水晶の森。
ここに来るのは久しぶりだ。

だけど何一つ変わっていない。

水晶は日の光を受けキラキラと輝き、それを妨げるものはない。





「落ちそう…」
「それ、初めて来た時も行ってたな」
「あは、そうだね!それで…」
「……それで?」





「セネルが、こうしてくれた」





きゅうって、セネルの手を握る。
セネルの瞳には、ふんわり笑う私が映っていた。





「良く覚えてたな、なのに」
「『勘違いされるよ?』って言ったらセネルが顔真っ赤にしてね!」
「そこは忘れろよ…」
「可愛かったなー!初々しいのなんのって!」





声を出して笑う私の横、セネルは額に手を当て「止めてくれ」と言う。
照れ屋なのは相変わらずみたいだ。





「……良いよ」
「へ?」
「今なら別に、勘違いされても」





「だから、繋ごう」





そう言ってセネルは一度手を離すと
指と指を丁寧に絡めて、決して離れないようクン、と力を入れた。





「毒の事も、心配だし…な」
「…」
「、…」
「……」
「ッ頼むから急に黙るな…」
「え、いや、さっきのどう言う意味かなって考えてて…」
「良いから気にするな!」





あ、また顔を真っ赤にしている。
もうどうして良いか分からず眉も上がったり下がったり。





「セネルはやっぱ変わってないね!」
「俺は変わったよ」
「どこが?」
「…気持ちとかが」
「そっか!今はシャーリィじゃなくてノーマを助ける気持ちで来たんだもんね!」
「いや、そうじゃ…あーもう良い…」





頭を抱え、大きな溜め息を吐き
セネルは「行くぞ」とさっきよりも強く私を引っ張る。

言われなくてもそのつもりだ。
早くノーマに追いつかないと。










「どうじゃ?シャボン娘の匂いはするか?」
「アウッ!」
「ヨッシャ!当たりのようじゃな」





ギートの自信たっぷりな返事に皆は胸を撫で下ろす。
だけど、居場所が当たっていたからと言って安心は出来ない。

むしろ合っているのは当たり前だと思わなければいけないのだ。





「毒の事が心配だ。急いでノーマを探そう」





繋いでいる手に力が入る。

本当はノーマの為に走り出したいはずなのに
セネルは私に歩調を合わせ、ゆっくりと歩いてくれる。

迷惑を掛けている、それだけで申し訳無い。
でも落ち込んでいる暇はないとキッと強く前を向き、今出来る自分の速度で歩を進めた。










しばらく歩くと、体がずしっと重くなった。

何かに押さえ込まれたみたいな、息苦しさを感じる。
段々と毒の症状がぶり返しているのが嫌でも分かった。

早くなる鼓動とゆっくり動く視界。
下がる体温、それとは正反対に噴き出てくる汗。

もしかしたら、ノーマも今私と同じ状態なのかもしれない。
薬と飲んだタイミングが同じなんだから、きっとそうだ。

なら、早く進まないと。





「どうじゃ?シャボン娘はここを通ったか?」





モーゼスの言葉に頷きながら、ギートは「クゥン」と頼りなく鳴く。
モーゼスはギートの返事に「ほおか…」と言ってこちらへと振り向いた。





「まだ先のようじゃの…」
「…っつ…!」
…!」





グラリと傾いた体は、繋がれた手の方へ倒れ込む。
ドン、と音を立てぶつかる私にセネルは驚き目を見開いて数歩よろけた。

また、迷惑掛けてる。
離れなきゃ、って思ってるのに体が動かない。





「大丈夫か!?」
「ごめ…すぐ、離れる…!」
「馬鹿言うな!じっとしろ!」





引こうとした体を無理矢理引き寄せ、セネルは私を横にする。

半身が水晶に触れ、冷たい感触に体がピクリと跳ねた。
それを合図にしたみたいに体の中で何かが這って、気が付けば苦痛に声を漏らしている。





「クソッ…毒か…!」
さん、薬です!」





パタパタと音を立て近寄るシャーリィの手には確かに薬が載っている。

でも、私が前飲んだ薬とは違う。
いや、元々はこれが薬の正しい姿なのだろう。





さん…?」
「ほら、早く!」





固まる私を不思議そうに見つめるシャーリィと
荒っぽい声を上げて私の背中を支えるセネル。

薄い紙の上に白い粉。
匂いもない、普通の粉薬。

でも私は、それが一番許せないのだ。





「わ、たし…」
「…?」
「…こな…きらい……」





今ある力全てでシャーリィの手をズイッと押し出す。

丸いシャーリィの瞳が宝石みたいで綺麗だなと思う反面
ああ、これは絶対に呆れられてると感じた。

元々薬自体飲むのが苦手で、固形の大きい物だと飲み込むのも精一杯なのだ。
それでも健康過ぎるくらいだった私は薬を飲む機会なんてほとんどなく、大して気にしていなかった。

薬なんて飲まなくても大丈夫、だから私は飲まない。
これはある種プライドだ。





「でも飲まないと体が…!」
「大丈夫、動ける…毒も、全然、痛くないし…」





再度、と薬を差し出すシャーリィの手を見てふいっと顔を反らす。

シャーリィは自分を拒絶されたと勘違いし、酷く悲しそうな顔をしている。
だけど悲しい顔をしたいのは私だ。

シャーリィが無理強いしない優しい性格だと知っている分、
このまま我慢してれば薬なんか飲まなくて済むと私はひたすらに顔を反らし続けた。

よし、と心の中でガッツポーズをすると、突如ガッと顎を掴まれ顔を無理に持ち上げられる。
何事かと驚く私の目にはジェイ、そしてジェイの手には白い粉。





「子供じゃないんですから、早く飲んで下さいよ…!」
「ちょ、やだ…私ずっと毒でも良いよ…!」
「冗談言わないで下さい…!ほら!」





異性の前でガッツリ大口を開けている事よりも
薬が口の中に入っていく方が嫌だった。

だけどその思いも虚しく、口内にサアアッと音を立て薬が入ってくる。





「んが…!」





吐き出そうと下を向こうとした瞬間、私の顎を掴むジェイの手に力が入る。
その小さな手の何処からそんな力が出るのだろうかと不思議に思うくらい。





さん、頑張って下さい…!」
「そうじゃ!なら出来るはずじゃ!」
「もう飲んだ事がある物だろう!三度目ぐらい我慢しろ!」





シャーリィとモーゼスとウィルの応援は、私の耳には入らない。





「んあーッ!」
「奇声を発する元気があるなら早く飲み込んで下さい」
「う、ぐ…!」
「泣いたって止めませんからね…ほら」





もう飲むか死ぬかの二択だ。

私だって、飲めるものなら飲みたい。
だけど粉の薬を水もなしに飲むなんて、薬が苦手な私にとっては苦行そのものだ。

正に拷問、そう思っている間もジェイはギチギチと音が鳴るくらいに私の顎を掴んで
悪魔のようにニッコリと笑い、そして私はその笑顔の真意に気付くのだった。

ジェイは私が我侭を言って薬を飲まない事に苛立ちを感じていた。
早く進みたいのに進めない事と、この歳にもなって薬も満足に飲めない事に、だ。

でも間違いなくこの笑顔は、私を苛めて楽しんでいる笑顔だ。

誰か…ノーマ、助けて。















「…ん〜?」





何か、誰かの声が聞こえたような気がする。
ギャーギャー騒ぐ声とか、女の子の悲鳴とか。

悲鳴が聞こえたって事は、助けが欲しい状況にいるって事なのかな。
って冗談、こっちが助けて欲しいぐらいだし。





「な〜んか、手足が痺れてきたし…まだ毒が残ってんのかな」





独り言に返事はない。
それでも気を紛らわす事くらいは出来るかなと思いブツブツと呟く。

一人で旅してたんだ、返事がない事くらい慣れっこだ。





「あ〜体だるい、だるすぎる〜」





歩くのも辛くなって、ペタンとその場に腰を落とした。

ヒンヤリとした水晶が熱を持った足を冷やす。
少しは楽になるかなと思ったけど、さすがにそこまでの効果はない。





「辛いよ、きついよ、泣きそうだよ〜…」





溜め息を吐き、頭の中を空にしてみる。
何事も考えすぎるとダメだって言うし、とにかく痛みを忘れようと深く息を吸った。

真っ白になった脳裏を横切ったのは、の悲しそうな表情だった。





「て、ちょっと待った…何でこんな時になのよ…!」





ブンブンと勢い良く頭を振ると、グラグラと視界が揺れる。

何度も何度も頭の中を真っ白にしてみても
浮かんでくるのはとか、とか、ばっか。





「本当は、ノーマと一緒にエバーライト探ししたいなって思ってた」

「…」

「だからトラップの事とか全部忘れて、ドキドキした気持ちで一緒に冒険したかったんだ」

「…そんな事言ったって、どうせ一緒に出来る訳ないじゃん…あの子みたいに」





一瞬だけの姿が大陸にいた時の友達と重なった。

もう、あんな馬鹿げた夢は止める。
どうせ願ったって何も叶いやしないんだ。


あたしは一人でエバーライト探索して、一人で喜ぶんだ。


もう仲良い友達と冒険したいだなんて思ってない。
あの頃のあたしは子供だった、大人になったあたしは一人でも大丈夫。





「もうあんな奴の事なんか考えるもんか…」





グッと体を持ち上げて、ズルズルと足を引き摺り歩を進める。

でも進んでいる気がしない。
何か視界がぼやーってして、水色一色に見える。





「あ〜まじでしんど…これで死んだら、かっこ悪いよね〜…」





、あたしが死んだら馬鹿だって言って笑うのかな。
自業自得、とか言ってゲラゲラお腹抱えてさ。

…それとも泣いてくれるのかな。





「…ってだから!も〜やめろ〜!」





とにかく今はエバーライト、と辺りに怪しい物がないか調べる。
もうここしかないんだから、絶対ここになきゃいけないんだ。





「…!」





視界がぼやけていて正解だったかもしれない。

水色の景色の中に、何だか他よりも薄い水色が見える。
水色、と言うよりはほぼ白に近い色だ。

ゆっくりと近付きそっと触ってみる。
水晶と言う事に変わりはないけど、叩いた時の軽い音は、中が空洞な証拠だ。





「光に反射して中が良く見えない…」





何回も何回も角度を変えてその水晶を見る。
キラキラと光る水晶があたしの影に覆われ輝きを失くした時、奥に続く道が見えた。





「…あたり、かな…」





ガタガタと震える手で懐からストローを取り出す。

ドクドクと鳴る心臓の音で集中力はブレブレだったけど
あたしは一気に詠唱を終わらせて、水晶を粉々にした。





「よっしゃ!やったよ―――…」





振り返り、名前を呼んでも誰もいない。
ここにはあたし一人だけ。

ハッとした時、シンと冷えた空気に何だか寂しさを感じた。
一人ってこんなに静かだったっけって思うくらいに。





「…も〜…」





道を見つけ、嬉々とした気持ちもすぐに消えて気分は最悪。
ついでに言うと体調も最悪。





「…困ったなぁ…」





がいないだけでこんなに変わるわけ?
恋しちゃってんじゃないのあたし?





「…いやいや、まさかね」





女なんてごめんだし、男だっていらないし。

…違う、きっと性別じゃない。

やっぱし、あたしにとっては本当にししょーみたいな人で
かけがえのない存在だったんだ。





「馬鹿じゃん、あたし…」





あの時、どうかしてた。

実際、に向かって言った暴言はほとんど覚えてない。
あ、今仲直りしたいってちょっと思ったかも。

そんなの、全部全部遅いよ。





「…仲直り、出来ないかな…」





気が付けば、ゆっくりを歩を進めている自分がいた。
さっきまで動かなかった足が、また動かせるようになってる。

きっと足じゃなくて、違う事に神経が向いているからだろう。





「でも、あたし、仲直りの仕方って良く知らないんだよな〜…」





ぽろっと零れた本音。

もしこの本音をが予知夢で聞いてくれていたらなんて
実に都合の良い事を考えてしまう。

本当、身勝手なのはあたしの方だ。





も、きっとあたしの事もう好きじゃないよね…」





辿り着いた結論にガクリと肩を落とす。





「…もう良い、か…」





どうにでもなれっての。
別にがいなくたって、どうって事ないって。

そう、何回も言い聞かせる。
心と体がちぐはぐにならないように、何度も何度もだ。





「とりあえず…今はエバーライトだよね」





再び歩を進めた瞬間、ガクリと体が下がった。

全身の力が抜けて、世界がぐるりと回って。
気が付けば体が傾いて水晶に倒れこんでいて。





「あ〜やば…毒のせい…?」





何処にも力が入らず、立ち上がる事も出来ない。
ちょっと喋りすぎたかな、と心の中で自分を笑う。





「…だ〜も〜…しっかりしろ自分〜…」





硬くなる唇。
ゆっくりと落ちる目蓋。

何だか暖かくて、眠たくなる。

こんな綺麗な森で一生を終えるのも良いかも。
このまま眠って心地良く逝ってしまおうか。





「私はノーマが困ってる時、ピンチな時、死にそうな時いつでも助けてあげられる!」

「だからノーマが死ぬなんて事、絶対にないんだから!!」





「…守ってくれるって、言ったじゃん…」





全部あたしが招いた災厄。
なのにそれを誰かのせいにするあたし。

ああ、やっぱり一番馬鹿なのはあたしだった。
そう思いながらクスリと嘲笑を零し、あたしはゆっくりと意識を絶った。










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修正:14/01/03