私達と共に宿屋を後にしたザマランさん。
後ろには空っぽになった財布を見、肩を落とすノーマ。
またその後ろには「あースッキリした」と言わんばかりの清々しい空。





「…しかし、何じゃ」





まだ何か不満があるのか、ザマランさんはいつもより低い声で言葉を発した。

くるりと向きを変えた時、黒い髪の毛先を追うかのようにザマランさんの瞳が動く。

試しに何度か左右に首を振ってみれば、それは決定的なものとなった。
明らかにザマランさんは私の髪を目で追っている。





「何…?」
「いや…まさかこんな近くに噂の人物がいるとは思わなくてのう…」





「初めて光を取り戻した時も、そりゃ驚いたわい」とザマランさんはうんうん頷いた。
噂の人物と言うのは、もしかしなくても“破壊の少女”である私の事だ。





「ちょっとジジイ!をいじめたらタダじゃおかないからね!」
「誰が虐めると言った、この馬鹿猿が」
「むき〜!何よその言い方〜!!」





二人はエバーライトを見つけた後もこうして事ある毎に喧嘩をする。
すっかり慣れてしまった私達は止める事さえ億劫になり、溜め息を吐いた。





「……初めて見た時、少し驚いただけじゃ」
「…」
「お前さんなんぞ、猿で充分じゃ」





ザマランさんの皺くちゃな頬が、少しだけ赤くなる。
きっと照れているのだろう。

…猿、か。

破壊の少女なんて称号よりはマシかも。
確実にステータスは下がるだろうけど。





「ありがと、ザマランさん」
「フンッ…生きてる間に噂になった本人様を見れて得した気分じゃ」





私からパッと目を反らすと
ザマランさんはウィルの家を通り過ぎ、何処かへ姿を消してしまった。

もう杖がなくても歩けるはずなのに
カツカツ慌ただしく、まるで逃げるみたいに。





「ジジイも素直じゃないんだから〜」
「でも嬉しいな!絶対引かれると思ってた」
「え〜…でも猿だよ?」
「ノーマと一緒ー!」
「そんな事で喜ぶな〜!!」





ザマランさんに自分の存在を認めてもらえた。

猿って、ザマランさんが私の姿を見る前から言ってた事。
目が見えても尚それが変わらないって事は、私が私だって言われているようなものだ。

それが凄く嬉しくて、幸せで。
あの頬を赤くした老人の顔を思い出すだけで口元が緩む。

怒るのも馬鹿らしくなったのか、
幸せそうな私を見てノーマも「猿で良かったね」って言ってくれた。
何だか悪口に聞こえる言葉も、今は褒め言葉にしか聞こえなかった。















「ただいまー!!」
「は〜い!ノーマちゃんの登場だよ〜!!」





ゆったりとした空間に響く騒がしい声。

ワルターは眉を顰めて、クロエはグッと飲んでいたお茶を戻しそうになる。
ジェイは明らかに嫌そうな顔をし、カップがギリギリ震える程強く握っていた。





「騒ぐな、さっさと座れ」
「ウィル、私ちゃんとノーマ連れてきた!」
「あー分かった分かった。偉いな」
「パパ、ハティも連れてきたわ!」
「上出来だ、ハリエット」





私とハリエットの褒め方があからさまに違うのは気のせいだろうか。
いや、きっとウィルは照れているんだ、そう言う事にしておこう。





「皆に頼みがある。俺と一緒に水の民の里に行って欲しい」





皆が揃ったと同時、人が座るよりも早くウィルは言葉を発した。





「でも、あそこは確か…」
「…前の戦いが終わってからと言うものの、結界を張り閉じこもっていた」
「連絡を取れるのはシャーリィだけだったもんな」
「ワルちんも行こうと思えば行けたっしょ?あ、でも子守があるから無理か〜」
「子守じゃなくて監視されてるんですー」
「いや、子守だ」
「ちょっと!」





いつもは大して発言なんかしないくせに、こんな時ばっか余計な一言を言う。

むくれながらも結局はワルターの隣に座る私を見て
「ほら、ワルちんパパにベッタリ」とノーマが笑った。





「ここしか空いてなかっただけだよ!」
「何でそんなムキになるのさ」
「ワルターが余計な事喋るから!」
「いつも何か喋れと言うのはお前だろう」
「っ…むあああ…!」
「奇声を発するな、早く座れ」





本当賑やかだな、と笑うセネルにまたしても小馬鹿にされた気分。

このままでは相手の思う壷だと私はその場で怒りを我慢した。
ワルターは私の事なんてちっとも気にしてませんって顔をしている。
何だか怒ってるこっちが馬鹿みたいだ。





「昨日、里の結界を解くと報せがあってな。俺達人類の来訪も受け入れるそうだ」
「どういう風の吹き回しじゃ?」
「マウリッツ殿に聞けば教えてくれるだろう」





何をそんなに疑っているのか、
モーゼスは彼らしくない、険しい表情を浮かべていた。

モーゼスの真面目な横顔は意外とカッコ良かったりする。
この顔なら惚れる人も多そうだ。

いつものふざけた態度や下品な言動を見てしまえば
その気はすっかり薄れてしまうのだが
私は案外いつものモーゼスの方が好きだったりする。

話しやすいし楽しいし、からかった時の反応も面白いし。
と、今の話し合いには全く関係のない事を考えている自分を置いて、話は進んでいった。





「実は向こうから、俺達に会いたいと言ってきたのだ」
「マウリッツさんが…?」





セネルの言葉にウィルは一つ頷く。

ピクリと指先を跳ねらせると、
セネルまでもがモーゼスと同じように眉を顰めてしまった。





「…」
「……」
「…?」





何だろう、この重い沈黙。

さっきまで一緒に騒いでいたノーマですら
何が不安なのか、今にも泣きそうな顔をしている。

と言うか、状況が分からずきょとんとしているのは私だけのようだ。





「…で、行かないの?」
「……」





返事は沈黙。
言葉の代わりに痛い程自分を刺す視線。





「…、それマジで言ってんの?」
「マジも何も、話からして当たり前の流れじゃ…」
「相変わらずの物忘れの激しさだな…」
「全くじゃ…」
「あれ…何その呆れた目は」





何だかチクチク刺さって、すっごく痛いんですけど。





「皆が視線で私をいじめる…!」





冗談交じりの言葉を発して、隣にいるワルターにひっつく。

マントをグイッと引っ張って自分の身を隠し
瞳だけを端から出して、チラリと辺りの様子を伺った。

“馬鹿だコイツ”と言わんばかりの視線と溜め息の集中砲火にもう訳が分からなくなる。





「…、忘れてんの?」
「何を?」
「だから、マウリッツのジジイに“殺す”って言われてたじゃん」
「……あぁ!それで皆おかしかったんだ!」
「あぁ!じゃないよ!も〜!」





いつもは地団駄を踏むノーマを五月蝿いと叱るウィルすら
首が取れるくらい何度も頷いている。

どうやらこの場に私の味方はいないようだ。





「平気だよ!皆がいるし!」
「少しは危機感っちゅうもんを持て!」
「大丈夫だよー!皆で渡れば怖くない、だよ!」
「何の事だ」
「いや…もしかしたら、好都合かもしれないな」





騒ぎがピタリと止み、辺りは再び沈黙に包まれる。





「マウリッツ殿が何を思っているのか、聞くチャンスでもある」
「…」
「シャーリィが説得してくれれば、考えを改めてくれるかもしれん」
「私もそう思っていました。やっぱり、皆さんには一度里へ来て欲しいです」





シャーリィはすくっと立ち上がり、私達全員の顔を見る。
力強い瞳から目を反らせず、私は口を開けたまま固まってしまった。





「皆さん…外交官として、私からもお願いします」
「…」
「双方が集まり、しっかりとした形で、一つ一つ解決していきたいんです」
「シャーリィ…」
「私の力で何処まで出来るか分かりませんが…さんを傷付けるような事は絶対にさせません」





真っ直ぐと前を向き、心強い言葉を紡ぐシャーリィは、とても凛々しかった。





さん、ご同行お願い出来ないでしょうか…?」
「あ…え…?」
「絶対にこの問題を解決したいんです。その為にも…お願いします」





ゆっくりと頭を下げるシャーリィ。
私はただただ動揺する事しか出来なかった。

むしろ頭を下げたいのは私の方だ。
シャーリィが私の為に必死になってくれている…結果がどちらに転ぼうともこんなに嬉しい事はない。

…ううん、シャーリィが言っているんだ。
この問題、解決するに決まっている。





「凄く嬉しいんだけど、シャーリィはどうなの…?」
「…私、ですか…?」
「あ、そっか…テュッちゃんの本拠地だもんね〜」
「それなら大丈夫です。皆さんにはご迷惑かもしれませんけど…」
「なら大丈夫!シャーリィが頑張るなら私も頑張るよ!」





そう言って満面の笑みを向ければ
シャーリィは一度きょとんとした後、ぱあっと顔を明るくした。

「ありがとうございます」と何度も何度も頭を下げるシャーリィに手を横に振る。
お礼を言いたいのは私の方なのに。





「…まあ、これだけ大勢いれば大丈夫だろう」
「うん、シャーリィだけじゃなくてワルターもいるしね!」





ただ黙って話を聞いていたワルターは小さく頷き私を見る。

敵の本拠地にいざ行かんとする顔だ。
少なくとも、ワルターにとっては故郷と言っても良い場所であるはずなのに。





「行くと決めたんじゃったら威勢良く行くとしようかの!」
「オッケ〜!ちゃちゃっと用事済ませちゃお〜!」
「ちょっと待って下さい」





「おぉー!」と声を張り高々と手を上げようとした瞬間、
今までずっと黙っていたジェイがゆっくりとソファから立ち上がる。

なんだなんだと野次を飛ばすモーゼスとノーマを無視して、ジェイは静かに息を吸った。





「どうした?」
「出発前に少しばかり僕に時間を下さい」





唐突なジェイの言葉に皆して首を傾げる。

だけど“あの”ジェイだ。
わざわざ目的地に向かうのを止めてまでの事、きっと大事に違いない。





「…皆さんに、話しておきたい事があります」





ふと、ジェイと目が合った。

偶然、と言うには少し違う。

向こうはずっと私を見ていて、その眼差しに私が気付いた、
そう言った方が正しいだろう。

真剣な瞳。
ジェイがそんな目をする時は、大抵私にとって不都合な事を聞かれるか、怒られる時だ。

一体ジェイが何を想っているのか、具体的には分からない。
だけども良い事でないのは確かだろう。





「…さんの事について、少しお話があるんです」





ああ、やっぱり。
やっぱり私の事だった。

ジェイの思っている事が分かってしまうなんて、私も相当ジェイが好きなんだろうと思いつつ
さあどうやってこの危機を乗り越えようかと、許された数秒で頭を素早く回転させるのであった。










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修正:14/01/04