「おっはよー!」





バタバタと音を立て階段を下り
リビングに集まる仲間達に元気良く挨拶をする。

只今の時間は朝の八時。
そう、私にとっての奇跡が起きたのだ。





「……は、早いな…」
「でしょー!自分でもビックリ!」





ぽかんと口を開け、手に持っているカップを落としそうになったウィルを
私はお腹を抱えて思いっきり笑ってやった。

いつもみたいにゲンコツが飛んでくる事はない。
どうやら相当驚かれているようだ。





「昼とは違う暖かさ!冷たい風!清々しい空気!」
「…」
「早起きして良かったー!」





別に早起きをしようと思って起きた訳ではないが、目が覚めてしまったのだから仕方がない。

初めは何で目が覚めちゃったんだろ、とブツブツ文句ばかりだったけど
今じゃこれ程気持ち良い事はないと思えてしまうぐらい気分が良い。





「たまには朝から動くのも良いなー!」
「…そうか?」
「うん!」
「ふむ…なら一つ、折角だから朝にしか出来ない事を教えてやろう」
「そんなのあるの!?」





ウィルはコクン、と一つ頷く。
私はそれに目を輝かせた。

朝にしか出来ない事。
私は今までそれをやらずに過ごして来た。

ああ、何て無駄な人生を送っていたのだろうか。

きっと良い事に違いない。
何てったって、こんな清々しい朝にしか出来ない事なんだから。















「…こういう事か…」





はあ、と思いっきり溜め息を吐きながら、とぼとぼと静かな街を歩く。

はしゃいでいた私が一気にローテンションになったのを見て
クスクスと面白そうに笑ったジェイの声がいつまでも耳から離れない。

ワルターを道連れにしようとしたら「アイツの所に行くのは嫌だ」と思いっきり拒否られ
監視役がそんな事で良いのかと言えば、完璧に無視された。

結局早く起きても遅く起きても馬鹿にされるのだけは変わらないんだ。


朝にしか出来ない事。


それは、ある一人の男を起こしに行くと言う、重要な
いや、割とどうでも良く、損得で言えば七割方損であるそんな役目だ。










「セネルー」





セネルの家に到着した私は、まず家主の名前を呼んでみた。
予想通り、返事はない。





「セーネールー」





軽くノブを回して見れば、扉は簡単に開いた。
鍵の閉め忘れなんて無防備にも程があるが、こっちにとっては好都合だ。

階段を登った先にはベットが一つ。
その上には安らかに眠る男の子。





「セネル、セネル起きて」
「…」
「セネル!!」





耳元で名前を呼べば、何故か気持ち良さそうにむにゃむにゃする。
意味分からんと軽くデコピンしてみれば無意識であろう舌打ちを零し眉を顰めた。





「私が起こしに来るなんてレアだよー?一生に一度の体験だよー?」





何てったって私はセネルよりいつも起きるのが遅いからな!
…と胸を張った所でセネルが起きるはずもなく。





「……」





しかしまあ、これも早起きの特権かもしれない。
こんな好青年が無防備に寝ているんだ、ある意味…いや、間違いなくチャンスだろう。





「おでこー」
「……」





ふふ、と無意識に笑う私の顔は相当気色悪いだろう。
寝癖だらけの前髪をペロリとめくると、彼の別の一面が見えたりして、とても面白い。





「ほっぺ、ちょっとだけやらかい」
「…」
「睫毛はやっぱりジェイのが長いね!」
「……」
「お腹割れてたりする?」
「ちょッ…待て!!」





突然悲鳴にも似た声を上げたセネルは顔を真っ赤にして半身を起こす。

彼の腹目掛けて伸ばした手はポスリとシーツに落ちて、バランスを崩した勢いでベットに飛び込む。

まだあったかいシーツの上でゼエ、と荒い息をしたセネルに
私は心の中で舌打ちをした。





「いつから起きてたの?」
「お前がベタベタ触りだしてからだ…!」
「じゃあ早く起きてよ!」
「夢だと思ったんだよ!」





「まさかが俺より早く起きるなんて」、と頭を抱えるセネルに
事実ではあるが何て扱いだと口を尖らせる。





「セネル」
「何だよ」
「寝癖酷いよ」
「ああ、これはいつもの事―――…」
「おりゃー!」





ぴょんぴょん跳ねた髪を摘み目線を上げた彼に、掛け声と同時に手を伸ばす。

手が伸びた先は勿論お腹。

ぴと、とくっつけて軽く摩ってみれば
ブヨブヨの脂肪じゃなくて凄く固い筋肉。





「割れてる!」





大発見!と目を輝かせる私にセネルは前髪を摘んだまま固まっていたが
しばらく時が経つとまた顔を真っ赤にし、わなわなと震え始めた。

体調でも悪いのだろうかと思いながら、もう一度なでりと手を動かせば
セネルは私の手を勢い良く振り払い、恥じらう乙女のような言葉を発する。





「出てけ!」
「何で?」
「何でもだ!とにかく一回離れろ!!」
「セネルって寝起きは不機嫌な方?」
「良いから…ああもうじゃれるな!」





セネルが叫ぶ度にぴょこぴょこ揺れる髪が可愛くて手を伸ばす。
セネルはそれにうがーっと声を上げて私の背中を押した。





「もー早起きなんの特もない!!」
「充分勝手しただろ…」





重たい溜め息を吐きながらやっとベッドから足を出したセネルを見届けた後
言われた通り私は家から出て行った。

頼まれたのは起こすまで、別に私が無理に連れて行かなくてもセネルならウィルの家に行くだろう。





「…本当、朝起きても良い事ない…」





パタン、と静かに扉を閉めて流れる雲を追いながらポツリと呟く。

ああ、そう言えば、いつか早起きした時も良い事がなかった。

あの時は二度寝しようとした瞬間テューラに無理矢理起こされて
その後ワルターと一緒に新たな旅を始め、港へ行ったんだ。

確かにここまでは良い事だった。
良い事だったけど。

…港に行って、何があったんだっけ…。





「道を聞きたいのですが…少しよろしいでしょうか?」





ううん、と目を伏せ過去を思い出す私の耳に
人当たりの良い男性の声が入ってくる。

それが誰かだとか、人当たりが良いのが表だけだとか、
そして私が思い出そうとしていた嫌な過去に関わるアイツだと言う事はすぐに分かった。

港で出会い、散々勝手をした…あの気味の悪い男。





「…別の人に聞けば」
「久しぶりの再会なのに、そんな顔しないで下さいよ」
「ッ…」





言われて気付く、自分がどれだけ顔を歪めているか。

平然を装い言葉を紡いでも、何故か体が酷く震えているんだ。
逃げたい、そう思っているのに足を後ろに下げる事も短剣を取り出す事も出来ない。

私の意思がそう思っていても、誰かがそれを止めている。
それを自分の内から、皮膚がピリピリするくらい感じている。





「私はこんなにも会いたかったのに」
「…キモい」
「私がこの日を、どれだけ待ち望んだ事か…」





不思議と早くなる鼓動。

恐怖による極度な緊張と、抑えられない嬉しさに似た感情。
正反対の二つの想いが絡み合い、一つの心をギュウッと縛った。





…―――会い…かった…。





鼓動に紛れ聞こえる、少女の声。
私はそれに、ただ驚き目を見開く事しか出来なくて。





…―――わたしを…必要としてくれ…人。





途切れ途切れの声は、私にある一つの真実を突きつける。





「会いたい人が、いる…」





いつか暗い世界で、面と向き合いあの子から聞いたあの言葉。





「会うには、お前の力と体を借りなくちゃ」





まさか、いや、そんなはずは。

否定の言葉がぐるぐる回る。
だけど嘘だと言ってくれる人は誰もいない。

自分の中の、このやけに五月蝿い心臓の音が、もう既に答えだった。





…―――わたしの、お願い…。

…―――…愛しい人に、必要としてくれた人に、自分の力を、全て捧げたいの…。





「…止めろ…」





否定の意味を込めて伸ばした手が、グッと握られる。

勢い良く上を向いた私の顔は、きっとどっちつかずの変な物だっただろう。
憎悪と幸福が混ざった時、こんな風に頬の筋肉が上がるんだと自分でも驚いた。

コイツを目の前にすると、体が縮こまる。

大した抵抗も出来ずに顔を反らし怯える私を
面白そうに笑う唇すら、視界に入れば体が震えた。





「おやおや、これではこの前の返事を聞けそうにありませんねえ」





ソッと耳元に近付く口から漏れる吐息に、ゾクリと体が跳ね上がる。





「ッやめ…!」
「…」
「い、た…!」





頬を殴ろうともう片方の手を突き出してみれば、いとも容易く受け止められ
容赦無く掴まれた激しい痛みと熱を感じた。

鋭い瞳で睨み上げられれば、体は石像のように動かなくなった。

お願いだから、あの子の名前だけは出さないで。
これ以上、重い現実は知りたくない。





「離して…!」
「さあ、どうしましょう…」
「…お願い…」





ズルズルと、腰が抜けたみたいに落ちてく体。
男はそれを許そうとせず、肩を持つ力だけで私の体を支えていた。





「ッ…い、します…」





頭を下げるだけで解放してもらえるならそれで良い。
こんな事を考える私自身の気持ちが分からない。

弱々しく「お願いします」と紡いだ私を、男は優越感に浸り笑っていた。

嫌だ。
こんなの、私じゃない。





「離せ!!」





グイッと強く体を引っ張られる。
肩を持つ男の手を振り解く程、強くだ。

気が付けば誰かの腕が私を強く抱き締めていた。
誰か、等考えるまでもなく理解出来た。





「お前、に何をした!?」
「いえ…私はただ道を聞いただけですよ」
「嘘吐くな…!港の時と言い、お前の目的はなんだ!」





ギュウッと強い力が体を締める。

だけど今は強いくらいが丁度良い。
自分を見失わず、強い気持ちで入れるのは仲間がいてくれるからだ。





「今すぐ消えろ…もうに近付くな」
「それは貴方の決める事ではないでしょう」





怒っているセネルの声と瞳にも動じず、男はクスクスと笑った。
こびり付く嫌な笑い、忘れたくても忘れられない。





「後日、邪魔の入らない所で、二人きりでお話しましょう…」





怯えきった私を小馬鹿にするみたいに男は笑って、背中を向けて去って行った。

気配が遠ざかると五月蝿い鼓動も徐々に治まり
安心しきったと同時にドッと汗が噴き出てくる。

それでもまだ体の震えは止まらず、自分が自分でないみたいに感じて口元を押さえた。





「大丈夫か?」
「ご、ごめん…」
「いや、俺こそ悪い…」





「お前がそう言う立場にいるって、分かってたのに」と言ってセネルは眉を下げる。
言われて私も「ああ、そうだった」と気が付いた。

アイツは私の命を狙っている訳じゃない、
それとは違う、それ以上の恐ろしさを感じる。





「本当、ダメだね…」
「?」
「早起きすると、いっつも良い事ないよ…」





アハハ、と笑った自分の口の中が、酷く乾いていた。

信じられなかった。

力の差があったとしても、私は絶対アイツに負けないと思っていたし
どんなに酷い事をされても怯まない自信があった。

なのに、何あれ。





「…お願い…」

「ッ…い、します…」





「本当、笑えない…」





自分が自分じゃなくなっていく感覚、
それをヒシヒシと感じたのは久しく、そしてやはり慣れるものではなかった。


今日、私があの子の言葉と、アイツの言動で察した事はただ一つ。


あの子のお願いは、アイツの力になりたいと言うものであって
私は“その願いが叶ったら、元の世界に帰らせて”と約束をした。


それがどう言う意味か、もう考えなくても分かる。


私が元の世界に帰るには、あの子の願いを…アイツの力になりたいと言う願いを
どうしても叶えなければいけないと言う事。

それは私がどんなに嫌であっても、元の世界に帰りたければ
どうしてもしなくてはいけない事なのだ。


不安の色を浮かべた瞳に映し出される空。
さっきまで私を照らしてくれていた太陽は、大きな雲に覆い隠されてしまっている。

まるで私の道すら、もう照らすのは面倒だと言われているようだった。










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修正:14/01/03