暖かな光と爽やかな風。
窓から流れ込む小鳥の囀り。

世界はまた、いつも通りに回り始める。
昨日の事さえ、夢のように感じる程早く、残酷な程身勝手に。





「……」





ベッドの上、布団から出ようともせず
私はただ陽の差し込む窓を見つめた。

ああ、少し肌寒いのはこれが原因だ。
昨日、私が寝る前にウィルが閉めてくれたはずの窓が微かに開いている。

二階にあるこの部屋の窓を
人が寝ている間にわざわざ開け閉めするような非常識なヤツを、私は一人だけ知っていた。





「…ワルター?」





部屋の壁に寄りかかって、私が起きると無愛想に挨拶をする青年。

そんな青年に私もぼやっと挨拶を返し始まるはずの朝が
いつまで経っても動きがない。

当たり前が抜けた時、人はこんなにも寂しく、胸騒ぎを起こすものなのか。

そう感じながらもゆっくりとベッドから下りる。





「…?」





いつも彼がいる場所に、一枚の紙片が置いてあった。

スラスラと戸惑いもなく書かれている文字はきっと古刻語だ。

何て書いてあるかは分からない。
でも、ザワザワと胸騒ぎがする。

この気持ちも操られてる?
利用された心の一部なのだろうか。

頭の中でぐるぐる回る言葉に顔を歪めたと同時、無意識に拾い上げた紙片を握り潰していた。










おっはよ〜!」
「っノーマ…!」
「一日寝てスッキリした?あ、それともまだ落ち込みムード?」
「これ、読んで欲しいんだけど!」





操られてても、利用されてても、ワルターを心配する気持ちは私の物だ。

くしゃくしゃになっている紙片をノーマに見せると
きょとんとしていた表情が、更にきょとんとなって首を傾げた。





「これ、古刻語…?が書いたの?」
「ううん、きっとワルターだと思う」
「ワルちんが…?」
「お願い、早く訳して…!」





「なんだか嫌な予感がする」、と服を握り締める私に
ノーマは一瞬困ったように眉を下げ、またすぐに笑顔を見せた。





「ちょっと待ってね〜、ぱぱっと解読しちゃうから!」





自信満々に言ってみせたノーマは
目線を紙片へと下げて、流れるように瞳を動かす。

時折ブツブツと単語を唱えては再び文字を追う。
そんな行動を二、三繰り返した時、ノーマの唇と瞳が同時に止まった。





「ノーマ…?」
「…」
「…解けた…?」
「……」
「ねぇ、何て書いてあっ―――…」
!!」





ぐしゃりとメモを握り締めると、ノーマは私の声を掻き消す程の大きな声を出し、手を引っ張った。
突然の出来事に声を上げる事も忘れた私を連れ、一階へと繋がる階段を足早に下りていく。





「朝っぱらから五月蝿いぞ、お前達」
「おはようございます、ノーマさん、さん」





リビングには、既に仲間達が集まっていた。
溜め息を吐くウィルの前方には眠気眼のセネル、台所の近くにはシャーリィ。
そしていつものようにくつろぐその他大勢。

ノーマはあろうことか手中に握り締めていた例の紙片を
私に許可もなく無理矢理シャーリィに手渡した。

押し付けられたシャーリィも、それを見ていた仲間達もぽかんとする。
一番驚いていたのは多分私だろうけど。





「ッノーマ、アンタ一体何して…!」
!!静の大地行こ!」
「……は?」





振り返ったと思いきやノーマはとびっきりの笑顔を見せて、私の両手をぎゅっと握る。





「えっと〜…火のモニュメント!!」
「えぇ…?」
「すっごいお宝があるらしいんだよね〜!ほら、一度行ったきり全然行ってないじゃん!」
「…もうエバーライト見つけたじゃん…」
「トレジャーハンターに休息はないの!だから付き合って〜!お願い!」





猫撫で声を出しノーマは私にピタリとくっつく。
か弱い女の子をわざと演じているようだった。

…全然、行きたいと思える気分じゃない。
例えそれがノーマのお願いでも。





「…悪いけど、私…」
「うっそマジ!?行ってくれんの!?やっさし〜!」
「なっ…そんな事一言も…!」
「じゃ、灯台にしゅっぱ〜つ!アンタ等も早く来なさいよ〜!」
「ねえ!!ってか、メモの内容…!」
「それじゃ、張り切って行くぞ〜!オー!」





ぐいぐいと背中を押され、私は自らの意思に背きウィルの家を後にした。

私の背中を押すノーマ力はブレス系と思えない程強い。
それ程に欲しいお宝が火のモニュメントにはあるのだろうか。

それとも、私を地下に置き去りにしてやろうとでも考えているのだろうか。
何をしてるか、何をされてるかも分からない私を。





「…」





こんな事考えるなんて最低だ。
もう何もかもが嫌になり、私は抵抗する事さえ止め灯台へと重い足を運んだ。










「…何だ?アイツ…」
「何か慌てていたようだが…」





取り残された仲間達は首を傾げ
嵐のように去って行った二人が向かった扉の先を見る。





「…あ」
「どうかしたか?シャーリィ」





やけに静かな部屋の中、
ぐしゃぐしゃになった紙片を広げたシャーリィが声を上げた。





「ノーマさんがどうしてあんな行動を取ったのか、私には分かりました…」
「そのメモが関係してるのか?」
「はい」
「一体、何て書いてあるんだ?」





「“絶対に、敵に襲撃されない所で待機していろ”」





「その敵っちゅうんは、魔物の事か…?」
「“さんの敵”と言う事でしょう。恐らくは―――…」





顎に手を当て険しい顔付きで言葉を述べるジェイの唇が止まった。





「いえ、推測で話すのは止めましょう」
「静の大地ならば俺達以外に接触する事もないしな」
「それは分かったけど、何で待機してろ…なんだ?」





皆は首を傾げグシャグシャになった紙片を見つめる。
だけども答えは一向に出てこなかった。















ノーマは私と二人きりになってもずっと元気で、
私の冷めた態度に負けじと話しかけてきてくれた。

気を遣ってくれているって、すぐに分かる。
嬉しい、と思うと半面申し訳ない気持ちでいっぱいになった。





「あ、朝ご飯食べてないんだっけ…大丈夫?」
「…今は食べたくない…」
「…そっか」





目に、鼻に、手にこびりついて離れない。

魔物の肉の感触とか、血の匂いとか
セネルの、頬から垂れた赤い何かとか。

恋焦がれている訳でもないのに、再現出来る程鮮明に蘇る。
こんな状況で物が食べられる訳がなかった。





「も〜元気出してよ!」





ぽん、といつもより弱めに私の肩を叩くノーマの手は温かい。





「落ち込んでるなんて、らしくないよ?」





その手の温かさの意味を私は分かっていたはずなのに
ノーマの気遣いの一言が、まるで私を見下しているよう感じて腹が立った。





「“私らしい”って何…?」





こんな事、言いたくないのに勝手に口が動く。
自分が最低なの、ノーマの歪む表情を見ていたら嫌でも分かった。

分かっているのに、口を動かした事をきっかけに歯止めが効かなくなった。





「今まで、私がやってきた事にらしさってあった…?」





あったなら、私はそれを取り戻したい。
きっとそれが、日常に戻る為のきっかけになるはずだから。





「…は」





先程とは違う、ノーマの落ち着いた声色。
私を見るその瞳も真剣で、いつもよりも大人びて見えた。





「いっつもニコニコ笑ってて、朝ごはんがないと駄々こねて
 落ち込んだかと思えばすぐに元気になって、あたしにいっつも元気を分けてくれる」





つまり今の私は、らしさの欠片すら持ってない別人だ。





「でも、らしさがないを、あたしは嫌いになったりなんかしないよ」





そう言って、ノーマは私の手を自らの手で優しく包み込んでくれた。

柔らかくて暖かい、綺麗な手が。
汚い、気持ち悪い私の手を。

この世界を滅ぼそうとしている奴に利用され、力を貸しているかもしれない、私の手を。





「すまない、待たせたな」
「やっと来た〜…もっとしゃきっと動きなさいよ〜!」
「ノーマさんだけには言われたくありませんね」





溜め息混じりに皮肉を零したジェイに
ノーマは露骨な程怒りを表し地団駄を踏む。

だけどノーマは私の手をずっと握ってくれていた。





「ノーマ、ちょっと」
「ん?何?」





でも、すぐに温かいぬくもりは離れてしまう。

私を省き、円を作る皆をただジッと見つめた。

輪に入れない事を寂しいと感じるよりも先に
「ああ、当たり前か」と感じる事に虚しくなる。





ちゃん」
「…グリューネさん」
「楽しみねぇ、一体どんな宝物があるのかしらぁ?」
「うん…」





グリューネさんは静の大地にあるお宝へ想いを馳せている。

楽しい話題を出す事なんて今の私には出来ないけれど
グリューネさんはそれでもニコニコ笑ってくれていた。

ただ、それに頷くだけの行為すら今の私には重たく、息苦しく感じた。










「何であんな嘘吐いた」
「?何が嘘なんよ?」
「メモに火のモニュメントの事なんて書いてなかったぞ」
「そうだよね〜、ワルちんの何考えてるのかな?を守りたいなら自分で守れば良いのにさ」





一度会話が途切れると、皆は私を見つめる。

そして数秒の間を空けるとパッと目線が反れて
円は更に小さく、寄り添う形になった。

よっぽど私に聞かれたくない会話なのだろう。
もう、本当、どうでも良い。





「…ノーマ、お前解読出来てたのか…?」
「何よその言い方。あんまなめないでよね〜」
「解読出来ていた癖に、わざわざあんな嘘を吐いたのか?」
「む、嘘なんかじゃないわよ〜!」





ノーマがまたジタバタしてる。
本当、誰にでもブレない子だ。





「ワルちんが言いたかった事は
 “皆で静の大地に行って俺の大切な奴を守ってくれ…!”
 って事っしょ?」





うんうんと頷く仲間達の輪の中
ノーマはぶすっとした顔で腰に手を当てていた。

プライドを傷付けられた時に良く見る行動だ。





「じゃあ何故メモの内容をそのままに言わない」
「だ〜も〜!これだから乙女心が分からない奴は〜!」





ノーマの大きな声が耳に届く。
乙女心がどうとか、何だか皆に文句を言っているようだ。





「そんな事言ったら、ワルちんの事探しに行っちゃうっしょ?」

「……」

「今だってワルちんが一緒にいないのすっごい不安なのに、
 メモの内容そのまま言って、これ以上心配させてどうすんのよ」





ノーマの声が小さくなった。
早口で、唇の動きを見ていても何を言っているのか分からない。





「だから火のモニュメント!お分かり?」
「…何でわざわざ火のモニュメントなんです?」
「ふふ〜ん、それにはちゃんと理由があるの!」





傍からだと、ノーマ対その他で激論しているようにも見える。




「さっきも言ったじゃん!火のモニュメントになら、お宝がありそ〜だな〜って!」





ノーマの声がハッキリ聞こえた。
今までよりも数倍大きな声だ、聞こえないはずもない。

最も、それを聞いたのは本日二回目だ。





「…つまりなんだ」
「ん?」





「お前はの為でもなく、俺等の為でもなく
 自分の宝探しの為に冷たい風が吹く海の周りではない
 わざわざ暑い場所を選んだと言うのか?」





「もっちろ〜ん!!」





ノーマが元気良く返事をした刹那、鈍い音が響き渡る。
円滑に進んでいた会話は、ウィルがノーマにゲンコツを落とした事で終わりを告げた。





、行くぞ」
「え、あ…うん」





蹲るノーマに言葉も掛けず、ウィルはスタスタと灯台の中へ入って行く。

いつもならきっと、私もあの輪の中にいて
ノーマと一緒に騒いでゲンコツを喰らっていただろう。





「…」





ゲンコツは痛い…でも、そうなれば良かったのに。
心の片隅でそんな事を思いながら、私はゆっくりと足を動かした。










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修正:14/01/05