静の大地は、いつ来ても穏やかな空気に包まれていた。
落ち着かない、ザワザワとしていた気持ちが
ほんの少しだけ和らいだ気がする。
だけどどんなに爽やかな風が吹いても、磯の香りが鼻を掠めても
どうしてもあの言葉だけは頭から離れてくれなかった。
「我が利用しているのはお前だ」
そもそも、一体何に利用されているんだろう。
私はアイツが喜ぶような事、何一つやっていない。
どんなに記憶を辿っても当てはまる事が一つもない…だから余計不安になるんだ。
「」
「…」
「…そげな顔すんな」
モーゼスは大きな体を屈めると、私の髪をゆっくりと撫でる。
あったかい、仲間を傷付けた事のない手。
「…モーゼスの方が、酷い顔してる」
「ワイが…?」
「モーゼスらしくない真面目な顔」
いつもみたいに冗談を言えば、モーゼスは余計に眉を顰め顔を歪めた。
「ワレのが酷いわ」
笑ってみせたはずなのに、モーゼスは私の顔が酷いと言う。
「なして泣かないんじゃ」
見ている方が辛い、と言わんばかりに
モーゼスは私の黒い髪を撫でながら口を動かす。
ああ…ここで泣くのが正解だったのか。
「…分からないよ」
たった一言、言葉を返すと
髪を撫でていた手がピタリと止まった。
「泣きたい気持ちが、本当に私の物なのか、分からないんだ」
モーゼスは驚き目を見開いた。
私はそんなモーゼスに向かい、口元を吊り上げると言う動作をしてみせる。
笑っているつもりなのに、モーゼスはいつまで経っても笑顔を返してくれなかった。
私が怖いのだろうか、幻滅しているのだろうか。
それすらも分からず、もうこんな会話意味がない、と私は彼の手を振り払い先へと進む。
「…相当、きてるな」
「まだギャーギャー泣かれた方が楽ですね」
「何を考えているか分からないから、余計な…」
少女が立ち去った輪の中、交わす言葉はどれも良い物とは言えなかった。
それでもこの感情を吐かなきゃこっちまでおかしくなると、次々に会話が飛び交う。
「やはり、あの時の事を聞きだした方が…」
「今のが答えてくれるか…?」
「まぁ、物は試しでしょう」
「ちょっと待った!」
先を行くの後を足早に追うジェイの服を
ぐいっと引っ張るノーマの顔は真剣そのものだった。
「勝手にそんな事決めないでよ!」
「ですがさんが何を考えているか分からなければこっちも慰めようがないですし」
「どう考えてもタイミング悪いっしょ!」
「ジェージェーは乙女心分かってない!」「分かりたくもありません」、と
騒ぐ二人を見て仲間達は大きな溜め息を吐く。
「が話すまで待てとは言わないけど、今言わなくても良いじゃん!」
「…いつなら良いんですか」
「……もう少し、元気になるまで」
それがいつかと正確に答えられる者は誰もいない。
「…ううん、あたし等が元気にしてあげたら!」
だけどそれが出来るのは自分達だけだと、ノーマは胸を張ってそう言った。
数人の仲間は強く頷き、
ジェイは疑いの眼差しを向けながらも仕方がないと息を吐く。
皆の意見が固まった所でノーマはうんうんと二度頷き
先へ行くの背中を誰よりも先に追った。
を元気にするのは自分だ、そう言わんばかりに。
気が付けば目的地である火のモニュメントが目の前にあった。
早く用事を済ませてしまおう、と冷め切った事を考えながら
光の橋を渡り、建物の中へと入る。
だけどいざ建物の中へと足を踏み入れれば思考は一転。
動きたくない衝動に駆られる程、暑い。
「…アカン、ワイ服脱ぎたい…」
「それ以上何処を脱ぐんだよ」
「しかし、この暑さにはさすがに参りますね…」
だれるモーゼスに突っ込むセネルの額にも
服を摘みぱたぱたと風を送るジェイの首筋にも
たった数秒で汗が浮かんでいる。
皆の体調は外にいた時と中に入った瞬間では大分変わっていた。
「…ねえ、ノーマ」
「ん?」
「宝物って、一番奥にあるの?」
「…あ、うん!そ〜そ〜」
お宝お宝、と騒いでいた割には適当な返事。
本当に?、と言葉には出さず目で訴えてみせると
ノーマは笑い、私の肩を叩いた。
「ま〜ま〜!そんなお気になさんな!」
まるで子をあやす親のようだ。
疑う私を、ノーマは「良いから良いから」と巧みに丸め込む。
「ほら、頑張っていこ〜!」
「うん…」
弱音ばかり吐いていても仕方がない。
皆に気を遣わせているのも分かってる。
そうだ、落ち込んでばかりじゃいられない。
自らに気合を入れ直し、グ、と拳に力を入れる。
そして顔を上げ見つめた先には
私の気持ちとは裏腹に、不可解な景色が広がっていた。
「…何、あれ…」
そこにあったのは、簡単に言えば水晶のような光だった。
以前、大沈下の真相を教えてくれたあの光と良く似ている。
唯一違うのは、光の色。
どす黒く、怪しく点滅したかと思えば
定期的に輝きを増し、私を誘っているようだった。
「どうかしたのか?」
「どうかしたって…セネルの横に…」
「横…?」
セネルは私が指した方向に首を向け、手を伸ばす。
セネルの手は黒い光を通り過ぎ、空を握った。
それは皆にとって当たり前の現象であり、驚くべき事ではない。
むしろ、信じられないと目を見開く私を見て驚いているようだ。
静寂が辺りを包む。
セネルはゆっくりと手を下ろし、呆れたような声で私に言葉を放った。
「別に、何もないけど」
「なっ…嘘でしょ…!?」
「あたしにも何も見えないよ〜?」
「ワイもじゃ」
それが普通、と言わんばかりに皆は口を揃えて「何もない」と言う。
私をからかっているのだろうか、と疑いの眼差しを向けるものの
皆は肩を竦め困った表情を見せた。
何だか、胸騒ぎがする。
皆の私を見る視線が、異物を見る視線に良く似てる。
どうしてまた、私だけ。
「っ何でよ、ここにあるじゃん…!」
早く、証明しなきゃ。
私はおかしくないんだって、本当の事を言っているだけなんだって。
もう、皆が持っていない力なんて、いらない。
「ほら、これだ…よ…」
目の前の黒い靄に屈する事もなく、手を伸ばし光に触れる。
暖かくも冷たい、何とも言い難い感覚が手を通して体に伝わると
私の言葉は眩い光に包まれ遮られた。
不気味な熱に、意識が飛びそうになる。
この感覚、何処かで感じた事があるような気がした。
「っ…!」
「、大丈夫か!?」
「具合が悪いんか!?」
「違う」、と言った自分の声が聞こえなかった。
次第に私を心配する仲間の声がノイズに変わり、
それは時間が経つにつれジリジリと大きくなった。
音が高くなったかと思えば低くなり、遅くなったかと思えば早くなり。
耳を塞いでも聞こえる音とも呼べない音に、吐き気を催す。
早く、早く消えて。
体が傾きかけたその時、ノイズに混じり人の声が聞こえた。
「おい、アイツがいないぞ!」
「何!?コードで繋げていたのではないのか!?」
「確かに繋げてたさ!だけど部屋にいねぇんだ!!」
「っ…くそ、逃げたのか…!」
「だが、装置がなければアイツは生きていけないだろう」
「あぁ、そうだな…改造も限界だろう。無駄な費用が増えるだけさ」
「いなくなって騒ぐ程でもない、放っておけ」
「あんなもの、もうゴミだ」
ブツリ、と乱暴にノイズが切れる。
人の声も、吐き気も、消えた。
ここにいる皆の声じゃなかった。
知らない、聞いた事もない人の声。
「、大丈夫か!?」
「ッ!?」
そっと背中を摩られたと同時、消えた吐き気がぶり返す。
暑さとは無関係の汗がどっと噴き出て視界が滲んだ。
「一体、どうしたんだ?」
「…ひ、かりに…」
カタカタと震える唇から何とか言葉を紡ぎ
断片的にだが正確に事の真相を伝えた。
「光…?」
「…どうやら、さんにしか見えないようですね」
見えているのが私だけなら、きっとあの会話を聞いたのも私だけなのだろう。
「光が、どうしたんだ?」
「声、が…聞こえ…て…」
「一体、何が聞こえたんだ?」
ハッキリと覚えている。
会話の内容、一語一句間違えずに言える自信だってある。
「男の人の…」
頭の中で聞こえた会話を整理しながら、口にする。
たったそれだけの行為なのに、自然と唇が止まった。
「何!?コードで繋げていたのではないのか!?」
“コード”
「だが、装置がなければアイツは生きていけないだろう」
“装置”
「あぁ、そうだな…改造も限界だろう。無駄な費用が増えるだけさ」
“改造”
これだけの証拠が揃っているのだから、間違えるはずがない。
破壊の少女だ。
あの人達は、破壊の少女の話をしていた。
「…滄我なの…?」
ポツリと落ちた私の言葉に、仲間達は首を傾げた。
「…また、滄我なの…?」
私の言葉に答えるよう、波の音が聞こえた気がした。
耳を通してじゃない、頭の中直接響いたような、そんな感覚。
「……教えて、くれるの?」
また一つ、波の音。
一体私が何に利用されているのか、これから先どうしたら良いのか
いつまで経っても見つからない答えへ、滄我が導いてくれるのだろうか。
…―――汝よ、真実を知る覚悟はあるか。
波の音の次には声が聞こえる。
何よりも鮮明に、ハッキリと。
…分かるんだ。
この先に進めば、真実が。
「…皆、ごめん」
「…?」
「先に、進もう」
口元を拭い、腕に力を入れ立ち上がる。
背中を支えてくれたセネルに一礼し、私は一歩前へ進んだ。
よろける体を、気合だけで動かして。
「お願いだから、教えて…」
真実を知る為、ただひたすらに。
「長!ワルターさんと戦うなんて聞いていませんよ!!」
「何を迷っている、奴も敵だ」
「でも、同じ水の民じゃないですか…!」
「構うな、あやつは既に水の民とは関係ない」
蒼く光る水の民の髪とは違い、ワルターの髪は金色のまま、風に揺られ靡く。
「見ろ…あれが滄我に祝福されていない証拠だ」
卑しく笑うマウリッツを正面から見据えるワルターは
青色のマントを翻し拳を前へ構えた。
「覚悟のない者は逃げるが良い…殺される前にな」
ワルターが纏う殺気に圧され、武器を下ろす水の民も少なくない。
それを快く思わないマウリッツは、怖気付く彼等を睨むように見つめた。
「迷う必要が何処にある」
「でも、長…!」
「我等には滄我の恩恵があるのだ」
「っ滄我の…」
「滄我の意思に従い、破壊の少女の首を我等の手に!!」
マウリッツが高々と手を上げ、声を張れば
それに合わすよう、恐れていた水の民達は自分達を奮わせる為に大きな声を上げる。
ワルターを睨むその姿に理性はなかった。
まるで渇きを潤そうと息を荒くしている獣のよう。
黒い霧が充満する水の民の里に響き渡る金属と打撃の音。
その中でも最も黒く、汚い色の霧が集まる場所には
ワルターが傷付いていく様を面白そうに見つめ
口元を吊り上げるマウリッツの姿があった。
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修正:14/01/06