!」

「どうしてだと思う…!?
 自分の力でやり遂げたかったから?…そんなの全然違う!」

「…怖かったんだよ。答えを知るのが怖かっただけなんだよ!」





怖いなら、どうして私に答えを求めようとしたんだろう。

トラップの効果、エバーライトの居場所。
知るのが怖かったのに、どうして教えなかった事をあんなに怒ったんだろう。





「あたしの間違いを、間違いだって言われたくなかったんだよ!
 不安だったんだよ!本当の事を知るのが怖かったんだよ!!」

「信じてる物が、壊れてしまうのが怖かったんだよ!!
 エバーライトは存在しないって言われるのが怖かったんだよ!!」





「…だけは、信じてたのに」

「信じてる物が、壊れてしまうのが怖かったんだよ!!」





ああ、そうだ。
私が、もう一つの信じてる“者”を壊したんだ。

私が、ノーマの信じていた“親友”を壊しちゃったから。





「もう疲れちゃった。信じる事にも、頑張る事にも…」
「それで良いのか?」
「良いの、もうやめる…」
「ワレの根性はそんなもんと違うじゃろ!」
「今ここで諦めるくらいなら古刻語の解析何て出来なかったはずですよ」
「ノーマさん、本当にそれでいいんですか…?」
「っ良いって言ってるでしょ!!」





励ましているつもりが、逆にノーマを責める形となっている仲間達の言葉。
それでも諦めてほしくない、と仲間達は声を荒げるノーマの説得を試みる。

どんなに拒絶されても、それが仲間の在り方だった。
ただ黙っていただけの私は、本当に馬鹿だ。





「それでお前は後悔しないで生きていけるのか?大切な思い出を、大切なままにしておけるのか?」
「ッ…」
「過去を投げ捨てたくなるようなそんな後悔、悲惨なだけだぞ!」
「だから、ほっといてよ!」





セネルの言葉に耳を傾けようともせず、聞きたくないとノーマは声を張り上げる。





「あたしだって、不安になったりするんだよ!
 馬鹿みたいに騒いでるだけじゃ忘れられない事だってるんだから!!」

「だからって、もしここで諦めたらお前はに何て言うつもりなんだ!?」





セネルは何の戸惑いもなく私の名前を呼んだ。
私はそれにおかしいくらいに体を跳ねらせて、額に浮かぶ汗が頬を伝う。

不意にノーマと目が合い、私達はお互い驚き目を見開くと
どちらからとも言わずに視線を逸らした。

意識したくなかったのに、体はこんなにも素直に彼女を避ける。

そんな、すぐに忘れられる訳がない。
私は今でも、昨夜言われた事を全て繰り返す事が出来る。





はお前を助ける為に自分の体を傷付けたんだぞ!?」
「っ…」
「それが何でか分からないのかよ!お前にエバーライトを探して欲しいって思ってたからだぞ!」
「セネル、待って…!」
は自分が犠牲になってもお前に夢を叶えて欲しかったんだ!」





「それを無下にするのかお前は!?」





セネルの言葉に耳を塞ぎたくなったのはノーマじゃなくて私だ。

私もそう思ってた。
ノーマにエバーライトを見つけて欲しくて、自分に出来る事なら何でもやろうって思ってた。

それがノーマを傷付ける事も知らないで。





「っ五月蝿い!!」





私を庇うセネルの言葉を、ノーマは首を振って否定した。

声が裏返る事も、自らの声の大きさに眩暈がする事もお構いなしに
ノーマは鋭い瞳をセネルに向け、噛み締めた唇で言葉を吐き捨てる。





「セネセネは何も分かってないからそんな事言えるんでしょ!?」
「分かってないのはどっちだよ!?」





ノーマの言葉にセネルはカアッと熱を上げ、先程よりも大きな声を出す。

いつものように「やめなよ」と言う事も出来ない私に
この状況をどうにかする事なんて出来ない。





「別にあたしは助けてもらったとも思わないし、傷付けてごめんなんて言うつもりもない!!」
「何…!?」
「お節介も良い加減にしてよ!あたしがいつ嬉しいなんて言った!?」
「お前、どうしてそんな事…!」
「そんなの…!!」





背中を見ているだけで分かる。
セネルは今凄く怒っていて、ノーマを怒りと悲しみの混ざる目で見ているんだろうって。

だけど私はそんなセネルの背中に触れる事も出来ず
更に前から私を睨みつけ、指差すノーマに酷く怯える事しか出来なかった。





「あんな奴に言いたくないからに決まってるでしょ!?」





ドクドクと脈打つ心臓の音が気持ち悪い。
その音が脳を揺らし、そして言葉がリピートされる。


…―――あんな奴。


ノーマが私の事、そんな風に言うのは初めて聞いた。
完璧に嫌われてるじゃん、私。





「…」





苦しい、辛い、泣きたくなる。
氷柱に刺さった時よりも、毒が体を蝕んだ時よりも痛くて痛くて、堪らなかった。

私、きっとノーマの言葉だけでその内死ぬ。
大袈裟じゃなくて、それ程ノーマが私にとって大きな存在だったんだ。

それに今気付いたなんて、私は本当に馬鹿だ。





!?」





ドサリと地面に倒れこむ私にセネルは近寄り、そして軽く肩を揺さぶる。

視界にうっすらと映るノーマは酷く歪んだ表情で私を見ていた。

ざまあみろと思っているのかもしれない、もしかしたら笑いを堪えているのかも。
でも、心配してくれているなら嬉しいな、とこの状況でもまだ間抜けな事を考える。

もしそうなら、ノーマはそんな顔しなくても良いんだよ。
私が知ってた事、全部話さなかったのがいけないんだから。

悪いのは、私なんだから。





「ノーマ…」
「っ…!」





震える唇で、名前を呼ぶ。
たったそれだけの行為にノーマは肩を跳ねらせて、怯えているようだった。

私が名前を呼ぶ事すら、きっともう許される事じゃないんだ。





「ごめんね…」
「な、なにがよ…!」
「本当の事言わなかったのは、ノーマにちゃんとエバーライト探して欲しくて…」
「…」





沈黙が胸に刺さる。
今ノーマが何を考えているのか、私には分からない。

だけど、それでノーマの言いたい事が良く分かった気がした。

私も、昨日ノーマに問い詰められて黙ったんだ。
言ってくれなきゃ分からないって、そこまで言ってくれたノーマの前で。





「ノーマにちゃんと自分の力で探して欲しくて」
「……」
「でも、それも二の次だった」





微かに唇の端を持ち上げる私を見て、ノーマは驚き目を見開く。





「本当は、ノーマと一緒にエバーライト探ししたいなって思ってた」
「…え…?」
「初めから一緒には無理だったけど、せめて人喰い遺跡からは一緒にって…」
「…」
「だからトラップの事とか全部忘れて、ドキドキした気持ちで一緒に冒険したかったんだ」
「……」
「…でも、全部私の我侭だったって気付くのが遅かった」





困惑した表情を見せるノーマに、これ以上言葉を続けていいのか正直迷った。





「私も、怖かったんだ」

「私が本当の事を言って、変わっちゃう未来が怖かったんだ」

「だから全部忘れて、ノーマと一緒に歩きたかったんだよ…」





ノーマは両耳を塞ぎ「止めて」、と口にする。

拒絶されるのはこれで何回目だろう。
何回目であっても、体はこの痛みに慣れてくれない。





「そんなの聞いたって嬉しくないよ!!」
「…」
「もうと一緒に冒険はしない!エバーライト探しだって止めるんだから!」
「ノーマ…」
「ッ簡単に冒険とか言わないでよ!予知夢が見れるなら、あたしが何してきたかも分かるでしょ!?」





は古刻語どころかこっちの世界の文字も読めないじゃん!
 エバーライトの文献だって何一つ読んだ事ないじゃん!」

「ただついて来るのが冒険だなんて、ふざけるのも良い加減にしてよ!!」

「もういらないんだから!もエバーライトも、全部…全部いらないんだから!!」





ああ、やっぱり墓穴掘ってる。

私は思っている事を口にするしか出来ない、能の無い人間だ。
この場を和ませるような、言葉巧みな話術も持っていない。

だから本音を言って拒絶されたら、もう何も出来ないんだ。

せめてもう一度「ごめん」と言おう。
そう思い口を開いたと同時、ある人の声が私達の輪の中に入り込んだ。





「何じゃ…騒がしいと思ったら猿が泣き言を漏らしておったか」










Next→

...
修正:14/01/03