あ〜あ、さっき目反らされちゃったな〜…。
いや、明らかにあたしが悪いんだけどさ。

自分が不利になった時、あたしは切り抜ける方法として
ふざけて笑い、誤魔化す事を選んでいた。

だから、本当、何て言うか。
こんな時に何を言ったら良いのか分からないんだ。

自分じゃどうにもならない現状を前にすると
“ごめんね”を言う勇気も出ない、あたしは弱い人間だ。















「シャボン娘ぇ!」
「なによ〜も〜!」





モーゼスがノーマの名前を呼び続け
九回目だか十回目だかでノーマは返事する。

苛立ちを隠し切れず、ジタバタと両手足を動かし、
次には溜め息を零すノーマの姿は誰が見ても不審者だった。

今、私達は霧のノーマを退治した後
一本道をまた戻り、文字の浮かぶ部屋へ来ている。

途端にノーマは言葉を失い、地面をじっと見て止まってしまった。
何事かと不安になる仲間達を余所に、返事は割といつも通りのものだったけど。





「早う決めろや!」
「じゃ〜モーすけ、一番左のあの炎に突っ込んでみて?」
「焼け死ぬわアホ!!」
「死なないよ〜、あれは幻なんだから!」





文字の周りから溢れる火。
熱気を感じるのは私だけだろうか。





「…じゃあ、槍投げてみて。それなら出来るっしょ?」





いつまでも行動を渋るモーゼスにノーマは百歩譲っての交渉。

言われた通りモーゼスは自分の右手に槍を握り、
少しだけ力を入れて、その文字のど真ん中に投げつけた。

瞬間、木で出来た柄の部分は音も立てずに炭と化し、鉄はどろりと溶け姿を消す。

熱いとは言えそこまでと思っていなかったモーゼスは目を見開き
ノーマは目の前の現象に首を傾げた。





「見事に燃えましたね…何処が幻なんですか?」
「せこい調べ方じゃダメか…」





ポツリと呟き、ノーマはじっと炎を見つめた。
長い沈黙は私達の不安を煽る。





「…あたし、真実を知っても平気かな?」





沈黙を破ったのは、彼女の弱々しい声。





「今まで通りでいられるかな?この先に、エバーライトはあるのかな…?」





不安を訴える声に、胸が痛くなる。
ノーマ自身、自らから滲み出る弱音に動揺し唇を噛み締め目を伏せた。

瞬間、視界が再び濁りだす。





「ありゃ?な、なんで!さっき退治したのに…!」





ノーマが慌てふためく理由は、自身から滲み出る黒い霧だった。

仲間達は驚き目を見開くと武器を構え
ノーマは何をして良いかも分からず辺りを見渡す。





「ウィルっち、ジェージェー!説明よろしく!」
「俺に聞かれても知らん」
「僕だって分かりませんよ…!」





ノーマから溢れる黒い霧は充分な量になると再びノーマへと姿を変えた。

ノーマは目の前に立つ赤い瞳の自分からジリジリと二、三歩距離を取る。

震える唇は私にしか分からないくらいに小さく動き
「いや」と声にならない、息のような物を零した。





「な、なに見てんのよ…」
「…」





黒い霧はただ無表情でその場に立っているだけ。
言葉を発する訳でもないし、表情の変化を見せる訳でもない。





「何、これ…」





悪寒に震える体を押さえ込むよう、私は頭を抱えた。





「凄く嫌な気分になってきた…何…不安…?」
「ノーマさん、黒い霧が増えてます…!」
「うわッ…ちょっとやだってば!取って取って!」





何度も体を叩いて霧を振り落とそうとするも
霧は渇く事を知らずに溢れ出す。





「って、ちょっと!ど〜して逃げんのよ!!」
「何だか、感染しそうですから…」
「むき〜!こうなったら、ギーとんに…!」
「何考えちょるんじゃ!」





ジイッと穴が開くくらいギートを見つめるノーマ。
二人の間に割り込むモーゼス。
助ける手段が見つからずお手上げ状態の仲間達。





「何だか落ち込んできた…」





誰も助けてくれない、とノーマはその場にへたりと座り込む。

咄嗟に前に出ようと足を進めるも、
ノーマから溢れる霧に何故か恐怖を覚え、ある一線を越えられずにいた。

いや…恐怖とは違う。
こっちに来るなって言う、何かしらのオーラだ。





「ノーマちゃん、自分を強く持ってね」
「…」
「何の為にここに来たのか、忘れてしまわないでね」
「…そっか…霧が出てんのって、あたしがびびってるせい…?」





グリューネさんと違い、励ましの言葉も掛けられない私だけど
少しでも力になれればと、彼女に纏わりつく霧を思いっきり睨んだ。

消えろ、消えてしまえ。
そう思う私の意思は霧よりも遥かに上のはずだ。





「ノーマちゃん、自分の気持ちをきちんと抱き締めてあげて」
「…自分の、気持ち…」
「大切な自分の気持ちを、ノーマちゃんが理解してあげなくちゃ」





ノーマを傷付ける奴は、誰だろうと私が許さない。





「そうですよ、見つけるんですよね?エバーライトを」
「重ねてきた努力はお前を裏切ったりはしないぞ」





僅かにだけど霧の色が薄くなった気がした。
ノーマが少し、自分の負に打ち勝った証拠。





「ザマランさんが言ってた、“危険に恐れていては真実に近付く事は出来ない”って」
「それ、ししょーにも良く聞かされた。元々ジジイの言葉だったんだ…」





霧のノーマは姿を歪める。
風も吹いていないのにグラグラと不安定に傾いて、後少しで散りそうだ。





「自分が信じたままにやればいい」
「何かあれば私達がノーマをフォローする」
「ほうじゃ、何もビビるこたあない。ダメじゃったらまた探しゃあええ!」
「私もお手伝いしますから」





そう言って皆は優しい笑みを浮かべる。
ノーマはそんな皆を見て溜め息を吐いた。

でもそのニヤニヤ顔、嬉しい気持ちを隠せていないよ。





「とか言いつつ、あたしから距離を取ってるのがすご〜く気になるんだけど」
「き、気のせいだろ」
「…ま、気持ちだけ受け取るよ。ありがと」





ノーマはそう言うとニカッと笑った。
太陽みたいに明るくて、底抜けに元気なあの笑顔だ。





「こっからはあたしの役目だもんね」

「ダメでもまたやれば良い…あたし、大切な事忘れてた」





…―――来い。





「…え?」





ノーマの前向きな声とは違う、無機質に近い音が聞こえる。

恐怖を感じ足を一歩後ろに退くものの
まるで手を引っ張られたかのように体が動いた。

やだ、怖い。
何がどうなっているかも分からず、引き摺り込まれていく。





「ッやめろ…!」





引かれていた手を振り払い、声を上げたと同時
自分の立っていた世界がガラリと大きく変わった。


黒一色の、何も見えない場所。


良く良く目を凝らせば、見覚えのある後ろ姿を見つけその一点を目指し歩いて行く。

フラフラと体を揺らす黒い霧と
真っ直ぐにそれと向き合い笑顔を浮かべるノーマ。





「誰の為でもない。あたしが探したいからエバーライトを探してるんだ」





ノーマは自分の胸にそっと手を当てた。
温かい何かを思い出すかのよう、優しく笑い目を伏せる。





「ししょー、力を貸してね…」





「答えは簡単だ」

「実に簡単な答えだ」

「エバーライトがあると信じているから」

「誰に言われようと俺はエバーライトを探し続ける」





「それが俺の夢だからな!!」

「あたしも夢、見つけたんだよ!」





ノーマは誰にも負けないくらいの大きな声でそう言った。
どんなに遠くにいても、お師匠さんに聞こえるように。





「ししょー、あたしもう迷わないよ!知る事を恐れたりはしない!」

「自分を信じて生きて行く!!」





伸ばした手の先は白く光り、暗闇を照らした。

眩しいくらいの光に目を細めれば
ノーマは光に呑まれこの世界から消えていく。


この孤独と絶望の世界から姿を消し、自分の夢を見つけに行くんだ。


闇の世界に残ったのは原型の崩れた黒い霧のノーマと私だけ。
霧のノーマは本物のノーマの光に呑まれ、足、腹、手と徐々に姿を消していく。

そして、顔だけ残った瞬間。
私に向かってニタリと、気味の悪い笑みを見せた。





…―――調子はどうだ?





ノーマの姿だけど、ノーマの声じゃない。

首から上、何処から声を出してるのかも分からない姿で
機械で加工されたかのような、聞き取り辛い声を上げる。





…―――…順調。





もう一人いる。
この声は良く聞いていた声だ。

破壊の少女と誰かが、私と霧のノーマを介して話をしている。





…―――…でも、まだ体が…。

…―――慣れていないか。ならば今ここで慣らしておくべきだ。





その誰かが、私には何となくだけど分かった気がした。
そしてそれは、何となくだけど合っている自信がある。

この世界でこんなにも偉そうに話すのはただ一人。





「…っシュヴァルツ…!」





私の怯えきった声を聞くと、その顔はまた笑顔を見せる。
目を見開き、口は頬まで裂けたあの笑みを。





…――一度大きな苦しみを味わえば、小さな苦しみ等感じなくなる。

…―――でも、負担をかけるのは…!

…―――もう契りは交わした。我の言う通りに動け。





それ以降、破壊の少女の言葉が私の耳に届く事はない。

体のないノーマの顔がスゥっと私に近付き
何処にもなかった手が闇から生えてくる。

闇の世界に浮かぶ白い手は良く映えた。
その手の中には黒い霧が握り締められていて、指の隙間から溢れる粒子に体が震える。

何をされるかは分からない、だけど何かをされると素早く察し、
私は自分の腰に巻いている筒の中から短剣を一本取り出した。

だけどその手は一瞬の隙も見逃さない。





「っ!?」





ヌウッと伸びた手は私の体に飛んでくる。
その手に胸を押され、突き飛ばされると思ったけど、実際は逆。

胸に当たった手はそのままズルズルと体内に侵入し
ゾワゾワと感じた事もない違和感に目を見開いた。

胸に穴が開いた訳でもないし、貫かれた痛みもない。
ただ、“自分の胸をすり抜けた手”と言うだけで恐怖だった。

種も仕掛けもない、かと言って幻覚でもない。
怖い、気持ち悪い、ただそれだけだった。





「ッ…!」





胸の中に入り込んだ手はそっと開き、手中にあった霧を私の体の中にばら撒く。

その瞬間、当たりの闇はなくなり、皆の姿が目に入った。

良かった、そう思い息を吐いたのも束の間
例えようのない痛みが体中に駆け巡る。





「アアアァッ!!」





刺されたような、絞められたような、焼かれたような、裂かれたような痛み。

立っている事もままならず、受身を取る事さえ叶わず
私は水晶の地面に倒れこみ声を上げた。

ガクガクと動く足と手、そして胸。
意識が、飛びそう。





「アァアッ…いた、あ…っアァ!」
、どうした!?」
「何が起きたんだ!?」





私の体を優しく揺さぶるぬくもりすら、痛みが走るきっかけになり
止めてと首を振れば涙が飛び散った。





「セネル、ワルター!を押さえつけろ!」
「なっ…」
「こう暴れられてはブレスもかけられん!早くしろ!!」





ウィルの焦る声、セネルとワルターの戸惑った声。
聞こえなくなったと共に足と手を無理矢理床につけられる。





「イタ…、ア…!!痛いよ!痛い!」
「落ち着け、すぐに良くなる!」





拘束され、痛みを何処に発散して良いか分からなかった。
ノイズみたいに叫び続ける私の喉はガラガラで、唯一動く胸だけがガクガクと跳ね続ける。





「シャーリィ、ノーマ!お前らも手伝え!」
「はい!」
「っ…」





暖かい光を胸に感じる。治癒術のあの暖かい光。

でも、痛いのは治まらない。
むしろ余計に加速している気がして、やだ、やだと何度も口にした。

誰でも良いから助けて、そう叫んだ気もした。
この痛みから逃げれるなら殺してくれても良い、そう思った気もした。

体だけじゃない、心までが何かに蝕まれている。





「くそっ…ノーマ、何をしている!」
「ノーマさん!」
「…だって、あたし…治してあげる権利、ない…」





ノーマの声が聞こえた気がした、だけど何を言ったのか分からない。

皆が皆、私の知らない言葉で話している気がして
どうしようもない孤独感に一人は辛いと手を伸ばした。

そっちには誰も居ない、なんて事も分からないままに。





「ッ毒の症状か…?」
「いえ、薬を飲んだので毒の可能性はまずないでしょう…とりあえずブレスを…!」
「ノーマ!!」
「っ…あたしがやったら、…怒る…」
「そんな訳ないだろう!?」





目を閉じるとあの恐ろしい笑顔が蘇る。
もう何をしてもこの痛みからは逃げられない。





「ああ、は、アアア…!!」
「ノーマ!!」
「っ…」





頭が、喉が、心臓がおかしくなる。

指先が冷たくなって、体が動かなくなって
「ああ、私このまま死ぬ」そう思った。





「……今ならも気付かないはずだ」
「え…?」
「喧嘩中でも権利がなくても、今のはお前に文句を言う事も出来ない」
「……」
「お前はまだの事嫌いかもしれないけど、今ぐらい昔のよしみで助けてやれよ」
「…う、うん」





カツカツと、音を立てて誰かが近付いて来る。

それを確かめようと微かに首を動かせば、させまいと体は悲鳴を上げた。
漏れた悲鳴に足音は一瞬リズムを崩すけど、また一定に鳴り、そして止まる。

もう、敵でも良い。
この痛みから救ってくれるなら、敵でも良いよ。

…それでも、ノーマが助けてくれれば良いなって思うのは、私の我侭なのかな。










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修正:14/01/03