粉薬なんて嫌いだ。
ザラザラしてて喉に詰まるし、水を使っても粒が残って気持ち悪い。
あーそうだ、今凄い気持ち悪い。
毒になってた方がまだマシだってぐらい気持ち悪い。
大体粉薬って知ってるなら少しの善意で水ぐらい用意しとけよ。
「…あの、さん…」
「…?」
「思った事、全部、口に出てます…」
遠慮がちに呟いたシャーリィは「水、用意出来なくてごめんなさい」、と頭を下げた。
本当に素直で良い子。
人に気を遣えて、優しくて、何もかもがアイツとは正反対だ。
「ごめん、別にシャーリィに言った訳じゃなくて、これはジェイに…」
「さん、そこら辺で汲んだ泥水ならあるんですけど、これで喉潤します?」
「…遠慮シマス」
私の返事を聞くとジェイは勝ち誇ったように笑い
手に持っていた水筒らしきものをポイッと投げ捨てた。
水筒から飛び出した水は思ったより濁っていなかったけど
ジェイの言葉を聞いた後だと、とても回収して飲もうと言う気にはなれない。
「おかしいな…ここまで来たと言うのにノーマの姿が見えない」
「ギート」
モーゼスが名前を呼べばギート威勢の良い返事をし、辺りを満遍なく探し始める。
匂いを辿り、多少ふらつきながらもギートが行き着いた場所には一つの水晶があった。
「水晶に割れ目があるな…」
「ここか?ギート」
「アウ!」
元気いっぱいの声は当たりと言う事。
「私も、ここだと思う」
「?」
「この割れ目、ノーマのブレスで出来る跡だよ」
迷いのない、真っ直ぐで、悪く言えば乱暴な欠け方。
ウィルなら絶対に出来ないような破壊をしてみせるのがノーマで
尚且つ森全体にヒビが広がらないよう加減が出来るのがノーマなのだ。
「ギートとが言うんじゃ、間違いない」
「ええ…どうやら中まで道が続いてるようですね」
「行ってみよう」
ギートは再び地面の匂いを嗅ぎ、そして水晶の中へと入って行く。
度々止まる事もあはるけど、ギートは確実にノーマの居場所へと向かっていた。
ほぼ一本だった道の先に、見慣れた姿が目に入る。
ギートが「アウッ!」と吠えたと同時、仲間達は一斉にノーマへと近付いた。
「ノーマ!平気か!?」
ピクリとも動かない体を左右に揺さぶる。
ノーマからは返事もないし、何かしらの反応もない。
まさかの事態が脳裏を過ぎり、セネルは先程よりも強くノーマの名前を呼びその体を起こした。
「しっかりしろ!ノー…マ…」
「……すか〜」
返事は寝息。
穏やかと言って良い程落ち着いている呼吸。
取り乱す程必死に声を掛けていたセネルは一気に表情を崩し
怒っているような、呆れているような瞳でノーマを見つめた。
お構いなしに眠り続けるノーマの横、ウィルは屈みベシベシと何回も額を叩く。
と言うか、聞いているこっちまで痛くなるような音がしているんだけど…。
「いだいいだい、おでこ叩かないで、叩かないで」
「…」
「…すか〜」
「っ起きろ!!」
痺れを切らし、ウィルはノーマの耳元でこれでもかと大声を上げる。
ノーマはビクリと肩を跳ねらせバチッと目を見開くと勢い良く体を起こし、
キョロキョロと辺りを見渡した。
大声の正体がウィルだと分かると何故かホッと息をいて、またペたりと床に頬をつける。
どうやら魔物でない事に安心したみたいだ。
「みんな、おはよ」
「…」
「ってか、体だる!だるすぎる!」
寝転がったままジタバタと手足を動かすノーマは、まるで玩具をねだる子供のようだ。
「もうだめだ〜…こりゃマジで死ぬわ」
「そんな事ない」
「頭ぼ〜っとしてるし、クーの髪が赤くなったように見えるし…」
「それはモーゼスだ」
ノーマは気だるそうに一つ頷く。
どうやら突っ込みに突っ込みを返す元気はないらしい。
クロエはノーマの横に屈むと体を起こして彼女の口に薬を流し込む。
見てるだけで嫌にある、あの粉だ。
「うわ、にが!薬にがっ!」
「前に飲んだ時は何も言わなかっただろう」
「そ〜なの?良く覚えてないや」
「全く…と同じだな」
呆れたと溜め息を吐きながらセネルが私の名前を口にした。
ここで自分の名前が出てくるなんて考えてもいなかった。
それはきっとノーマも同じだろう。
ノーマは私の方をチラリと盗み見、私はノーマの視線に気付き振り向く。
控えめに首を傾げてみれば、ノーマは秒も経たぬ内に私から顔を反らした。
ノーマの行動にズキン、と心臓が痛む。
でも、もうへこたれないって決めたんだ。
「シャボン娘。エバーライトはどうしたんじゃ?」
「あ、あ〜…それがね、調べてたら頭クラクラしちゃって」
沈黙を破ったモーゼスに対し、ノーマは助かったと言わんばかりに瞳を輝かせ
これまでの事を端折りながら説明してくれた。
「視界はぶれるし手は震えるし、段々気持ち良くなってきちゃって」
「…」
「きれ〜な川のほとりを歩く夢を見てね、向こう岸にお宝がたくさんあってさ」
「……」
「でね、取りに行こうとしたら眼が覚めたって訳」
「…死にかけていたのか…」
クロエの言葉に「そ〜なのかな?」と何ともお気楽な返事をした後
ノーマはうんと背筋を伸ばし、ゆっくりと立ち上がる。
顔色を見る限り、ノーマの体調は一時的にでも良くなったようだ。
さっきまでの蒼白い顔が嘘みたい。
「さ〜て、調べるぞ〜!」
「おぉー」
高々と拳を上げるノーマ、それに続くグリューネさん。
いつもなら私もその輪の中にいるのに、気が付いた時にはタイミングを見失っていた。
心の何処かで喧嘩中だと言う事を意識し、手を上げるのが怖かったのかもしれない。
拳を突き上げたまま、ノーマはチラリと私を見る。
手を上げなかった事を責められている気がして反射的に顔が反れた。
折角の話せるチャンスを、今度は私から無駄にしたんだ。
…気まずい。
落ち着いて話す余裕がなく、ズルズルと後回しにしてしまう現状。
これじゃ仲直りなんていつまで経っても出来やしない。
そんな事を心の中でぼやいていると、目の前の壁に三つの記号が浮かび上がった。
私には何を表しているか分からないけど、古刻語だと言う事は分かる。
「これは一体…」
「文字の意味する通りにやれば良いのかな?災厄、炎、未来、か…」
ノーマが右から読んだのか、それとも左から読んだのかすら私には分からなかった。
こう言う謎解きには少し自信があったのだが、今回は全くと言って良い程理解不能。
大人しくノーマが馬鹿な私を導いてくれるまで待つしかないみたい。
「…」
「ノーマさん?」
「…あたしの研究が正しいならここで間違いないと思う」
弱々しい声。
毒がぶり返してしまったのだろうか。
俯く顔に影が掛かり、顔色も悪いように見えた。
「ここにエバーライトが無かったら、もう、どうすれば良いか分かんない…」
「…怖いのか?」
「今ここで引き返せば、望みを持ち続ける事が出来る」
「…残酷な真実を知るくらいなら、何も知らないでいた方が良いってね」
エバーライトはここにあるよ。
その一言が喉から出てこない。
私は臆病だ。
ザマランさんに「あの馬鹿タレをよろしく頼んだ」とまで言われたのに
ノーマにまた嫌われると思うと次の一歩が踏み込めない。
いつも通りに接する事が出来れば、激励なんて朝飯前なのに。
そう思いながら小さな溜め息を吐き肩を落とせば
視界の端に黒い靄…いや、霧が見えた。
少しずつ視線を上げていくと、霧の発生源はノーマだと言う事に気付く。
「あ、あれ?ちょ、ちょっと!何これ?」
出している本人までもが驚き慌てている。
私だけに見えている霧じゃない…それだけ濃度が濃いのだろう。
「いや〜とれないし!なに、これ!ついてくるよ!!」
逃げるノーマ。
追いかける霧。
いつまで経っても霧は止まない。
何で何でと焦る心が余計に霧を生んでいるのだろう。
何とかしなきゃと思った時にはノーマは来た道を戻り私達の前から姿を消していた。
「待て、ノーマ!」
「くそっ…皆、追うぞ!」
強く頷き、私達も来た道を戻る。
ポツポツと残る霧の粒子は私に当たるとすぐに消えていった。
体に当たって分散されたと言うよりは
何処かに溶け込むよう、ゆっくりと消えていく。
「…?」
何だか違和感を覚える。
だけどそれが何に対しての違和感なのか分からない。
…いや、そんな事よりノーマが先だ。
前を向き直し、未だ走り続けるノーマに向かい足を動かした。
追いついた先にいたのは、ノーマともう一人のノーマだ。
誰が見たってどちらが本物なのかは一目瞭然。
「な、何なのよ!あたしが二人!?」
「皆、気を付けろ!」
「この黒いの、あたしのせいじゃないからね!」
セネル達が霧のノーマに向かって走り出すと同時
ノーマは軽やかにステップを踏み後退する。
すぐさま詠唱を始めれば、霧のノーマもストローを回す。
まるで鏡のように動く霧にノーマはらしくもない舌打ちを零すと、とにかく低級のブレスを乱射した。
「この霧、ノーマにしては強いな!」
「むき〜!何よその言い方〜!」
相手のブレスを警戒し一歩退くセネルに対し、ノーマは怒りを露にした。
「そこまで言うならあたしの本気、見せてやろうじゃないの!!」
ぐっとストローを握り直し、ノーマはすう、と大きく息を吸う。
ノーマが意識を集中させると、霧のノーマは体勢を崩す。
彼女の中にある負の感情が薄れたのだろう。
「蒼穹を夢見る者よ…偽りの翼で羽ばたき大地の恩恵を知れ!!」
半ばヤケクソ気味に聞こえた詠唱が終わると共に
霧を纏う敵の周りに二つの魔方陣が現れる。
「トラクタービーム!」
天井近くまで浮いた敵の体は、とてつもない速さで地面へと落下した。
叩きつけられた敵の体は固形を維持出来ず拡散する。
ばらけたと同時、霧は空へ向かってふわふわと飛んだ。
終わった、と息を吐きたい反面
未だ残る霧の粒子に気分が悪くなる。
「…倒した…のか?」
「どんなもんよ〜!」
ふふんと鼻を鳴らし胸を張るノーマに
セネルは「参った」と言って苦笑しながら先程の失言を謝った。
「ウィルさんの時に続いてこれで二度目ですね」
「これまでは魔物から霧が出ていたが、今回は…」
「……シャボン娘は魔物じゃったんか?」
「違うわあ!!」
モーゼスの天然発言にノーマの突込みが決まった。
テンポの良い会話についつい笑みが零れる。
だけどノーマは私が笑った事に気分を害したのか、
一度だけこっちを見て、しょんぼりと背中を向けた。
それにつられてこっちまでしょんぼり。
…何だ、この悪循環は。
「うっ…!」
「グリューネさん…?」
頭を抱えしゃがみ込むグリューネさんの横、
一番近くにたシャーリィがそっと背中を摩る。
痛みが引いたのかグリューネさんはふう、と息を吐くとゆっくり目を開き立ち上がる。
軸が定まらず揺れ続けるヴェールを見て、私も何処か不安に駆られた。
「何か、昔の事を思い出せそうだったわ…」
「本当ですか?」
「何か大切な事を、わたくしは忘れているのね…」
グリューネさんには似合わない、不安そうな表情。
「大丈夫だよ」、そう声を掛けようと手を伸ばせば
グリューネさんはパッと表情を変えて、いつものように微笑んだ。
「初めまして、シャドウちゃん」
「う…」
「シャドウちゃんはわたくしの事、何かご存知かしら?」
「またグリューネさんが…」
「終わるまで待つべきでしょう…何を言っても無駄みたいですし」
「あら、今度はシャドウちゃんの種ね。何処かに植えておきましょうねえ」
シャドウと話している内にすっかり元通りになったグリューネさんは
ニコニコと微笑み手の中の種を包み込む。
私達はいつもの事、と乾いた笑いを零し
そしていつものように話を仕切り直した。
「ノーマ、エバーライトは?」
「……」
“エバーライト”と言う単語を聞いた瞬間、ノーマは顔を歪めた。
まるで忘れていたかった、そう言わんばかりに。
「やるしか、ないよね…」
誰に言う訳でもなく言葉を発したノーマは、グッと握り締めた拳を高く上げる。
「よぉ〜し、行くよ!」
ノーマは真っ直ぐに前を見据え、エバーライトのある森の奥へと進む。
私はただ黙ってその後に続いた。
頭の中、どんなに別の事を考えても浮かんでくるのはノーマばかり。
一種の病気だ、そんな事を考えながら私はノーマと話が出来るタイミングを待った。
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修正:14/01/03