息が荒い。
流れる景色が、色を混ぜて飛んでいく。
早く、早く。
あの後ろ姿に追いつかなきゃ。
追いついたら、何をすれば良い。
そんなの、
助ける
に決まっている。
「テューラあああ!!」
「っ!?」
絶叫にも近い声を上げ、私は目の前の少女へ走る勢いのままタックルをかました。
テューラは思いっきり顔を引きつらせた後、私の体を剥がすと
そこら辺に置いてあった木の棒を持ち、地面に一本の線を引く。
ガリ、と鳴った音と引かれた線の濃さは
テューラが築く壁の分厚さを表しているようだった。
「この線からこっちに入らないで下さい!」
「ええ!?なに子供みたいな事してんの!」
「子供みたいに叫んで追い回してくる貴女に言われたくありません!!」
もしここにウィルがいたなら、間違いなく私達両方を殴るだろう。
それ程私達の行動は他人から見たら幼稚で滑稽なのだ。
「とりあえず入るよ!」
「っ来ないで…!」
…怯えてる…。
霧のせいなのだろうか。
里の外で話した時とは全然違う。
さっきまでは傍若無人な私に罵声を上げる事が出来ていたのに
今では魔物を見るかのように震えている。
「ねえ、あの子…」
二人の間に沈黙が流れると、ヒソ、と小さく女の声が聞こえた。
私とテューラが話しているだけで、だ。
たったそれだけ、それだけなのに粘っこい声が辺りに響く。
「テューラ、何であんな子と話して…」
「まさか、心を許した訳じゃ…」
会話は伝言ゲームのようにそこら中に伝わった。
次第に辺りの声が大きくなると
テューラは持っていた木の棒を手放し、震える手で耳を塞ぐ。
小さく震えた声で「止めて」、と何回も繰り返しながら。
「っ変な事言うの止めなよ…!アンタ等同じ水の民だろ!?」
ヒソヒソと、辺りの会話は止む事を知らなかった。
私が話した、それだけでコイツ等にとっては美味しい話題なんだ。
「私がテューラに無理矢理友達になろうって誘ってんの!!」
「っえ…?」
「テューラは嫌がってんだよ!嫌がってるのに止めない私も、私だけど…!」
本当に自己中な奴だ、自分と言う奴は。
でも全部本心なのだ、何も嘘でこんな事言うはずがない。
「アンタ等もテューラと同じ水の民なら…仲間なら、私殺してでもこの子守ってあげなよ!!」
「そんな事も出来ずにただ見てるだけで、確信もない噂ばっかして!」
「私はテューラが怯えてたら、ちゃんと守ってあげられる!
隠れて人を馬鹿にするアンタ等よりも数倍強い!!」
言い放ち、荒い息を吐いたと同時
会話を聞いていた名も知らぬ男が怒りを露にして私に近付いてくる。
私はテューラの前に立ち、ゆっくりと杖を握った。
攻撃するつもりは更々なかったが、牽制にはなるだろうと。
男は何の迷いもなく私の胸倉を掴み高々と持ち上げ
魔物のように歯を剥き出しながらその蒼い瞳に殺気を混ぜた。
「言わせておけば破壊の少女が偉そうに!」
「っ…!」
首が絞まる感覚にぐ、と言葉にならない声を出す私を見て
里の者は例外なく笑った。
この状態が続けば、私は間違いなく殺される。
死ぬ間際の私を見て、コイツ等は快楽に溺れている。
目の前の男は息を荒くし、酷く興奮していた。
きっと里のヒーローにでもなったつもりなのだろう…気持ち悪い。
「ッ…う…」
苦しみに声を漏らせば、背後から「あ…」と怯えきったテューラの声が聞こえた。
それがまだ、私に意識を手放すなと教えてくれる。
「殺されるのが本望なら殺してやるよ…!」
「っ…上等!さっさと殺してテューラを助けてあげなよ!」
下らない噂話なんかせずに、初めからこうすれば良かったんだ。
本当、この里の人間は一部を除いて回りくどくて面倒臭い。
「貴女と話してるとおかしくなる…!もうこれ以上、混乱させないでよッ!!」
ここで死ぬ気なんてないけど、
テューラにはこんなにも頼れる人がいるんだって知って欲しい。
テューラの愚痴を聞いてくれる味方はいるんだって。
フェニモールのように、テューラを愛してくれる人はたくさんいるんだって。
…それが私じゃないのは、何だか酷く寂しいけど。
だけどテューラが悲しむなら、苦しむなら
私は加害者にだってなってみせるよ。
「いやっ…止めて!!」
粘っこい笑い声を割き、少女の声が里を覆った。
水の民からは笑顔が消え、私の首を絞める男の手も緩くなる。
凍りつく時の中で聞こえたのは、荒く乱れた呼吸だけ。
「…テューラ?」
辺りにいた女性が、小さくテューラの名前を呼んだ。
ハッと我に返ったテューラは
里の中にいる水の民の視線を受け、目を大きく見開き揺らす。
耐え切れなくなりぎゅっと目を瞑ると同時
またヒソヒソと始まる卑しい会話。
その会話に、私の名前はごく稀にしか出てこない。
きっと今、水の民の中で加害者になろうとしているのは―――…。
「やっぱり、テューラは…」
「相手は破壊の少女だと言うのに…」
軽蔑の眼差し。驚きの表情。
聞こえてくる会話には、何度も何度もテューラの名前が飛び交って
それを聞く度にテューラは肩を跳ねらした。
「い、や…!」
耳を塞いでも聞こえてくる声に、テューラは錯乱し後ずさる。
「止めて…!やだ…助けて…!」
胸の中、ざわついた感覚が駆け巡ったのは気のせいではない。
私はその感覚に、絞まる喉を鳴らした。
高揚にも似た、言葉では言い表せない感情は辺りを見て膨張しだす。
「いやああッ!!」
澄みきった蒼い空が、一瞬にして闇と化した。
黒い霧が充満し、里を流れる水が淀む。
突然の天候の変化に里の者は慌て、より一層辺りがざわついた。
「っ魔物だ!!」
突如聞こえた男の声に振り向く。
恐怖でもたつく足を何とか動かし、建物へ逃げ込む男の後ろには
言葉通り、一匹の魔物。
「どうして魔物が…!」
「知らねぇよ!やっぱ結界なんて解かなきゃ良かったんだ!!」
「皆!建物に隠れろ!!逃げるんだ!!」
「ッ痛!?」
突如掴まれていた衣服を離され、堅い地面に思いっきり腰を打つ。
苦しさから解放され、何回か咳をし腰を擦りながら体勢を直した、たった数秒。
里の者は建物に消え、辺りは嫌な静寂に包まれていた。
すぐ横からはか細い少女の泣き声が、霧の奥からは魔物の唸る声が聞こえ、
私は立ち上がり一番近い建物の戸を叩く。
「っちょっと!!テューラも入れてあげてよ!!」
「冗談じゃない!魔物がいるんだぞ!」
「ッ最低…アンタ等それでも仲間かよ!!」
「うるせえ!」
「後一人くらいなら入るよ!!」
「―――…」
「ねえ…!ッ開けてよ!!」
水の民の人間は聞く耳を持たなかった。
無理矢理こじ開けようとするも、鍵を掛け家具で戸を塞いでいる。
誰の侵入も許そうとしない彼等に、私は信じられないと息を漏らした。
しまいには返事もなくなり、聞こえるのは少女のしゃくり声と
私達を狙う獣の唸り声。
「いや…やだ…怖い…!」
彼女が「いや」と言う度、霧は色濃くなり事態は悪化していく。
どうにかしないと、そう思いながら落ちた杖を拾いそっとテューラの手を握った。
繋がる手から、ジワリと何かが流れて来る。
ズルズル、体の中で虫が這うような感覚にビクリとしながらも一つ頷いた。
霧が流れてくる…これで良い、と。
「やだ…恐い…タスケテ…」
でも、どれだけ霧を吸い取ろうとしても
テューラから流れ出る物は止まらない。
「もう、皆…私の事なんて…」
「っ…?」
「やだ…一人にしないで、姉さん…!!」
その声は大地を揺るがし、人の手では起こせない災害を呼び寄せる。
揺れる地面は屈む事さえ難しく、よろめいた体は木の幹にぶつかった。
魔物は突然の事態により一層興奮し
目の前にいる私へと、全速力で走ってくる。
「っ…!」
距離が詰まり、魔物は大きく口を開き飛び掛かって来た。
鋭い牙に一度は怯むが、自分の左手にある彼女のぬくもりに目を覚まし
その口内に思いっきり杖を突き刺す。
痛みに悶絶する魔物の声。
震える喉が、気持ち悪い感触が杖を伝って手に届く。
「ッ…!」
グ、と手に力を入れ、杖を喉の奥まで突き刺した。
魔物の血と唾液の混ざった物が短い杖を伝い腕を濡らした。
暴れだす魔物から一気に杖を引き抜き、怯んだ相手の体を思いっきり遠くへ蹴り飛ばす。
魔物はピクピクと痙攣するだけで、しばらくは襲ってきそうになかった。
だけど霧が充満している世界で安心する事は出来ない。
「テューラ、今の内に建物の中に…!」
「っ血…!?」
「違っ…これは魔物の血だよ!他の人は怪我なんてしてないから…!」
「いや、やだ…!」
「落ち着いて!大丈夫だから早くっ…!」
「いやああああ!!」
里内に響き渡る絶叫。
聞こえているはずなのに、誰もテューラを助けようとしなかった。
建物の中に引きこもり、声を押し殺し
ただ魔物に怯える事しか出来ない人間。
このまま破壊の少女が死ぬのなら
テューラの犠牲は致し方ないと、神気取りのニンゲン。
…―――ああ、なんて人って。
「醜いだろう…人の子よ」
不意に聞こえた女の声に顔を上げた。
テューラでもなければ、私でもない。
今までこの場にいなかった者が、音もなく現れ声を出している。
「我が、子を助けよう…」
「っ…」
「子の憎しみ、恐怖、悲しみ…全てを我に捧げよ」
そう言って、女はテューラに手を伸ばす。
テューラは一度戸惑いの表情を見せた後、虚ろな瞳をゆっくりと動かして
操られるように差し伸べられた手に自らの手を乗せた。
「触るな!!」
だけどそれも一瞬。
突然の事態に混乱していても
これが悪い事だと言うのは誰よりも早く理解出来た。
二人の手は離れ、テューラはその場に俯き、女は私の方へと首を動かす。
「離れろ…!」
「…」
項垂れるテューラの前に立ち、血塗れの杖を女に向けた。
女はただ平然とそこに立ち、仮面の奥から私達を見つめるだけ。
「ふざけんな…!!」
「…」
「テューラを利用するのは止めろ!!」
全部知っている、アンタがやろうとしている事全て。
分かったら早く何処か遠くへ消えてしまえ。
仮面を付けた女はただ私を見つめるだけ。
言葉を交えようともしなければ、その場から動こうともしない。
だけど、口元が歪んだのだけはハッキリと分かった。
「…!」
「…」
「っ…なに笑ってるんだよ…!」
恐怖に体が震える。
それでもまたすぐに相手を睨みつけ、強く言葉を発した。
この場から逃げ出さない為、虚勢を張った。
「笑ってないで、何か言ったら!?」
もうこれ以上コイツの笑顔を見ていられない。
だから、何か言ってよ。
早く、いつものように無であるアンタの顔に戻ってよ。
胸の内でそう願う私に、女はゆっくりと唇を開いた。
吊り上がった口角を下げぬまま、言葉を紡ぐ。
本当に、ゆっくりと。
我
が
利
用
し
て
い
る
の
は
お
前
だ
なに…今の。
意味が、分からない。
そんな訳ないじゃん。
その、たった一言が口から出ずに頭が揺れた。
「!?」
「テューラさん!!」
聞き覚えのある声。
「悲鳴が聞こえたと思ったらやっぱり魔物だった訳ね!」
「クソッ…一気に片付けるぞ!」
里の異変に気付き駆け付けて来てくれた仲間達は
揃って武器を取り出し、魔物に向かう。
私とテューラにしか見えていないだろう女は
似合わない笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。
「感謝するぞ、人の子よ…世界は我の思惑通りに動いている…」
感謝…?
一体誰が、誰に向かって…?
「私…感謝される事なんてやってない…」
女は笑う。
それはどうかとはぐらかすように。
「私は、ただ霧を消しただけ…」
アンタの邪魔をしてるだけ、そう言った私を、また女は笑った。
それもまた、自らの思惑通りと言うように。
もう、ぐちゃぐちゃして、何も分からない。
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修正:14/01/05