「ハア…っ…」
「…よし、落ち着いたな」
あれから何十分もがき苦しんでいたかは分からない。
ブレスのお陰か、呼吸も落ち着き痛みも引いた。
痛みが残っているのは、声を上げ続けた喉と打ち付けた胸、押さえられた手首足首だけ。
でも、何だか変な気分だ。
痛みはないものの、胃でもぞもぞと何かが動いている。
気のせいならそれで良い、でも本当に何かがいるのなら一大事だ。
「…ご、めん…」
ガラ、と掠れた声が出て傷付いた喉を刺激する。
耐え切れなく二、三度咳をすれば横からスッと何かを手渡された。
「さん、水を」
「あー…ありがと…」
傷付いた喉に冷えた液体が染みる。
「……って」
「はい?」
「水…?」
「はい、普通の水です」
「泥水じゃないですよ」といつもの調子で付け加えたジェイを見て
ヒクリ、と無意識に口元が動いたのが自分でも分かった。
「…この水、ずっと持ってた?」
「薬を飲む人がいるんだから水を用意するのは当たり前でしょう」
「…この会話に違和感を覚えるのは私だけ?」
「良かったですね、さん。先程全部飲んでいなくて」
全部も何も、一口も飲ませてもらえなかったよ、と
溢れそうな文句の数々を水と一緒に流し込む。
「一体どうした…明らかに様子がおかしかったぞ」
「分からない、けど…」
「けど…?」
「痛くて死にそうだった…」
握り締めていた手がまだ思うように動かない。
乱れた髪を整え小さく息を吐き、ゆっくりと起き上がる。
私の体は産まれたての小鹿みたいに不安定だった。
体をどう動かしていたかも曖昧で、命令したはずなのに節々が動かない。
「余り無理をするな。その体じゃ動けないだろう」
「ううん、大丈夫」
確かに違和感はあるけど、ちょっと高い熱が出ているかな?と思う程度だ。
フラフラはするけど、歩けない程じゃない。
「辛いならすぐに言えよ?」
「うん、分かってる」
「ふわふわ〜」
その場にそぐわない言葉が聞こえ、皆は一斉に振り返る。
こんな事を言うのはグリューネさんだけだろうと予想し、その予想は的中した。
「ひらひら〜」
「…何やってるんですか?」
「あらぁ、霧の事よぉ」
「霧…?」
「ふわふわ〜ひらひら〜って、全部ちゃんが持ってっちゃうのよぉ」
「…へ?」
グリューネさんの言葉は難解だ。
私には意味を理解する事が出来ず、ついつい気の抜けた声を出してしまう。
「まあ、あれだな…が大丈夫なら先に進んでも良さそうだな」
「そうですね」
「グリューネさんは平気じゃないように見えますけど…」
「良いんですよ、グリューネさんですし」
珍しく根拠のないジェイの言葉に、シャーリィは「はあ…」と小さく頷く。
納得したようなしていないような、そんな顔だ。
「ノーマ」
「…うん」
改めて、とノーマの背中を押すセネル。
ノーマは一歩前に進み、一度大きく息を吸い込む。
冷えた空気をめいっぱい体に入れて、吐き、前を見た。
フッと軽やかに走り出したノーマの足は一直線に炎へと向かって行く。
戸惑いもなく飛び込めば、炎と浮かび上がる文字が音も立てずに消えた。
勿論ノーマに怪我はない。
炎と文字が消えた場所にあるのは、虹色に輝く別の空間へと繋がる入り口。
「本当に、幻だったのか…」
「早く早く!先に進むよ!」
ヤル気を取り戻したノーマは仲間を手招きし
誰よりも先に輝く光の中へ飛び込んで行った。
驚き口を開け呆ける仲間達は未だに事態を飲み込めていない。
だけどいつまでもここでこうしてはいられない、と戸惑いながらも後を追う。
光の上に立てば足元から風が吹き出し、暖かい光が体を包む。
眩しい光に目を閉じ、そして開いた瞬間にはまた別の場所にいた。
ゲーム中で言うワープゾーンって、こんな感覚なんだと妙な感動を覚えながらも
次の文字を見る仲間達の輪に慌てて加わる。
「消滅、罠、冥界…それと誕生、殺戮…か」
浮かび上がる文字を指差しながら読み上げるノーマの背中はとても大きく見える。
その後をついて行く事しか出来ない私も、何とか力になれればと文字を見つめた。
「簡単簡単!」
そう言って駆け出したノーマは再び光に包まれ姿を消した。
何処をどう解釈したら簡単なのかも分からず首を傾げる私に
「馬鹿っぽいですよ」と言ってジェイは走り出す。
反論の隙もなく消える後姿にむっとした表情を見せるも反応してくれる人は誰一人いない。
とにかく先に進まなきゃ、と私は先程と同じように皆の後を追った。
フワリと降り立った場所は、とても暖かかった。
何だか誰かに抱き締められているみたい。
目を閉じ一番最初に思い浮かんだのは、滄我の姿だった。
部屋の天井を隠すくらいの、大きな宝珠。
その宝珠を脇から支える、珊瑚みたいな蔦。
淡くて、強い、優しい色の球の中で何かがユラユラ揺れている。
何だか水面を見ているようだ。
誰が言わなくても分かる。
きっとこれが、エバーライトなんだって。
「ほんとに、ほんとにあったんだ…」
震えた声でそう呟いたノーマの横
「滄我と同じ力です」、と目を細めたシャーリィの言葉に私も小さく頷いた。
別にゲームをプレイしていたからとか、そんなんじゃない。
私もシャーリィと同じで、優しい力を肌に感じる。
「エバーライトの正体は滄我だったんですか…」
「長い時間掛けて結晶化したのかもしれんな」
「と〜っても素敵ねえ」
素敵過ぎて、言葉も出ない。
目の前に広がる景色が夢みたいにキラキラしてて、現実だと思えないんだ。
「ノーマ、正面の壁…!」
「どったのよ、興奮して」
裏返りそうな声を出したセネルの指差す先を、ノーマが見つめる。
指差した先にあるのはエバーライトではない。
今までと同じ、水晶の壁があるだけ。
「…嘘」
でも、その壁には他の場所とは違う点が一つある。
「そんな訳…でも、見間違えるはずない…」
壁に書かれていたのは、この世界の文字だった。
私も何回か見た事はある、だけど読む事は出来ない。
それでも、愛しそうに文字を指でなぞるノーマの瞳を見ていれば
何が書いてあるのかは大体分かった気がした。
「ししょーの字を、あたしが見間違えるはずないよ…!」
震えた声が「ししょー」と口にした瞬間、ノーマの目尻には透き通った涙が溢れ出る。
それでも泣きまいと歯を食い縛るノーマはとても強い。
だけどこんな時だからこそ、ノーマはもっと感情を表に出して良いと思うんだ。
それを否定する人は誰もいない、いようものなら私が許さない、と。
「こっちにも何か書いてあるぞ。残念ながら俺には読めないが…」
「っ…どれ?」
「古刻語みたいですね…」
泣く暇もなく、慌しく走るノーマの姿は
目に見える物全てに反応する赤ん坊のようだった。
ペタリとお尻を着けて地面に書かれている文字をじっと見る。
見開かれた大きな瞳から零れた涙が、水晶を濡らした。
「ししょー、あたし、ちゃんと読めるよ…!」
「いっぱい勉強したから、ししょーの気持ち読めるよ…!
ししょーに追いつきたくて、いっぱい勉強したから、全部…ちゃんと自分で読めるよ…!」
ししょー、ししょー、と口にするノーマの気持ちは
涙が全て語ってくれている気がした。
おどかさないよう、シャーリィがノーマに近付きそっと地面を覗き込む。
「良いですか?」
「っうん…」
ノーマの返事を聞くとシャーリィは一つ頷き、その整った口を開いた。
“私の愛する教え子よ。
いつかこの地にて、再会する事を約束しよう。
私はこの地にて、約束が果たされる事を永遠に待ち望む。”
「あ〜やめやめ!自分で書いてて気持ち悪い!」
「やっぱり自分らしくいかないとな」
「…ノーマが俺を信じてくれたから、俺はエバーライトを見つけられた」
「今まで黙ってたけど、お前にはずっと励まされていたんだ」
「おかしな奴と言われ周りの連中から馬鹿にされても、ノーマだけは俺の話を聞いてくれた」
「一緒になって騒いで、時には馬鹿やって、悩む暇もない程に笑っただろ?」
「そんな時間が俺にとってどんだけ救いになってたか…」
「…って、こんな事面と向かって言うのはち〜とばかし恥ずかしいからさ」
「こんな形で、許してくれな」
“そう遠くない未来に、お前がこの地に訪れる事を
心の底から祈っている…信じている。”
“だからお前にこの言葉を残そう”
「ありがとう、ノーマ…本当にありがとう」
「…それから」
「よく頑張ったな…本当に、よく頑張った。ノーマは最高だよ!最高の教え子だよ!!」
「顔を上げろ!ノーマ!」
「胸を張れ!ノーマ!」
「明日を見ろ!ノーマ!」
「その先に、無限の未来が待っている!!」
“ノーマ・ビアッティへ。
スヴェンより、夢とロマンを込めて…。”
全てを読み上げたシャーリィは熱っぽい息を漏らす。
震える口を押さえ、潤んだ瞳をそっと閉じた。
「目標を成し遂げてこの世を去った訳か…ならば思い残す事もなかっただろう」
全てを聞いたウィルの言葉は、心の底から紡がれたものだった。
無意識に首を縦に動かし、その言葉を聞いて胸に手を当てる。
今私がここで死んだら、思い残す事がたくさんある。
例えば、ノーマと喧嘩したまま…とか。
「エバーライトを見つけられなくても、
師匠は悔いを残して死ぬようなそんな柔な生き方はしてなかった」
「…今を、全力で生きてる人だったよ」
今を、全力で…。
今の私は、全力なのかな…ううん、違う。
自分でも良く分かる。
今の私の生き方は、全然私らしくない。
いつかこの世界に来た時、思った。
この世界に来たのなら、死ぬ気で何でもやるって。
「ッノーマ!!」
「…」
枯れた声でノーマの名前を叫ぶ。
ノーマはピクンと肩を跳ねらせ、ズ、と鼻を啜った。
返事がない、まだ避けられているかもしれない。
それでも、例えどんなに嫌われても私の本音は伝えたい。
どんな結末だろうと、それで悔いは残らないから。
「願い事、ちゃんと考えたよ!」
「え…?」
「叶えてくれるって言ったよね?叶えて欲しいお願い、見つけたよ!」
「だから、の願い事を叶えてあげよ〜かな〜…な〜んて」
「……うん」
私が喋り出した瞬間、ノーマの口数が減った。
しおらしい返事だったけど、“うん”って言ってくれた事にはホッとした。
私を見ようとしないノーマにゆっくりと近付き、目線を合わせるよう座り込む。
まさか手を握られるとは思っていなかったのだろう。
大胆にノーマの手を掴む私を、見開いた目で見つめていた。
「また私を、ノーマの親友にしてください」
私はノーマを真っ直ぐに見て笑った。
返事は、驚いた顔だった。
嫌そうでも、嬉しそうでもない。
ただただ信じられないと言いたげな顔。
「ばっ…」
「?」
「馬鹿じゃないの!?」
先程までのしおらしいノーマは何処へ行ったのか。
これでもかって言う程の大声を近距離で浴びせられ
鼓膜がビリビリと揺れて目を閉じる。
イエスでもノーでもない、ノーマの罵声に近い返事に私はただただ目を丸くした。
「馬鹿!ほんっと大馬鹿!あのエバーライトなんだよ!?」
「…だから?」
「だから?じゃない!ここまで馬鹿だとは思ってなかった!!」
何だかノーマがブチ切れている。
だけど全然怖くない。
一方的に責め立てられている事に変わりはないんだけど
悪いと言われているような気がしない。
何だかお母さんみたいだ。
「エバーライトがあれば、元の世界に帰れるかもしれないんだよ!?」
「…」
「また親にだって会えるし、向こうの友達とも話せる!」
「…うん」
「こっちの世界にいるとしても、破壊の少女の噂が取り消せるかもしれないのに…!」
「それに、それに」とどんどん付け加えるノーマの言葉全てに
私は「うん」と言いながら首を横に振った。
「元の世界に帰るのはまだ先だって、破壊の少女と約束したんだ」
「…」
「噂だって大した事じゃないよ!そんなに困ってないし!」
ヒソヒソされるのにも慣れたし、危険が迫ろうともワルターが守ってくれるはず。
勿論私だって、これからもっともっと強くなって自分の身を守るんだ。
「…そんな事、大した事じゃない…」
私には皆がいる。
世界中の人が敵になっても、私は皆を思えば辛くない。
「ッそんな事より…」
「ノーマに拒絶されるのが、一番辛かった…!」
なるべく笑顔で、そう思っていたのに顔がグチャグチャに歪んでく。
変に力の入った頬の筋肉がヒクヒク動いて、目頭が痛いくらいに熱くなって。
「もう、あんな思いしたくないよッ…!」
ぎゅうっと、力の加減が出来なくなった手でノーマの手を握り締める。
そして「ごめん」と発音出来ているかも曖昧な声を漏らし頭を下げた。
「私の願い事、叶えて…!」
「…」
「またノーマの親友にして…ノーマが親友じゃなきゃ、辛いよ…!」
私がどれだけ辛かったか、ここで語るならは一時間あっても足りないだろう。
ただ単純明快に説明するのであれば“死ぬ程辛かった”がピッタリだ。
「ほんっとうに馬鹿…!」
そう言ってノーマは泣いていた。
緩くなった涙腺が刺激されて、またボタボタと大きな涙を零していた。
「馬鹿なんだからしょうがないじゃん!」
張り合うつもりもないけど、負けじとわあわあ泣いてしまう私の目を
ゴシゴシと乱暴に服の袖で拭いてくれる。
苛められてるのか優しくされてるのか分からない程強く拭くから
余計に涙が溢れてきて、視界が酷く滲んだ。
だけど私に飛び掛かるように抱きついたノーマのぬくもりは気のせいじゃない。
痛いけど、痛いくらいが現実だと分かって丁度良かった。
「そんな下らない願い事、エバーライトじゃなくたってあたしの力で叶えてあげるわよ…!」
耳元で聞こえるノーマの声も、きっと現実。
言葉一つ一つが胸に沁みて、全てを理解した時にはまた大粒の涙が流れていて。
「ノーマ、ノーマ」と何度も名前を呼べば
「」って、ずっと聞きたかった声で呼ばれた。
「もう、絶対親友やめないから…!」
「あたしだってやめないよ!」
「ッノーマ、大好き…!」
「…あたしだって…!」
「負けないくらい、が大好きだよ…!!」
一頻り泣いた後、ノーマは私に笑顔を向けて
ぽんぽん、と優しく背中を叩いてくれた。
私は、もう絶対にこのぬくもりを忘れない。
ノーマにも、絶対に忘れさせない。
これから先、どんなに困難で曲がりくねった道でも、私達二人ならきっと大丈夫。
だって私達は、いつまでも、ずっと親友なんだから。
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修正:14/01/03