この溢れる喜びを何処へ向ければ良いのだろう。
そんな事考えるまでもなく、私はすぐさま行動に移っていた。
「ノーマー!!」
「お〜よしよし!良かったね〜!」
自分の席に戻る間際、目が合ったノーマに熱い抱擁。
ノーマはまるで自分の事のように喜んでくれた。
他の皆もはしゃぐ私を見て、いつもなら「五月蝿い」と言うのに
今日に限っては穏やかな表情で見守ってくれている。
ただ二人、ジェイとワルターを除いては。
「早速だが、諸君等に協力をお願いしたい事がある」
人が幸せを噛み締めていると言うのに、空気の読めないジジイだ。
人の性格と言うのはそう簡単には直らない。
私の存在を認めた後も、人の邪魔をするのは相変わらずのようだ。
「この所里の周辺で、黒い霧の目撃報告が相次いでいるのだ」
「黒い霧…」
「シャーリィの話では諸君等も何度か遭遇しているようだな」
これは騒いでる場合じゃないと察し、私は自分の席に座る。
「黒い霧の正体を何かご存知なんですか?」
「残念ながら、今の所は何も」
「そうですか…」
「だが話を聞いていると胸騒ぎがする…黒い霧は放置してはならんものだ」
「それなら私がっ…むう!?」
再び席を立ち手を上げたと同時、繋がるはずだった言葉が途切れた。
その理由は明確だ。
誰かの手によって口を塞がれ、邪魔をされたから。
そんな事が瞬時に出来るのは、私のすぐ近くにいるワルターしかいない。
「…ワルターよ、どうかしたか?」
「…いや…」
「さんの無駄話に時間を費やすのは勿体無いでしょう?」
「むう!?」
「だからワルターさんが止めたんです。…ですよね?」
「…あぁ」
いつもの表情を浮かべながら淡々と嘘を吐くジェイに肯定を返すワルター。
無駄な事?
そうじゃないって、誰よりも知っているのはジェイなのに。
ただ“霧の事は私に任せて”と、真実を言おうとしただけだ。
そうすればこんな話し合いすぐにに終わる。
無駄話どころかこれまでにない程の慈愛に満ちた発言じゃないか。
「…これからは霧の真相究明の為に連携していきましょう」
「ああ、感謝するよ」
結局私が発言をする前に話し合いは終わってしまった。
話が流れる前に早く行かなきゃと、手足をジタバタ強く振った。
例えワルターの顔に誤ってグーパンが飛ぼうとも関係ない。
だけど私がどんなに手を振り回し足で空を蹴っても
ワルターはその手を緩める事はなかった。
「テューラ!長は今来客中よ!!」
建物の外から知らない女性の声が聞こえ、「ああ、これはもうダメだ」と悟った。
ガツガツ、恐ろしいくらいに靴音を響かせ乱暴に室内へと入ってくる少女。
それを見て唖然と口を開ける仲間達。
こんな状況じゃ誰も話なんか聞いてくれない。
振り回していた手を止めダラリと項垂れながら溜め息を吐けば
ワルターはゆっくりと私から手を離す。
「…すまない」
耳元で囁かれた言葉の返事代わりに、私はワルターを見つめた。
謝るぐらいならやらなければ良い、そう思いながらも
彼の行動には何かしらの意味があるのだろうと勘繰る。
でもその訳をワルターは言わない。
謝っているのは私の行動を邪魔した事にじゃなくて「理由を言えなくてごめん」と言う事だ。
「何事かね、テューラ」
「帰って下さいって言ったの、聞こえなかったんですか?」
さっきまで笑顔を浮かべていたシャーリィの表情が一瞬にして崩れる。
ガラガラと瓦礫になっていく笑顔の裏には、悲しみに目を伏せるシャーリィがいた。
「長!こんな人達さっさと追い返して下さい」
「そんな一方的な事言わないでよ〜」
「…一方的なのは貴方達陸の民だと思いますけど」
「何だって…?」
「水の民を利用するだけ利用して、殺すだけ殺しておいて良く言えますね」
「な…」
「私、何か間違った事言ってますか?」
鋭い視線はここにいる水の民数人と私以外の全員に注がれる。
私に関しては初めから見向きもされていないだけ。
「どうして貴女なんかが滄我に選ばれたんですか」
「…」
「私がメルネスだったら陸の民を大陸ごと消してあげたのに!!」
シャーリィは泣かなかった。
ただ真っ直ぐ、心臓を抉るような鋭い言葉を受け止めている。
「人を滅ぼす為の力なんて、持ってない方が良いんだよ…」
シャーリィはゆっくりと唇を動かし、強かに言葉を発する。
その風格ある物腰に驚いたのか、テューラは肩を跳ねらせ目を見開いた。
「…どう言う意味ですか?」
「そのままの意味だよ」
「ッ貴女の言ってる事は、良く分からない!」
怒りと動揺が混ざり合うテューラの瞳にシャーリィは哀れみの視線を向けた。
それがテューラの一番嫌な事と知ってかは分からない。
「私の前から消えて下さい!もう視界に入ってこないで!!」
「テューラさん…」
「水の民である事を忘れたなら、メルネスである事を放棄したなら、
私達の前に姿を見せないで下さい!!」
「ここは水の民が暮らす所です!」
テューラは肩を揺らし、荒い呼吸を繰り返す。
シンとした空気に、何だか酷く心が痛んだ。
罵声を浴びせられたシャーリィが心配…?
ううん…何だか違う気がする。
「シャーリィは、忘れた事なんてない」
「…!?」
「シャーリィは水の民である事を、誰よりも強く感じている」
「そんな事ある訳ない…!」
「シャーリィはメルネスである事を深く理解して生きてるんだ」
シャーリィを庇うよう前へ出たセネルと、その気迫に怯え後退するテューラ。
皆はただ黙ってそれを見ている。
いや、睨んでいるの方が正しいだろう。
「シャーリィは水の民の未来の為に俺達と一緒にいる事を選んだ」
「…」
「メルネスとしての責任を別の形で果たそうとしているんだ」
「ぎゃ〜ぎゃ〜喚くだけのあんたとは、覚悟が違うって事」
「…変えようともしないで変わらない現実に文句を言うのは、卑怯者のする事だ」
卑怯者。
それがテューラだって言うの?
何だか、酷く体が熱い。
嬉しいとか、悲しいとかじゃなくて。
無性に腹が立っている。
「フェニモールは俺達の事受け入れてくれたよ」
「姉さんが…?そんなはずない!」
「嬢ちゃん、ちっこいガキじゃあないじゃろ?そろそろ気付けや」
「陸の民だとか水の民だとか、そこだけにこだわってちゃ何も始まらないんだ」
「それを理解しても良い頃だろ?」
冷めきった声と、呆れた溜め息が耳に届いた。
瞬間、自分の中にある何かが弾ける。
「…言いすぎ」
ガン、と強く机を叩けば正面にいるシャーリィの体が大袈裟に跳ねた。
「…は?」
仲間から返ってきた言葉は、たった一文字に疑問符を付けただけ。
さっきまで五月蝿いくらいにテューラを諭していたくせに、私が怒る理由も理解していない。
「アンタ達だって抑えきれない恨みとか悲しみとか
色々誰かに押し付けて生きてきたくせに良く言うよ」
嫌な静けさが部屋を包む。
それを作り出しているのは私、だけど謝罪をする義理はない。
いや、あるかもしれないけどそれとこれとは話が別だ。
「だからって、シャーリィに恨みを押し付けるのはおかしいだろ…!」
「じゃあ誰に押し付ければ良い訳!?」
机を叩いた手が痛い。
「テューラには誰もいないじゃん!!」
「…」
「…親もいないし、お姉さんもいない」
「少なくとも私は、それが寂しくて辛くて、皆にたくさん迷惑かけた」
「誰かに怒鳴ったり、泣きついたりした事だってあったよ!
何でそれがテューラになったら認めてあげないんだよ!」
言い返してきたら、倍返しにしてやる。
私は自分が言っている事に一片も間違いはないと胸を張って言えるから。
“テューラ、ごめん”、その一言が出てこない限り私は皆を絶対に許さない。
だけど、どんなに待ったって私の望む言葉は出てこなかった。
それどころか誰も口を開かない。
「…もう良い」
ポツリと、雨粒よりも小さな声で言葉を残し
私は遠くにいたテューラにゆっくりと近寄る。
怒りを露にしている私に怯えているのか
テューラは私が近付く度にジリジリと後退していった。
「シャーリィには皆がいるから充分だろうし、私は今からテューラの味方になる」
「これも双方の歩み寄りってやつでしょ?」
その細い手首を無理矢理掴み、私は建物の出口へと向かった。
「おい、待てよ!」
「何処行く気じゃ!?」
「…別に何処だって良いじゃん」
「私とテューラが何処に行こうと、アンタ等には関係ないよ」
そう、たった一言残し、私はその場を後にした。
「……」
重い空気。
建物に残された者の表情は、呆れであったり、戸惑いであったり
それこそバラバラではあったが、重苦しい物に変わりはなかった。
「ワイ、ちびりそうじゃったわ…」
「親とか先生に怒られるより怖かった〜…」
次々に漏れる感想と安堵にも似た溜め息。
「俺、間違った事言ったか…?」
「そんな、お兄ちゃんは何も―――…」
「さん的には、間違った事だったみたいですけどね」
落ち込む兄を励ます妹の言葉を遮り
ジェイの刃のような言葉がセネルの胸に刺さる。
体をフラリと傾けその場に崩れそうになるのを必死に耐えるセネルの表情は
この世の者とは思えない程青白く、この数秒でやつれていた。
「…あれだよね」
「?」
「、あたし等には不安定な時しか怒鳴らなかったから今まで怖くなかったけど…」
ああ、そう言えば普段の状態で面と向かって怒られたのは
初めてと言って等しいだろう。
「実は普段怒らせると、相当怖い…?」
「…」
「っつ〜か、あんた達にとっては鬼…?」
「かもしれん…」
震える体を自らの腕で包むモーゼスは歯をカタカタと鳴らし、
セネルは壁の力を借りて何とか崩れかけの身を支えていた。
「普段は励まされる事の方が多いしな…」
「あの笑顔は癒しじゃ…」
「それも、謝らない限り一生見れないでしょうね」
余裕を見せるジェイの横、言葉のナイフで刺されたモーゼスは
ぐ、と喉を詰まらせたかと思えば次には涙を浮かべ、
建物が揺れる程の大きな声での名前を叫んだ。
「……目障りな小娘だ」
その中、ポツリと落とされた老人の言葉等、誰にも気付かず時は過ぎていく。
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修正:14/01/04