頭が、グチャグチャになる。
いくら考えても、ゴールが見つからない。
…一体、誰の心の中を探しているの…?
求める答えを闇雲に探していれば
誰かが私の腕を引っ張り、グイッとその体へと引き寄せた。
ふと顔を上げれば、靡く金色の髪が視界に入って
ああ、ワルターだ、と心の中で呟く。
「ここにいろ」
大きな木の根元に、そっと体を下ろされる。
すぐ横にはカタカタと震えるテューラの姿があった。
「ち、ちょっと待って、私戦えるよ…!」
「その状態で戦えるわけないだろう」
「そんな、だっていつも通り―――…!」
「我が利用してるのはお前だ」
脳内にこびり付いた言葉が、離れない。
頭の中で響く、アイツの声。
「…そこで休んでいろ」
そう言って、私の肩を触ったワルターの手がやけに白く、あの女を連想させた。
我…利用…てる…前だ。
「っうるさい!!」
突然怒声を上げた私に驚くワルターの手を振り払い
その蒼い瞳に映った自分の恐ろしい顔にも気付かず走り出す。
「いかん!、陣形を崩すな!」
背後から聞こえたウィルの声にまで
心の中で「うるさい」と吐き出し無視をした。
筒に入った小さな短剣をいつもより乱暴に取り出せば
何本か地面に落ち、その音が前衛の集中力を削ぐ。
何事かと振り向く前衛達の間をくぐり抜け、目の前の魔物に覆い被さり、押し倒し。
その喉へと、突き刺した。
「私は、利用されてない!!」
どんなに悲痛な叫びが聞こえようとも、その手を止めはしなかった。
「利用されてるなら、アンタが繰り出したこの魔物を切り裂いてる私は何なんだよ!?」
声が裏返り、魔物の血に体が塗れようとも
短剣を抜き、刺し、繰り返す。
「私は、アンタの思惑を止める為に…!その為にこの力を手に入れた!!」
ねえ、そうだよね…?
「アンタのやってる事を邪魔する為に…」
そうなんでしょ?
「ッこの世界を守る為に、私は霧を消してんだよ!!」
何とか言ってよ…破壊の少女。
「、もう止めろ!!」
止める必要が何処にある。
仲間の声を聞き、感じた事は、自分がおかしいと言う事ではなく
皆が理解してくれないと言う苛立ちだった。
肩を掴まれた手を振り解くかのように
私は魔物に突き刺していた短剣を―――…
…―――仲間に向けた。
「っ…!」
「…あ……」
寸前で避けたセネルの頬に、小さく赤い線が浮かぶ。
そこから流れ出る血に私は我を取り戻した。
自らの頬に触れたセネルの手に、赤くドロリとした物がつく。
辺り一面、血の海。
獣の匂いが、自分から漂っていて気分が悪い。
「…わ、た…し…」
震え出した手が、黒い。
きっと、血のせいなんかじゃない。
まるで今まで吸い込んできた霧が、私の心を浸蝕しているようだ。
黒く、どす黒い、嫌な色。
私が、私がセネルを傷付けた。
我も忘れて、仲間と敵の区別もつけず、ただ我武者羅に傷付けた。
「セネル、大丈夫か?」
「掠っただけだ。何ともない…」
いつもと変わらない仲間達のやり取りが
こんなにも遠い物に見えたのは初めてだ。
「…」
「ッ…!」
大袈裟なまでに体が跳ねる。
持っていた短剣が手から滑り落ち
跨いでいた魔物が黒の砂へと変わった時、私の心も壊れた気がした。
「っ…私、何で…!」
血で染まった手から。
血の海へと沈んだ足から。
酷く、汚い衣服から。
消えた魔物の黒い瘴気が体内に入って来る。
「ッやだ、入って…!」
「落ち着け、…!」
「何で…!だって、私は良い事を…!」
また、苦しい思いをしなきゃいけないの。
「何で、どうして…!」
やっと、破壊の少女を認めてもらえたと思ったのに。
やっと、陸の民になれたのに。
また、逆戻り。
「折角、自分が納得出来る力が持てたのに…!」
「人を傷付けるブレスじゃなくて、皆を霧から救える、皆を助けられる力が…!」
「“破壊の少女”なんて言わせない力が手に入って…!!」
「ッもう自分を嫌わないで済むって…」
「そう思えたのに、どうしてまたこんな風になっちゃうんだよ!!」
焦る心に体がついてこない。
限界を超え、プツンと頭の中で何かが切れた。
体がグラリと大きく傾き、血のベッドへと落ちる。
…私はそのまま意識を失った。
「の調子は?」
「ううん、ダメ…まだ目覚まさないよ…」
ノーマの返事を聞き、「そうか…」と神妙な面持ちで言葉を返すウィル。
あれからどのくらいの時間が経ったのだろう。
息絶えた魔物が砂になり、しばらくして霧は消えた。
閉じこもっていた民が一人また一人と顔を出し
倒れる少女を見てざわざわと言葉を交える。
そして、誰かはこう言った。
「何だ、破壊の少女は生きていたのか」、と。
「皆、どうしてあんな事を言えるの…」
「優しい人達だったはずなのに」、と行き場のない悲しみにシャーリィは拳を握る。
「が死んで喜ぶ奴等なんぞほっとけ」
「水の民も動揺しているのだろう…あの霧は普通じゃない」
「ええ…」
「私達が体験した物の中で、一番だった」
クロエは歯を食い縛り言う。
仲間はただ沈黙を流す…それは肯定を表しての事だ。
「セネセネ、平気?ほっぺ…」
「さっき言っただろ。ただ掠っただけだ」
「そうじゃないよ…傷を付けたの、だから…」
「…別に、大した事じゃない」
そう口にしながらも、セネルは眉間に皺を寄せ悲しみの色を瞳に宿した。
突然の出来事に互いが動揺したあの瞬間を、今もハッキリと思い出せるのだろう。
「…の暴走も、霧のせいか?」
「どうでしょう…」
的確な答えを言える訳もなく、ジェイは肩を竦める。
「地震、霧、そして狂暴化した魔物…」
「は、グリューネさんが言った通り…霧を吸い込んでいたな…」
「それ、あたしの見間違いじゃなかったんだ…」
風がないのに…いや、例え風が別の方向に流れていようとも
霧はの方へと流れていた。
それだけが今ハッキリと分かっている事実であり、反論の声は上がらない。
「…やはり、さんだけに任せておくのは無理があります」
「…」
「僕達も霧の正体を突き止めるべきです」
ジェイの言葉に「言われなくても」と答えるセネル。
ウィルとモーゼスも強く頷き、その場は上手くまとまった。
「もし、霧が人に悪影響を与えるなら…テューラさんは大丈夫なんでしょうか…」
ポツリと零れたシャーリィの言葉にある者は「そう言えば」と頷き
またある者は静かに腕を組み眉を顰める。
「…俺の、見間違いなら良いんだが」
「?」
「一番霧の濃度が高かったのは、テューラの周りだった」
「あ、あたしもそう思った。テュっちゃんの周りだけ凄く黒かったもん」
「僕もそう思いました」
「私もだ…」
仲間の内四人がそう感じたのだ。
ただの見間違いと言う訳ではないのだろう。
一歩ずつ、本当に僅かではあるが着実に何かが見えてきている。
そんな中、核心へと誰よりも先に触れたのはウィルだった。
「…霧が人の感情に反応する…。おかしな話だが、そうは思わないか?」
その言葉に驚き目を見開くノーマとモーゼス。
だけどまさか、と笑い飛ばせる程ウィルの意見は的外れではなかった。
「僕もその可能性を感じています…あくまで可能性ですけど…」
例えそれが可能性レベルの問題であっても
正体不明で全く分からない、と言う考えよりは霧に対する態度も変わる。
今のセネル達にとっては、予測でも状況が整理出来る情報が必要なのだ。
「それともう一つ。あの霧には意思のような物を感じます」
ジェイの言葉に驚き目を見開く仲間達。
そこまで推測出来るのは、さすがとしか言いようがなかった。
「そう言えば、ずっと“アンタ”って叫んでた…」
「でものう…誰がどうやってあんなもん操るんじゃ?」
「爪術の一種とも、考えにくいしな…」
いくら話し合っても、の指す“アンタ”の存在は分からず
結局引っ掛かりを残し話は止まってしまう。
「これだけは、本人に聞いた方が良いのかもしれませんね」
「そうだな…が目を覚ましたら聞いてみるか」
「いや…しばらく時間を空けてやってくれ」
が眠る部屋の扉をじっと見ながら、セネルはゆっくりと口を動かす。
「これ以上、責めるわけにもいかないだろ?」
「別に、責めているわけでは…」
「それでもアイツは良い思いをしないはずだ」
セネルの言葉に何も言い返せないジェイは
しばらく間を空けた後、渋々「分かりましたよ」とぶっきら棒に返事をした。
「でも、いつかは絶対に喋ってもらいますからね」
「ああ、勿論だ」
話し合いも一段落し、皆が皆ふう、と小さく息を吐いたと同時
カタン、と小さな物音が隣の部屋から聞こえた。
きっとが起きたんだ。
仲間達は互いに目を合わせながら、席を離れ扉の先へと向かった。
銀色の月に照らされ、少女はベッドの上に座っていた。
光のせいだろうか、その肩はいつもより細く、そして脆く見える。
触れたら壊れてしまう、硝子細工のようだった。
「」
名前を呼ばれたから振り返る。
ただそれだけの動作が、少女には上手く出来なかった。
首は油の刺さっていない機械のように、ぎこちなく動く。
セネルはゆっくりとの元へと歩く。
今度は脅かせないようにと、慎重に。
「街に帰ろう」
セネルはそっと、手を伸ばした。
いつものように握り返してくれると信じて。
「ここじゃ落ち着かないだろ?」
「…」
「今日はゆっくり休んだ方が良い」
返事をしないにもう少し、と手を近付けたセネルを
は小さく首を振る事で拒絶した。
そんな微かな反応が気に食わないセネルは無理矢理の手を取り
洗濯されていない、彼女のいつもの服を小脇に抱え部屋を出る。
少女は乱暴な彼の行動の意味を考えるよりも先に
「ああ、今私が着ている服は水の民の服なのか」等と他人事のように思っていた。
「、大丈夫…?」
部屋を出る間際、すれ違った瞬間に
ノーマは固い表情を浮かべるに声を掛ける。
少し震えた声は、彼女を心配しての物だろう。
だけど今のには怯えているようにしか聞こえない。
それでもゆっくりと、が笑って見せれば
ノーマは返事もせず、ただ目を見開き驚いていた。
「行こう」
流れを切り、外へと出ていくセネルを…いや、少女の背中を
仲間達はただ黙って見つめる。
「…怖いよ…」
「ですね」
「目が、笑ってないってば…」
部屋の中立ちすくむノーマとジェイの会話は、の耳に入る事はなかった。
Next→
...
修正:14/01/05