何か悪い事をしただろうか、と考えても答えは出ない。
お説教される前に謝っておいた方が良いかもしれない…。
とにかく私に関しての話と言うのは間違いないのだから。
「ごめんなさ―――…」
「さん」
「はいぃ!?」
謝る隙もなしかよ!と心の中で突っ込む。
体と言うのは非常に正直だ。
ジェイが私の名前を呼ぶだけでこんなにしゃんと背筋が伸びるのだから。
「最近、何か体に異変は起きていませんか?」
「…異変…?」
我が耳を疑った。
ジェイは私に怒るどころか心配をしてくれている。
何処からどうみても健康体の私をじっと見て、私が首を傾げるだけで眉を顰めた。
普段は私の間抜け面に盛大な溜め息を吐くクセに、今日は息をするのも忘れジッと見ている。
「別に何もないけど…」
「嘘ですね」
「う、嘘じゃないよ!本当にないって!!」
「じゃあ聞きますけど」
鋭さを増した瞳が私を離すまいと捉える。
そんな風に見られたら、健康体であっても具合が悪くなりそうだ。
「水晶の森で、唐突に貴女を襲った激痛…。
あの苦しみ方は、異変と言う他無いと思いますけど」
水晶の森…。
「あ、それあたしも思った…すっごく痛そうだったよ?」
「水晶の森だけではありません」
「初めはセネルさんの家で、次はテューラさんとシャーリィさんが話している時。
そしてその次は人喰い遺跡で」
「貴女は隠していたつもりかもしれませんが、何処からどう見てもおかしかったですよ」
指摘され、初めてその時の事を振り返る。
確か、セネルの家に行き皆でご飯を食べている時
シャーリィの声が聞こえて、物凄い吐き気がしたんだ。
テューラが灯台の街に来た時は急に息苦しくなって、ワルターに肩を貸してもらった。
人喰い遺跡の時は、鳩尾を殴られたみたいな衝撃に体が跳ねて…。
「…持病が何かですか?」
「…私、健康だけが取り柄なんだけど…」
「ですよね」
有り得ない、と顎に手を当て他の可能性を考えるジェイ。
何だか自分の体を探られているみたい。
だけど私自身、あの痛みや苦しみは説明が出来ないんだ。
水晶の森で痛みが走り出したのは、あの子とシュヴァルツが話し終わった後。
胸を貫かれたかと思ったら体内に手が浸蝕してきて
…その手が体の中で開いて、何かをした瞬間、だったような…。
「…ダメだ、記憶が曖昧…」
「あの状況で全てを覚えていたら尊敬しますよ。叫ぶ程酷い痛みだったんですから」
「そうだけど…ジェイが変な事聞くから気になって気持ち悪い!!」
「僕のせいにされても」
「あらぁ、わたくし知ってるわよぉ」
再び怒鳴りかかろうと開いた口がピタリと止まる。
大口を開けたまま、ニコニコと笑うグリューネさんの方へと首を動かした。
皆から視線を浴びて、グリューネさんは「お揃いねぇ」と笑う。
まるでグリューネさんの周りだけ時が違うようだ。
「グリューネさん知ってるの!?」
「えぇ」
「教えて教えて!」
「ひらひら〜」
絡めていた指と指を解き、グリューネさんは言葉通りヒラヒラと手を動かした。
「ふわふわ〜」
「…それ、水晶の森でも言ってましたね」
「そうよぉ。なのにジェイちゃん何も言ってくれないんだものぉ」
「だって訳分かりませんし」
頬を膨らまし怒るグリューネさんには
プンプン、と言う可愛らしい擬音が似合う。
全く怖くない、と溜め息を吐くジェイにまたプンプンと頬を膨らます。
その後すぐに笑顔を取り戻したグリューネさんは私の名前を呼んだ。
「ちゃんは、きっとお掃除が好きなのねぇ」
「私が…?」
「掃除機みたいに、スイスイ霧を吸い込んじゃうんだもの」
グリューネさんの例えは非常に分かりやすかった。
だけど理解するのには数秒を要する、それを事実だと受け入れる事にもまた数秒。
つまり、私が掃除機だとすれば黒い霧がゴミで
知らない内に私がゴミを吸い込んでいるとでも…?
「…確かに、そうかもしれない」
「うえ…ほ、本当…?」
「ノーマと墓地で倒れていた時、風もないのにの方に霧が流れていた」
グリューネさんだけでなく、ウィルまでもが私を掃除機扱いする。
グリューネさんの言葉を信用していなかったジェイも
ウィルの言葉には微かな反応を見せた。
「あたしから霧が出てて、それをが吸ってくれたってわけ…?」
「でも、どうしてノーマから霧が出たんだ?」
「それはまだ分かりませんが…霧が良い物でないのは確かでしょう」
「がどうして霧を吸い取り消せるのか、と言う根拠もない」
「ええ…やはり破壊の少女特有の力なのでしょうか…」
まあ、確かにゴミを吸い込む機械を彼女に取り付けるのは容易だっただらう。
最も、私が見た過去の映像にはそんなものなかったが。
まあ、破壊の少女だから云々は置いておくとして。
私にとってこんなに嬉しい事はない。
「さん?」
「あ…何?」
「何?じゃないですよ。さっきからずっとニヤニヤして気持ち悪い…」
「…あはは」
知らない内に笑ってたようだ。
でも、ニヤニヤしちゃうのも仕方がない。
迷惑かけっぱなしだった皆に、やっと恩返し出来る方法を見つけたんだから。
「よし、これからは掃除機として頑張る!」
「は…?」
「黒い霧が良い物じゃないのは確かなんでしょ?なら私どんどん吸うよ!」
「…」
「私が霧を全部消しちゃえば、皆が黒い霧について悩む事もなくなるよ?」
こんなに良い話はないと言うのに、笑っているのは私だけだった。
皆ぽかんと口を開け目を丸くしている。
唐突でもない、むしろ予測出来たであろう話の流れに、何故皆は呆けるのだろうか。
「…あの、一ついいですか」
「?」
「僕が聞きたいのは“水晶の森でどうして異変を起こしたか”、なんですけど…」
「あらぁ、そうだったかしらぁ?」
確かに話がズレている。
それでも私とグリューネさんは全くもって気にしていない。
皆にジトッとした目で見られるよりも、現時点で分かった事実の方が遥かに勝る喜びだ。
「もしかしたら、霧を吸い込んでるせいで体に異変が起きたのでは…」
「でも今は全然平気だよ?」
「確かに、見た限りでは健康体そのものだな…」
「ですがまた異常が見られた場合、さんを霧の側へ寄せるのは危険かと」
ジェイが珍しく私の心配をしてくれている。
だけどちっとも嬉しくないのは気のせいだろうか。
折角見つけた私の役割を取られる訳にもいかない。
「きっと毒のせいだよ!」
「いえ、そんなはずはありません」
「なくてもそうなの!」
「何言ってるんですか貴女」
「お願い!もしまた体がおかしくなったら霧には近付かないから!!」
パン!と音が立つくらい強く手を合わせれば両手の平がジンジン痛んだ。
ジェイ様ジェイ様、こんな馬鹿な私にもチャンスをお与え下さい。
どうか、本当、この通り。
「……約束ですよ」
呆れ声に、恐る恐る顔を上げる。
恥ずかしそうに小指を差し出すジェイの頬はちょっと赤い。
仕方なしにでも、彼が私が喜ぶ約束の契り方を分かってくれている事が嬉しかった。
「…っありがと!!」
「異変が起きたらちゃんと言って下さいね、どんな些細な事でもですよ」
「ありがとー!」
「…聞いてます?さんはすぐ我慢する癖があるから…」
「ありがとーありがとー!」
「…やっぱ止めますか」
「はあ!?」
慌てふためく私の姿を見て、ジェイはフッと笑う。
不意打ちの笑顔に心臓が飛び出るかと思った。
いつもみたいな営業スマイルじゃなくて、本当に優しい、柔らかい笑顔。
私がそう言う所作に慣れていないと知って、わざとそうしているのではないかと疑った。
ジェイは何も言わずにスッと絡めた小指を解く。
ジェイが何も言わないのだから、指切った、と言う事で良いのだろう。
私とジェイの間で
“体に異変があるまでは、霧を吸い取っても良い”
そんなちょっと変てこな約束が交わされた。
「よっしゃ、かかって来い黒い霧!」
「カッコイ〜!」
「ノーマも今度黒い霧が出たら私の胸に飛び込むんだよ!」
「うん、よろしくね!掃除機!」
「よろしくねぇ」
「任せてー!」
頼りにされる、それだけでこんなにも人って嬉しくなれるんだ。
掃除機って言う立場は微妙すぎるけど
この力がどれだけ凄いかは説明されなくても私には分かる。
きっと、私がこの世界に来た意味はこれなんだ。
「それじゃ、ジェイの話も終わったし早速水の民の里に行こー!」
「お〜!」
「おぉー」
「お〜っ!」
らしくもなく場を仕切ってみれば、ノーマとグリューネさん、そしてハリエットの返事が聞こえた。
「…ハリエット、お前は留守番だからな」
「ぶ〜」
ぷくっと頬を膨らませて、ジトリとウィルを睨むハリエット。
その膨らんだ頬が愛らしく、何度も何度も突っつき柔らかい感触を味わう。
突かれているハリエットは徐々に不機嫌面になっていく。
けどそんなのお構いなしだ。
「ほら〜!さっさと来る〜!」
「あ、うん!じゃーね、ハリエット!」
「バイバ〜イ!」
お留守番もすっかり板に付き、ハリエットは元気良く私達を見送ってくれた。
別れの挨拶を済ませ、青い空を見上げ大きく深呼吸をする。
陽が仕方なく道を照らそうとしているなら、それでも構わない。
私は自分が信じた道を進むだけなんだから。
照らされた道じゃなくて、自分で照らしていける道を。
「…」
「あら、ジェイ君まだいたの?」
「あ…いえ、僕ももう行きますね」
「早く行かないと置いてかれちゃうわよ」
「すぐに追いつきますよ」
パタン、と静かに閉まる扉。
小さく吐かれた溜め息。
謎が更に謎を呼び、どうして良いかも分からず謎に悩み、また謎を増やす。
黒い霧。
それを体内に吸い込み、消してしまう能力。
「多分あの人は…約束を守らないだろうな…」
…―――ごめんなさい…。
頬を伝う涙は、赤く、濁った、薄汚い血の色。
…―――自分の為ならどんな者だろうと裏切る、それが人だ。
こんな醜い機械人形のわたしでも、まだ人の心を持っている。
でも、知らなかった。
裏切る行為がこんなに辛いのは、仲間のいなかったわたしには分からなかった。
愛しい人に力を捧げる為、彼女を…を踏み台にしている。
それを知った時、はわたしをまた見捨てる。
何度も手を差し出してくれたのに、裏切り続けているのはわたし。
それでも私は只一人、…あの方だけについて行くって決めたの。
耳元で、優しく、恨みの感情等一つない声で
わたしの名前を呼んでくれたから。
だから、ごめんなさい。
ごめんなさい。
…ごめんなさい。
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修正:14/01/04