雲に覆われていた太陽は、またひょっこりと顔を出す。
仕方がないから照らしてやるよ、そう言わんばかりに。

気まぐれな太陽に怒りを感じ、唇を噛み締めた。






「…」
「大丈夫だ」





何が、一体何が大丈夫なんだ。
何も、アンタは何も知らないくせに。

そんな言葉しか思い浮かばない、私は本当に嫌なヤツだ。
セネルが私に優しくしてくれている、それはとても喜ばしい事に変わりはないのに。

それでも今口を開けば暴言ばかりが飛び出してきそうで
ぎゅっと、強く強く唇を噛み締める。





「俺で良いなら話も聞く…力にもなる」





遠慮がちに、私の体を包むセネルの体温。
暖かくて、大きくて、気持ちが落ち着く。





「守ってやるから」





恐る恐る瞳を上げれば、優しい笑顔が当たり前のように存在している。
その笑顔は私の憎しみや怒り、迷いを風のように吹き飛ばしてくれる。





「もうアイツもいないし、元気だせよ」
「…」
「な?」





首を傾げ揺れる銀色の髪。
歯を見せ笑い、くしゃくしゃと私の髪を撫でたセネルの手に触れ、小さく頷いた。

…アンタ、趣味おかしいよ。
好きになるなら、セネルくらい好青年の方が良いに決まっている。

なんて、人の恋路に文句をつけてみたりして。
そもそも、恋路と言う呼び方であっているのだろうか。
愛する者って言うくらいなのだから、きっと恋路なんだろう。

…でも、アンタを必要としてたのは、私だって同じなのに。





「…まだ、考える時間はあるかな…」
「ん…?」
「少しでも、違う未来に…」





あの子の望みとは、また別の未来に。





「でも、みんなが納得してくれるような…」





あの子が、私の考えた未来に笑顔を向けて頷いてくれるような。





「そんな世界に、出来るかな…?」





不安で不安で仕方なくて、私はセネルに返事を求めた。
セネルがそんな事分かるはずもないのに。

だけど彼は一瞬きょとんと目を丸くした後
私にまた微笑を向け、兄のように優しく言葉を紡いだ。





「ああ…なら出来るよ」





その言葉に救われる。
セネルの言葉を信じたい…ううん、セネルの言葉なら信じられる。

太陽が仕方なく照らした道を歩いていくのも悪くない。
と言うよりも、私にはこの道しか残っていないのだ。





…―――ごめんなさい。





響く言葉。

ごめん、と言う言葉にすぐ「良いよ」とは返せなかった。
私はそんなに善人ではない。

だけど、誰かに必要とされて嬉しいと感じる気持ちは一緒だ。
だから頭ごなしに彼女を否定する事も出来なかった。





…―――こんな事を頼めるのは、だけ。

…―――器として、必要とされた、わたしの分身だけなの。





…器…?





…―――必ず元の世界に還す…だから、わたしの願いを聞いて…。





返事は出来なかった。
そう易々と返せるものじゃない、何度聞かれてもそれは変わらない。

立ち止まった私の手を暖かいセネルの手が包む。
ビクリと大袈裟な程に体を跳ねらせれば、何とも気まずい空気が流れて。

「ごめん」と小さく謝罪をすれば「こっちこそ」と返ってくる。
それが何だかおかしくて、私達は互いの瞳を見て笑った。





「よし、行くぞ」
「うん、出発!」
「元気戻ってきたな」
「セネルのお陰ー」
「そうか?」
「うん、ありがと!」





以降、あの子の声が聞こえてくる事はなかった。

私に考える時間をくれたのだろうか。
それとももう答えは決まったと判断されたのか。

何も分からなかったけど、私は前を見て歩くだけだ。
それが私に用意された道なのだから。















他愛もない話に花を咲かせ私達は街を歩く。

余りにも会話に夢中になっていたせいか
あっと言う間にウィルの家の前まで到着してしまった。

ただ、扉を開ける事も出来ず私とセネルは同時に歩みを止める。





「また兄弟がやられた…これで六人目だよ」
「安心せい、ワイが何とかしちゃる」
「もしかしたらギートが…」
「ギートに限ってんな訳あるかい!」





久しぶりに見た、深い緑色の髪の成年。

「久しぶり!」と挨拶を交わしたい所だけど、何だかそんな雰囲気でもない。
チャバは不安を露にし、モーゼスは苛立ちを感じている…居た堪れない空気だ。





「オイラだって信じてるけど、心が強くない奴だっているんだ!」
「…」
「…兄弟の内の何人かがギートに疑いを持ってる」
「ワイが動くまで勝手な真似はすんな…手綱を締めるんはチャバに任せる」
「分かってる…だけど皆気が短いからそんなに長くは待ってられないと思うよ」





瞬間、チャバは鋭い瞳を私達に向けた。

先程から気付いていて故意的に私達を睨みつけたと言うよりは
誰かが会話を聞いていると気付き、その誰かを確認する為だろう。

会話を聞いていたのが私とセネル二人だと気付くと
チャバはぽかんとした表情を浮かべ、そしてぎこちなく笑った。





「チャバ、久しぶり!」
「ひ、久しぶり」





何だか声が震えている。
大きな瞳の中でぐらぐらと光が揺れて、動揺しているのが分かった。

久しぶりにチャバと会えた事が嬉しくて、お構いなしにその手を取り上下へと振る。
えへ、と声を出し笑った私を、チャバは複雑な表情で見ていた。





ちゃん、もうオイラ行くから…」
「えー久しぶりなのに!」
「や、野営地にいるから…いつでもおいでよ」





そう言ってチャバは私の髪を撫でる。

不思議な感覚だった。

優しい、そこに変わりはない。
だけど何かが違うのだ。

震えている手。
淀んだ瞳。

まるでチャバじゃないようだ。





「…チャバ、最近疲れてる?」
「へ…?」
「さっきからずっとそんな顔してるから…頑張りすぎて体壊さないようにね」
「ハ、ハハ…迷子になるちゃんに心配されるとは思ってなかった…」
「何か言った?」
「いい、いや、何も…!」





ブンブンと手を横に振り、チャバは私から一歩離れる。
素直すぎる反応が可愛くて、「冗談だよ」と言う前にプッと噴き出してしまった。





「チャバは変わってないね!久しぶりに会って安心した!」
「あ、ありがとう」





チャバは今出来る精一杯の笑顔を返してくれる。
無理しているのは気になるけど、そんな彼の優しさが好きだ。





「それにしても、チャバが来るなんて珍しいな。何かあったのか?」
「別に大したこたありゃせん。チャバは心配性じゃからの」
「って、ギートは一緒じゃないのか?」
「…ワイ等だっていつも一緒な訳と違う」





何となしに発したセネルの言葉に、モーゼスはあからさまな程不機嫌な声を漏らす。

嘘を吐くのが苦手なモーゼスの変化は、声以外にも出ていた。
握り締められた拳、酷く歪んだ顔、素直な程に表に出るから余計心配になる。





「セネルもモーゼスも、ウィルが待ってるし早く行こ?」
「オウ」
「そうだな」
「またね、チャバ!」





会話の流れをぶった切り、二人の背中をぐいぐい押しながら、チャバに思いっきり手を振る。

ぼうっとしていたチャバはハッと我に返ると
再び引き攣った笑顔を浮かべながら軽く手を振り返してくれた。















「…ちょっとあんた、そんな物騒なもの早くしまいなさいよ」
「え、あ…す、すみません」
「破壊の少女相手なら、その気持ちも分かるけどね」





そう言って、街のおばさんは笑った。

そんな事をどうして笑顔で言えるのかと言う怒りと
やっぱりそうなのか、と落胆する気持ち。

どちらも決して良い気持ちではないのに、オイラは笑っておばさんにお辞儀をしていた。
そして言われた通り、ちゃんの見えない場所…背後に回していたナイフを鞘にしまう。





「普通、だったな…」





一人になった瞬間、やっと落ち着いて呼吸が出来た。
自然と息を殺していたのかもしれない…オイラがいると皆が知っていたのに、ひっそりと。





「前と全然変わってないし、見た限り力もなさそうだ…」





「所詮噂は噂か」、と息を吐く。

残念、と言う気持ちはなく、素直に嬉しかった。

ちゃんがオイラにいつも通り接してくれた事。
ちゃんが元気でいてくれた事。
ちゃんがアニキや他の人達とも仲良しでいてくれた事。

彼女にとっての当たり前がまだそこにあって、
そしてその当たり前が本当にあって良いものだった事。





「次はちゃんと接してあげなきゃな…」





普段と違うってバレていただろうし、心配もさせてしまった。





「……」





それでも、初めて会った時と同じように接してあげる事は無理かもしれない。
あの黒い髪が、黒い瞳が、噂が、何もかもが頭にこびり付いて離れない。





「…オイラはアニキみたいに、強くないから」





目の前の現実に焦り始めている。
それをどうにか出来る程の力もない。

無力だ。
彼女を目の前にすると、いつも。

それが時々、酷く怖く、恐ろしい物に感じて
またこれも破壊の少女の力なのかと錯覚する。















「…遅い」
「頼んだウィルが悪い!」
「開き直るな」





冷静な突込みにも負けじと声を上げれば
最終的には「五月蝿い」とゲンコツを落とされた。

つくづく自分は学習しない奴だ、と思いながらもこの流れが好きで堪らない。
いや、決してマゾとかそう言う訳ではなく。





「これで全員そろっ…ていないな」
「シャボン娘がおらんようじゃの」
「私が宿屋で声を掛けた時はすぐに来ると言っていたが…」
「仕方がない…、見て来てくれ」
「また!?」
「清々しい朝に達成感のある仕事をする…悪くないと思うぞ?」





その優しい微笑みが、私を罠に嵌める為の仮面だってすぐに分かる。
ノーマを呼びに行くと言う仕事の何処に達成感があるのだろう。

だけど呼びに行かなければいつまでもこのまま。
暇な時間を持て余すくらいなら、まだ動いていた方がマシな気もする。





「…じゃ、行く」
「俺も行く」
「ハティも行くわ!」





心強い仲間が二人も増えた。

未だ私を追い出し一人にした事に責任を感じているのか、一番に名乗りを上げたのはセネル。
そしてパタパタと忙しなく近付いてきたのはハリエットだ。

ハリエットは呆ける私の前でニコッと笑い、その小さな手を私の手に絡めてきゅっと握る。
まるで本当の妹みたいで、つい勢いのままぎゅーっと抱き締めてしまった。





「妹可愛いー!」
「ちょ、!苦しいわ…!」
「んーもうちょっとこのままー!」
「良いからさっさと行け!」
「いた!?」





ゲンコツで迎えられ、ゲンコツで見送られ、
さすがにこれが好きだと言っても短時間に二回やられるのは相当キツイ。

これ以上怒られる前に早く家を出てしまおう。
そう、私は足早にウィルの家を後にした。










宿屋は街の入り口だ。
この世界に来て長い私が迷う事はない。

カランと鈴を鳴らし扉を開ければ、宿主はパアッと顔を明るくする。
だけど私の顔を見た瞬間、「いらっしゃいませ」の言葉はなくなった。

露骨な店主の態度に、フロントにいる二人の知り合いが同時にこちらへ振り向く。





「ありゃ?じゃん。どったの?」
「待っても来ないから迎えに来たんだよ」
「あ〜そうなんだ…いや〜だってさ〜このジジイときたらね〜」





ノーマは呆れた視線を隣にいるザマランさんへと向ける。

ザマランさんはそんなノーマの視線には動じない。
代わりに聞こえたのは宿主の深い深い溜め息だ。





「ザマランさん、勘弁して下さいよ…部屋をずっと貸せだなんて」
「宿屋のくせしてそんな事も出来ないのかい」
「いえね、お貸しするのは良いんですけども、ちゃんと御代を頂かないと…」
「じゃから、安くしておくと言っておる」
「それ、借りる側の台詞じゃないですよ」





既に私はいない者と考えられているのか、宿主はいつもと変わらぬ態度をとる。
罵声を浴びせられるのも嫌だけど、無視され続けるのもこれはこれでキツイ。





「遺跡船の発展の為にわしが偉大な研究をしようと言うのに」
「でも月5ガルドと言うのは…」
「何を聞いておるのじゃ。年5ガルドに決まっておるじゃろ!!」





くわっと目を見開いたザマランさんの威圧に
宿主は一度たじろぐも首を横に振り、頑なに拒否し続けた。





「ダメじゃダメじゃ!全く話にならん!!」
「そんな…長年宿屋をやっていますが、こんな無茶な事言われたのは初め―――…」





ピタリと止まる唇。
不自然に途切れた言葉に対し、怒鳴っていたザマランさんも首を傾げる。





「…いましたね、以前に一人だけ。5ガルドで宿を買うと言った人が」





その場が一気に静まり返る。

何も聞こえない宿、誰の声も響かないロビー。
不自然な状況に鳥肌が立ち、自らの肩を抱いた。





「まさか、知り合いじゃないですよね…?」
「あはっ…あは、あははは…!そんな馬鹿な人は知らないよ」
「そうじゃ!世界一の馬鹿と一緒にされては堪らん!」
「本当ですかあ?」
「ああ…し、仕方がない。わしの宿代はノーマにつけておいてくれ」
「ってあたしが払うのかよ!」
「はい、分かりました。出来れば前払いでお願いしますよ」
「そんな〜…」





ああ、何となくだけど見える。

財布の中身を見てしょんぼりするノーマの横、
だはははっ!と豪快且つ独特な笑い声を上げ
ひーひーと苦しそうにお腹を抱えている、茶髪の男性が。










Next→

...
修正:14/01/03