「ち、ちょっと…!一体何処に行くつもりです!?」
「フェニモールのお墓の反対側!」
思ったよりも苛立ちが声に出て、自分でも驚いた。
チラリと後ろを盗み見れば、テューラが完全に怯えている。
「ど、どうして姉さんの墓から離れるんですか…」
「そっちにシャーリィ達が行くから」
「……」
「うん…ここらへんなら見つからないはず」
私が言うここらへんって言うのは里の入り口だ。
人の姿はなく、とても静かだった。
まるでここだけが世界から切り抜かれたよう。
湖の縁に座り、ブーツを脱ぐ。
テューラはそんな私と一定の距離を取ってジロジロとこちらを見ていた。
脱いだブーツをそこら辺に放って、湖に足を沈める。
ひやっとしてて、心地良い。
「あー…極楽ー…」
「…」
「テューラは座らないの?」
「っ言われなくても座ります!」
そう言ってテューラが座った場所は、私からある程度の距離を取った場所だ。
間に人二人は余裕で入るだろう。
近寄ろうと腰を浮かせれば、テューラは素早く反応し私から離れる。
何度近寄ろうとしてもそれの繰り返し。
さすがの私もこれは無理だと察し、パシャパシャと湖の水を蹴り暇を潰した。
「…帰らないんですか?」
「うん」
「私なんか放っておいて、早くあの人達の所へ帰れば良いのに」
「冗談。帰りたくないから帰らないんだよ」
テューラの言葉に、治まっていた怒りが沸々と蘇る。
無意識の内に水を蹴る足が力んでいた。
「それに、テューラの味方になるって決めたし」
「…貴女の力なんか必要ないです」
「もう決めたもん」
「ッ…我侭な人ですね」
「良く言われる!」
アハハと笑い、私は水面からテューラへと視線を向ける。
すぐに顔を反らされてしまったけど
一瞬目が合った時のテューラは困惑した表情を浮かべていた。
「…何で」
「?」
「…何で私の事、庇ったんですか?」
その表情の原因は私の言動のようだ。
三角座りをし、湖の遠くを見つめながら喋るテューラの声は、ほんの少しだけ震えていた。
「庇いたくなったからかな?」
「答えになってませんよ…」
「テューラはジェイと同じくらい色々こだわるんだね…」
「…」
「あ、ジェイって分かる?あの一番小さい男の子なんだけど…」
「陸の民なんかと一緒にしないで!」
急に怒鳴られてビックリした。
驚いた拍子に声を出す事を忘れ、口が開きっぱなしになってしまう。
テューラは私の阿呆面を見てハッと我に返り
そして申し訳無さそうに膝に顔を埋めた。
いつもなら鋭い睨みのおまけ付きなのに
今日に限ってそれがない…何だかとても不自然だ。
「テューラ、具合悪いの…?」
「ど、どうしてですか」
「いつもより迫力がないからちょっと心配だなって…」
「わ、私だって静かな時ぐらいあります」
かあっと頬を赤くし、自らの膝に顔を隠すテューラは
もうシャーリィ達への怒りを忘れているようだ。
いや、怒っていたのは私だけかもしれないけども。
だけど、ほんの少しでもテューラの嫌な気持ちを消してあげられたなら
それ以上に嬉しい事はない。
「…別に理由はないよ」
「?」
「ただ単に、セネル達に腹が立ったからテューラの味方になっただけ」
「…どうして…私は貴女に酷い事を言ったのに…」
「……いつ?」
真面目に聞き返す私の瞳を見て、テューラは顔を歪めた。
あ、これは俗に言う呆れ顔だ、と心の中で呟く。
「いつって、貴女が監禁されていた頃ですよ」
「…言われたような、言われなかったような…」
「それに…初めて陸の民の街に言った時も“殺す”って…」
「それはマウリッツからの伝言じゃん」
テューラはゆっくりと首を動かす。
動作が小さすぎて、その首が縦に動いたのか横に動いたのかは分からなかった。
自らの肩を抱くテューラはとても辛そうだ。
人二人分の間合いをそっと詰め、ポンポンと二回、その背中を優しく叩く。
「もうそんな事どうでも良いよ」
「どうでも良いって…」
「私罵声には慣れてるし、テューラの本心なら何言われても嬉しいんだよ!」
きょとんとするテューラに「変な事言った?」と小首を傾げれば、
テューラはハッと私の手を払う。
勢いよく視線を逸らしたテューラに、私は笑った。
頬を赤く染めた少女は私を睨むけど、全く怖くない。
可愛い、とまた笑えばテューラは大きな溜め息を零す。
反応が変わった、だけどその物憂いな表情も可愛らしい。
「…私、貴女みたいな陸の民初めて見ました」
「陸の民でも水の民でもないよ」
「…でも、貴女は破壊の少女で、私達水の民にとっては憎むべき対象です」
冷たい風が頬を撫でた。
それを合図にしたかのように、時の流れも変化する。
風に乗って届くテューラの声はか細く、今にも消えそうだった。
「…私、皆を裏切ってるんじゃないかなって…」
「本当はこうして貴女と話してるだけでも、嫌悪感を抱かなきゃいけない立場なのに…」
顔を埋め、篭る声。
だけど私にはとてもクリアに聞こえた。
「本当はメルネスよりも、貴女を恨むべきはずなのよ…」
「なのに、どうしてあの子を恨んじゃうんだろう…」
それ、本気で言ってるの?なんて聞き返せる雰囲気でもない。
もし本気なら、今のテューラの言葉、体が震える程嬉しい。
「…」
「…?」
「……」
「…何笑ってるんですか、気持ち悪い…」
嫌悪の瞳を向けるテューラは、私から更に距離を取る。
二人分程の距離が一気に五人分ぐらいになってしまった。
これは相当引かれているなと思いながらも
ニヤニヤと卑しく笑う口元を隠し、空いている片手をブンブンと横へ振る。
と言うか、こんな顔になってしまったのは百パーセントテューラのせいなんだけど。
「や、違うの」
「何がですか…」
「私達、友達になれるよ!」
「…は?」
「なれる!もうなってる!と言うか絶対なってやる!」
距離を一気に詰め、その冷たい手をぎゅっと握った。
すぐに拒絶されるかと思ったけど
テューラは相当驚いているのか、私の手を振り解こうとしない。
硝子玉みたいに目を丸くし、海色の眼球に私を映すだけ。
「私はずっと前から友達だと思ってたけど!」
「ち、ちょっと…何言って…」
「だからもっとテューラの事話して!」
「やっ…は、離して…!」
「もっともっと、私テューラの事知りたいよ!」
「ッ…良い加減にして下さい!!」
固く、強く握っていた手が一瞬にして解かれる。
マジギレしているのか、テューラの力は思った以上に強かった。
戦い慣れしていない女の子が、こんな力出せるんだと思うくらい。
「私は貴女と友達になんかなりたくありません!」
いつものように私を睨むテューラに何処か違和感を覚える。
怒りも勿論ある。
だけどそれに混じって動揺とか気恥ずかしさとか
そんな色んな気持ちが、テューラの瞳から私に流れてくる。
「何なんですか貴女…!私は貴女に酷い事を言ってるんですよ?」
「そんな事ないよ」
「貴女だけじゃない、貴女の仲間達にも…!」
「それが味方?友達?親しくなろう?」
「ッ本当はそんな事思っていないくせに、適当な事言わないで!!」
立ち上がり、私を見下しながら言葉を吐き出すその表情は酷く歪んでいた。
「今まで散々酷い事を貴女の仲間達に言ったんです!
それは許される事じゃないでしょう!?」
「私だって、里の皆が貴女に傷付けられたりでもしたら絶対に許せない…!
それと同じ事じゃないですか!」
息を吐く暇もなく次々と溢れ出す言葉に、私は目を細めた。
「そんな事ない」と言おうとすれば、テューラはそのタイミングを見計らうように
言葉で私を突き放そうと必死になる。
「っだから、私は貴女を許しちゃいけない…!」
蒼い瞳が、その海が、輝きを増した。
「貴女は大昔に大沈下の邪魔をした!私達を殺した陸の民の仲間だった!!」
「だから、だから許さない…許せない…!!」
雨じゃない。
何処からかポタポタと流れ落ちる雫が生い茂る緑に露を残す。
「なのに、嫌でも分かる…!」
ポツ、ポツ、と零れる雫に合わせ
その口からは止まる事なく言葉が溢れた。
「貴女は、悪い人なんかじゃない…!」
「破壊の少女だけど、そうじゃない…昔とは違うって…!」
「貴女が里の人を傷付ける事がないのも、理解してるのよ…!!」
肩を揺らし、息が出来ずに顔を真っ赤にして。
一体、誰がここまで彼女を追い込んでいるのだろうか。
「けど、私は姉さんみたいに強くない!!
里の中で一人だけ、貴女の味方につく強さなんかないッ!!」
「だから私は、あの子を恨んで…!
貴女なんか、眼中にないって…もう消えた存在なんだって言い聞かせて!」
「そう思わなきゃ、私は貴女に笑顔を向けてしまう…!」
その言葉を、もっと違う形で聞けていたら
私は迷わずテューラを抱き締めていただろう。
まるで私がそうすると分かっているから、わざと虚勢を張る彼女にどうする事も出来ない。
「っだから、…だから!
私は今でも陸の民と仲良くしているあの子を…メルネスを許さない…!!」
ドクン、と脳が揺れた。
テューラの荒い呼吸を遮り、私の心臓は五月蠅く鳴る。
この、感覚…。
金色の髪から、青く染められた服から、その白い肌から
瘴気のように溢れ出す黒い霧。
少女を塗り潰す黒い絵の具のように、その霧は止まらない。
「大沈下さえ起きれば…陸さえなくなれば…!」
蒼い瞳から零れる涙さえ、私の目には黒く見える。
…私の目、どうなってるんだろう。
「そうすれば、貴女なんかと話さなくて済んだのに!!」
早く、霧を吸い取ってあげなきゃ。
そう思い手を伸ばせば、テューラは私を拒むように一歩引く。
そして、私の頭からは誰か違う人の声が聞こえた。
…―――…もっ…と…。
…―――…糧を…源を…力を……。
「貴女と話してるとおかしくなる…!もうこれ以上、混乱させないでよッ!!」
そう言い放ち、テューラは私に背を向けて走り出す。
ハッと我に返った時には、もう手の届かない場所にいた。
「ま、って…!?」
いざ追いかけようと立ち上がれば、体が大きく傾く。
ガクンと下がった体を何とか支え、五月蠅い心臓を抑えぎゅうっと目を瞑った。
鉛のように重くなった足をどうにかしようと考える間もなく、痛みは引いた。
たった一瞬、壊れた体はすぐに平常を取り戻す。
「テューラ!!」
テューラの名を口にした瞬間、足は獣のように早く動き
瞳は少女を捉える為だけに景色の流れを追う。
頭には少女の名前と、何かを欲する言葉だけが駆け回る。
欲しい、欲しい、と繰り返される言葉を他人事のように聞いている私は
ただただテューラに追いつく事だけを考えていた。
まるで自分が二つに分かれているような、奇妙な現象だった。
それでも、目的地は同じだ。
私は放ったブーツも履かず、足に刺さる小石の痛みも気にせず
ただただ、消えた少女の背中を追った。
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修正:14/01/04