木の下で私達の話を盗み聞きしていたのか、
それともその場に偶然いただけなのか。

どちらにしろザマランさんは面倒臭そうに立ち上がると
呆然と立ち尽くす私達の前に姿を現す。

一番驚いていたのはノーマだった。
こんなに朝早く、人気のない街の中で自分の知り合いに会うとは思っていなかったのだろう。





「何じゃ…騒がしいと思ったら猿が泣き言を漏らしておったか」
「ッ初めから逃げ出したジジイに文句なんか言われたくない!!」





声を荒げ、腕を横に振り老人を睨むノーマの瞳には動揺が色濃く浮き出ている。
私達に責められた挙げ句、会いたくない人と会っちゃったんだから当たり前か。





「死ぬ前に夢から覚めたんじゃ」
「っ…」
「大馬鹿者のスヴェンより幾分かは利口だったようじゃの」
「ししょーを悪く言うな!」
「夢を諦めたお前がスヴェンの何を語るつもりじゃ?」





ザマランさんは全てを悟ったかのように真っ直ぐノーマを見ている。
何も移らない視界で、ノーマの葛藤や動揺を全て見透かしていた。





「ひたすらに夢だけを信じた男の、何を語るつもりじゃ?」
「…」
「スヴェンを語る資格が、お前にはもうないじゃろうて」
「あたしは…あたしは…!」





拳を握り唇を噛み締めるノーマ。
白く変色するノーマの爪が気持ちを抑える限界を教えていた。





「エバーライトなど所詮夢物語に過ぎん。探求する対象には成り得ん」
「…!」
「絵に描いたパンは食えんのじゃよ」





そう言ってザマランさんは人を馬鹿にするような溜め息を吐いた。
わざとらしく零された大きな溜め息にノーマはピクンと体を跳ねらせ眉を顰める。

言いすぎです、と庇おうとしたシャーリィの言葉すらノーマは跳ね除けて
これでもかってぐらいに大きな声を上げた。





「ししょーだけは、ししょーの夢だけは…それだけはちゃんとあるんだから!」





ザマランさんを睨むノーマの瞳に負の感情はなく
その目には間違いようのない強い意思が表れていた。





「絵に描いたパンだなんて言わせない!あたしが証明してやるわよ!!」





ザマランさんを指差し、街の外へと駆けていくノーマには
私達の姿なんて映っていなかった。

あるはずのエバーライトだけを見つめ、一直線に走るノーマは私が大好きなノーマの姿なのに
何故だか胸のもやもやは晴れてくれない。

手を伸ばし、ノーマ名前を呼ぶ仲間達の声すらも無視し、
呆然と立ち尽くしている間にノーマは私達の視界から姿を消した。





「世話のかかるやっちゃな!」
「追いましょう!」
「シャンドル、ジェイ、私も行く!」





モーゼスとジェイ、クロエは消えたノーマの姿を追う。

慌ただしい出来事から一点、残された私達の間には無音の世界が広がり
早朝の街はいつもの静けさを取り戻す。





「…ノーマの扱いに慣れてますな」
「いやいや、ワシは駄目じゃ。止めに来たつもりが、尻を叩いてしもうた」
「それはわざとでしょう?」





フォッフォッ、と笑って見せるザマランさんに
ウィルは鋭い観察力を見せ付ける。

口を開いたまま天を見上げるザマランさんは
ふう、と溜め息を吐くと手に持つ杖を握り直した。

ノーマがいる時とは違う、長い人生の中自然と身についた落ち着きだった。





「ノーマの頑張りを貴方が認めてあげれば、この場ですんなりと諦めたはずです」
「…」
「良くやったと言ってあげれば、羽を休ませる事を選んだでしょう」
「…そうじゃな」
「それがノーマの為になるとは思えませんがね」





フッと笑ったウィルにつられ、ザマランさんも口の端を持ち上げる。





「…あの子には、ワシやスヴェンのように傷付いて欲しくはないんじゃよ」





ノーマの前では頑なに隠していた、意地っ張りな優しさ。





「その眼、もしかして…」
「遺跡の調査中、事故が合ってのう。それで光を失った」
「それじゃあ、スヴェンさんも…」
「エバーライトの探索から戻ってこんかった」





ウィルとシャーリィの質問に、ザマランさんは淡々と答える…いや、淡々としたように答えてみせた。
光を失った目をうっすらを開け、風が吹く方角を向き天を見上げる。





「ワシが遺跡船に来たのはノーマを連れ帰る為じゃったんじゃ」

「じゃが、心配だの一言が中々口から出なくてのう…」

「気が付けば売り言葉に買い言葉じゃ…」





フッと自らを責めるよう嘲笑うザマランさんは
私なんかよりもずっと、ずっとノーマを見ていた。

一緒に夢を追えない、一緒に笑えない位置にいようと
ノーマが危ない目に合っているのなら、駆け付ける強さを持っていたんだ。





「…ノーマの姿に戸惑ったのかもしれん」
「…?」
「遺跡船に来て、本当に驚いたわい…まるで昔のスヴェンのようじゃった」





「ひたすらに夢を信じ、前に向かって突き進む姿を見て
 嬉しくも悲しく、怒りを覚えるも羨ましく感じた」





「ノーマはいつだってあんなだった」、
そう紡いだセネルの言葉を聞いてザマランさんは小さく笑みを零す。

それこそがノーマであると、ザマランさんも理解しているようだった。





「“危険を恐れていては、真実に近付く事は出来ない”」

「…スヴェンにそう教えたのはワシじゃったはずなのに
 いつの間にか保身に走り、道を失っていたようじゃ」





「光を失い歳を取り、臆病になったのかもしれん」、そう言っザマランさんは
私がいるであろう位置を気配だけで感じ取り、真っ直ぐにこっちを向いた。





さん…じゃったかな」
「…で、良いです」
「…よ」





優しくも厳しい声で私を呼ぶザマランさん。
これがきっと、威厳と言うものだ。





「ノーマと喧嘩でもしたのかな?」
「…へ…?」
「先程の様子じゃ、そうとしか思えんかったがのう」
「…」
「ワシのお小言からも守るんじゃなかったのかな」





きっと、さっきの会話を聞いていたんだ。
ううん、聞いてなくてもザマランさんならそれを察知するくらい出来る。





「…した」
「ふむ…」
「…」
「…そんなお前さんに、一つ話でもしようかのう」
「…?」
「独り言じゃ…嫌なら聞かなくても良い」





反射的に首を横に振る私にザマランさんは「素直じゃ」と微笑む。





「ノーマが大陸にいた頃、学校に仲の良い友達がおってのう」
「…」
「親友…じゃったかは分からんが、いつも一緒にいたわい」





ノーマは私に大陸にいた頃の話をしてくれた事がなかった。
いや、私が全てを知っていると勘違いし聞かなかっただけだ。

私はノーマと言う人間の人生を、一部分切り取って見ていただけに過ぎないのに。





「だが、その子は金持ちのお嬢様じゃった」
「…」
「体も弱くて、親も心配性でのう…学校で具合を悪くした時はそりゃもう大変じゃった」
「…もっとちゃんと気を遣って下さいって…?」
「そんな感じじゃ」





なんて理不尽な、そう言ってみせたかったのに
ザマランさんが笑顔で語り続けるから苛立ちもすうっと消えていく。





「ノーマはスヴェンに学費を払ってもらい、学校に通っていた」
「うん、聞いた…」
「その子の両親は頭も固い…金の持っていない子は全て悪い奴だと勘違いしておる」
「…」
「じゃからノーマと自分の子が仲良くしているのを見ると、それを無理矢理引き離しておった」
「そんなの…」





その子だって、本当はノーマと一緒にいたかったはずなのに。
今の私と同じ気持ちだったはずなのに。

信じられない。
きっと私が親にそんな事をされていたら、怒りに任せ暴れているだろう。

友達を選ぶのに地位も名誉も、貧乏も金持ちも関係ないのに。





よ」
「あ、はい…」
「お主はノーマと何か約束をしてたんじゃなかったかのう?」
「…守るって約束した…」
「その約束を、今も破らず守っているのかね?」
「…ううん」





「出来なかった…」





言葉にすれば、無力な自分が良く分かる。

ザマランさんは私を責めるだろうか。
それとも慰めてくれるのだろうか。

きっと、答えは前者だろう。





「そうか…では一つ、お主にノーマの夢を教えてやろう」
「ゆ、め…?」
「そうじゃ、大陸にいた頃のノーマの夢じゃ。エバーライトの事ではないぞ?」





カツ、カツ、と杖を突きザマランさんは私の目の前で止まった。
何の合図も出していないのに、私がここにいる事を分かっていたように。





「“大好きな友達と一緒に、冒険をしたい”」





ザマランさんはそう言って笑った。
私はそれを聞いて、驚き目を見開く事しか出来なかった。





「病弱だったその子と一緒に外へ出たかったんじゃろう…だが、その願いは今も叶っておらん」





シワシワの手が私の頬を摩る。
温かい、全てを包み込んでくれる優しさ。

瞬間、胸がジィンと熱くなって我慢していたものが溢れそうになった。





「…でも、それって私の事じゃなくて…」
「大陸の友達なのでは、と言いたいのかね?ノーマはそんな事一言も言っておらんかったがのう」
「…っ…」
「大好きな友達と、と言ったんじゃ」





「それは今のノーマにとって、一体誰の事なのかな?」





ああ、もう。
不意打ちにも程がある。

こんな事を聞いて私が泣かない訳ないのに、ザマランさんは意地悪だ。

拭いても、隠しても、涙はどんどんと溢れてくる。
ザマランさんは私の嗚咽を聞いて笑っていた。





「約束を破ってしまったのなら、償いにでも下らない夢を叶えてやるんじゃな」
「っでも、私はもうノーマの大好きな友達じゃない…!」
「ならもう一度なればいいだけの話じゃろ」
「っ…」
「…あの馬鹿タレを、よろしく頼んだ」





もうザマランさんの顔を見る事も出来ない。
だけど私は何度も何度も頷いた。

こんな凄い人に背中を押されたんだ。
もっと、もっと勇気を出さなきゃ。


…ううん、背中を押されたからとか、そうじゃない。


私にとって、ノーマは大好きな友達で
私が、ノーマと離れたくないんだ。





「シャボン娘が街の中におらん…って…」
・…?」





ノーマを探しに出た三人が戻って来た。

泣いている私を見て、どうしたんだと言いたそうな顔。
ジェイに至っては「またか」と言わんばかりに溜め息を吐いている。





「何かあったんか…?」





そっと私の涙を拭うモーゼスの言葉に、ただただ首を横に振る。
今喋ると、言葉が全部嗚咽になっちゃって自分でも訳が分からなくなりそうだから。

しばらくし、涙を溜めながら笑顔を見せた。
するとそこにいる誰もがホッと安堵の息を漏らす。





「おそらくノーマは水晶の森じゃ」

「水晶の森…?」

「スヴェンはエバーライトに対する一つの答えを出しておった。
 あやつが最後に向かい戻って来なかったのが水晶の森なんじゃ」

「私達がノーマに始めて出会ったのも水晶の森だったな」

「さてはあの時も調査をしていたのか…」





走り回り、蜘蛛に追い掛け回されてまで
ノーマが諦めずに探し出そうとしていたもの。

あの時私達にノーマは笑顔を見せ元気を振りまいていたけど
その裏にも、たくさんの努力が隠されていたんだ。





「いくら他の所を回っても、結局はあの場所へ回帰するはずじゃ」





ザマランさんはそう言うと深く深く頭を下げた。





「どうか、あの子を頼む」





私はそんな姿を、頭を上げて下さいとも言わずに見つめていた。
私も、ノーマの為なら迷わず頭を下げるだろうと思ったから。





、お前さんには既に別の事を頼んでおる」
「…」
「どっちも疎かにならぬよう、頑張るんじゃな」
「…うん!」





そう言って私はザマランさんにぎゅっと抱きついた。

突然の事に驚くかな、と思ったけど
ザマランさんはこうなる事を予測していたようで、ビクともせずにやれやれと笑う。





「よし、すぐに向かおう!」
「あぁ、行くぞ!」





ウィルとセネルの言葉に皆は強く頷いた。
そしてザマランさんに一礼し、早速と街の外へと駆け出す。

私はザマランさんへ思いっきり手を振った。

意味がない事かもしれないけど、ザマランさんは私が手を振り終えるまでずっと笑っていてくれた。
まるで私が手を振っている事を見ているように。


色々、考えた。


ノーマと喧嘩しても、ノーマに“親友じゃない”と、“あんな奴”と言われても
私にとってノーマはかけがえのない人で、嫌われていようと私は変わらず大好きなんだ。

ノーマは私の気持ちを怒るかな。
そしてまた、嫌な言葉を私に向けるかな。

でも、もうどんな事をされても絶対に負けない。

どんなに嫌な事を言われても、私はその倍ノーマに好きって伝える。
ノーマが分かってくれるまで、ずっと。





「ノーマ!覚悟してろよー!」





青く透き通った空を見上げ、大きく息を吸う。
もしかしたらこの空を通じてノーマに伝わるかな、と高い空へ言葉を投げた。










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修正:14/01/03