パチパチと、燃え盛る炎の音がする。
その次にはバタバタと響く、複数人の足音。
そう言えば、ノイズが聞こえない。
そう思いゆっくりと目を開けば、そこは地獄だった。
「なに、これ…」
鼻を掠める鉄の匂い。
夜の街、炎の光に照らされて見えたのは―――…
…―――人の死体、だった。
「うっ…!」
込み上げてくるものに逆らい口を押さえ、その場で蹲る。
膝を着いた場所は地面であるはずなのに、バシャッと水の音がした。
膝が、赤い。
赤い水が、地面を染めている。
陸の民、水の民、人と言う人の死体。
赤い水の正体なんて、考えたくない。
「ヒィイッ!!」
上手く息が出来ない苦しさに涙を溜めれば
聞き覚えのある男性の声が耳に入った。
仲間達の声ではないけど、最近聞いた。
この声は、破壊の少女の管理をしていた二人の男の内の一人だ。
「お前、何で、生きてッ…!」
途切れ途切れに言葉を発しながら
男はバシャバシャと音を立て地の上を後ずさる。
男の目線の先には、幼い少女を思わせる人影があった。
「わ、悪かった!許してくれっ!!」
「…」
「た、頼むから命だけは…!」
命乞いをする男は、少女の瞳にどう映ったのか。
刃の形をした手を動かそうともせず、ただただ男を見つめる少女は
ゆっくりと口を動かし、言葉に似た音を漏らす。
「もっ……ヲ…」
「な、なんだ…?」
ゼロに近い距離でもその言葉を聞き取るのは難しい。
男は少女に耳を傾け荒い息を抑えながら、再び彼女の言葉を待った。
「もっと、糧を…恐怖を…汚い感情を…」
「え?」と聞き返す間もなく、男は私の前から姿を消した。
消した、と言う表現が正しかったのかは定かではない。
だけど人と言うモノが、果実のように安々と壊れた事に間違いはなかった。
目を反らせない。
耳も塞げない。
まるで“よく見とけ、これがお前の未来だ”と言われているようで
逃げ出したくとも足が地面にくっついて離れなかった。
「イヤアアア!」
今度は女の人の声。
この声も、つい最近聞いたばかりだ。
「こ、来ないでっ…!来ないで!!」
まだ私の脳裏には男の人の末路が残っているのに
破壊の少女はもう次の人の前に立っている。
女性は腰を抜かしながら、ズルズルとスカートを汚し
必死にその恐怖から逃げようとしていた。
少女は女性が後退すると前進を繰り返し、無表情で追い詰める。
「……」
「おっ…思い出して…!」
恐怖で脳がやられてしまったのか
女性はこの状況で笑みを浮かべ、場にそぐわない言葉を発した。
「小さい頃、貴女と色んな所へ行ったでしょう?」
「…」
「あの頃は本当に楽しかったわ…!また、あの頃に戻りましょう…!?」
私はその言葉を聞き、破壊の少女と女性の関係を理解した。
女性は、破壊の少女の母親だ。
ひとつ前の光で、少女に数多くの暴言を吐いた、母親だ。
「ねえ、忘れたわけじゃないでしょう!?」
「……」
「ッ実の親を、殺そうだなんて思わないわよね…!?」
返事はない。
言葉の代わりに少女は足を動かし、母親へと近付く。
母親は言葉とは反対に、少女を抱き締めようともせず後退した。
言葉では「貴女が大事」「好き」と出鱈目ばかりを吐き出して。
「っお母さんの言う事は聞きなさい!!」
「…」
「また、あの頃のように家族一緒に過ごしましょう…!」
生気のない瞳で見られる事を恐れてか、母親は段々と口の動きを早くする。
「止めて…っ殺さないで…!!」
「あの頃の、可愛い貴女に戻って…!」
「ねえ!お願いよ、ファ―――…」
途切れた言葉と共に、私の視界もブラックアウトしてくれれば良かった。
母親は最後の言葉を言う前に、少女の手によって喉元を切られ、崩れ落ちた。
「お前みたいな汚い母親に、産んでもらった覚えはない」
これはきっと、彼女の逆襲だ。
無残に殺される陸の民。
蒼い服を血で染める水の民。
男、女、子供、老人。
彼女の前では誰もが同じ悪者であり、殺す対象なのだろう。
「ッゲホ…!」
もう、嫌だ。
こんなの、見たくない。
「…も…っと…」
手がもげようと、足がなくなろうと
腹に穴が空いても、人が人と機能しなくとも。
少女は歩き続け、その場にいる者全てを次々と殺していく。
「もっと…霧を…」
…霧…?
気持ち悪く、堪え切れなくなった物を吐き出す私の耳に、聞き慣れた単語が飛び込んだ。
今、霧って…。
私は地獄に立つ少女の姿をじっと見つめる。
黒煙に紛れた何かが、少女の体の中に取り込まれていく。
風もないのに、彼女の体に溶け込むように。
私はそれが何かを、良く知っていた。
…黒い霧だ。
「…わた、しと…一緒…?」
破壊の少女が黒い霧を吸えるなんて、今まで知らなかった。
霧を吸い込み、消す力。
それが破壊の少女にもあった…?
私と同じ力を持つ少女の末路がこれならば、私の未来は―――…。
「…痛いよお…」
聞き覚えのある声が耳に届き、ハッと我に返る。
辺りの景色は全く別の物に変わっていた。
黄色い服を血で染め地に伏せるノーマが、消えかかった声で私の名前を呼ぶ。
名前を呼ばれた私は、何故か血塗られたクロエの剣を握り
ウィルの体を深く深く突き刺していた。
「、あ…」
私が手にする剣の持ち主は真っ黒に焦げ、人の形をした炭のようにも見える。
クロエの近くに転がる私の杖には
何故かシャーリィの金色の髪がついていて
折られた羽根ペンの先には血が広がっていた。
…なに、これ…。
「、何て事を…!」
「っ化け物め…!」
セネルとジェイの言葉を聞いても、そこにいた私は顔色一つ変えなかった。
ズ…とウィルの体から剣を抜くと、怯える二人を見て面白そうに笑う。
「なしてこがあな事したんじゃ!?」
「別に」
ヨロヨロと立ち上がり私を見つめるモーゼスに、平然と言葉を返す私。
軽く剣を振り、もう誰の物かも分からない血を飛ばし
私はそっと胸に手を当て唇を動かしていた。
「仲間が死んで、悲しいよね」
「私が怖くて、仕方ないよね」
「仲間にこんな事した私を殺したいって思ってるよね」
嫌。
こんなの、私じゃないよ。
「…私、そう言う皆、大好きだよ」
腰にぶら下げている筒から数本の短剣を取り出し
呆然と立ち尽くす三人に戸惑いもなく投げつける。
短剣が掠った部位に手を当て顔を歪める仲間達を見て、私は高らかに笑っていた。
「もっと、そう言う感情が…」
仲間から溢れ出る不安、恐怖、怒りの感情。
それが色濃い霧となり、私の体に満ちていく。
「そう言う感情が…もっと、ホシイノ」
「もっと…霧を…」
瞬間、先程見た破壊の少女の映像と
今目の前にいる私の姿が重なった。
「…や、だ…」
次々と倒れる仲間達を目の前にし、私はその場から逃げたくて後退する。
私はこんな事をしたくて自分の体に霧を入れたいんじゃない。
私は、皆が苦しんでいる時に霧を消してあげたいだけ。
皆を苦しめてまでそんな感情、欲しくないのに。
ドサリ、と何重にも聞こえた音。
恐る恐る目を開ければ
大切な仲間達が倒れている姿を見て笑っている私がいて。
さっきまで喋っていた、セネルも、ジェイもモーゼスも
瞳の色がなくなっていて。
「…これさえ手に入れば良いんだ」
「アンタ等ぐらい、殺しても良いんだよ」
私、そんな事思ってない。
なのに私の目の前にいる私は、何の躊躇いもなく最低な言葉を口にし
両手で愛おしそうに大量の霧を包み微笑んだ。
「もっと…もっと、霧を」
両手を仰ぐ私の背中を見て、ガクリと膝から崩れ落ちる。
目の前にいる仲間達の悲惨な姿に
ただ泣き叫び、全てを吐き出す事しか出来なかった。
…―――汝よ。
…―――このままでは、汝は同じ未来を辿るだろう。
嫌だ、嫌だよ滄我。
こんな未来、絶対に嫌だ。
…―――我が言える事はただ一つ。
…―――これ以上、霧に関与してはならない。
なら、どうすれば良いんだろう。
どうすれば私は霧から離れられるの?
どうすれば、この忌まわしい力を捨てる事が出来るの?
…―――それは捨てられぬ…逃げる事も出来ぬ…。
…―――既に、汝の見えぬ所で手は結ばれた。
…―――…もう魔の手から逃げる事は、汝には出来ぬのだ。
…―――それが、汝の宿命だ。
結局、答えは決まっていた。
今私の目の前で笑っている私が、答えなのだ。
輝いていたあの日々は、もう、戻っては来ない。
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修正:14/01/06